ユーリ、ハリーの妹ニーナに会う
温泉を出発したときに共にしていた元兵士の男たちとは、進行するごとに、一人ずつ別れて行き、三日が経った今、とうとうユーリは一人になっていた。
皆と旅をしている間に二回、魔物に襲われたが、戦い慣れした元兵士たちが一緒だったため、苦もなく退治できた。
それでも、いままでもちらほらと耳にしていた「魔物が狂暴になっている」とい事実を実感した。
ユーリは、魔物たちは狂暴性はさることながら、襲いかたが稚拙で、ただ本能のままに暴れる、という状態のようだったことに疑問を感じた。
まるで、狂気に取り付かれるようだった。
ユーリは一人で街道を歩きながら、いつ魔物が襲ってくるかと気が気ではなかった。
同行していた最後の一人の男とはついさっき通りかかった村で分かれたばかりなのに、すぐに心細くなっている自分がいる。そんな自分の不甲斐なさが情けなかった。
このあたりは、シルベウス王国の中では中央より北に位置し、小さな村があたりに点在する穀倉地帯だ。
領主が治安を管理しており、平穏な土地だと聞いている。出現する魔物は、下位の魔物が主だそうだ。とはいえ、心配だ。
故郷のアクアディア聖国に巣くう魔物たちも同様ならば、魔物と戦い国民の治安を守る役目がある聖騎士の姉が心配だ。
ノースグランド国の医療部隊にいたころは、目の前の忙しさにとらわれて、故郷を思い出すことはほとんどなかった。
ラナが目の前から消えていく夢を見ることもなくなっていた。
それが医療部隊が解散し、一人になった途端に故郷を懐かく感じる自分がいる。我ながらげんきんなものだなとユーリは思う。
日差しが日に日に強くなっているのを感じる。
季節はもう五月だ。吹く風は優しく、草木の葉が楽しそうに揺れている。
とりとめのないことを考えながら歩き続け、気づいたら小さな村にたどり着いていた。さっきまで空にあった太陽は沈みかけ、赤くそまっている。
地図によれば、この村はハリーの故郷の村まであと半日くらいの距離にある村。時刻は夕方で、これ以上先を進むと、ハリーの村にたどり着くのは夜遅くになる。
こういうときは無理をしないに限る。
この村でユーリは一泊することにした。
小さな村のため宿屋は一つしかなかった。「青い森亭」という文字がかかれた看板の建物の扉を開き、ユーリは建物の中に入った。
受付にいた店の男はカウンターの上に載せた資料に目をむけていたが、客が入ってくると顔を上げた。
「こんばんは。旅の人」
「こんばんは。一晩泊まれますか?」
「もちろんだ。この宿が満室になることはないからな」
自嘲気味にからからと店の男は笑った。
「どこかおいしい食事処を教えてもらえますか?」
「その通りをまっすぐ行って右に回って次は左に回る。すると、『青い大地』っていう食事処がある。おすすめだ」
「ありがとうございます。青い大地ですね。この宿と名前が似ていますね」
「俺の従妹がやっている店だからな」
「なるほど。明日、隣の村に行くつもりなんですが、この村から乗合馬車は出ていますか?」
「乗合馬車はないな。ここから歩いて三時間もかからないところにある。目をつぶっていてもたどり着けるさ。よっぽど急く場合は、馬を持っているやつから馬を駆り出すこともあるけどな」
「危険ではないですか? 最近、魔物が狂暴化していますよね」
「いくら魔物が狂暴化しているといっても、このあたりの魔物はかわいいもんだ」
主人の話を百パーセントまともに受けるつもりはないが、安心感が増した。
その日は紹介してもらった青い大地という食事処で地元の素朴な料理を堪能し、青い森亭の一室で就寝した。
朝、起きたときには、一人で歩いていくとを決めていた。
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
宿を出るときに、店の男に声をかけられ、それに答えた。
一人旅に不安を感じながら歩いた昨日は違い、一晩寝たらだいぶ腹もくくれた。そうなると、視野が広くなる。
左右には広大な麦畑が広がっている。青々とした葉を広げ、風が吹けば、その葉を撫でていき、大きなウェーブを作る。
