ミスティとの再会を楽しむ
アベルが去ってすぐにミスティのまつげが揺れた。
「ミスティ?」
ユーリはミスティの名を呼んだ。
ゆっくりとミスティの瞳が開いた。まぶしそうに眉をしかめ、何度か瞬きをして視界を馴染ませていく。
ユーリはゆっくりと話しかけた。
「ミスティ、おはよう」
ミスティの少し色素の薄い瞳がユーリに向けられる。
「あら、あなたは……?」
ミスティは記憶を手繰るようにじっくりとユーリを見つめた。一緒に水の宝珠を捜索したときから五年が経つ。それまでにミスティもいろんな人と出会っているだろう。すぐに思い出さなくて当然だ。
「四年くらい前に、アクアディア聖国で一緒に魔族と戦ったユーリだよ」
「ユーリ……?}
「久しぶり、ミスティ」
「ああ、あのユーリなの? いつもラナの後を追いかけていた頼りなげな子……」
ユーリは否定することなく、情けなそうに笑った。
「はは。それがミスティの僕の印象だったんだね」
ミスティは枕に背を預けるように上半身を起こした。ユーリもそれを手伝う。その腕を感心するように見つめながらミスティは言った。
「しばらく見ないうちにずいぶんたくましくなったんじゃない? 背も少し伸びた?」
「少しね。体力もあの時よりついたかな」
「男の子から男になったって感じね。わたしも歳をとるわけよねえ」
「ミスティは変わってないよ。すぐにミスティだって分かったもの」
「お世辞でもうれしいわ」
「お世辞じゃないよ。喉が渇いているでしょう。水を持ってくるよ」
「ありがとう」
ユーリは水指もコップがある場所も把握している。昨日からここで怪我人の治癒に当たっているのだ。ユーリはすぐに水の入ったコップをもってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。生き返るようだわ。――ところであたしはいったいどうしてここにいるのかしら?」
「昨日、魔物の軍勢と戦ったのは覚えている?」
「昨日……?」
「ミスティは昨日、交戦中にワイバーンの攻撃を受けたんだ。それで大けがをした」
「そういえばそうだったわ。ああ! あたし、脇腹をワイバーンの爪でえぐられたのよね」
ミスティは自分の傷を確かめようと、医療院から配給されたパジャマの上半身をまくり上げた。健康そうな肌が明るみになる。ユーリは慌てて目をそらす。
「あれ? 傷がない。あれは夢だったの?」
目をぱちくりするミスティ。
「夢じゃないよ。僕が治癒したんだ。どこか違和感はない?」
「たぶん、大丈夫。どこもいたくないし。ほんと、傷跡も残らないのね」
脇腹のつるつるな肌をしげしげと見つめてから、ミスティはユーリに目線を移した。
「ユーリがあたしを助けてくれたのね。ありがとう」
「僕だけの力じゃないよ。ミスティの生きたいという思いが強かったから、今ミスティはここにいるんだ」
ミスティは自嘲気味にため息をついた。
「そう……。もういつ死んでもいいやと思っていたけれど、心の中ではあたしはまだあがきたいと心の中では思っていたのね」
ユーリはそんなミスティを慮る表情で見つめた。四年の間にミスティにもいろいろとあったようだ。
そんなしんみりとした雰囲気の中、ぐうううとミスティのおなかが盛大に鳴る。
「お腹空いたわ」
「そういえば僕も空いた。時間もちょうどお昼時だしね」
二人は顔を合わせて笑い合った。
「ユーリはどうしてここにいるの? まさかずっとあたしの側にいてくれたの?」
「残念ながら違うよ。ここは医療院で、今僕はここで働いているんだ。ちょうど休憩時間になってミスティの様子を見に行ったら、ちょうどタイミングよくミスティが目を覚ましてくれたわけ」
「そうなんだ」
ミスティはベッドから降りて、その場で足踏みをしたり、手足を伸ばしたりして体調を確かめた。その様子は手慣れたもので、ミスティが探検家であることをユーリに改めて思い出させた。
「医療院ということはここは病院、みたいなところなのよね。退院手続きをしないとね」
