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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、タイトスの町にたどり着く

 しかし、ユーリの進捗はなかなか思うようにいかなかった。

 一番の理由は、一人旅をなるべく避けるようにしたことだ。

 乗合馬車の業者は、馬車の本数を減らし、護衛を雇おうとしても、街道を行きかうキャラバン隊に先を越され、旅人と同行しようにも、その旅人の数が減っていて、同行者を探すのに手間取った。


 その理由は、魔物が狂暴化していることだった。


 さらに不穏な話を耳にした。

 シルベウス王国の南部、民族国家オーランシャンの国境近くに、貴重な鉱物が発掘される鉱山がある。貴重な鉱物を狙って、探検家たちはその鉱山に入っていくが、そこは上位の魔物たちの巣窟でもある。


 強い魔物が住み着いていて入手するのも難しい貴重な鉱物、ということでますますその鉱物の価値は高くなり、今まで多くの探検家がその鉱山に挑んでいた。

 それがここ、二、三年の間に、鉱山に棲みつく魔物の数が増し、しまいには、近隣の村を襲う事件が起こるようになった。


 シルベウス王国は、このまま鉱山の魔物たちを放っておくと被害はますます大きくなると危惧し、兵団を派遣し、討伐に当たった。


 その討伐隊が全滅したという。


 今は体制を取り直し、再び討伐に挑む予定とのこと。そのために討伐隊の人員を募集しているのことだった。


 ユーリがタイトスという名の少し大きな町にたどり着いたのは、討伐隊が全滅したという日から一週間後のことだった。

 ユーリが考えている道程では、ここから十日ほどでブリジットの森にたどり着くのだが、思う通りに行くかどうか、気がかりな点があった。


 時刻は夕食時を少しすぎたあたり。警備兵の数が多く、人びとも殺気立っている。

 この町が位置するのが、魔物が巣くう鉱山から徒歩三日ほどしか離れていない場所にあることが、大きな理由だろうと思われた。


 料金があまり高くなく、それでも貧相ではない宿屋にあたりをつけて建物の中に入る。普段はもしもの時の場合に倹約をしているユーリだが、今日くらいは奮発しようと思った。

 日々倹約している自分へのご褒美でもあるし、ここでこれからの進路をゆっくり考えたかったのだ。


 店に入ると、すぐに受付があり、左側には食事処がある。食事処のほうからにぎやかな喧噪と、軽快な音楽が聞こえる。そしておいしそうな料理のにおいが漂っていた。

 手短に受付で宿の手配を済ませ、まずは食事だ。

 食事処は料理のにおいのほかに、酒とたばこと汗のにおいが充満していた。


「いらっしゃいませ」


 目ざとく、店員の女性が声をかけてきた。ユーリと同じ年頃の女性だ。ふりふりのウェートレスの制服を着ている。


「一人だけど空いているかな」

「えっと……」


 店員は店内を見回して、空いているテーブルに目をつけた。


「空いていますよ。ご案内します」


 ユーリは案内され、二人掛けのテーブルにを落ち着かせた。


「ご注文はいかがなさいますか?」

「この店でおすすめのものをもらいたいな」


「かしこまりました。当店のおすすめは鹿肉のステーキです。野性味あふれる味が癖になると人気なんですよ」

「それじゃあ、それをもらうよ。鹿肉は食べたことがないから楽しみだな」

「お客さん、旅の方ですね。このご時世にこの町にやってくるなんて、なかなか無謀じゃないですか」


 歳が同じくらいだからだろう、親し気に話しかける店員の少女。

 ユーリも気さくに返した。


「はは。やっぱりそう思う?」

「ええ、もちろん。この町はいつ魔物の襲撃を受けるかとぴりぴりしているんですよ。気づいたと思いますけど、街の警備が厳重だったでしょう?」

「ずいぶんと警備兵がいたな。中央街道を通って南下しようと思っているんだけど、難しいかな?」

「それは自殺行為というものですよ。旅の方も噂では聞いていると思いますが、中央街道沿いにあるゴルディア鉱山は、魔物達の天国、わたしたち人間にとっては地獄の災厄の地と化しています」