「きれいだなぁ」
ユーリはつぶやいた。その風が自分の頬も撫でていった。
アクアディア聖国では、このような広大な光景を見たことがなかった。広い平野があり、風が流れるその様を見ることはなかった。
初めて体感する感覚に、改めて世界は広いということを思い知らされる。
そして思いは再び故郷に向けられる。
「みんな、どうしているかな」
脳裏にラナの姿が浮かんだ。途端、口をついて言葉がでる。
「ラナに会いたい……」
異国の地でたった一人、麦畑でたたずみ、ユーリはかつてないノスタルチックな気持ちになる。
どれくらい小道にたたずんでいただろう。すぐ近くの麦の穂に小さな小鳥が止まり、「チュチュン」と鳴いた。
その声に驚いてユーリが小鳥のほうに目線を向けると、まさかそこに人がいると思っていなかったのだろう、「チチ!」と驚いた声を出して、遠くに飛んでいった。
その姿を見えなくなるまで見送って、ユーリは自分に喝を入れた。
「さあ、行こう!」
歩みを進めるほどに日が高くなり、気温も上がってきた。
それほど疲労感はない。歩きなれしているし、平らな道を歩いているからだ。
ときおり吹く、初夏の風もありがたい。
そして、村を出て三時間を少し経った頃、ようやく前方に村が見えてきた。
「やっとたどり着いた」
ユーリは頬をほころばせた。
村に入ると、旅人が珍しいのか、すぐさま近くを歩いていた女性が話しかけてきた。
「あらぁ、この村に旅人なんて、珍しいわねぇ」
手に網かごを持っている。
「こんにちは。ハリーという青年の家をご存知ですか?」
「あらぁ、通りすがりの旅人かと思ったら、ちゃんと目的があってやってきてくれた旅人なんだね。
ハリーっていうのは、この前の戦争に駆り出された子のことかしら?」
「そうです。ハリーから妹さんにあてた手紙を預かっているので、渡しにきたんですよ」
「あらぁ、そう。ニーナには悲しい出来事よね。あの子のうちはこの道をまっすぐ行って、右に曲がって、二つ目の十字路を左に曲がったところにある家よ」
ニーナというのがハリーの妹の名前なのだろうとユーリは検討をつける。
「そうですか。親切にありがとうございます」
「けっこう中央通りから離れたところにあるから、歩きながらでも周りの人に道を聞いたほうがいいわ」
「ありがとうございます」
ハリーの家にたどり着くまで、ユーリが道の確認をするために村人に話しかけようとすると、それより前に村人たちが話しかけてきた。
よほど旅人が珍しいようで、みんな興味津々だ。
ようやくユーリはハリーの家にたどり着いた。家と家の間隔が広く、家の周りが畑になっている。
家の裏側が自家栽培用の畑になっているようだった。家畜も飼っているらしく、鶏らしい鳴き声も聞こえる。
ドアベルもドアノッカーもついていないため、入口のドアの前でドアを手の甲で二回ノックし、大声で言った。
「こんにちは!」
沈黙。もっと大きな声で言ってみる。
「こんにちは! ここはハリーさんのお宅でしょうか?」
「……」
不在なのかもしれない。ユーリは思った。なんの連絡もなしに突然訪ねているのだから、そういうことがあっても不思議ではない。
それならば時間を改めてまた訪れるまでだ。
そう思っていたところに、ドアごしに、警戒するような少女の声が聞こえた。
「……どなたでしょうか?」
ユーリはほっとした。
「僕はユーリ・フローティアといいます。ノースグランドの部隊で働いていたときに、ハリーさんとは懇意にさせていただいていました」
「そうなんですか。それでここにはどういったご用件でいらっしゃったのですか?」
「ハリーさんから妹に渡して欲しいと託されていた手紙をお渡しに参りました」
「お兄ちゃんからの手紙……?」
「はい」
ドアが開錠される音がして、ドアが開いた。ドアの向こうから警戒するような目で、こちらを見る少女がいた。
一目でハリーの妹であることが分かった。ハリーとそっくり、というわけではないが、全体的に雰囲気がよく似ている。
