ユーリ、オルジと知り合いになる
あっという間に三ヵ月が過ぎた。その間に戦争は十回あった。
戦争を終えるたびに、多くの怪我人が医療テントにやってきた。
担ぎ込まれてくる兵士の数は尋常ではなく、誰を早く治して、誰後回しにするか、という采配をいまだにユーリはできない。
目の前にいる怪我人を治すだけで精一杯で、治癒魔法を使用した相手の顔すらも確認できないまま、次の怪我人の治癒をする、という流れになっていた。
そんなある日、ユーリはここに最初にやってきたときに、顔見知りになった兵士と再会した。
その時は腕を骨折していて、ヤナックが応急処置をして、後からユーリが治癒魔法が治したのだった。
今回も、同じ個所を剣で斬られていた。肉が裂け骨まで達している。
応急処置がよかったおかげで、ここまで保てたことが伺えた。
彼はユーリのことを覚えていた。
「君に治してもらえるんだ。ありがたい。早く治してくれよ。戦争で武勲をあげたいんだ」
「尽力します」
ユーリは言って、彼の傷口に杖を掲げた。
「同じ個所をやられるなんて、我ながら学習が足りないと思うよ。だけど今日は君に治療してもらえてラッキーだ」
「そういってもらえると、治しがいがありますよ」
そんな会話をしながらも、治癒魔法を続ける。
「戦争で武勲をあげ報酬を多くもらいたいという野心があるんだ。前回、去年結婚したという話をしたよね。実は今、妻は身重でね。戦争が終わったころには、赤ん坊は生まれているかもしれない。家族に楽をさせてあげたいんだよ」
「治りました」
「さすがだな」
彼は治った腕の様子を確かめるように曲げたり伸ばしたりした。
「ありがとう。これで次の戦争に臨める」
「できることをしたまでです」
「君に大事なものを見せてやろう」
言って彼は胸ポケットの中から一枚の写真を取り出して、ユーリにみせた。そこには優し気な笑みを浮かべた女性が映っていた。
ユーリは思わず笑みを浮かべた。
「奥さんですか?」
「そうだ。自分でもいうのもなんだが、なかなかの美人だろ」
男は少し長めの前髪の奥で、目を細めた。
「そうですね」
頷きながら、ユーリはこの人の目の色は黒っぽい茶色なんだなと心の中で思う。前回は目の前にいる怪我人の怪我を治癒することだけに精いっぱいで、怪我をしている本人に気を回す余裕がなかった。
そう思ってみれば、彼の髪は黒髪でさらりとしていることに気づく。前髪が長めなのは切る時間がないからだろう。後ろの髪も長めで、後ろで一つに結べそうだ。それでも見苦しい感じがしないのは、その黒髪がつややかでさらりとしているからだ。
「そうだ。そういえば、あんたの名前を聞いていなかったな。俺はオルジというんだ」
「僕はユーリです」
「女の子みたいな名前だな。よろしくユーリ」
ユーリは自分の名前が女の子の名前みたいだと思ったことはなかった。しかしラナというという呼び名がカエルを意味しているのことを意味している事例がある。
その土地によって、呼び名の認識が違うことに不思議さを感じた。
「ユーリは何歳なんだ? 俺は十八だ」
黒に近い茶色の瞳を向けてきた。
「そうんなんですか。僕も十八です」
「なんだ、同い年か」
「ですね。オルジさんのほうが少し年上かと思っていました」
「おっさんに見えるってか?」
「違いますよ。結婚していて働いているなんて、大人な感じがするので」
「ははは。結婚のことは俺は出会ったときから彼女だと決めていたからな。それより、ユーリ、その言葉つかいやめないか? 同い年なんだしよ」
「そ、そうかな。今から話し方を変えるのはおかしいかなと思って」
「おかしくない」
オルジは即答した。そして、声を潜めて聞いてきた。
「で、ユーリは好きな子はいるのか?」
「います、いや、いるよ」
「だよな。そんな気がしてたんだ。早くその子と結婚しろよ。先延ばししていると誰かに取られてしまうぞ」
「それは、あるかも……」
それは学生時代にもつねづね懸念していたことだった。
ラナは美人だ。それまで学院一と言われていたフィリアと比べると、その美人さの質は違う。フィリアは女の子らしい美人。ラナは研ぎ澄まされた刃のような美人だ。
