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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、ハーピアとツチイタチと戦う

 天気がよく遠出には適した日だ。

 青い空を見上げながらジェノサイドは言った。


「久しぶりに帰る故郷だ。みんな、元気かなぁ」

「嬉しそうだね」

「そりゃあ、嬉しいさ。家族が俺を受け入れてくれるかどうかは別にしてね」


 何か含みのある言い方に、ユーリは思わず問いただすようなまなざしをジェノサイドを見つめる。ジェノサイドはユーリに気づかないふりをした。だからユーリはあえて言葉で質問することはしなかった。


 ほどなくして、世間話をするようにジェノサイドがユーリに聞いてきた。


「ユーリはどこの国の出身なんだい?」

「アクアディア聖国だよ」

「ああ、噂では聞いたことがあるよ。砂漠の真ん中にありながら、水の女神の加護を受け、水と緑豊かなきれいな国なんだったねぇ」

「住んでいるときは思っていなかったけれど、離れてみて本当にそうだったんだなぁってつくづく思うよ」

兄弟はいるかい?」

「姉が一人いる」

「そうかぁ。お姉さんかぁ。年上の美人でやさしいお姉さんなら、一人や二人いてもいいねぇ」

「美人でやさしいかは分からないけれど、面倒見のいい姉だと思う」

「ユーリはお姉さんのことを好いているんだねぇ」

「好いているっていうか、いろんな面ですごい人だなぁと思う。僕の目標みたいな人なんだ。そういうジェノは兄弟はいるの?」

「弟が一人いる。三歳違いだ」

「僕も弟が欲しかったなぁ。三歳下なんて、かわいいだろうなぁ」

「いつも俺の後をついてきて、煩わしいと思うんだけどねぇ。危なっかしくてほっとけないんだよなぁ」

「それは暗にかわいいと言っていることと同意だよね?」

「うん、まあ。そうなのかねぇ。ユーリのお姉さんは何歳違いなんだい?」

「八歳上だよ」

「けっこう離れているだねぇ。待望の男の子だったろうから、ご両親は大切に育てたんだろうねぇ」


 ユーリは今まで考え事もなかったジェノサイドの言葉に、目をしばたいた。同時に、フローティア家で過ごした幼いころの日々を懐かしく感じて、胸が熱くなる。

 今まで感じたことがなかったのに、突然のホームシックだ。


「今、思えばそうなんだろうな……」


 気持ちが五歳のころに戻る。母が生きていて、抱きしめてくれた胸のぬくもり。母が大切にしていたエメラルドのネックレスとイヤリングを、姉とどちらがもらうか喧嘩のようなことをしたこと。


「親の心、子知らずだねぇ。俺も人のこと言えないけれど」


 ジェノサイドは様子が変わったユーリを見つめて、しみじみとつぶやいた。


「母は僕が五歳の時に事故で亡くなったから、姉が母親代わりでもあったんだ。父は仕事で忙しくてあまり家にいなかったから」

「まだ出会ってそれほど経っていないのに、ずいぶん突っ込んだ話をしてしまったねぇ。すまない」


 気まずし気に頬をぽりぽりとかく。


「いいよ、昔の話だもの。

 僕はジェノに弟がいる話を聞いて、キラット村に向かう楽しみが一つ増えたよ。ジェノの弟さんに会いたいってね」

「ジオ――、おっとジオラルドというのが弟の名前だんだけどね、俺たちはジオと呼んでいた。ジオは少し内気な性格でねぇ。俺は逆にやんちゃな少年だったんだ。

 いつも俺の後をついてくるから、邪険にしたり、だましてついてこないようにしたこともあった。けれど、そんなことジオはすぐに忘れてまた俺の後をついてくるんだ。ほんと、煩わしいやつだったよ」

「確かにそうかもね」

「だろう? そんなジオも今じゃ三十越えのおっさんだ。二十年前は俺より背も低くて、体も小さくて、頼りない感じのやつだったけれど、今はどういう大人になっているのかなぁ。楽しみだよ。身長が俺より高くなっていたら、一発ドタマを殴って、一センチは身長を低くしてやろうかねぇ」