なにより、ハリーと同じはしばみ色の瞳をしているのが印象的だ。右目の下に小さなほくろがある。
少女はおずおずと質問した。
「わざわざ兄の手紙を持ってきてくださったんですか?」
「はい。ハリーとは、……すみません。いつも呼んでいた呼び方で言ってしまって。ハリーさんとは親しくさせていただいていました」
「兄の呼び方なんて気にしないでください。いつも通りの呼び方のほうが、あなたが兄と懇意の関係だったことを実感させられるので……」
「そうですか。そう言っていただけると、僕もうれしいです」
ユーリはにこりと笑った。
今の会話でだいぶ警戒が解けたのか、少女も小さく笑みを浮かべる。
「これが手紙です」
あらかじめ懐に用意していた手紙を取り出す。
少女はその手紙に、熱意のこもった視線を注いだ。今すぐにでも手紙を開いて読みたいという心情が伝わってくる。
しかし少女ははっとしたように、ユーリの背中越しの様子に目線を向けた。それにつられてユーリも振り返る。
すると、そこにはなにげなさを装いながらも、こちらの動向を興味深々に見守っている村人たちの姿があった。
最初にユーリに話しかけてきた女性もいるし、曲がり角でどっちに曲がるか悩んだときに話しかけてきた夫人や、三又の路上で話しかけてきてくれた老人もいる。
「立ち話もなんですから、家の中に入って足休めをしてください。粗茶ぐらいしかただせませんが、喉をうるおすことはできるかと思います」
そう言われて逆にユーリは躊躇した。今までのやり取りでこの家でにはハリーの妹しかいないように感じた。
女の子が一人しかいない家に、自分が入り込んでもいいものだろうか。
「……ご迷惑ではありませんか?」
「迷惑だなんてとんでもありません。わざわざここまで来てくださったんです。感謝こそすれ……」
あとの言葉はうやむやになる。
そして少女は初めてしっかりとユーリを見つめた。少女の瞳の色にユーリはふわりと懐かしさを感じた。ハリーの瞳と同じ色。彼女がハリーの妹であることを再認識させられる。
「なにより、兄の話をゆっくりと落ち着いたところで詳しく聞きたいんです」
誘うようにドアを大きく開く。
「それではお言葉に甘えて」
ユーリはハリーの家の中に歩みを進めた。
ドアの向こうはすぐに居間となっていた。
「小さな家なので、居間と台所が繋がっていて、ごちゃごちゃしているでしょう」
「僕の家もこんな感じですよ」
「父と母がいて兄がいたころは、手狭に感じていたものですけれど、一人では広すぎるくらいです」
「お察しします」
「空いている椅子に適当に座っていてください。お茶をいれますね」
「ありがとう」
ユーリは身近な椅子に腰かけた。
台所からハリーの妹がお茶の用意をする音が聞える。
ユーリは手持無沙汰に部屋の内部を見回した。
それほど裕福ではないのだろう。家財道具はその道具が持つ機能だけを用いたものだけが収まっていて、装飾の類は施されていない。
右側には大きな窓があり、窓が開いていた。そこから風が入り込み、カーテンを揺らしている。反対の左側には、ドアが三つ並んでいた。あのドアの向こうに、ハリーの部屋や、妹の部屋があるのだろう。
ハリーはここで妹と二人きりで暮らしていたのだ。かわいらしい妹だ。そんな妹を守るように日々、ハリーは頑張っていたのだろう。姉のエルダが自分にそうしてきたように。
ハリーが戦争に行く前の生活を垣間見て、ユーリは胸がつまった。
ハリーは剣は戦争に行く前までは、学校の授業で握ったことがあるくらいしかなかったといっていた。
小さな村で普通の村人として暮らしていた少年が、国の都合で徴兵され、敵とはいえ、人と戦わなければならなくなった。
最初こそ、人を殺すことに罪悪感を抱いていた彼は、いつのまにか戦があるごとに、仲間内で殺した敵の数を競うようになり、敵の斬ることに快楽を得るようになる。
ある時、そんな自分に気づいて自分を嫌悪し、自分の人生に絶望するも、戦いがあれば、命令がくだされ戦禍に加担するという日々が続き……、そして命を落とした。
「ハリー……」
ハリーの人生を悼み、胸が苦しくなる。
「お待たせしました」