一時期、フィリア派とラナ派で男子勢の派閥ができたことがあった。
オルジはユーリにとって、ここに来て初めて気を許した男友達となった。
また戦が始まることになった。その戦にオルジも出兵することになった。
ユーリはオルジと配給の夜食を食べているときに、オルジからその話を聞いた。
「まあ、そうだよな。ユーリのおかげで怪我もすぐに治ったんだ。そんな兵士を遊ばせてはくれないさ。俺にとっても好都合だ。今度こそ、武勲をあげてやる」
「怪我をしないようにね、といっても、するときするだろうから、僕としては、奥さんのためにも命は落とさないで、とだけ言っておくよ」
「ありがとよ。それで俺が怪我をしたらユーリ、おまえが治してくれ」
「それは任せて」
ユーリは笑顔で請け合った。
食事を済ませ、食事のトレーを配給元のテントに返すとオルジと別れ、ユーリはあてがわれたテントに向かった。
しかしまっすぐテントに戻る気持ちにならず、最初に転移してきた場所に散歩がてら足を向ける。そこは畑になっている。今の時間なら人はいないだろう。
なぜだか一人になりたかった。
畑には誰もいないと思っていた。しかし、開けた畑が見え始めたとき、人の話し声が聞えてユーリは歩みを止めた。
魔物だと思った。医療テントの人たちに知らせにいこうと考えたが、もしかしたら普通の人間の話し声かもしれないと思い直した。
魔物ではなく、人がただ単におしゃべりをしていただなんていう結果になったら、無駄に騒ぎを起こしただけになる。
ユーリは状況を把握するために、忍び足で声がするほうに近づいた。
「……考えてくれたかい?」
男の声だった。それに答えるのは女の声だった。
「その話は、前にも言ったように、戦争が終わってからにして欲しい」
聞いたことがある声だった。それも毎日のように聞いている声だ。
「戦争なんていつ終わるか分からないじゃないか。そんな不確かなものごとよりも、俺はラーラ、あんたとの確約が欲しいんだ」
「ごめんなさい。わたしは戦争が落ち着かないかぎり、誰とも付き合うつもりはないんだよ」
「俺のことが嫌いなのか?」
「嫌いじゃないよ」
「それなら付き合うだけでもいいじゃないか」
「ごめん。嫌いじゃないけれど、恋愛の好きという気持ちにはなれない」
「どういうことだよ。俺の怪我を献身的に治してくれただろ? あの時のラーラの真剣な様子に俺はぐっときたんだ」
男が会話の相手をラーラと呼ぶよりも前に、ユーリは女の声がラーラだと気づいていた。
どうやら、ラーラに恋慕しているどこかの男がラーラに告白し、交際を迫っているらしい。
しかし、ラーラの反応は否定的だ。と思う間もなくラーラが男の質問に返答する。
「それは君だけじゃないから。わたしはいつも自分が治癒魔法を施す相手に対しては全力で向き合っている」
「なんだよ、それ。思わせぶりな素振りをして、その気にさせておいて土壇場でそんな態度はないんじゃないか?」
「いたい。やめてよ」
「ラーラに乱暴なことするな、コロスぞ」
「うるせい。ひ弱な精霊め」
「ぎゃふん」
アンの悲鳴が聞こえ、一時の時差で草木が大きく揺れた。おそらく男がアンを手で払ったかなんかして、アンが弾き飛ばされたのだろう。
「アン!」
「あんな精霊なんてほっておけ」
「その腕をつかんでいる手の力を弱めてくれないか。痛くてしょうがない。あざになりそうだ」
「こうでもしなきゃ、あんたは逃げてしまうだろう。ここは俺とあんたしかいないということを忘れるなよ」
「君……、命が惜しければすぐにでもその手を離すべきだ」
「脅す気か?」
「違う!」
ラーラが縛りだすような声を漏らす。
ユーリは物陰から大きな声で叫んだ。
「みんな、来て。誰かが魔物に襲われている!!」
「っち」
男は舌打ちをすると、つかんでいたラーラの腕を離してその場から逃げた。
「あーあ、せっかく最高治癒魔法を施そうと思ったのに……」
ラーラの近くでふわふわと飛んでいるアンが残念そうに言った。
ラーラはアンに手を伸ばした。アンはラーラの腕に誘われるまま、その腕の中に納まった。
ユーリはラーラたちに近づいた。
「ラーラ、そのう、大丈夫?」
