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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、ラーラに蘇りの魔法を使う

 そんなとき、また戦があった。忙しい一日が始まる、ユーリは心の中で思った。

 昼過ぎになると、怪我人がぞくぞくと運ばれて来た。

 今回の戦では、敵側は毒矢を多く使用していた。


「っちくしょう。毒消しの薬が足りなくなるぞ」

「わたし、取ってきます」


 ラーラが即時に答えた。


「僕も行くよ」

「ユーリはここで治癒魔法を続行させろ。そのかわり、ラーラは腕に覚えがあるやつを二、三人連れていけ」

「分かりました」


 ラーラは頷いてテントから出て行った。

 ユーリの治癒魔法では毒を解毒することはできない。せいぜい進行を防ぐことくらいだ。

 そんなとき、テントの外がひときわ、騒がしくなった。


「なんだ、こんな忙しいときに」


 テントの幕が上がり、血相を変えた兵士がやってきた。


「大変だ。ラーラが!」

「なんだって?」


 ユーリは嫌な予感がして、自分の作業を中断して、外に飛び出した。

 ラーラが一人の兵士に背負われていた。


「ラーラ!」


 近づいてみて心臓がどきんと高鳴った。兵士の身体が血だらけになっていた。その血は背負っているラーラから流れている者だった。


「ラーラ、ラーラ、ラーラ」


 アンが泣きじゃくりながら、ラーラの周りを飛んでいる。

 ラーラの顔には明らかに死相が現れていた。

 ヤナックが指示を飛ばした。


「ラーラを早くテントの中へ。ベッドを空けろ」


 背中の服が切り裂かれている。そこから血が流れているようだった。


「うつ伏せに寝かせるんだ」


 寝かせられたラーラの服をはさみで慎重に、それでも敏速に切っていく。

 背中の傷は大きかった。大きな爪でえぐられたような傷だ。


 ラーラと一緒に畑に言った兵士の一人が説明した。

 突然、キラーベアが出現し、ラーラを背後から襲ったのだという。三人がかりでキラーベアを倒して、急いでラーラをここに連れてきたのだそうだ。

 ラーラの背中に生じた三本のえぐられたような傷は、キラーベアの爪の痕跡なのだ。


 ヤナックが血相を変えて言った。


「おい、ラーラ、しっかりしろ。こんな穴、俺がすぐにふさいでやる」



 ユーリは動くことができなかった。なぜなら、自分ではラーラを助けることができないと分かったからだ。


 彼女の命は今、尽きようとしている。


 無理だ、どんな施術をしても、どんな治癒魔法をかけても、ラーラは助からない。

 その間にも、ヤナックは傷口を洗浄し、裂傷に効く軟膏を厚く塗り始めた。


 テレサもビッドも、怪我をしている者もしていない者も、みんながラーラの回復を祈った。


「ラーラ、しっかりして」

「ラーラ」


 アンがラーラにしがみつき、涙を浮かべている。

 ここにいる全員がラーラが生き返ることを願っている。


 何か目に見えない力がただよっているのをユーリは感じた。

 頭の中にその魔法を使用するための呪文が浮かんできた。


 ユーリはラーラに杖をかざした。


「癒しの神キュアレスの加護を


 この者を甦らせよ

 世界の運命が変わるとも

 我は悔やまず

 我は認める


 この者を思う我らの願いと

 この者の生を望む願いを

 叶えたまえ


 復活」


 杖から白い光が飛び出し、ラーラの体を取り囲んだ。みるみる背中の傷がふさがっていく。唇に赤みがさしてきた。


 ラーラは目覚めた。


「わたしは……?」


 ユーリは安堵の笑みを浮かべた。


「ラーラ、よかった」


 アンがラーラの頬に自分のそれをこすりつける。


「うえーん、ラーラが蘇った。よかったぁ」

「ユーリが助けてくれたのね。ありがとう」


 ラーラの感謝の言葉でユーリは気づく。今、自分は蘇りの魔法を使ったのだと。

 ユーリは悟った。死者を生き返らせたいという術者の思いと人々の思い、死者本人の生への思い、そこに世界の意思が動いたとき、蘇りの魔法は効果を発揮するのだと。


 だからいつでも蘇りの魔法が使えるとはかぎらない。


「みんな、ごめんなさい。心配をかけてしまった。まだ治療中なんだよね。わたしはもう大丈夫だから」

「身体の負担は大きいだろう。ラーラはテントに戻って休んでいろ。ユーリは大丈夫、じゃなさそうだな」

「すみません……」


