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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、ニーナとハリーのことを語り合う

 しばらくして、ニーナはユーリから離れた。

 目と鼻をハンカチで拭う。


「ありがとうございました。だいぶ落ち着きました」


 ニーナは目を真っ赤にしながら、むりやり笑みを作った。


「僕も一緒になって泣いてしまいましたから。お互いさまです」


 ユーリは目の縁に浮かんだ水滴を手の甲でごしごしとこすった。その様子がおかしかったのか、ニーナはくすりと笑った。


「兄のために悲しんでくれてありがとうございます」

「ハリーは妹思いで友達思いのいいやつでした」


 ニーナはただ何度も頷いた。すぐに目の縁に涙がたまる。


「手紙の中に書かれていたラーラさんというのは、どういう方だったんですか? もしかして兄の特別な方だったのではありませんか?」

「ハリーはラーラのことまで手紙に書いているんですか? どんなふうに書かれていますか?」

「『ラーラには幸せになって欲しい』とだけ」

「そうですか」


 ユーリはハリーとラーラが付き合っていたことを告げようか告げまいか迷ったが、ニーナの答えを真剣に待つ表情を見て、告げることにした。

 ハリーもわざわざ妹の手紙にラーラの名前を出しているなら、隠すつもりはなかったのだろうと思う。

 メッセンジャーに自分を選んだのは自分の口から二人のことを伝えて欲しいという思いもあったかのもしれない。いや、かもしれない、ではなく、それはかぎりなく真実のような気がしてきた。


 手紙で語るのが恥ずかしいから、僕に話して聞かせろというのか、ハリーは。ユーリは心の中で今は亡きハリーに悪態をついた。

 気持ちを取り直して、説明する。


「ラーラは僕と同じ医療部隊で働いていた治癒魔法使いです。てきぱきと仕事をする男勝りな女の子で、僕よりも一つか二つ、年上だった、かな。

 最初は僕とハリーが仲良くなって、僕を仲介してハリーとラーラが仲良くなったんです。ハリーがなんだかんだ理由をつけて医療部隊に足しげく通うようになった理由はラーラにあったと思います。


 ラーラも治癒を求めてやってきた怪我人に深入りするとか僕に忠告していたのに、自分がその怪我人と懇意になってしまっていたのだから、人というのは分からないものですよ。

 二人は会うたびに口喧嘩していましたが、その実、楽しそうでした。きっと馬があったんでしょうね。いつ間にか恋人同士になっていました」

「よかった……」

「え?」

「兄が誰かを好きになって、その人も兄のことを大切にしてくれていたんですね。それがうれしくて……」

「そうですか」

「ええ。兄は本当に妹っ子でわたしが嫁入りするまでは、自分がわたしを守るんだって常日頃から言っていました。そんな兄には恋愛沙汰の一つもなくて、妹としては心配だったんです。

 けれど、家族以外の誰かを愛することを死ぬ前に知ることができたのは、ほんとうによかったと思うんです」

「そうですね」


 ユーリは頷いた。

 そして、ふとさっき疑問に思ったことをニーナに質問する。


「そういえば、ハリーは戦争に行くまえはどんな仕事をしていたんですか?」

「両親が生きている頃は、両親を手伝って農業をしていたのですが、両親が他界してからは、一人で畑が回せなくなってしまって。私も当時は押さなくてあまり戦力にはなりませんでし。それで兄は畑は人に貸して、自分は何でも屋みたいなことを始めました」

「なんでも屋?」

「ええ。お金になることは率先してやっていました。例えば、土日にここから半日離れたところにある町でバザーがあるんですが、そのバザーに出す農作物を運ぶのは労力を使うんです。兄はそこに目をつけて各家々の農家を回って、農作物を回収して、数人の仲間とバザーに出向するという方法を思いつきました。売上の二割を手間賃としていただいていました。その手間賃は仲間と公平に分けるんです。


