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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、ブリジットに会う

 ネクロスに続いて森の中を歩いていたら、突然視界が開いた。


 そこには城があった。

 白い城壁で囲まれ、その向こうは大きな庭園になっている。その向こうに城があった。中央に大きな塔があたりその周りにも大小さまざまな大きさの塔を持つお城だ。

 城門の扉は白く塗装された唐草模様の鉄格子で、今は閉ざされている。


「どうやって中に入るの?」

「そこの呼び鈴を鳴らすのよ」


 ネクロスが目線を向けたところには、ノックするための金属の輪があった。


「これを鳴らして中にいるブリジット様に聞こえる?」

「鳴らしてみればわかるわ」


 言われるがままに、鳴らしてみる。トントンと音がしたがそれは普通の音で、到底遠くまで聞こえるものではなかった。

 と思ったら、城の中から、カーンカーンと音楽的な音が鳴った。


「魔法が使われているんだね。ミラーフォンみたいなものかな」

「逆ね。ミラーフォンがこの呼び鈴の技術を応用したのよ」

「そうだったんだ」


 ほどなくして自動的に扉が開いた。


「さあ、行くわよ」

「うん」


 庭園を歩いていると、庭園の手入れをしている庭師がいた。庭師は白い仮面をつけていた。


「あの人、なんであんな仮面をつけているの?」

「あれ、人じゃないわ。土人形よ」

「魔法で動いているの? すごいなぁ」

「ああいうのはこの城にはたくさんいるわ。ブリジットは日常の運用はほとんど土人形にやられているからね」

「君はブリジット様について詳しいだね。仲がいいの?」

「仲がいいわけじゃないわ。しいていえば、かつて一人の男を取り合った犬猿の仲よ」


 そのことについてもっと詳しく聞こうする前に、ユーリたちは城の扉の前にやってきた。


 扉の前には一人の男性が立っていた。ユーリは思わず相手を凝視してしまった。美男子だったからだ。こんな美男子、初めてみた。

 貴族のようないで立ちをしている。それらの衣服は、丁寧に刺繍が塗られ、ところどころに小さな宝石が縫い付けれている。そういうことには詳しくないユーリでも、仕立てのよさが分かった。


 彼は焦げ茶色の瞳をユーリたちに向けた。


「ここはブリジット様のお屋敷です。どのようなご用があっていらっしゃったのですか?」


 透き通った声も、落ち着いた口調も、見た目を裏切らない紳士ぶりだ。

 ユーリの中でいままで一番きれいな顔立ちなのは、騎士のレイクだ。レイクは確かに顔はきれいだが、気取ったところがなく、自分の感情をそのまま言葉に出すため、親しみやすかった。酒を飲むとくどくなったり、胸の大きな女の子が大好きだったりといった一面も、ほほえましく感じた。。


 しかし目の前の彼は、見た目と同様に、内側から美男子然としたところがにじみでている。


「僕はユーリ・フローティアといいます。ここから南西に位置するアクアディア聖国からブリジット様にお願いしたいことがあってやってきました」

「わたしはいまさら名乗らなくてもいいでしょう。この子とはたまた近くで会ったら一緒にきたのよ」

「ルル様が認めた方でしたら、ブリジット様も無碍にはしないでしょう」


 ルルと呼ばれた精霊ネクロスは目線を鋭くさせた。


「ガルト、わたしはもうその名前ではないのよ。ただの精霊ネクロスよ」


 青年ははっとしたような表情になり、すぐに眉根を寄せて申し訳なさそうな顔をした。そういう表情がいちいち様になっている。


「そうでした。大変失礼いたしました」

「いいのよ。さあ、ブリジットのもとに案内してくれる?」

「かしこまりました。姫に承諾を得てきますので、それまでこちらの応接室でお待ちくださいませ」


 ユーリたちは城の中に招き入れられた。

 中に入ると、すぐに広いホールになっていた。

 城の中は左右と奥に分かれていた。左右に螺旋階段があり、上の階にも部屋がありそうだ。奥には大きな扉がある。 


「本当にお城みたいだ。あんな山の中にどうやって作ったんだろう」

「ここはブリジットの屋敷なのよ。通常の常識は当てはまらないわ」


「申し訳ありませんが、武器はこちらで預からせていただきます」

「うん、かまわないよ」


 ユーリは杖とショートソードを預けた。ガルトと呼ばれた青年に案内されたのは、小さな応接室だった。小さな、といっても、ユーリの家の居間よりは広い。


「しばらくお待ちくださいませ」


 優雅にお辞儀をしてガルトは出て行った。


「かっこいい人だったね。あの人も土人形なの?」

「まさか、ガルトは普通の人間よ。ガルトくらいで驚いていたらきりがないわ。ああいう見目が良い男が、この屋敷には十人はいるから。土人形は仮面つけているけれど、人間は仮面をつけていないのよ」