 だいぶ魔力保持量は増えたていたが、それでも蘇りの魔法は想像以上に魔力を消費した。あと少しなら、治癒魔法は使用できるが、大事をとって休みたいのが本音だ。


「ラーラたちの決死の行動で毒消しの薬は大量に手に入った。後のことは俺たちがやるから、ユーリは自分の体力を回復することを考えろ」

「ありがとうございます」


 ユーリはみんなを心配させないように、あわすればふらつきそうになる足取りに気を付けながら、テントに向かい、ベッドに横になった途端、気絶した。


 ユーリが蘇りの魔法を使用したことに気づいた者は多くはなかった。ラーラは深手を負って瀕死の状態だったが、ユーリが治癒魔法で治してくれたのだと大半の人は思った。


 空腹を感じて目を覚ます。テントから漏れる光ですでに日が沈み、夜になっていることが分かった。

 テントを出ると、まだ夕方になったばかりのようだ。これならまだ夕食の配給に間に合う。ユーリは配給場所に向かった。

 夕食を載せたトレーをもってテントに戻る途中で、ヤナック、そしてテレサとビッドまでも設置されたテーブルについて、夕食を食べているのが目に入った。


「師匠、目が覚めたんですね。後で持っていこうと思っていたのですが、手間が省けました。いやあ、今日の師匠、いつもよりもかっこよかったです。なんか呪文の詠唱もいつもと違ってかっこよかったです」

「そ、そうかな」


 ユーリは困ったような笑みを浮かべた。そのまま空いている席につく。向かい側に座っているテレサが慈しみに満ちた笑みを向けてきた。


「ユーリ、お疲れ様でした」

「ラーラの様子はいかがですか?」

「ぐっすりと眠っているわ」

「そうですか。たぶん、あと半日は眠り続けると思います」


 ラナのときがそうだった。


 朝、ラーラは食事に参加した。


「もう、体調はいいの?」

「おかげさまでね。ユーリのおかげでわたしは命拾いができたんだ。ありがとう」

「僕だけの力じゃないよ。ラーラに死んでほしくないというみんなの思いと、ラーラがまだ生きたいという思いがあって、その思いを世界が認めてくれたから、ラーラはここにいるんだ」

「心からみんなに感謝するよ」


 食事を終えてトレーを配給場所に返す途中で、ヤナックがユーリとラーラに耳打ちをした。「聞きたいことがあるから、資材テントに来てくれ」と。


 資材テントはその名の通り、医療で使う器具や道具が置かれているテントだ。普段は人は立ち寄らない。

 ユーリが最初に来て、次にラーラがやってきた。

 最後に呼び出したヤナック本人がたばこを貸しながら、ぶらぶらとやってきた。


「ヤナック先生、聞きたいことというのは、僕がラーラに使用した魔法のことですね」

「そうだ。ユーリが使ったのは蘇りか?」

「たぶん、そうだと思います」

「たぶんとは?」

「実感がないんです。呪文も頭に浮かんできたものをそのまま言葉に乗せた感じでたし。また、同じことをやれと言われてもできないと思います」

「なるほどな」


 ヤナックは思案気に頷いた。

 アンが口を出した。


「おまえが使用したのは蘇りで間違いよ」

「どうしてそう言えるの?」

「あの時、契約が切れたからさ」

「契約が切れた?」

「精霊契約が切れるときというのはどういうときだか知っているだろう?」

「双方の承諾のもとに意図的に契約を切るか、契約を交わしている人間が死んだときか、精霊がなんらかの原因でこの世から消えたときだよね」

「そう。アタイはラーラと契約を切る気持ちはなかった。それにあのときアタイ自体は消えていなかっただろ?」

「そうだね」

「ちょっと待ってよ。みんな、勝手に話を進めているけれど、どいうこと? 話を聞いているとわたしは一度、死んだようだけど」


 アンがいつにもまして真剣な表情を浮かべた。


「ラーラ、落ち着いてきいてよね。ラーラは本当にあの時一度死んだんだ」

「……っ!」


 ラーラは言葉を失った。


「それをユーリが蘇りの魔法で蘇らせた」

「へえ。わたし、死んだんだ。死んだ自覚なかったけど……。へえ、ふーん、そう」


 ラーラの声がだんだん平坦になっていく。信じられない話を聞かされて、頭が混乱しているのだ。


 ヤナックがユーリに質問した。


「ユーリ、蘇りの魔法は以前から使えるのか?」

「今回が初めてです」

「そうか。蘇りの魔法を使えることを、気安く人に話すなよ。ただでさえ普段から、ユーリの治癒魔法に頼って怪我人が集まってくるんだ。それで蘇りの魔法まで使えるなんて知れたら、身が持たないぞ」