「やっぱりそうかぁ。情報をありがとう」

「みんなが知っていることなので、たいした情報ではないですよ」


 少女は肩をすくめてみせる。

 そんな会話をした後、ユーリは他の料理を二、三点注文した。


「しょうしょう、お待ちくださいね」


 彼女は接客用の笑みを見せると、厨房に向かった。


 ユーリは店内を見回した。

 最初に来たときも思ったが、にぎやかな店だ。仕事帰りの男たち、他のテーブルでは家族ぐるみで、楽し気に談笑をしている。

 どこか無理をしているような笑い声も、そこかしこであがる。

 魔物の襲撃への不安はあるが、それを酒と笑い話で緩和しようとしているように見えた。

 その緩和にそれに一役買っているのが軽快な音楽だった。


 舞台のほうに目をやると、地元の楽団だろうか、一人の男が陽気に歌い、打楽器の男が太鼓をリズミカルに打ち鳴らし、それに別の男が弦楽器で音色をつけていた。

 

「おまたせしましたー」


 料理が運ばれてきた。鹿肉のステーキは店員の少女が言っていたようにじゃっかん臭みがある。しかし香草がうまい具合に引き立てていて、癖になる味だ。それに食べごたえもある。


 料理を堪能すると、ユーリは食べ終わった食器をテーブルの端に避け、テーブルに地図を広げた。この地図は宿に入る前に、道具屋で購入したこのあたり詳細地図だ。


「中央街道を行くのはなしだな。ということは、いったん北上するか……」


 その道程をたどるとブリジットの森から遠き、しかもブリジットの森をさまたげるように、大きな山脈がある。

 その山脈の名は大地の牙山脈と記されている。名前の通り高度が高い。高度約六千メートル。単独で登山をするのは到底無理だろう。となると、山脈を迂回する道程だ。すると日数的には一か月ほどかかる。


 中央街道を行けば十日でブリジットの森にたどり着けるのが、こちらに進路変更をすると三倍の日数になってしまう。


 しかし日数を惜しんで、魔物に襲われて死んでしまったらもともこもない。ユーリが悩むのは、自分に時間の制限があることだ。今日は六月二〇日。ブリジットの屋敷にたどり着くのは、七月二十日前後ということになる。

 本音を言えば、もう少し余裕をもって動きたいところだ。


 ユーリは蘇りの魔法を使うことができた。しかし治癒の神キュアレスからは契約完了の知らせはなく、ブリジットからは一度戻れと言われた。

 戻ったときに、ブリジットから何か伝授されるのではないかと思っている。それまではまだ契約は完了しないのだ、と。


「それにしても、このマーク、なんだろう」


 大地の牙山脈の山頂付近に描かれているマークのようなものを見つめた。それはキノコのような形をしている。そのマークをはさんで、左側は下から上へ、右側は上から下へ、波打つ斜めの線が三本入っている。


「空飛ぶキノコとか……。まさかね」


 自分で言って、自分の言葉を否定する。

 ユーリが地図をにらんでいると、声をかけられた。。


「あのう、あなた、旅の方ですよね?」


 顔をあげると、細面の三半ばほどの男が立っていた。目が細いので、困った表情を現しているのか、笑っているのかいまいちよく分からない。


「ええ、そうですが?」


 男はずずっとユーリに詰め寄った。


「もしかしてキラット村に行こうとしていませんか?」

「え?」


 ユーリは改めて地図に目を移し、北上する道沿いにある村の名前を確認する。その村には確かに「キラット村」と書かれていた。


「ええ。そうしようかと考えていたところです」

「地図を真剣に見ていたので気になって様子を伺っていたのです。キラット村には俺も行きたいのです。俺を連れて行っていただけませんか?」

「どういうことですか?」

「あなたを護衛に雇いたんです」

「ええ?」


 思ってもいない言葉にユーリは驚いた。


 ユーリは男に言われて、自分の恰好が旅慣れたものになっていることに気づいた。履きなれた頑丈なブーツ。裾の一部がやぶけたマント。使い込んでいるリュックサック。腰には、魔法の杖と、細身の剣を携帯している。


