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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、大賢者ブリジットの元を訪ねる

 ユーリはアクアディア聖国を出て、単身ブリジットに会いにいくことを決めた。


 旅費はある。昨年の春、捜索隊に参加したときにもらった報奨金と、同じ年の夏休みに、ラクロスに誘われてセリリンバーム退治をしたときのアルバイト代だ。

 捜索隊のときにもらった報奨金の入った袋は、そのまま手付かずに机の奥にしまっていた。今回、初めて中を開けると予想以上の金額が入っていて驚いた。


 捜索隊に参加したときは、ユモレイクの森の西側から北に向かったが、今回はその森の東側から北に向かい、最北端の町ヨルドから砂漠を超えてシルベウス王国に入る。シルベウス王国を北東に進んで途中から、東側の方向にそれ、十日ほど進むと、民族国家オーランシャンの領土となる。

 ブリジットはシルベウス王国と民族国家オーランシャンの間にあるどちらの領土とも知れない山の奥に住んでいるという。

 捜索隊として初めて自分の住んでいる町から外に出た経験があってよかったとユーリは思った。いきなり一人で外に出るのは気が引ける。


 ヨルドから砂漠を渡ったところにある一番近い町までの距離は一日。ヨルドを夕方に出て、夜中はずっと移動しっぱなしで、太陽が昇ったところに大きな岩がごろごろと重なっている地点があり、そこで休む。そして夜になって再び移動し、次の日の昼近くに目指す町に着くという道程だ。


 砂漠は朝と夜の気温差が激しい。日中の気温は五十度以上になり、移動するには厳しい。そのため、夜に移動することになるのだ。夜は夜で、マイナス十度になるため、防寒具は必須だ。


 ヨルドの町と向こう側の町ソルドの間で商人が提携して、砂漠を横断するときだけに使用する防寒具を貸し出しする店がある。

 ヨルドの町で防寒具を借りて、ソルドに着いたらそれを返す。という商売である。防寒具一式をそろえるのは、金額がかさむし、荷物になる。なぜなら、防寒具は砂漠を超える時しか使用しないからだ。

 防寒具一式をそろえる金額から三分一ので借りることができるなら、通常の旅人はそれを利用する。もちろん、企業側は防寒具はきれいに洗ったのち再利用だ。


 ユーリは防寒具を借りることにした。洗っているとはいえ、様々な人が使ってきた防寒具は多少臭った。そのことにユーリは嫌悪感を抱いたが、夜の寒さには我慢できず、防寒具を羽織った。