「分かっています。それにまだ一回しか使っていないので、今度使って成功するか自信がないですから」

「分かっているならいい」

「はい。あのう、心配してくれてありがとうございます」


 ヤナックはただ頷いた。その目線を今度はラーラに移す。


「ラーラも、死んだといってもほんの一瞬だった。人生の中じゃ些細な出来事だ。気にするなよ」

「はい、そうですよね」


 ヤナックは来た時と同じく、たばこの煙をくゆらせながら、ぶらぶらと去って行った。

「いやあ、驚いたよ。わたしは死んだ経験があるんだね。自覚ないけど。それでもそんな人、世界に数えるほどしかいないと思うから、誇りに思うことにするよ」

「みんながラーラに生きて欲しいと願い、ラーラも生きたいと思った。その思いが世界に通じて、ラーラは蘇ったんだ」

「ユーリと、みんなと、そして世界に感謝だ。

 世界は優しさで満ちているんだね」


 ラーラは笑顔を浮かべて言った。


 それからほどなくして、戦は終わった。

 小さな戦を続けている二つの国に、新たな勢力がやってきて、その二つの国を吸収したのだ。その国はシルベウス王国といった。


 医療テントにその知らせが届いたとき、みんなは心底ほっとした。

 急ピッチで医療テントはたたまれ、医療器具も薬もまとめられた。

 まだ怪我が回復していない怪我人は担架で運ばれることになり、動ける者は現地解散となった。


 ラーラがユーリに言った。


「せっかくだから温泉に入っていこうよ」

「え?」

「もともとこの戦争は、温泉の領土問題から勃発したんだよ。温泉のために働いたのだから、温泉で癒してもらわないと」


 話を聞いていたヤナックが話に乗ってきた。


「それはいいねぇ。その温泉はどこにあるんだ?」

「ここから歩いて一時間程度のところにある」


 ユーリが驚きの声をあげた。


「そんなに近くにあるの?」

「地図から計算した、わたしの予測だけどね」


 話を聞いていた兵士が声をかけていた。


「それはいいね。俺もいこうかな」


 そこにビッドが声をかけてきた。


「そろそろ出発するそうですよ」

「ああ、ビッド。実はね」


 ユーリはこれから温泉に行く話をした。


「俺も行きたいなぁ。けど早く帰りたいし」


 ビッドは迷った。ラーラが話しかける。


「ビッドのことを待っている人がいるんでしょ?」

「そうなんです。俺の実家は家具屋なんですよ」


 テレサがやってきて言った。


「早く帰って元気な顔をみせてあげなさいな」

「そうですね。俺は先に帰ることにします」

「そうか。分かった。元気でね」

「師匠も元気で。またどこかで会いましょう!」

「そうだね」


 ユーリはただそっと頷いただけだった。

 テレサやビッドと別れの挨拶を交わし、ユーリ、ラーラ、ヤナックの三人と、元兵士の男五人は、みんなが進む方向とは別方向へと向かうこととなった。


 ヤナックが言った。


「腕に覚えがあるやつが一緒だと心強いな」


 元兵士の男が神妙に答える。


「油断は禁物です。以前はらくらく倒せていた魔物が今では二人がかりで倒しているざまですからなぁ」


 一時間くらいというラーラの予測は外れた。

 ユーリたちは一時間たっても森の中にいたからだ。


「おかしいな」

「方向はあっているようだが」


 元兵士の一人が方位磁針を確認した。

 三時間たってようやく温泉にたどり着いた。この間に魔物に出くわさなかったのは僥倖だった。

 温泉に近づくにつれて、卵のにおいを濃くしたようなにおいが強くなっていった。

 ユーリは鼻を手でおさえた。


「このあたりに毒ガスでも流れているんじゃ……」


 ヤナックが教えてくれた。


「これは硫黄のにおいだ。温泉にはよくあるにおいなんだぜ」


 温泉には自分たちと同じような考えの人たちがすでに入っていた。

 温泉は混浴だった。戦場が近いため、一般人は立ち入りが禁止されていた。