 しかし、だ。


「僕は護衛を雇う側であって、雇われる側ではありませんよ」

「ご謙遜を。魔法の杖はだいぶ使い込まれているようですし、その剣もただの飾り物ではなさそうですよね」

「とんでもない。僕は攻撃系の魔法は使えないですし、剣術だってままごとのようなレベルなんです」


 剣術は学生のころは苦手としていたが、ノースグランドの医療部隊にいたときに、兵士たちから教わったり、自主稽古をして技術をあげていた。

 そのおかげで、学生の頃よりは剣の扱いは慣れた。


 ここまでの旅の間にも、魔物と対峙することが何度かありっ、やむを得なく、剣を振るうこともあった。


 とはいえ、ユーリの周りには剣の使い手が多くいた。聖騎士のエルダもそうだし、ラナは破格だった。

 傭兵のシグルスは実力と経験があった。騎士のレイクやアルベルトも若いながらに強かった。


 そんな人たちを見てきたからこそ、ユーリは剣術の腕には自信がない。そこそこ扱えるようにはなったが、それ以上ではないと思っている。


「充分強いとお見受けします。すくなくとも俺よりは強いでしょう」

「かいかぶりですよ」

「俺は建築士なんですよ。造るよりも設計する側でして。だから、剣よりも杖よりも、筆を執っているほうが得意なんです」

「そうなんですか」


 細目の男は丁寧な口調で言った。


「せめて話だけでも聞いていただけませんか?」


 このような態度をとる相手に対して、ユーリは無碍にはできなかった。結局ユーリは「話だけなら」と、手前にある椅子を指し示した。


「ありがとうございます」


 礼を言って、男は椅子に座った。


「俺はジェノサイドといいます。気軽にジェノとよんでください」


 にこりと笑うがやはり目元は細目のままだ。素で細い目なのかもしれない。


「僕はユーリです。ブリジットの森に行くために旅をしている最中です」


 ジェノサイドは目を大きくした。


「ブリジットの森ですか。まさか大賢者様に会いにいくつもりですか?」

「その通りです」

「誰か生き返らせたい人がいるのですか?」

「まあ、そんなところです」


 ユーリはあいまいに頷いた。男はそれ以上、追及してこなかった。まだそこまで追求する仲ではないと遠慮しているのだろう。大人の対応だなとユーリは感心する。

 ジェノサイドは話を続けた。


「俺はキラット村の出身で、今はシルベウス王国の王都で建築士をしています。けれど、ここ最近故郷の近くで魔物が暴れているという噂を耳にして、故郷が心配で様子を見に行こうと思ったのです。


 俺が行ったところで、状況は変わらないでしょうが、家族が魔物に襲われたらと思うと心配で心配で」

「気持ちは分かります」


 ユーリは頷いた。

 そこにさきほどの店員が声をかけてきた。


「食べ終わったお皿を片付けますね」


 ユーリは礼を言った。


「ありがとう。鹿肉のステーキ、とてもおいしかったよ。癖があるけれど、ほんとやみつきにる味だね」

「そうでしょう。当店の自慢です。何か飲み物でも用意いたしましょうか?」

「そうだね。何かお茶はあるかな」

「オーランシャン風味のお茶がありますよ」

「それをもらうよ。ジェノさんは?」

「俺も同じものを」

「かしこまりました~」


 彼女はにっこり笑って、よくその細い腕にこれだけ皿を乗せられるものだと感心するような勢いで、方手の手の平に乗せると、去って行った。

 彼女の後ろ姿を見送ってから、ジェノサイドは再び話しを続けた。


「仕事を長期休みをもらって、乗合馬車を乗り継いできたのですが、ここにきて、例の魔物騒動で、キラット村までの乗合馬車が中止になってしまいまして。足止めを食らって、途方に暮れていたのです。

 そこに、旅慣れた様子のユーリさんの姿を見かけたので声をおかけしたんですよ」

「先ほども言った通り、僕はジェノさんの期待には答えられませんよ。本来は中央街道を通ってブリジットの森に行こうとおもっていたのを、魔物に襲われるのが怖くて進路変更しようしているくらいです。