 それまでは各家ごとに馬車を出していたんです。それが農作物を預ければ、黙っていても、その日の夜にお金となって返ってくるので、この商売は好評でした。


 このバザーには兄が自分で作った工芸品も出していました。この籐で作った菓子器は、兄が作ったものなのです」

「ええ? これをハリーが?」


 ユーリは驚いて、精巧に編まれた菓子器を凝視した。


「あのハリーが、こんな細かな仕事をするなんて、信じられないなぁ」


 同意するようにニーナがほほ笑む。


「そう思いますよね。兄は普段はおおざっぱな性格ですが、自分が興味を持ったものは、とことこん追求するという面もありました。

 この網細工も一つ手掛けたら、夜遅くなっても作り続けていました。こちらが話しかけて作業を中断させないと、一日中食事をすることも忘れて作っていたと思います」

「ハリーにこんな特技があったなんて知らなかったなあ。いつも体中泥だらけにして、それでもにこにこしていたイメージしかないよ」


 戦場で一緒に過ごしていただけでは、知ることができなかった、意外なハリーの一面を教えられ、自分が見ていたハリーは本の一面だったことを思い知る。


 ユーリの言葉に、自分が見たことのない兄の姿を想像したのだろう。再びニーナの瞳に涙が浮かんだ。


「お茶が冷めてしまいましたね。入れ直してきます」


 ニーナは涙を隠すように、テーブルの上に置かれたティーセットを手早く盆の上に載せると、台所に向かった。


 ニーナの入れなおしてくれたお茶をいただきながら、ハリーにまつわるおしゃべりをする。それは二人には必要な時間だった。


 その会話の中でユーリは、ニーナの両親はだいぶ前に事故で他界し、兄妹の二人暮らしだったことを知る。今までの会話の中からニーナの両親は亡くなっていることは想像がついていた。

 たった一人の肉親に死なれ、婚約者も失ったニーナは、いずれ王都に住んでいる遠い親戚を頼って、王都に行くつもりだという。

 とはいえ、しばらくはこの村で愛する人たちの冥福を祈りたいのだと語った。


 ニーナは歳は十四だという。その歳で一人身になって、それでも健気に生きようとしている。

 ユーリはニーナのその頼りげない細い体を抱きしめたくなった。けれど、それをぎりぎりで我慢する。


 一時的なやさしさは、自分よがりの無責任な行動だ。

 これから先もニーナの隣にいてあげられるなら別だが、ユーリにはなさなければならない使命がある。


 会話が途切れたのを見計らってユーリは言った。


「そろそろお暇します」

「そんな、お暇だなんて。わざわざ来てくださったんです。今日は泊まっていってください」

「実は次の予定があるんですよ」

「そうなんですか。それでは長居をさせてしまいましたね。ごめんなさい」

「いいんです。目的を果たすことができたし、ニーナさんとハリーの話ができたのでよかったです」

「気を付けて」

「ニーナさんも」


 ユーリはニーナの家を出た。時刻は昼を過ぎていた。

 予定があるといったが、それはニーナに負担をかけさせないための方便だった。

 村の中心に足を向ける。


「おなかが空いたな」


 さきほどいただいたイチゴはおいしかったが、腹を満たすまではいかなかった。それどころか今頃になって、余計に消化機能が活性化して空腹感を感じた。


「あらぁ、あなた、だいぶ前にニーナちゃんの家に入った旅人さんじゃない」


 背後から話しかけられ振り向くと、そこにはこの村に入って一番最初に話しかけてきた女性が瞳を輝かせて立っていた。彼女はハリーの家に入るときも、近くにいた。つけられていたのだろうか。


 少し警戒しながら、ユーリは質問する。


「あなたは、さきほど道を教えてくれた方ですよね」

「そうよ。村のおばちゃんよ。噂話大好き。情報大好きなおばちゃんよぅ。

 ニーナちゃんの家で何をしていたの? 入ったきり一向に出てこないから、しびれを切らして、昼ごはんにいったん帰っていたところだったのよ。

 ごはんを食べ終えて、そろそろ張ろうかねぇなんて思っていた矢先に、中央通りに向かって歩いているあなたを窓ごしに見かけたからあわてて家から出て声をかけたわけ」

「あなたはニーナさんのなんなんですか?」

「あなたこそ、何者よ。ニーナちゃんの何なの? 彼氏? もしそうだとしたらニーナちゃんもやるわねぇ。この前婚約者に死なれたばかりなのに。あ、それともパトロン? でもあなたパトロンって感じじゃないわよねぇ、その若さで」


 女性の無遠慮な発言にユーリはむっとした。もともとストーカーのように自分の後をついてきている彼女の行為に苛立ってもいた。空腹の苛立ちも加算する。


「僕はニーナさんの兄のハリーさんと友人です。今回はハリーから妹のニーナさんあてに手紙を預かっていたので、それを届けにきただけです」

「あらそうなの? 手紙ってどんな内容なの?」

「僕は手紙を読んだわけではありません。渡しただけですから」

「兄から妹の手紙、泣くわよねぇ」「

「そうですね」

「ニーナちゃんもかわいそうに」


 女性は眉尻を下げた。


「そろそろいいですか? 僕は急いでいるので」

「あなたお昼ごはんは食べたの? この村には食事処なんてないわよ」

「ええ? そうなんですか?」

「いろいろ教えてくれたから、おばちゃんが食事をごちそうしてあげるわ。ちょうど昼ごはんを多く作りすぎて困っていたところなの」


 おばちゃんの家は、ここからすぐ近くの道沿いにあるハリーの家より少し大きな家だった。

 家の中はきれいに整頓されていた。


「ご家族は不在ですか?」

「お父さんが戦争に駆り出されたわ。息子は二人いてね、一人は同じく戦争。もう一人は王都で勉学中の身なのよ」

「戦争は終ったので、ご主人も息子さんもそろそろ帰ってきますね」

「息子は戦死。お父さんは怪我の治療が終わってから帰ってくるそうよ」

「そうなんですか」


 おばちゃんは息子が戦死したとさらりと言ったが、悲しんでいないわけがない。治療中という主人とはもしかしたら自分も医療部隊で会っているかもしれないが、それは言わないほうがいい気がした。