 だから温泉にいるのは味方の兵士か敵方の兵士だけだった。それも元という言葉が頭に着く。

 最初はにらみ合っていたが、温泉につかった途端、ほっと力が抜けた。


「きもちいいね」

「かー。温泉、さいこー」

「美肌効果があるってほんとうかもね」


 ラーラは水着を着ていた。男たちは腰にタオルを巻いている。


「そんなもの持っていたんだ?」

「近くに温泉があるって聞いていたからね。いつか入ってみようと思って持ってきていたんだ。一年以上箪笥のこやしになっていたけれど、ようやく日の目を見た」


 ラーラはうれしそうに言った。

 温泉は乳白色で、やはり硫黄のにおいがした。音質はつるつるとしていて手触りがいい。

 たっぷりと温泉を堪能し、その日は野宿をすることになった。

 温泉に入っていた人たちは元敵同士だが、今はシルベウス王国配下の国民だ。そのことを抜きにしても、戦場から離れ、一時心をほぐした人たちは、すぐさま戦場の切り詰めた雰囲気を脱ぎ捨て、一般人の形相となった。


 みんなで炎を囲んで食事をする。

 昨日まで戦い合っていた男たちが、今は隣同志に座り、同じものを食べ、談笑をしている。

 そんな中、この温泉を訪れたという見目麗しい男女の旅人の話があがった。


「その男女のうち、女のほうは男に『姫』と呼ばれていたらしい」

「姫? どこかの国の姫なのか?」

「さあ分からん。でも、いで立ちがお姫様だったそうな。王冠も頭にのせていたそうな」

「男のほうは『キース』と呼ばれていたそうな」

「姫のおつきの人なのかね。従者とか騎士とか」

「いやあ、二人の様子から恋人同士だったんじゃないかという話だ」

「で、その姫さんがよ、言ったんだよ」


『この温泉には肌をつるつるにする美肌効果があるようだね。肌もぴちぴちと若返ったようだよ』


「この姫の言葉が発端で戦争が起きたんだよなあ」


 ユーリは聞いたことのある名前に、唖然とした。


「姫と呼ばれた女性は美人、キースと呼ばれた男性は美男子。こんな二人が辺境の温泉にやってきたら、俺たち地元人が注目しないはずがないわなぁ。なあ、ぼうず」


 いきなり話を振られ、ユーリはこくこくと頷いた。


「そ、そうですよね。わかります」


 そりゃあ、百歳越えなのに、外見は二十歳後半の美人の『大賢者』と、ユーリが今まで会った中で一番の美男子のカップルは、いやおうなしに、辺境の田舎に暮らす人々の目をひいただろう。


 二つの国の温泉を巡る戦争はブリジットが原因ともいえる。


「まったく、あの人は……」


 怒りを通り越して心底呆れてしまう。


 その後、話は自分の妻が一番美人、もしくは一番できる妻、のような妻自慢大会となった。


 平和だな、とユーリは思った。

 同時に、死んでいった人たちのことが瞼の裏に浮かんだ。


 身ごもった妻がいて、そんな家族のために戦って、報奨金をもらい家族に楽をさせたいといったオルジ。

 最初は人を殺すことに抵抗を感じていたのに、そのうち人を殺すことに喜びを感じていた自分に愕然としていたハリー。

 彼はもうこの世にいない。

 彼らのことを思うといたたまれなくて、ユーリはそっとその場を離れた。少し炎から離れると、すぐに闇が濃くなる。


「きゃははは。また会ったわね」

「君は精霊のネクロス?」

「そうよ。戦争が終わったから、次の死の感情を求めて移動するところなの。そうしたら楽しそうな人の声が聞こえたから来てみちゃった」

「戦場では、さぞかしたくさんの死の感情を食べれたんだろうね」


 少し嫌味な言い方になった。それに気づく様子もなく、ネクロスはにんまりと笑う。


「もちろんよ。とっても美味、とっても満足だったわ」


 ユーリは顔色を曇らせた。


「そう……」


 ネクロスはうっとりとした表情を浮かべた。


「今回の戦争は小さな戦争だったけれど、死の神ハーディス様も、嫉妬の神エリス様も、憎悪の神デビルス様も、そして戦の神アーレス様も、そこそこ満足しているんじゃないかしら」