ミスティがベッドから起き上がったのを目にとめた医療師の女性が声をかけてきた。
「退院をご希望ですか?」
「はい。ああ、でも医療費をすぐには支払ないわ。お金を宿に預けたままなの」
「あなたは傭兵の方ですよね」
「そうよ」
「それならば、支給されたバッチがあったかと思うのですが」
「あたしが着ていた服に着けていたけれど、服はどこかしら。ああ、これね」
言いながらベッドの下に置いてあった、かごを引き出す。
「うわあ、きれいに洗濯されている。破れたところもぬってあるわね」
「村の主婦の方々が見繕ってくれたんですよ」
「なんだか申し訳ないわね」
「わたしたちこそ感謝しているのです。あなたを含め傭兵の方々が、地元の兵士たちと力を合わせて村を守ってくれたのですから」
「どういたしまして。あった。これよ」
ミスティは服の襟元につけていたバッチを見せた。
「確認はとれました。それでは医療費は自警団の経費から出るので大丈夫です。患部を診せてくださいね」
「もちろんよ」
ミスティがふたたび服をたくしあげようとする。医療師がちらりとユーリに目線を贈った。その意図を悟り、ユーリは慌ててミスティに背中を向けた。
「きれいに治っていますね。問題ありません。ユーリさんもこちらを向いて大丈夫ですよ」
振り向くと、医療師はさらさらと自分のサインをしているところだった。
「さあ、ここにあなたのお名前を」
「はい」
ミスティが著名する。更衣室でパジャマから自前の服に着替えたミスティは、開口一番に言った。
「おなかが空きすぎて死にそうだわ」
「強い治癒魔法をかけたからね。それは駆けられた本人の体力も消耗するから当然だよ」
ラディックがやってきた。
「どうやらお友達が退院されるようですね。ユーリさん、たまには外で昼食をとるのも気分転換にいいですよ。ぜひお友達と一緒に行ってきてください」
「そうしようかな。それじゃあ、一時間くらい外に行ってきます」
「一時間だなんてあっという間です。もっとゆっくりしてきてかまいません。ここはこの通り、落ち着いてきましたからね」
「分かりました。ありがとうございます」
ユーリはミスティとともに医療院を出た。
ミスティが重い足取りで言った。
「なんか体が重く感じるわね」
「治癒魔法の後遺症だよ。すぐに元の調子に戻るよ」
「ご飯より先に一度宿に戻っていいかしら。財布を取りにいきたいのよ」
「うん。かまわないよ」
ミスティが泊っている宿は素泊まりの宿だった。
「ただ寝るだけ広さしかない部屋だけど、清潔感はあるわよ」
ほどなくしてミスティがやってきた。
「お待たせ」
医療院のベッドの上ではおろしいてたストレートの長い髪を、今は後ろでポニーテールに結んでいた。それだけでだいぶさわやかに見える。
食事処を探して中央通りを歩いていると、男の子に声をかけられた。
「あ、癒しのお兄ちゃんだ」
「ああ、君は昨日の」
その男の子は膝を擦りむいて泣いていた男の子だった。たまたまユーリが通りかかり、治癒魔法で治したのだった。
「昨日はありがとう。隣の人は彼女なの?」
「彼女じゃないよ。友達だよ」
「そう、お友達なの。こんにちは。元気がいいのねえ」
「うん。元気だよ。母ちゃんにも元気だけが取り柄だって言われるんだぁ」
嬉しそうににかりと笑う男の子。それって誉め言葉なのかなぁと、ユーリは心の中で小首をかしげた。
「このあたりで安くておいしい店を知っていたら教えてくれないかな」
「それならおすすめのお店があるよ。ついてきて」
男の子に連れられてやってきた店は行列ができていた。
「わあ、いい匂い」
「匂いだけじゃなく、味もお墨付きだよ。安くて量が多くてうまいって、人気の店なんだ」
「ここまで案内してくれてありがとう」
ユーリが男の子の頭をふわりと撫でると、男の子は気持ちよさそうな猫みたいな表情になった。
「お兄ちゃんの役にたててうれしい。友達とデート、楽しんでね」
男の子は言うと、嬉しそうにかけて行った。
「ほんとに元気ねぇ」
「子供はいいね。自分まで元気になるよ」