 自分もその戦地にいたことは説明しなければならないし、説明したらしたでいろんな質問ぜめを受けそうだ。


 ただ、人のプライバシーに詫びれもなくずけずけと足をつっこんでくるおばちゃんの家庭の事情を聞いて、すこしだけおばちゃんへの好感度が増した。


「このあたりはジャガイモがメインなのよ」


 出された食事は、ふかしたジャガイモにバターをのせたものと、ベーコンと豆とジャガイモをいためたもの、温野菜のサラダだった。

 どれもざっくりと大柄だが、口にしてみると驚くほどおいしかった。


「とてもおいしいです」

「そう言ってくれるとうれしいわ。ジャガイモは冷めていたから温め直したのよ。そのサラダは自家栽培」

「そうなんですね」

「おばちゃんの質問攻めに辟易しているかもしれないけれどね。こんなの序の口よ。この村は暇すぎて話題を求めているからね。村を出るまでにひっきりなしに話しかけられると思うわ」

「そうなんですか……」


 ユーリはそのことを想像してげんなりした。


「だからおばちゃんがあなたが村を出るまで付き添ってあげる。いちいち質問されるの、面倒でしょう? おばちゃんが野次馬を追い払ってあげるわ」

「そうしていただけると助かります」


 最初はわずらしいと思っていたこの女性が、今や心強い味方となった。

 おばちゃんの言う通り、村の出入り口までユーリは無事たどり着いた。


「ここまでありがとうございました」

「お礼を言うのはこちらのほう。久しぶりに若い人とおしゃべりができて若返った気分よ」

「はあ……」

「これから村のみんなに、ニーナちゃんとあなたのことを話すことができるのも楽しみだしね」


 おばちゃんの息つく間もない語りにつき合わせれるこの村の人々のことを、ユーリは少しばかり慮った。


 ユーリは午後の道沿いを朝出た村に向かって歩みを進めた。日は傾き始め、優しい午後の光を大地に注いでいる。


 緑の麦の葉が風に合わせてなびいていく。

 広大な自然を堪能しながら、ユーリはニーナに手紙を渡すことができて本当によかったと思った。

 使命を遂行した達成感に満たされている。


 これから本題の使命を達成しなければならない。

 ユーリは強い目的を持ったまなざしを進む先に向けた。


 夕方、朝出た村に再び戻ってきた。

 昨日泊まった宿と同じ宿に泊まることにした。


「隣村まで、無事に行けただろう」

「はい。おかげさまで。このあたりはまだ平和なんですね」

「まあな、しかし南のほうはやばいらしい。あんた、これからどこに向かう予定で?」

「ブリジットの森です」

「ブリジットの森? なんだそりゃあ?」

「シルベウス王国の南東にある森ですよ」


 ユーリは詳しく語らなかった。店の男もそれ以上は聞かなかった。

 ブリジットは大賢者だが、ブリジットの森から遠く離れれば離れるほど、その知名度は低くなる。

 青い大地でおばちゃんの手料理よりも数段見た目はいいが、数段味は劣る料理を食べたあと、食後のコーヒーをすすりながら、テーブルの上に地図を広げて、見下ろした。

 この地図はシルベウス王国を中心に描かれている。シルベウス王国は北半球に位置しており、その領地は絶大な広さを誇る。

 シルベウス王国内部は詳細に道が描かれているが、周りの国々への行き方について、おおざっぱにしか描かれていない。


 ユーリが今いる場所はシルベウス王国の中では北西に位置する。アクアディア聖国は南東の位置にある。それも北側のほうが少し描かれているだけで半分以上は見切れている。

 ブリジットに会うために東に進んでいたが、転移魔法で、一気にアクアディア聖国を通り過ぎて西側に移動していたのだ。


「シルベウス王国を横断して、ブリジット様の森に行くのが一番の近道かな」


 地図から予測すると、その道程で行けばブリジットの家までここからだと一か月半ほどかかる。ブリジットの家からアクアディア聖国まで一か月。今が五月上旬だから、七月後半にはアクアディア聖国に帰れる計算になる。

 ある程度の道程を見極めると、動くべくユーリは残りのコーヒーを飲みこんだ。



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