「どうしてそんなにいるの?」

「ブリジットの趣味よ」

「えっと……? その趣味って何? もしかして美男を侍られることだったりする?」

「答えはイエス。ブリジットは若くてきれいな男の子が大好きなのよ」

「うわ……」


 ユーリは嫌な顔をした。美少女ばかり集めて、水の宝珠の力で美少女王国を作ろうとした魔族インキュバスのことを思い出したのだ。


「まあ、あなたはブリジットさまのお眼鏡にかなうことはまずないから、それについては安心しなさい」

「うん……」


 そんなにはっきり言われると心境は複雑だ。そりゃあ、自分は美男子ではないことは自分でもわかっているが、それでもなんだか複雑だ。


 ドアがノックされた。ユーリはネクロスと目線を合わた。


「どうぞ」


 ユーリが返事をすると、ドアがかちゃりと音を立てて静かに開いた。


「ブリジット様がお会いになるそうです。どうぞ、こちらへ」


 最初に入ったときには閉ざされていた奥の扉が開いていた。その扉の向こうににも扉があった。

 その扉の前にガルトはノックをした。


「お連れしました」

「入りなさい」


 中から返答の声がした。若い女性の声だ。


「はい」


 ガルトが扉を開き中にユーリたちを案内した。

 扉の奥は広い部屋となっており、左右は窓ガラスがはめ込まれ、外の光が部屋を明るくしていた。


 部屋の中央にはテーブルと椅子があり、こちらに向くように設置された長椅子に、女の人が足を組んで、座っていた。


 髪の色は緑で、左右にくるくるの巻き毛にしている。髪の輪郭が黄色くみえる。瞳の色は姉と同じようなエメラルド色だ。

 その緑色の髪の上に、小さな銀色の王冠がちょこんと載っていた。


 彼女の左右の後ろ側には、少女を守るように騎士の恰好をした、これまた美男子二人立っている。


「姫、こちらがアクアディア聖国からいらしたユーリ様。そして以前から懇意にされているネクロス様です」

「若い男がやってきたというから、どんな男かと思ったけれど、普通だねえ。いやあ、普通すぎて、おどろいたわぁ」

「は……?」

「そんな普通の男を、あんたがわざわざここまで連れてきた理由が分からないね」


 女性はネクロスに目線を移した。


「ちょっと面白そうだったからね。それにこの子、持っている魔力が半端ないでしょ?」


 女性はユーリを見つめた。その目がすうっと細くなる。


「それは、言えるわな。その歳でどうやって魔力保持量を高めた?」


 ユーリは加速と減速の魔法を同時に使用し、さらに浮遊の魔法を使用することで、枯渇状態に近い状況をわざと発生させ、少しずつ魔力の保持量を増やしていったことを手短に説明した。