 昨日、今日とひげをそっていないのだろう、伸び始めた顎の髭をざらざらと撫でながら、にこにこと笑みを浮かべてジェノサイドは言った。


 そんなジェノサイドの様子を見ながらユーリは、もしジェノサイドの弟がジェノサイドよりも十センチ背が高くなっていたとしても、実際には絶対に殴ったりはしないだろうなと思った。


 三時間ほど進んだあたりで、ジェノサイドは右手側に目線を向けた。


「ユーリ、あのあたりにずっと伸びている断崖が見えるだろう。あの下に川が流れているんだよ」

「けっこう近いところにあるんだね」


 その場所まで行かなければ確実なことは分からないが、五十メートルも離れていないように思う。


「この街道は渓谷に沿って造られているからね。あまり渓谷に離れすぎること、今度はツチイタチのテリトリーに入ってしまって、危険なんだよ」

「ここまでハーピアの声が聴こえてきたりしないよね?」

「それはめったにないよ。俺がいたころだと、年に二、三回あるくらいだったかなぁ」

「その二、三回の中に含まれた人たちはどうなったの?」


 ジェノサイドは顔色を曇らせた。


「生きて帰った人は多くはなかったなぁ」

「そんなぁ……。せめて僕たちがその二、三回の中に入らなければいいけど……」


 言いながらユーリは気づく。魔物が狂暴化しているのだから、その確率は年に二、三回よりも多くなっているはずだと。


「もうちょっとハーピアについて知っている情報があったら教えてくれる?」

「もろちんだ。ハーピアは烏のような翼に、獰猛な鷹のような爪を持っている。顔は人に似た形をしてしているんだよ。以前、死体を見た事があったけれど、なんとも醜悪な顔だった。

 そんな顔をしているけれど、人の唇に似たそこから発せられる声は美しく、その声を聴いた者は意識が曖昧になり、声のもとへと向かってしまうらしい。

 そして、声の主のハーピアの鋭い爪に切り裂かれ、肉を食われるんだったさ」

「うわぁ」


 ユーリは渓谷のほうをちらちらと見た。あそこで今、聞いた魔物たちが得物を待ち構えているのだろうか。

 渓谷とは反対側に目線を移す。気がまばらに生えた荒野が広がっている。こっちにはツチイタチという魔物がいるのだ。


「ツチイタチについても、教えて欲しいな」

「ツチイタチは体の大きさは中型犬くらいで姿はその名の通りイタチの姿をしているんだ。けれど通常のイタチと違うのは、前足の爪は、地面をゼリーのように掘ることができることだ。