 砂漠を移動する手段は、馬ではなく、ラクダと言う馬よりも毛もまつげもない動物だった。

 休憩所と呼ばれている場所には話に聞いた通り、大きな岩がごろごろと転がっていた。その陰で休んだ。


 この岩は、自然にできたものではなく、かつてこの砂漠を移動していた人が、魔法によって、岩をここに出現させたのだという。理由は陰があって休む場所が欲しかったからだ。

 これほどの大きな岩を出現させた古えの魔法使いにユーリは瞠目した。

 岩場の陰で、ヨルドからきた者と、ソルドからくる者が休む。

 ソルドから来た人たちは商品を運ぶ商人が多かったが、一部アクアディア聖国に観光に行くという人たちがいた。


 砂漠の中にありながら水が豊かな国。水の女神アクアミスティアが加護する国。それは部外者からみると、興味をそそる国なのだということをユーリはつくづく実感した。


 ソルドの町には昼過ぎについた。その町で、手持ちの金銭の一部をシルベウス国通貨と、このあたりで使われている通貨に換金した。

 相場は安定していたので余計な懸念をしなくて済んだ。


 東に分岐してしばらく進み、夕方、ブリジリアという名の村にはいった。


 大きな村ではないが、村の建物はすべて宿屋と言ってもいい村だった。

 ユーリは白い猫の絵が描かれた民宿に入っていった。


「ようこそ、旅人さん」


 宿屋の女がにこやかにユーリを出迎えた。


「一人なんですけど、空いていますか? 一番安い部屋でいいです」

「空いているわよ」


 手続きをしながらユーリは質問した。


「ブリジット様のところにいくための詳しい地図はありませんか?」

「あの方のところに行くつもりなの? やめておいてほうがいいわよ。危険だし、もしたどり着いたとしても、ブリジット様のお眼鏡にかからなければ、骨折り損よ」

「それでも行かなければならないんです。あなたみたいな子は、ブリジット様のもとにいく前に魔物に食われてそれでおしまいよ」


 物騒なことをいうなとユーリは思った。


「あなたたちのような人がこの村を訪れてくれるから、この村は成り立ってるのだけれど。正直、複雑な心境なの」

「どういうことですか?」

「ブリジット様が住んでいる山に分け入って、戻ってこない人が多すぎるのだもの」

「それは山で遭難とかとか、それこそ魔物に襲われたりして?」

「そういうことよ。この村の名前、知っている?」

「ブリジリアの村ですよね」

「そうよ、ブリジリア。もともと違う名前だったのに、ブリジットの元を訪ねる旅人が多く立ち寄るから客寄せに、村の前を改名したのよ。だいぶ前に」

「そうだったんですか」

「ともかく地図はないわ。命がおしければ山には近寄らないことよ」


 ブリジットは山の中に住んでいると聞いていたが、そこまでの道くらいはあると思っていた。しかし、道という道はなく、魔物も闊歩している山なのだ。

 ユーリは一人で山に入るのは危険だと思った。ラナやラクロスのように剣に腕があるわけではない。

 どうやってブリジットのところまで向かおうか。考えている矢先に、宿屋の女がユーリに部屋の鍵を差し出してきた。


「夕食は好きな時間に食べていいわよ」


 ひとまず休んでからゆっくり考えよう。


「ありがとうございます」


 礼を言って鍵を受け取り、部屋にいこうとすると、三人の屈強そうな男が立ちはだかった。


「俺は剣の使い手だ。今まで何人も賢者様の元に連れて行ったんだぜ」

「俺が得意なのは弓だ。どんなに離れたところからでも的に当てることができるぜ」

「俺たち三人が護衛すれば、簡単に賢者様のところに連れて行ってやる」


 最初の男が再び口を開く。


「料金は一人百万円で、合計三百万。食料や薬草など、もろもろの経費は別途いただく」

 売り込みの傭兵たちだった。


「そんな大金ありません」

「だったら、魔物にやられて魔物の餌にでもなるんだな」


 ユーリが金がないことを知るやいなや、集まっていた傭兵たちは離れていった。

 そこに新たな客がやってきた。



「ここにブリジット様のところ連れて行ってくれる傭兵がいると聞いた。お金はいくらでも払います。私たちを賢者様のところに案内してください」


 見るからに金持ち風のいで立ちだった。着ている服はオーランシャン風で、ところどころに宝石がちりばめられている。十本の指には、大きな色とりどりの宝石の指輪をはめている。


 その隣には彼の妻であろう女がいた。こちらもオーランシャン風の服装で、なにより目を引くのは、胸元に輝く大きな宝石だった。ダイヤモンドとアメジストを組み合わせた瀟洒なデザインだ。女は暑いのか、淡い赤色の花のような絵が描かれた扇をぱたぱたと振っている。