 世界はこの世界に生きとし生ける者の感情を糧に動いている、と言ったアクアミスティアの言葉が脳裏をよぎる。

 楽しい感情だけではなく、苦しい感情もなければ世界を動かすための均衡がとれない。

 そのための戦争か。


「っく――」


 ユーリはこぶしを握り締めた。


 世界は残酷だ。


「またどこかで会うかもね」

「さあ、どうだろう。君のことは嫌いじゃないけれど、君が好きな場所は、僕は苦手だから」

「じゃあ、しばらくは会えないかもね。さよなら」


 精霊ネクロスは笑うと、宙に浮かび、飛んでいった。

 その残像を見送っていると、ラーラが後ろから声をかけてきた。


「ユーリ、ここにいたんだね」


 ユーリは振り向いた。ラーラは穏やかな笑みを浮かべていた。


 「世界は優しさで満ちている」と言ったラーラの言葉を思い出した。


 ラーラは一年前に会ったときよりも大人っぽく見えた。

 日々、医療テントで怪我人に治癒を施し続けた。多くの死に立ち入り、多くの笑顔を見た。そして最近では、ハリーが亡くなり散々に泣いて、そしてハリーの死を受け入れたあとの落ち着きがある。


 世界は残酷だ。

 けれど、優しくもある。

 世界を動かすための真理。


 ユーリはそっと微笑んだ。


「こめん。ちょっと一人になりたかったんだ」

「それじゃあ、一人の時間を邪魔したね」


 戻りかけたラーラに声をかける。


「僕も戻るよ」

「いいの?」

「うん。一人になる時間は終わりだ。みんなの明るい声が聞きたい」


 みんなのところに戻って驚いた。


「やっほー。また会ったわね」


 ネクロスが手をひらひらさせながら言った。

 さっきは十二、三さいくらいの年齢の姿だったが、今は二十歳前後の姿になっていた。

 神は自分の好き姿に変えることができる。力ある精霊もそれができる。だからユーリは大人の外見になっていることに疑問は抱かなかった。

 それよりも、


「ネクロス、どうしてここにいるの?」


 これこそが疑問だ。さっきしばらくは会えないかも、と話していたばかりなのだ。


「わたし、ヤナックと精霊契約をしたの」

「ええ?」


 ネクロスの隣には困惑気な表情を浮かべたヤナックがいた。


「酒の追加をしようと思って、小屋に行ったらよ、こいつがいて目が合ったんだ。で、いきなり『一目ぼれした。契約して』と言われてな。どんな精霊かも知らないうちに、思わず頷いていた」

「なんて安易な……」

「こいつ、白い服をしているし、見た目が悪いやつじゃなさそうだったから、いいかなぁと思ったんだよ。

 まさか死の神ハーディスの眷属精霊だったなんて」


 ヤナックは重い、ひどく重いため息をついた。


「俺は外科医だぞ。死は医者と近い場所にいるが、まったく反対のものだ。医者は患者を生かそうとするが、ハーディス様は患者を死に至らしめる」

「わたしと契約したことであなたが使える魔法ができたのよ。感謝してよね」

「使えるったって、死者の肉体を風化させる魔法だろ」

「遺体を焼かなくていいんだから、楽でいいじゃない」

「おまえなぁ、そんなことを気安くいうんじゃない」

「なによ、いけずぅ」

「おい、すりよってくるな。距離が近い」

「いいじゃない。ほんとはうれしいくせに」


 すりすりすり。ネクロスはヤナックの腕に自分の胸を押し当てた。


「ユーリ、あの精霊と知り合いなの?」


 ラーラがユーリに聞いてきた。


「ここに転移するときに、ブリジット様のところから一緒にやってきたんだ。ブリジット様もあの精霊と面識があってね。そもそも彼女が僕をブリジット様のところに案内してくれたんだよ」

「そんな経緯があったのか。精霊ネクロスって、思っていたのと印象違うなあ」


 アンが毛をさかだてる勢いで、ネクロスをにらんだ。


「アタイ、あいつ嫌い。本能的にそこにいると虫図が走る」

「治癒の神と死の神じゃあ、立ち位置が逆だからね。その眷属の精霊なら、本能的に苦手意識を感じるんだろうね」


 朝を迎えた。温泉を訪れる新たな客がいる分、去って行く客もいる。

 去って行く中に、ユーリたちもいた。


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