「たいしたものだ。簡単に言っているが、なみなみならぬ努力が必要だっただろう」

「ええ、まあ……」


 ユーリはあいまいに頷いた。努力したつもりはない。目的を叶えるためにそれが必要だと思ったから、実行しただけだ。


「立ち話もなんだから、座りな」


 女性はあごをしゃくって自分が座っている椅子のテーブルをはさんで置かれている椅子を促した。


「あのう、ぶしつけな質問で申し訳ありませんが、あなたがブリジット様ですか?」

「そうさ。あたしが大賢者ブリジットだよ。なんだい、疑っているのかい」

「ブリジット様は百歳を超えたお歳だと聞いていたもので。あなたはどうみても二十代のように見えますし」

「ほほう、そうかいそうかい、二十代とな」


 女性は満足げに笑った。ネクロスが小さな声でユーリに言った。


「その言葉で、少しはあんたの評価があがったかもね」


 ブリジットがじろりとネクロスをにらんだ。


「ネクロス、聞こえているぞ」


 ネクロスはたじろぎもせずに、つんと澄まして言い返す。


「聞えるように言ったんですから」

「ふん」


 ブリジットは鼻を鳴らした。そのしぐさ自体はおばさんくさいが、ブリジットは見た目は二十代後半の女性だ。気風のよい姉御肌のように見える。


 蘇りの魔法を使える百歳越えの老婆。人里離れた山奥にすみ、霞を食べて生きているような人物を想像していたのでユーリは驚いた。


 椅子に座ると、頃合いを見計らったように、ガルトが台車にティーセットを載せてやってきた。

 優雅な手つきでお茶をいれていく。


「ありがとうございます」


 自分の前に差し出されたお茶に、ユーリがガルトに礼を言うと、ガルトは微笑を含んだ目礼でもって返した。


 ブリジットが自慢げに言った。


「飲んでいいぞ。このお茶の茶葉はオーランシャン一と言われている」

「いただきます」


 カップを手に取り、口元に近づけると、芳しい香りが鼻腔をくすぐった。一口、すすると、口の中にふわりと香ばしさの中に温かみのある渋みと甘みが広がる。


「うわあ、おいしいですね」


 ユーリは驚嘆の声を上げた。

 ブリジットは大仰に頷いた。


「そうだろうそうだろう」


 ユーリはしばらくお茶を堪能した。

 ユーリが空になったカップを皿にのせたのを見計らってブリジットが質問してきた。


「それでどういう了見であたしのことを訪れたんだね?」


 ユーリは説明した。一人の女の子の命を救うために癒しの神キュアレスと契約を交わし、対価を払ったこと。その対価とは、自分が二十歳になるまでに蘇りの魔法を使えるようになること。

 それを全うすることができなかった場合、キュアレスとの魔法契約は断ち切られ、一生治癒魔法が使えなくなること。

 自分の五十年の寿命を差し出すこと。

 そして、救った女の子から自分の記憶を消すこと。


 最初は興味本位に聞いていたブリジットは、話を聞くにつれ、顔色を曇らせ、最後には眉間にしわを寄せていた。


「治癒魔法が使えなくなってもいいし、五十年寿命が縮んでもいいんです。

 けれど、ラナのなかから、女の子というのはラナという名前なんですが、ラナから僕と過ごした記憶が消えるのが嫌なんです」


 一時の沈黙の後、ブリジットはゆっくりとつぶやいた。


「――癒しの神も酷なことをする」


 ユーリは目を見開いた。


「え? 酷なことってどういうことですか?」

「人間の常識では到底できない難題をけしかけるのは、神の常套出手段さね。そうやって人の感情に波風吹かせては、その感情を味わうのだよ」

「水の女神アクアミスティア様もそんなことを言っていました。世界は感情を元に動いていると。あ、アクアミスティア様は僕の住んでいる国のアクアディア聖国の守護神なんです」

「水の女神アクアミスティアのことは知っている。水の女神はそのような重要なことを、国民に簡単に伝えるのか?」

「誰にでも話しているわけではないと思います。説明すれば少し長くなるのですが……」

「問題ない。話してみよ」


 ユーリは水の宝珠をめぐる冒険話を話して聞かせた。


「なるほどな。真相は分かった。とはいえ、あんたのような若造にいちいち話してやらんでもいいだろうに。水の女神も口が軽いことよ」

「口が軽いというか、自分の気持ちに素直な方です。アクアミスティア様とお会いして、僕の中では親密度が高まりましたし、信仰心も増しました」

「ふむ」

「話を戻しますが、キュアレス様が僕に課した対価は、かなり妥協していただていたと思っています。けれど僕が思っているだけなのかもしれません。実際のところ、どうなのでしょうか?」


 まっすぐな目で見つめられ、ブリジットはその目線をそらすように目の前のカップに目線を落とした。

 そしてすぐにユーリに目線を戻す。


「言葉が足りなかったな。あんたが課された対価について、わたしが酷だと言ったのはわたしがそう思ったからさね。それを酷だと思わない人間もいるだろう。あんたのようにな」