 僕のほうこそ護衛を雇いたいくらいなんです」


 流れている音楽がいつの間にか軽快なリズムから、バラード系のゆっくりとした落ち着いた音楽になっていっていた。


 その音楽に重ねるように、ジェノサイドは言う。


「キラット村までは徒歩で半日ほどの距離です。ゴルディア鉱山とは真逆になるので、魔物もそれほど多いわけではないと思います。ひと昔前までは、この町に日帰りで買い物に出かけることはざらにあったのですから。

 とはいえこんなご時世ですからね、俺一人で行くのは心配なのです。

 ユーリさんに声をかけたのは、方向が同じとお見受けしたのと、旅慣れたように見えたからです。

 つまり、一人で行動するよりは旅慣れた人と一緒にっていう、ただの保険のようなものなんですよ」

「そうですか……」


 先ほどのウェートレスが飲み物を運んできた。


「お待ちしました。ごゆっくりなさってください」

「ありがとう」


 目の前に置かれたカップから、湯気が立っている。熱そうだなとユーリは思う。

 ジェノサイドは言葉を続けた。


「ここで傭兵を探すのは時間の無駄ですよ。腕に自信がある人たちはこの前の魔物討伐に加わって、戻ってきませんでした。今この町にいる強者たちは、町を守ることに尽力しています。一介の旅人に手を貸すようなもの好きはいませんよ」

「……」

「うかうかしていられませんよ。いつ南から魔物の群れが襲ってくるか分からないのですから」


 ユーリとしてもいつまでもここで足止めをしている時間はない。


「分かりました。一緒にキラット村に行きましょう」


 ユーリは頷いた。


「よかった」


 ほっと安堵のため息をついて、ジェノサイドはお茶を口に運んだ。


「あつっ!」


 すぐさま口を離す。


「めちゃくちゃ熱いな。猫舌だから少しさまさないと飲めないよ」


 ジェノサイドは苦笑いを浮かべた。ユーリもつられて微笑んだ。


「熱そうだなと思ったんだ」

「だったら最初に教えてくれよな。というか、もう敬語はいいだろう?」

「ジェノさんさえそれでよければ」

「ぜんぜん構わない。それにさんづけもしなくていいよ」

「分かったよ。ジェノ、お茶が冷める間に、もう少しこのあたりのことを教えてくれないかな」

「知っていることは教えてあげられる」


 ジェノサイドの話では、キラット村までは徒歩四時間の距離だという。

 タイトスの町からキラット村まではなだらかな道なりになっている。


 出現する魔物としては厄介なのは、平原に穴を掘って住むツチイタチと、右手側にある渓谷に住むハーピアという鳥型の魔物だそうだ。

 ハーピアについては、ユーリは少しだけ情報を知っていた。


「ハーピアって歌で人の意識を朦朧とさせるんでしょう? 歌でそんなことができるのかなぁ」

「俺も出くわしたことがないから何とも言えないけど、ハーピアにやれたという事件は時々あったねぇ」

「ツチイタチはカマイタチみたいなものかな。カマイタチは風を刃にするけれど、ツチイタチは土を刃のようなものにするとか」

「その通りだよ。ツチイタチもやっかいだ。集団で襲ってくるらしいからね」

「どちらの魔物には出会いたく会いたくないなぁ」

「道なりに歩いて行けば、大丈夫だと思う。ハーピアは渓谷の岩壁に巣を作って住む魔物だからねぇ。彼らが襲うのは、渓谷を流れる川の底に眠る宝石を獲りにきた探検家たちだよ」