声がかけられ顔をあげると、ちょうど、二個のカップと、網細工で作られた菓子器を二皿、トレーの上に載せ、妹がやってくるところだった。
「たいしたおもてなしができず、恥ずかしいかぎりですが……」
言いながらトレーをテーブルの上に置き、カップと菓子器を順番にユーリの目の前に置き、自分の前にも置く。菓子器は籐か何かで編まれたもので、その精緻さに一瞬、目を奪われる。
菓子器の底には陶器の皿があり、その上に赤い小さな果物が五つ載せられている。
「これはイチゴですか?」
「ハッピーチェリーという品種です。家の畑でとれたものです。今年の初物ですよ」
「幸せになれそうな名前ですね」
少女は小さく微笑んだ。
「今更ですけれど、わたしはハリーの妹のニーナといいます。ユーリさん、といいましたね。ここまで来てくださってありがとうございました」
「とんでもありません。ハリーは親友でした。そんな親友から手紙を託されたのです。光栄に思いますよ」
「兄は戦場ではどうでしたか? 国に貢献できていたでしょうか?」
「僕らは同じ戦地にいましたが、部隊が違っていたので、ハリーとは一緒に仕事をしたことはなんです。
ご存知だとは思いますが、ハリーは歩兵として戦場で敵と戦っていました」
「ええ。それではユーリさんはどんな仕事を?」
「僕は医療部隊に所属していて、戦地で怪我をした兵たちの治療にあたっていました。ハリーは最初こそ、よく怪我をして戻ってきましたが、徐々に腕を上げていったんでしょうね。後半は怪我の治療を求めにやってくるよりも、ぴんぴんして戻って来て、医療部隊の手伝いをしてくれていました」
ニーナはユーリから告げられる兄の話を、一言ももらさいとでもいうように、熱心に聞いていた。
「兄が少しでも皆さんのお役に立っていてくれたなら、妹として兄を誇らしく思います」
「ハリーは明るい性格で、彼がいるだけで場がにぎやかになったものです」
「ユーリさんは医療部隊にいらしたというなら、兄の怪我を治癒してくださっていたんですね。ありがとうございます」
「お礼を言われるようことではありません。仕事でしたし、そのおかげてハリーとも親しくなったのですから」
言ってからテーブルの上に置かれたままの手紙に目線を移した。
「前置きが長くなりましたね」
ユーリはテーブルの上に置いていた手紙をニーナに差し出した。
「これがハリーからの手紙です。すみません。ここにくる間に少し皴がついてしまいました」
「いいえ、気になさらないでください」
ためらいがちに受け取るニーナ。しかし一度受け取ってしまうと、封を破るのももどかしいとばかりに乱暴ともいえるしぐさで封を破り、手紙を開いた。
手紙の枚数はそれほど多くはない。けれどユーリからちらりと垣間見えた感じでは小さな文字でびっしりと書かれていて、読むのに時間がかかりそうだ。
ニーナは手紙に目を通す前に、一度ユーリに目線を向けた。
「わたしは文字を読むのがそれほど早いわけではありません。どうぞ先にお茶をいただいていてください」
「分かりました」
ユーリはお茶を一口すすった。味は薄かったが、彼女の誠意は充分に伝わってきた。
ニーナは手紙の内容を読み始めた。それほど時が経たずしてニーナはくすんと鼻を鳴らした。思わずニーナをみると、どうやら涙をこらえているようだった。
「僕、外しましょうか」
「いいえ、大丈夫です」
ニーナはまったく笑顔になっていない笑顔を浮かべた。
「イチゴも召し上がってくださいね」
「ありがとう」
ニーナは再び手紙に目線を戻した。
熱心に読んでいる。時々目もとや鼻にハンカチをあてるのは、涙と、それに伴う鼻水をぬぐっているからだ。
手紙をめくる小さな音が、とても大きく聞こえる。
泣きながら手紙を読む少女と同じ場にいるという、居心地を紛らわせるために、お茶を飲んだり、イチゴを食べたりする。イチゴは小ぶりだが、甘酸っぱくておいしかった。
今の季節は五月上旬。自分の誕生日は八月十日だ。それまでにブリジットの家を訪ね、アクアディア聖国に戻らなければならない。地図が見たいな、ふとそう思う。