「さっきの声はユーリだったんだね。おかげで命拾いをしたよ。ここにはもういない彼がね」
「どういうこと?」
「ラーラに手をだす不届きものに清き一徹をくらわそうとしたんだ。このアタイが」
「清きいってつ?」
怪訝に思うユーリにラーラが、手をあげて目線を向けさせた。
「はい。ここでクイズだよ。治癒魔法を健全な人間の体に絶え間なく注いだらどうなるでしょう?」
「ええ? いきなり? えっと、そんなことをしたことないけれど、想像するのに人間の身体が注がれる治癒魔法に堪えきれずに、内側から崩壊する?」
「ご名答」
ラーラの腕の中でアンが口で「パチパチパチ」と言った。
「それをさっきの男の人にやろうとしたの?」
「ラーラをどうにかしようとした人間の男に対しては当然の報いだ。それにこのアタイをハエのようにひっぱたたいた恨みも度し難い。今度会ったら絶対、コロス」
ラーラはアンをため息まじりにたしなめた。
「アン、そんなに簡単に殺さないでよ」
「うわぁ……」
アンは出会ったころから安易に「コロスぞ」と言っていた。それは言葉だけではなく、その気になればいつでも実現可能だということを知ってユーリは、思いっきりひいた。
「ユーリはどうしてここに来たの?」
「さっきまで明日の戦争に出兵するという人と一緒にいたんだ。
僕が一番最初にここに来た時に、彼を治したことがあったんだ。二度目に治したときに彼が僕のことを覚えていてくれていて、それで仲良くなった」
「へえ、そうなんだ」
「彼の名前はオルジと言ってね。結婚していて、奥さんは今、身ごもっているんだって。それで僕と同い歳と聞いて驚いたよ」
「ユーリ、医療テントで働く立場で先輩としてアドバイスをさせてもらうけれど、兵士たちとはあまり親しくならないほうがいい」
「どうして?」
「彼らは戦に出て帰ってこない可能性があるからだよ」
「……!」
「その時に辛い思いをするのは自分だよ」
ユーリは言い返したかった。しかし、言い返す術がない。
だからユーリは呻くように言う。
「アドバイス、肝に銘じるよ」
ラーラが同情するような声で言った。
「気持ちは分かるよ」
ラーラのほうを見ると、ラーラは空を仰いだ。空には三日月が昇っていてた。
「出兵する者を見送る気持ちは、何度経験しても慣れるものじゃない」
その言葉には、自分よりも多くの出兵者を見送ってきた経験者の哀惜がにじんでいた。
ユーリは一人になりたかった理由に気づく。
気づかないふりをしていたが、ユーリはオルジに戦に出て欲しくないと心の中で思った。戦に出たら怪我をするかもしれないし、それこそ死んでしまうもしれない。
しかしそれは兵士たちの前で言ってはならない言葉だ。
だから気づかないふりをした。
誰にも言えない心のもやもやを、少しでも和らげたかった。
だから一人になろうとした。
「ラーラ……。君も……」
ユーリが言いかけた言葉を、防ぐようにラーラは畳みかけた。
「まったくひどい目にあったよ。気をつけていたんだけどね」
「そうだ。ラーラ、こういうこと、よくあるの?」
「わたしがここに派遣されたときはよくあったな。野営地も医療テントも、女性の数が少ないからね。
医療テントにいるときはいつでも長ズボンを履いているし、体の線がめだたないように大きめの白衣を羽織っている。
けれどまだまだ配慮が足りなかったみたいだ」
ラーラは自嘲気味に笑った。
「どうしてラーラは一人でここに来たの?」
「ハーブの様子が気になってね。今年の夏は暑い。水が不足しているから作物の様子が気になったんだ」
言われてユーリは気づいた。ラーラの足元に大きめのじょうろが置かれている。
「水をまいていたの?」
「気休めだとは思うけとね」
「水の魔法が使える人がいたら、あっという間にできるのにな」
頭の中に氷魔法を得意としているレイクの顔が浮かんだ。氷はいつか水になる。
「そうだね。残念だけど、ここにはそういう人はいない。いないなら、いないなりに、できることをするしかないじゃないか」
「そうだね。僕も手伝うよ」
その後、三日月の光が照らす畑で、ユーリとラーラはじょうろで水をまいてまわった。じょうろに井戸から水を注ぎ、それを畑までもってきて水を撒く。水は重い。なかなかの重労働だ。