 そこで茶目っ気の含んだ笑みを浮かべる。


 考えみろ、わたしから五十年の寿命なんか取ったら、その途端にあの世行かもしれん」

「あっ……」


 ユーリは思い出した。目の前の女性は見た目は二十代だが、実は百歳越えの女性なのだ。


「分かりました。

 僕はキュアレス様が提示した対価は、やさしいものだと思っています。本来なら、一つの命を救う対価しては、別の命を捧げなければならないほどのものだと思うので。

 けれど、僕は幼いころに母が自分の命を対価して僕の命を救ってくれたといういきさつがあるから、母の思いに敬意を払って僕の命を奪うことはしなかった。

 慈悲深い神様だと思います」


 まっすぐな若者の言葉に、ブリジットは何か言いかけ、結局それは言わず、苦渋に満ちた相槌を打った。


「そうだな」

「ブリジット様……?」


 ブリジットがどうしてそのような苦し気な表情を浮かべるか分からず、ユーリは問いかけたが、ブリジットはそれに気づかないふりをして、にやりと笑みを作った。


「おまえは、そのラナという子を好いているな?」

「……はい」


 恥ずかしさが伴い、ユーリは小さく頷いた。


「だからこそ、その子の記憶から自分の記憶がなくなるのが嫌だと?」


 これにはユーリは大きく頷いた。


「はい」


 ブリジットはそんなユーリを探るように見つめる。そして口の中でつぶやいた。


「愛はなによりも強しという。もしかしたらもしかするかもしれん」


 ブリジットは一口お茶をすすると、上目遣いでユーリを見た。


「協力してやらないこともない」


 ユーリはテーブルに両手をついて、上半身を乗り上げるようにしてブリジットに迫った。


「本当ですか? ありがとうございます」

「落ち着け、こぞう」

「あ、はい。すみません」


 ユーリは慌てて椅子に座り直した。ブリジットはカップを皿の上に置くと、椅子の背もたれに背中を預け、足を組んだ。ふわりと縁にレースの施されたスカートが舞った。


「初めに言っておくが、蘇りの魔法は伝授できるものではない」

「そんな! ――でもコツとかなにかあるのではないですか?」

「コツなぁ。しいて言えば、蘇りの魔法を使いたいという強い目標を持つことさね」

「目標はあります!」

「そうだな。あんたにはそれがある。だから可能性はあるとわたしは考える」

「じゃあ?」

「しかしなにより、一年半しか猶予がないのは問題だ。人間が一生をかけてようやくたどり着く場所に、あんたには一年半でたどり着かなければならないのだからな。


 そのためには人並み以上の経験が必要だ。治癒魔法を使用する経験がな」

「はい。僕もそう思います。いくら魔力保持量を増やしても、治癒魔法の魔法レベルを高める修行をしなければなりません。けれど、日常生活では治癒魔法を使用する機会があまりなんて」

「そこまで分っているのだな。ならば話は簡単だ。わたしが経験を積める場所を提供してやろう。ここは治癒魔法の力を貸して欲しいという手紙が毎日のように届く。その中から適当に見繕ってやる」


 いままで黙って会話を聞いていたネクロスが口をはさんだ。


「それって、わたしにも有益な情報よね?」

「その通り」

「きゃは。ここに来た甲斐があったわ」


 ブリジットが虚空に向かって、名前を呼んだ。


「キース」

「はい、姫」


 壁際から姿を現したのは、今日一番の美男子だった。


「うわぁ」


 ユーリはその人物のあまりの美男子ぶりに感嘆の声をもらした。執事のような服装をしており、ほどけば背中までありそうな長い緑色の髪をゆるく三つ編みを左肩にたらしている。瞳の色も緑色。肌色は白く、長身で痩身だ。いっけん美しい女性のように見えるが、痩身でありながら、肩幅が広く、手が大きく細い指も、女のそれではなく、男のそれを知らしめるように節々が骨ばっていている。


「あの手紙の箱をもってきておくれ」


「かしこまりました」


 優雅に一礼をして、キースと呼ばれた彼は、部屋を出て行った。

 ほどなくしてキースは一抱えもある箱をもってきた。


 ブリジットは上から、適当に手紙を手にとり、封を開けて内容を確認していく。

 手紙は何枚にも及ぶものもあれば、一枚だけのものもあり、中には金や宝石が同梱されているものもある。それも高額のものばかりだ。

 ブリジットは多くは語らなかったが、それらの手紙は、ブリジットの蘇りの魔法の使用を所望する懇願の手紙であることが予想できた。同梱されている金や宝石は前金というところだろう。

 世界各国から集められた手紙の多さにユーリは内心驚き、同時に困惑する。いくら蘇りの魔法が使えるからといっても一人であれだけの手紙の数をこなすのは大変なのではないだろうか。


 ブリジットが手にしている手紙に目を通しながら言った。


「心配にはおよばんよ」

「えっ?」

「これらの依頼をすべて叶えるわけではないからな」


 こちらの考えはお見通しのようだ。ユーリは苦笑を浮かべた。


「そうなんですか?」

「依頼通りにいちいち蘇りの魔法を使用していてはいろいろと不都合でな。わたしが蘇らせてもよいと思う人物にのみ、蘇りの魔法を使用している。この中から使用するのは、二、三人というところか」