「この川の源流がゴルディア鉱山にあるんだね」


 ユーリは広げたままの地図を見ながら言った。


「その通り。ゴルディア鉱山から流れてくる川には、鉱山からこぼれ落ちた宝石の原石が多く含まれているんだよ」


 言って、ジェノサイドはユーリが広げた地図の一か所を凝視した。


「ていうか、このキノコみたいなマーク、なんだぁ?」

「え? ジェノはキラット村出身なのに知らないの?」

「こんなの俺がいたころにはなかったけどねぇ」」


 ジェノサイドは不思議そうに首を傾げた。


「いや、でも俺が持っている知識は二十年も前の知識だからなぁ。もしかしたらその間に画期的な技術が生まれているのかもしれない。空飛ぶキノコとか」

「やっぱり、空飛ぶキノコって思うよね」


 ユーリは同じ価値観を持つ相手に仲間意識を感じた。ジェノサイドは大仰に頷く。


「うんうん、思う。それに心当たりがないわけでもない」

「心当たり?」


 ユーリが不思議に思って聞き返したところに、さきほどの店員が横切った。ジェノサイドが呼び止める。


「ちょっとそこのお姉さん」

「はい、なんでしょうか?」

「これって、なんだか知ってる?」


 ジェノサイドは地図上のキノコに見えるマークを指差した。


「空飛ぶキノコですね。それがどうかしたんですか?」

「やっぱりそうか。ふむふむ。時代は進化しているんだねぇ」


 うんうんと頷くジェノサイド。


 ユーリは少女に質問した。


「僕はこのあたりの土地に疎いだけど、本当にキノコが空を飛ぶの?」

「そうよ。人が十人は入れるくらいの大きさの籠に、キノコをたくさん結び付けてね、空に飛ばすの。大地の牙山脈なんてあっという間に通り越して、隣のオーランシャンの町まで移動できるそうよ。


 わたしも一度、おばあちゃんに連れられて、飛行するところを見に行ったけれど、圧巻だったわ」

「へええ。すごいねぇ。オーランシャンまでどれくらいで行けるの?」

「詳しいことは知らないけれど、朝、飛行したら夕方にはオーランシャンの町に着くとかなんとかって、聞いたことがあるわ」

「一日もかからずに行けるってこと? 登山したらもっとかかるよね?」

「登山したら半月はかかるそうよ。雪山にしか住まない魔物や、雪崩や壁のような岩場なんかを超えないといけないんだって」

「そうだよね」

「空飛ぶキノコがなかった時代は山脈を超えたり、ぐるっと迂回しなければならなかったから、空飛ぶキノコのおかげでだいぶ楽になったんでしょうね。空飛ぶキノコがない時代のことは知らないけれど」