ユーリは心の中でここにレイクがいたら、一発で完了するのになぁと思った。
ユーリとラーラは医療部隊の野営テントが並ぶところまで来た。
「おやすみ、ラーラ」
「おやすみユーリ、今日はありがとう」
ラーラは笑みを浮かべ、自分が使っているテントの中に入って行った。
ユーリは自分のテントに向かった。
「おまえ、ラーラに惚れるなよ、コロスぞ」
「うわぁっ」
突然、目の前にアンが現れ、ユーリは驚いた。
「アン、ラーラと一緒なんじゃないの?」
「アタイは精霊だぞ。好きなときに好きなところに移動できるんだ」
「そうなんだ」
「ユーリ、ラーラについてもっと知りたいか?」
「それは思うところだよ」
「だったら、少し付き合え」
アンはテントとは逆の方向顎でしゃくった。
時刻は夜の十一時を過ぎているころだ。戦を終えた日は騒がしい夜も、戦を前日に控えた夜はしんとしている。
「このあたりでいいだろう」
アンが示したのはちょうどよく腰掛けられるように転がっている丸太の前だった。ユーリはその丸太に腰をかけた。
「ラーラのことをどう思う?」
「医療テントの先輩だよ」
「本当にそれだけか? ラーラに対して思うことはないか? ここで嘘をついたらコロスぞ」
「い、いや、思うことって、質問の意図が見えないんだけど?」
「ラーラはいい女だろう? 今日のようなことは今までもよく、そりゃあよくあることなんだ。契約精霊のアタイとしては心配事の一つなんだよ」
「分かるよ」
「そこで再びおまえに問う。ラーラのことをどう思う?」
「だから、医療テントの先輩で、頼りになる人だなぁと」
「本当にそれだけなんだな。そこに恋愛感情はないんだな?」
「うん、まあ……」
「なぜ、そこで目線をそらす?」
「それなら正直に言うよ。ラーラは後輩の面倒見はいいし、気持ちはすっきりした性格だし、治癒魔法使いとしての実力もある。そんな女の子が近くにいたら、普通の男子はラーラに惹かれると思う」
アンは我が子が褒められたかのように嬉しそうに頷いた。
「そうだろうそうだろう」
そのまなざしを鋭くしてユーリをにらむ。
「おまえはラーラのことを恋愛対象して見ているか?」
「ラーラは尊敬できる女の子だけれど、僕にとっては恋愛対象じゃないよ。僕には心に決めた人がいるからね」
「それを聞いて安心した。
お前をラーラ親衛隊副団長に銘じる」
「なにそれ?」
「ラーラは四六時中、オオカミの魔の手に狙われている。それを守るのがラーラ親衛隊だ。で隊長はこのアタイだ」
「で、僕がその副隊長というわけなんだね」
「その通り。なかなか察しがいいじゃないか」
「親衛隊のことは頷けないけれど、ラーラが嫌がっているのに、無理やり交際を迫ったり、暴力を振るおうとするやからがいるならラーラの同僚として黙ってはいられないよ」
「よし。これで決まりだ。よろしく頼むぞ。ラーラ親衛隊副隊長」
「こちらこそ、ラーラ親衛隊隊長殿」
以前、アンに初めて会ったとき、ユーリは差し出さした手をアンにペシリとやられたことを思い出す。
それなのに、今はアンのほうから手を差し出している。
アンに信用してもらえたことが嬉しかった。
ユーリは差し出されたアンの小さな手を指先で握り返した。
翌日、オルジは、戦に出陣して行った。
夕方、沢山の怪我人が医療テントに運ばれて来た。
今回の怪我人の数はいつもより多かった。敵側に炎系魔法を使用した魔法使いがいたようで、やけどを負っている怪我人が多かった。
やけどは治癒魔法で治すことができる。やけど特有の皮膚のただれといった後遺症もないため、治癒魔法が使える魔法使いのもとに怪我人が押し寄せた。
ユーリはてんてこまいだった。
そして、これで最後の一人が終わった、と思ったところに、担架が担ぎ込まれた。
「戦場で死んでると思ったら、まだ息があったから連れてきたんだ。助けられるなら助けてほしい」
全身やけどで覆われていて人相も分からないほどだ。
掠れた声でその兵士は言った。
「いつものように、助けてくれるだろ、ユーリ……」
その言葉には親しみと信頼が込められていた。
「オルジ!」
ユーリは杖をかざそうとした。