 愛らしい顔立ちだけど、獰猛な好戦的な性格をしている。

 ファミリーを形成していて、自分のテリトリーに入ってきた相手は、自分より強い魔物であろうと、それこそ人間であろうと、仲間同士で徒党を組んで襲ってくるそうだよ」

「それも会いたくないなぁ。勝てる自信がない」

「まあ、会うことはそうそうないと思うよ」


 ジェノサイドはのほほんと答えた。危機感をまったく感じられないのは、地元民からくる余裕だろうか。ユーリはジェノサイドのような余裕はなかった。


 ともかく歌には気をつけよう。ユーリは気を引き締めた。周りに人っ子一人いない道なりで、歌が聴こえてきたら、それはハーピアに違いないのだから。


 進むにつれて、どこから、何か楽器を鳴らしているような音が聴こえてきた。弦楽器の一種だろうか。高音でどこか哀愁を帯びた旋律だ。

 ふと、昨日の夜、食事処で流れていた音楽を思い出す。

 進む先の右手側に、複数の木が密集している場所がある。旋律はそのあたりから聴こえてきているように思えた。


「なんてきれいな音色なんだろう……」


 何かの楽器の音なのか分からないまま、ユーリは無意識につぶやいていた。

 意識が混濁していく。やさしいその音に包まれたいと思う。


「ユーリ、しっかりしろ!」


 ジェノサイドに肩をつかまれた。ジェノサイドの袖がめくれ、そこにクリスタルの玉を繋いだ腕輪が垣間見えた。

 そのクリスタルの光がきらりとユーリの目を射抜いた。


「え……?」


 ユーリは我に返った。


「ハーピアの歌声だよ」

「これが?!」


 歌声というより、何かの楽器を鳴らした音楽に近い。


 もっと聴きたい。もっと近くで聴きたい。そういう思いにかられる。

 それは理性では制御しがたい欲求だった。


 もっと……。もっと……。


 心地よい気持ちになる。

 ふらふらと足が旋律が響てくるところに向かって進んでいく。


「ユーリ……っ!」


 ジェノサイドは苦し気にユーリの名を呼び、手を伸ばした。その手はユーリの服の表面をわずかにかすれるだけだった。そのままバランスを崩してジェノサイドはその場に膝をつく。顔をあげると、ユーリはジェノサイドの手の届かないところまで移動していた。


 ジェノサイドがかろうじて正気を保っていられるのは、魔よけの効果のあるクリスタルの腕輪のおかげだ。しかし、その恩恵も長くは続かないようだ。クリスタルの玉のいたるところに亀裂が生じている。


 頼りのユーリがハーピアの歌に捕らわれた今、自分がどうにかしなければならない。

 ジェノサイドは意識が保っている間に、急いで呪文を唱え始めた。


 ユーリは音楽に包まれていた。いつの間にかその音楽は、高音のほかに、低音が重なり、そして、いくつもの音が重なり合って絶妙な音楽となっていた。


 音楽でこんなにいい気持ちになるのは初めてだった。

 恍惚の表情を浮かべたまま、木々の根本までたどり着く。


 演奏者たちはこのあたりにいる。どんな人だろう。きっと天使のように美しい姿をしているに違いない。こんなに美しい歌を歌っているのだから。


 ユーリは木々を見上げた。


 枝という枝にたくさんの黒い影があった。

 黒い翼を持ち、人に近い顔をした魔物たちがそこにいた。その顔は、黒目がちな目をしており、口元がでっぱり、犬歯が出ていた。人間の顔をベースにすると、醜悪な形相をしている。鋭い爪で枝をしっかりとつかみ、こちらを見下ろしている。


 ユーリは凍り付いた。

 見計らったように、ハーピア達がいっせいに翼を広げ、ユーリに襲いかかってきた。


 ジェノサイドの声が響いた。


「我は創造する


 石の礫」


 木々の上空から二十センチ地方の真四角な石が落ちてきた。木々の枝にあたり、折れた枝が数体のハーピアに落ち、いくつかの石は数体のハーピアを直撃した。


「ギャア」

「ギュウ」


 ハーピア達の悲鳴が響き渡る。


 石の礫をかいくぐったハーピアが三体、ユーリに向かって来た。


 数秒の間に意識を取り戻したユーリは、考えるよりも先に腰に携帯している剣を鞘から抜き、一体目の攻撃を受け止め、はじき返した。

 そのはじいた剣の返しで二体目のハーピアの首を落とす。三体目のハーピアの攻撃はさっと身をかわして避けた。ユーリはすかさず剣を構える。


「はあ、はあ。大丈夫か? ユーリ」

「ジェノのおかげで命拾いしたよ。ありがとう」

「いやあ、間に合ってよかった」


 ジェノサイドは細い目をますます細めて安堵のため息をついた。左手首にあったクリスタルの腕輪は砕け散り、今は繋いでいた糸だけが頼りなげにそこにある。


「気を緩めるのは、まだ早いみたいだ」


 ユーリが言い終わる前に、体制を整えたハーピア達が再びユーリに襲ってきた。


「ジェノさん、下がっていて」


 ジェノサイドが急いでユーリから遠ざかる。


 一体のハーピアの獰猛な爪がユーリをわしづかみにしようとした瞬間、ユーリは膝を深く曲げて体を沈ませ、振り向きざま後ろからハーピアを一刀両断した。身体を真っ二つにされたハーピアはそれでもそのまま空中を進め、身体を左右を別かして、地面に落ちた。

 休む間もなく、致命傷を負っていないハーピア達が、身体を痛めつけられたことでますます激情し、ユーリたちを襲ってくる。

 その数、十体はくだらない。


 ユーリは剣の柄を握り直した。


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