「たったそれだけですか? その箱の中の手紙の量だと、百通以上はありますよね?」


 キースがやんわりと訂正の声をあげた。


「三百五十二通です」

「そんなに! ブリジット様が使用したい相手にだけ蘇りの魔法を使用するというその判断はどこから来るのですか?」

「わたしくらいになると、どんな相手になら蘇りの魔法を使用してもいいか分かるようになるものだ。少なくともこの賄賂の金額の多さではない」

「そ、そうですか……」


 ユーリは少し安堵した。大賢者と呼ばれる人物が賄賂で蘇りの魔法を使用する人と使用しない人を決めていたら、その人物を軽蔑するところだった。


 手紙に同梱されていた小さな石を左手でもてあそびながら、内容を読んでいたブリジットは、この手紙でようやく顔をあげた。


「ここがいいだろう。親切なことに転移の石が同梱されている。今すぐ行きなさい」

「そこはどこですか?」


 ブリジットはにやりと笑った。


「戦場だよ」

「いくさば?」


 唖然とするユーリとは打って変わって、隣でネクロスが歓声をあげた。


「きゃははは。いくさばいくさば~。死がたくさんあるわね」

「そんなに喜ぶなんて……」


 ネクロスに批難じみた目線を向けるユーリ。


「そのような目でネクロスを見ないでやってくれ」


 言ったのはブリジットだ。その言葉でユーリははっとなる。


「そ、そうですね。彼女は精霊ネクロスなんですから、死が近くにある戦場と聞いて、喜ぶのはあたりの前のことなのでしょう。人間っぽいからつい忘れがちになってしまいます」

「人間らしい、というのは人間の視点からの感想さ。あんたが水の女神から世界の理を聞いたことがあるからこそ話すがね。

 もともとこの世界には神々しかいなかった。その神々が自分を似せて作ったのが人間。

 精霊は神々の補佐をするために生み出された。だからね、精霊や神々を人間らしい、と人間が思うのはお門違いさ。

 最初に神の存在があった。神々の視点からでは、人間の所作を見て、自分たちと似ている、つまり神らしいと思うのだよ」


 初めて聞く神から視点の言葉に、ユーリは瞠目した。


「そうなんですね」


 ユーリはネクロスを見た。白いふわふわのドレスを着た死の神の眷属精霊ネクロス。ネクロスはユーリと目線が合うとにこりと笑ってみせた。


「君も、僕のことをみて、自分たちに似ているなあと思ったりするの?」

「それはあたりまえのことだからいちいち思ったりはしないわ」

「当たり前なんだね」

「ワタシたち精霊は人という存在に惹かれる生き物なのよ。

 この人だって決めたら、その人のことをいとしく思うし、守ってあげたいと思うの」

「そうなんだ」


 ブリジットがネクロスを案じるように見つめた。


「ネクロス、あんたはまだ新しい契約者を見つけないのかい? 契約すれば、再び以前のように強い力が使えるだろうに」

「わたしはまだ一人身でいいわ。というか今は一人の時間を楽しんでいるの」

「そうかい。この世に亡き者となったものをいつまでも引きずっていては、新しいものは生まれないよ」

「分かっているわ。ワタシをなんだと思っているの」

「そうさな。失礼した」


 ブリジットは素直にネクロスに詫びた。


「さて、話を戻そう。これをあんたに渡す」


 ブリジットは左手でもてあそんでいた石を、ユーリに手渡した。


「それは転移の石だ。手紙に一緒についてきた。あらかじめ転移先を設定しておけば、石を強く握ることで魔法が活動する。ネクロスも行くんなら、その子につかまっていなさい」

「はい」


 ネクロスがユーリにしがみついてきた。


「それからこれを渡しておく」


 次に差し出されたのは転移の石よりも小さい石だった。ミラーフォンに差し込む石である。


「向こうにもミラーフォンを使える奴がいるだろう。そのときが来たら、貸してもらって連絡しなさい」

「その時ってどういう時ですか?」

「蘇りが使えるようになった時だよ」

「ええ?」

「蘇りの魔法が使えるようになるコツは教えてやっただろう?」

「強い目標を持つことですよね」

「そうだ」

「参考までに教えてください。ブリジット様が蘇りの魔法を扱えるようになったその目標はなんだったんですか?」


 ブリジットはにやりといたずらっこのような笑みを浮かべた。


「戻ってきたときに教えてやる」

「そんな……。出し惜しみしないで教えてくださいよ」

「戻ってきたときの楽しみにしておけ。さあ、転移の石を強くにぎりなさい」

「……わかりました。戻ってきたら必ず教えてくださいね」

「ああ、約束だ」

「それじゃあ、行ってきます」


 ユーリは石を強く握りしめた。魔法陣がユーリの立っている周りに展開された。


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