「へいへいもちろんですとも」


 ユーリのもとを離れていった傭兵たちが、すぐさま愛想笑いを浮かべながら近づいてきた。


「俺は剣の使い手です。今まで何人も賢者様の元に連れて行きました。この数はブリジリアの村に滞在している傭兵の中で一番です」

「俺が得意なのは弓ですよ。どんなに離れたところからでも的に当てることができますよ」

「俺たち三人が護衛すれば、簡単に賢者様のところに連れて行ってあげらます」


 最初の男が再び口を開く。


「料金は一人百万円で、合計三百万です。食料や薬草など、もろもろの経費は別途いただきます」


 ユーリに売り込んだときよりも、より低姿勢で、言葉遣いも丁寧だ。


「雇った!」


 男は言った。


「まいどあり」


 男達が笑顔を浮かべる。

 ユーリは名案を思い付いた。すぐさま富豪の男のもとに近づいた。


「僕を雇ってくれませんか? 治癒魔法には自信があります。雇った傭兵たちが怪我をしたら、僕がすぐに治して差し上げます」


 夫婦はそろってユーリを見つめた。


「治癒魔法とな」


 夫人が質問する。


「どれくらい自信があるの?」

「レベルでいうなら八十です。斬った腕をすぐになら、接合するくらいのレベルです」

「ふうん。ほんとうかしら?」

「試してみればよいではないか。おい、お前、腕を斬れ」


 夫が今雇ったばかりの傭兵たちの一人に声をかけた。声をかけられた男は驚いた。


「え? 腕を斬って接合できなかったら俺は食いぶちを失って行き倒れてしまいやす」

「そのときは金を払ってやる。一千万シャランくらいでどうだ?」


 シャランというのは民族国家オーランシャンの貨幣単位だ。アクアディア聖国の一エルは、だいたいオーランシャンでは百に十エルに価する。

 ユーリは頭の中で計算した。そして驚く。十億エル以上の価値になることに気づいたからだ。

 アクアディア聖国で十億エルだなんて、一つの町が買える。


 男は悩んでいたが、金の力に負けたのだろう。苦渋に満ちた表情で頷いた。


「……分かりました」


 ユーリが慌てて言った。


「ちょっと待ってください。試すために本当に斬ることはないじゃないですか?」


「なんだね。嘘なのか?」


 金持ち風の夫婦のうち、夫のほうが疑わしそうな表情を浮かべる。男の腕を斬ってみろというのは、本当にユーリの実力を知りたいからで酔狂で言い出したことではないかととが分かった。


「そうではありませんが……」


 わざわざ怪我をさせるということに抵抗があった。戸惑いをみせるユーリに、男が言った。


「かまわん。俺は金が欲しいからな。

 腕の一本や二本失っても、一万シャランあれば、一生遊んでくらせる。しかし、斬るのは利き手じゃない左腕にしてくれ」

「はい……」


 男は仲間の男に声をかけた。


「思い切りやってくれ」

「分かった。ごめん!

 そんなユーリの目の前で、男の仲間が、差し出された男の腕腕を剣で真っ二つにした。大量の血が噴き出てくる。

 男が斬られた腕よりも、出てきた血の量に驚いたように叫んだ。


「うわぁ。早く接合しろ!」

「わ、分かりました。着れた腕を斬り口に着けるようにしてください」


 男の腕を斬った男が床から腕を拾い上げて、切り口に近づけた。


「うまく合っているか分からないぞ」

「変な方向にくっついちまったらどうするんだ?」

「軽く添えるくらいで構いません。治癒の魔法が調整してくれます」


 ユーリは今だ流れる血が絶えない男の腕に杖を当てて、意識を集中し、呪文を唱え始めた。


「癒しの神キュアレスの加護を


 傷ついた者を

 汝の慈悲なる力をもって

 癒したまえ

 治癒せよ」


 すぐさま血の流れが止まった。


「動かしてみてください」

「ああ」


 指先がぴくりと動いた。ついで、腕を動かしてみる。


「すげえ。本当につながった」


 男は目を大きくした。


「斬ったあとの傷はどうなっているんだ。自分の血で汚れている腕をごしごしこすって傷口の様子をみる。


「傷あとも残っていない。どうなっているんだ?」

「治癒魔法ですから」


 ユーリが説明した。

 富豪の男がユーリに言った。


「どうやら本当のようだね。ぼうやを雇ってあげましょう」


 夫婦の名前は夫がジグ・ヤンソン。妻がエストラといった。

 不慮の死んだ息子を蘇らせたいという思いで、遠路はるばるやってきたのだという。


 腕を斬られて、ユーリにその腕を接合してもらった男の名はファリス・フランレスといい、出身はシルベウス王国だという。一山当てるために、探検家になったが、時にはこうして傭兵もしているそうだ。

 彼は傭兵たちのリーダーでもあった。

 ファリスのの話では、ブリジットの住んでいる場所まで三日かかるという。

 この日は時間も遅いため、各々休んでから明日の朝、出発することになった。

 ジグは山歩きは不得意だといって、籠に乗っていた。もちろん籠運びの人員もいた。

。ジグは雇ったユーリを含めた四人のほかに、別の傭兵を六人雇っていた。

 こうして総勢十五人ほどの人数でブリジットの山に入ることになった。


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