「空飛ぶキノコってここ最近のことなの?」

「うーん。どうだろう。わたしが物心がついたときにはあったと思うからほんと、だいぶ前だと思うわ」


 ジェノサイドが寂しそうな声で相槌を打つ。


「だいぶ前ねぇ」


「お二人はキラットに行く予定なの?」

「そのつもりだよ。キラット村にたどり着くまでに狂暴な魔物に襲われないか心配なんだけど」

「キラット村はゴルディア鉱山から離れているから、ここから退避している人もいいるみたいよ。道中魔物に襲われたっていう話はまだ聞いたことはないわね」

「それを聞いて安心したよ。お姉さんは退避しないの?」

「ここには家族がいるからね。キラット村に親戚知人がいるわけでもないし」

「そうか。お姉さん、いろいろとありがとう」

「どういたしまして」


 少女は笑顔を浮かべて去って行った。


「俺がキラット村にいたときは、空飛ぶキノコなんてなかったからなぁ。あんな若い女の子からすると、ほんと、だいぶ前なんだなぁ」

「ジェノは何歳くらいまでキラット村にいたの?」

「家を出たのは十六のころだったかなぁ。あれからかれこれ二十年は経つかぁ」

「ということはジェノは今、三十六なの?」

「おっさんだろう?」

「歳より若く見えるよ」

「独身で気楽に生きているからかなぁ。ユーリは何歳?」

「あと二か月ほどで二十歳になるよ」

「二十歳かぁ。もっと上に見えるねぇ、落ち着いているから。いやあ、それにしても二十歳かぁ、若いねぇ」


 ジェノサイドはしみじみとした口調で言い、再びお茶のコップを手にとった。熱くないか中の様子を確認してから、一口すする。


「ほどよく冷めて、飲みやすくなったよ」


 にっこり笑ってジェノサイドはお茶を飲み始めた。


「それはよかった」


 ユーリもお茶を口に運んだ。ぬるくなった茶は、話をしていてからからになった喉をうるおした。


 オーランシャン風味のお茶は、かつてブリジットの家で出されたお茶の味と少しだけ似ていた。

 そのことがブリジットの森の近くまで来ているということを実感させる。


 空飛ぶキノコの話は朗報だが、魔物が狂暴化している現在、空飛ぶキノコが今でも運行されているかは不明だ。


「空飛ぶキノコって今も運行しているのかな」

「行ってみれば分かるさ」


 そんな曖昧な情報しかないまま、動くのは得策ではない。店員の話だけではなく、他の人の意見も聞いてみたいところだ。ユーリは店内を見回した。

 その中で一番盛り上がっている男達の席に向かう。六人の男達が愉快気に騒いでいた。


「あのう、ちょっとお伺い事があるのですがよろしいでしょうか?」


 男達の目線がユーリに注がれる。突然話しかけてきた部外者に不信そうな目を向ける者、興味深く見つめる者など、それぞれだ。

 男達の一人、もじゃもじゃの髭を蓄えた男が話しかけてきた。


「なんだいあんちゃん。見かけない顔だな」

「僕は旅の者で、シルベウス王国の西側から来たんです。キラット村の空飛ぶキノコってご存知ですか?」

「知らないやつはいないぜ。キラット村の観光収入減だからな」

「それって今でも運用しているんでしょうか?」

「知るか!」


 切り捨てるような回答にユーリは瞠目した。


「え?」

「キラット村のやつらは、ここタイトスを防波堤ぐらいにしか見てねぇんだ。この前、魔物の襲撃を受けたときも、援軍の一つもよこさねえ」


 もじゃもじゃ髭の男に感化されたように他の男達も口々に言う。


「そうだそうだ。他人より自分が大事な自分本位なやつらだぜ」

「ここがやられたら次は自分たちだってことを知らねぇはずはないだろうによう」


 ユーリは相槌を打った。


「そうですね」


 もじゃもじゃ髭の男が同士を得たとばかりにユーリの肩をバンバン叩く。けっこう痛い。


「だろう? 今ではキラット村のやつらとは絶縁状態よ。俺たちがお前らの村まで守っているっていうのに、薄情なものさ」


 言って、男は暗い表情になった。


「ここら川の西側はタイトスのおかげでどうにか持続しているが、東側はだいぶやられたらしいぞ。東はこれと言った防衛力のある町はなく、小さな村が点在している稲作地帯だからなぁ」

「東側では魔物たちに襲われた村もあるんですね」

「そういうことだ。人のことを心配している場合じゃないのは俺たちも同じだがな。今まで二度の襲撃を受けた。防壁のいたるところは壊れ、失われた武器も多いし、傷んだ武器を打ち直すにも時間がかかる。

 一週間前に、シルベウス王国が派遣した征伐隊が絶滅したという話を聞いたときには、この時世に生まれたことを呪ったものだ。

 しかしどちらにしろここで生きて行かなくちゃいけないし、魔物が襲ってくるなら抵抗するしかない。それが自分の定めなんだろうなぁ」


 男は言って、辛さを飲み込むように、大きくビールのジョッキをあおった。


「せっかくの縁だ。あんちゃんも飲めや」

「すみません。僕はお酒は飲めないもので」

「それは残念だ」

「お話できてよかったです。良い夜を」

「あんちゃんも良い夜をな」


 ユーリは自分の席に戻った。恐そうな男達だったが、案外親切に自分の質問に答えてくれてユーリはほっとした。

 同時に彼らが抱える不安や怒りを垣間見ることができて親近感がわいた。


「どうだった?」


 ジェノサイドが聞いてきた。男達から聞いた話をジェノサイドに伝える。


「空飛ぶキノコが運行しているかどうかは分からないんだって」

「どちらにしろ、まずはキラット村に行くしか選択肢はないんだねぇ」


 ユーリは頷いた。


「そ、そうだね。今日は早く寝て、今までの旅の疲れをとることにしようよ」

「それがいいねぇ。それじゃあ、明日の朝、七時にこの食堂で待ち合わせということでいいかな」

「うん。それでかまわないよ」


 旅に必要なものはすべてそろっている。新たに買い足すものもない。欲はいえば、このタイトスの町をもう少し見物したいところだが、そんな悠長なことをしている時間はない。


 次の日の朝、予定通り食堂で再び会ったユーリとジェノサイドは朝食をとっている間に、店の人に昼の弁当を作ってもらい、タイトスの町を出発した。


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