「やめて、ユーリ」
横からラーラが手を伸ばして杖を止めた。
「ユーリ、それ以上やるとほんとに……」
「オルジを助けたいんだ」
「やめて!」
ラーラはユーリから杖をひったくった。
「何するんだよ」
「それはこっちのセリフよ」
ユーリは何か言い返そうとしたが、できなかった。目の前が真っ暗になったからだ。
目を覚ますと、いつかのようにユーリはベッドに横になっていた。
右手をラーラが自分のそれで包み込むように握っていた。
「ラーラ?」
「目を覚ましたの? よかった」
上半身を起こす。くらりとめまいがした。
「オルジは?」
「彼は……」
ラーラが目線を落とした。
「そんな。オルジは去年結婚したばかりなんだ。奥さんは身ごもっているといっていた。オルジの人生はこれからだったのに」
「彼の冥福を祈のう」
「くそ。僕が力が足りないせいで……」
「それは違う」
「どう違うんだよ。だいたいラーラがあの時、僕をとめなければ……」
ラーラが傷ついた表情を浮かべ、ユーリは言いかけた言葉を飲み込む。
アンがユーリの目の前に現れて、わめきたてた。
「これおまえ、ラーラをいじめるな。今、おまえが生きているのはラーラのおかげだということを自覚しろよ」
「わかったよ。アン、そんなに大声で叫ばないで。反響して頭の中が痛い」
本当に痛くてユーリは左手で頭をおさえた。
「ラーラ、ごめん。言い過ぎた」
「うん」
「入るぞ」
テントの幕を開けてヤナックがやってきた。
ヤナックはユーリの顔色を見て言った。
「山は越えたようだな」
そのままそこで腕を組んで仁王立ちになる。
「兄ちゃんは今まで何人もの患者を救ってきた。兄ちゃんが死んだら、その分の負荷がラーラにくる。
そのことを考えたことはあるか?」
ユーリははっと目を見開いた。
「そして兄ちゃんが死んだら、その後、兄ちゃんが生きていたら、救える命が救えなくなる」
「……」
何も言えないでいるユーリに、ヤナックは少し表情を和らげた。
「兄ちゃん、いやユーリ、おまえ、優しすぎるんだよ。そんなやつは自分よりも目の前の困っているやつを優先する。だがな、そんなおまえを心配する人も周りにいるってことを覚えておけ」
「……はい」
ユーリは絞り出すように返事をした。
ヤナックは言いたいことをいうと、その場から去って行った。
亡くなった者たちは一か所に集められ、穴を掘ったところに投げ込まれて、焼かれる。
ある程度集まってから焼くため、その場所は死臭と、屍に群がる虫やネズミたちであふれてた。
火の魔法を使える者が死体の山に火球を放つ。腐った肉が焼ける臭いの中に、おいしそうだと思える肉の焼ける臭いが混ざる。
それらは人間のものだということに、ユーリは吐き気を覚えた。あの中にオルジもいるのだ。
いままでここに来たことはなかった。わざわざ来る気もなかった。しかし、今回は、荼毘される遺体の中にオルジもいる。
ユーリは見送ってやりたいと思った。
夜空に吸い込まれるように黒い煙が昇っていく。
同じ空を隣にいるラーラも見上げていた。
「僕たちは彼らを再び戦に行かせるために治癒しているんだよね。なんだか、彼らを必要以上に痛めつけているような気分になるよ」
「わたしたちはわたしたちができることをするしかない。怪我人をほっておいたら死んでしまうのだから。命を長らえさせることができるだけでも、わたしたちのやっている意味はある」
「そうかな……」
ユーリはラーラの言葉に素直に頷くことはできなかった。
その後も戦は続き、怪我人が出て死人がでた。数か月もここで治癒魔法を施していると、オルジ以外にも兵士の知り合いができる。
「ありがとう、おかげでまた戦えるよ」
と笑顔で戦場に戻った兵士が、その日の夜には再び大けがを負って担ぎ込まれることがその後も続いた。
彼らを治すたびに、自分のやっていることが本当に良い事なのか疑問をもった。
治してあげれば、再び彼らは戦場にでる。そして再び怪我をするか、死んで戻ってこない人もいる。
人を死に向かわせるために治しているのではないだろうか。
そんな疑問を胸に抱きながらユーリは治癒魔法を使い続ける。
そして再び三ヵ月が過ぎた。