ニーナの様子を伺うと、まだ手紙を読んでいた。そんな中、地図を広げるわけにはいかないので、再びお茶を飲んだりイチゴを食べたり、菓子器の網細工の編み目を目で追ったりして、ニーナが手紙を読み終えるのを待つ。
どれくらい時間が経っただろう。ニーナの様子を伺うと、ニーナは顔を俯かせたまま、肩を震わせていた。
手紙は最後の一枚になったようで、数行文字がしたためられている。こうして伺っている間にも読み終わることができそうな文字数だ。
しかし、ニーナは俯いたまま、顔をあげようとしない。その手紙に一滴の涙が落ちる。
「ニーナさん?」
「……っ」
ニーナの口から嗚咽をこらえるような声が漏れた。ユーリはあわててテーブルを回って、ニーナの隣に座り、ニーナの肩に手を沿えた。
「大丈夫ですか?」
うつむいたまま、ニーナは掠れた声で聞いてきた。
「お兄ちゃんは本当に死んだんですね」
「……はい」
重い口調で言って頷くと、堪えられないようにニーナはユーリの胸に抱きついてきた。
「お父さんもお母さんもいなくて、ヨセフも戦場で死んで、お兄ちゃんまで死んじゃって。わたしは一人になっちゃったよ。お兄ちゃん、どうして死んじゃったの? お兄ちゃんのばかぁ!」
ニーナは号泣した。
ヨセフというのはハリーの幼馴染であり、ニーナの婚約者だったという男の名だろう。
ニーナは兄と婚約者、そんな大切な人の死を悲しみながら、同時にそうなってしまった世界に怒っている。
大切な人の死はすぐに受け入れられるものではない。その気持ちはユーリも五歳の頃に経験している。
自分をかばって馬車の下敷きになった母。ユーリはこくこくと命の輝きを失っていく母に対して、何もできなかった。
母を失った時、悲しみ、そして世界をあきらめた。神に祈っても、どんなに願っても、叶えられないのなら、祈りも願いもすべて抱かなければ良い。
ニーナはあの時とのユーリとは違う感情を抱いている。あきらめではなく怒り。大切な人達を死にいたしめた世界に対する怒りだ。
ニーナのように思うのが通常なのか、自分のように思ったのが通常なのか、今のユーリには確かな答えを出すことはできない。
けれど、ニーナの心から怒っている様子は、美しいと感じた。恨みや妬みからする怒りではなく、死者を心から悲しんでいるからこそ、生じている怒りだからだ。
ユーリはニーナの背中に、そっと手をまわした。
ニーナがさらにユーリに抱きつく。服越しに伝わる体温とともに、ニーナの悲しみがユーリに伝播する。
亡き兄を悲しむニーナの感情と、短い間だったが友達とも呼べる関係になっていたユーリの友を偲ぶ感情が共鳴し、二人の空間が悲しみに満たされる。
そんな中ユーリは、どこか頭の中の冷静な部分で考える。
この空間に、きっと悲しみの感情を食らっている神と精霊がいる。
この悲しみの感情は誰かが食べてくれなければ、ずっとこの場にわだかまり続けてしまうのだろう。それは生者と死者のどちらにとってもよくないことに違いない。
悲しみの神、悲哀の神はなんという名だったか。そしてその眷属の精霊は。
すぐに思い浮かばないためそれ以上考えるのをやめた。
生者が死者を悼み、悲しみに満ちた時間ばかりを過ごしていては、他の感情を抱けない。
悲しみの感情を希薄するために悲哀の神は悲しみにあふれる場に眷属の精霊を送るだろう。
その場にいる生者に、悲しみだけではなく他の感情を抱かせる隙間を作るために。
世界を動かすために。
久しぶりの投稿です。
いや~、物語を書くのって、自分の時間を削らないといけいなから、時間を作るのが大変ですね。
けれどそれは読む側にとっても同じことで、物語を読むということは、そのために自分の時間を使っているということになるんですよね。
本作は誤字脱字が多いのは相変わらずですが、読んでくださった方が「こんな駄作を読んで無駄な時間を使ってしまった」と思われないようにしたいものです。
しばらくの間、一日か二日単位で物語を上げられそうです。
ご意見などありましたら、なんでも言ってください。
よろしくお願いいたします。