寄り道話、ラクロスは彼女と親友になりたい
新学期そうそう、転校生がやってきた。
ラナ・シューレル。赤い髪に水色の瞳をした女の子だ。
かくゆう俺はラクロス。クラスの中では一番体力があると自負している。
彼女を見て素直に、きれいな女の子だなぁと思った。仲良くなりたいと思ったし、彼女のことをもっと知りたいと思った。
俺みたいなことを考えるやつは当然たくさんいて、朝のホームルームが終わり、担任の教師が教室を出て行った途端、彼女の周りにクラスメイトのやつらが一気に集まった。
「ラナさんはここに来るまではどこに住んでいたの?」
「クランシェという名の村よ。ここからずっと北のほうにある小さな村なの」
「お父様がグランデ校長先生とお知り合いということだけど、どういう関係なの?」
「義父は昔、神官をしていたの。そのとき上司だった人がグランデなのよ」
「お父さんと一緒に中央に来たの?」
「いいえ。父は亡くなったわ。他に身よりがなかったわたしにグランデが声をかけてくれたの」
「学校に通うのは初めてと言っていたね。いままで学校に通ったことがないの?」
「あたしが住んでいた村は子供が少なかったから、学校はなかったの。義父が読み書きを教えてくれたわ。けれどそれだけだった。
だからあたしはここにいる誰よも無知なのよ。いろいろと教えてくれると嬉しい」
「もちろんだよ」
「何でも俺に聞いて」
「分からないことがあったら気軽に聞いてね」
「ラナさんの髪の色、きれいね。ラナさんの住んでいた村にはそのような髪の人が多いの?」
「こんなに赤い色の人はいないわ。この髪は生まれつきよ」
「そうなの。素敵な色ね」
さまざまな質問が彼女に向けられた。
彼女はそれぞれの質問に丁寧に答えていった。
美人だけど、それをひらかさない。最初のイメージがよかったから、俺の中でますます転校生の好感度が増した。
彼女の見方が変わったのは、体育の授業で剣術の練習をしたときだった。彼女は圧倒的な強さをもっていた。
俺は将来、探検家になって一山当てたい。そして家族に不自由のない暮らしをさせてあげたいと考えている。俺の家は衣服の仕立屋を営んでいる。
俺を筆頭に、二人の弟がいる。家計は裕福じゃあない。
俺は幸いにも体格には恵まれた。頭脳はからしき駄目だが、体力には自信がある。探検家になることを目指して日々努力しているのだ。
剣術の授業は剣術場でやるが、男子は男子同志、女子は女子同志というように、男子と女子は分れて行う。
最初からラナは飛ばしていて、女子たちの中ででラナにかなうものはないかった。剣術の先生がそのことに目をつけ、男子も希望者がいたら、ラナと手合わせしないか、と言い出したのだ。
「わたしはかなわいなわ」
ラナはさらりと言った。
「よし、俺が相手になる」
俺は前に進み出た。
この日、俺は初めて女に負けた。
女の子なのに俺より強いってアリかと思った。
ショックだった。けれどショックをショックとも思わせない出来事が起きた。
俺に勝った後、ラナは剣術の教師であるジョルジュ先生と試合をした。
そしてラナはジョルジュ先生にも勝ったのだ。
ジョルジュ先生は、元騎士で、かつては聖騎士候補になったこともある人だと聞いている。魔物討伐で大けがをしたためしばらく養生し、怪我を治したあとも、現役復活ができなかったため、、今はこの学院で体育、それも主に剣術の先生をしているのだ。
数年前は中等部で教えていたが、ある時を機会に高等部に転勤してきた。
そんな先生に勝ったラナは、俺より強いのは当たり前だ。ショックを受けることこそ、おこがましい。
面白いやつだ。
ラナは女の子だけれど、女の子としてではなく、友達として親しくなりたいと思った。
アクアディア学院には夏休み、冬休み、春休みと長期休みの期間がある。俺はこの長期休みを利用して、強化訓練と称して、地方にバイトに行っている。
今年の春休みには、バイトの先輩たちと組んで、ユモレイクの森に入って魔物を倒し素材を集めて町で売った。なかなか実のいいバイトだった。
毎日のように外で活動していたため、太陽の光りがまだやわらかい春の季節だったが、見事に日焼けした。
転校生がやってきて、そんなこんなであっという間に夏休みになった。
夏のの時期は植物系魔物が繁茂する季節で、とくに中央をはさんで東側の地域は植物系の魔物が繁茂して住民にまで悪さをする。
地元の自衛団の手だけでは賄いきれないため、アルバイトを雇って、魔物退治をするのだ。稽古を兼ねて俺はこのアルバイトに去年から参加していた。
そして今回、夏休みに入る前に、俺はラナをバイトに誘った。
ラナは二つ返事で回答した。
ラナは寮暮らしをしている。詳しく話を聞いたこはないが、一緒に暮らしていた義理の父親が亡くなって、グランデ校長の元に引き取られ、今はグランデ校長が身元引受人となっているそうだ。
グランデ校長は自分の家に一緒に住むことを勧めたが、ラナはそれを断って寮に入ったという。
学費と寮費はグランデ校長が賄ってくれているが、それらはお金をためていつか必ず返すつもりだそうだ。
「グランデに借りを作りたくないのよ」
とはラナの言葉だ。
金を稼ぐため、ラナは普段からアルバイトをしている。寮の近くにあるカフェだ。コーヒーの匂いが漂い、心地よい音楽の流れる静かな空間。
そこでラナは給仕の制服をして働いている。これがなかなか様になってるんだよな。
日頃の行動がおおざっぱで雑で、見た目は女の子だが、中身は男のような子だ。しかし、黙っていれば美少女なのだ。
カフェでバイトしたてのころこそ、かわいらしい制服に着せられている感があったラナだが、日が経つにつれ、制服がしっくりなじみ、身のこなしも、洗練されていった。
そのうち、ラナ目当てにあの店にくる客もちらほらとみられるようになった。
学院生活を送りながらこつこつお金を貯めているラナが、短期間で高額収入を得られる魔物退治に参加しないはずがない。
計画外だったのが、争い事が苦手そうなユーリも一緒に行くことになったことだ。
「僕の治癒魔法のレベルをあげるに良い機会だからね。ラクロス、たくさん怪我をしてくれていいよ」
冗談まじりに、ユーリはそんなことを言って笑った。
ユーリの治癒魔法は俺も高く評価しているから、一緒に来てくれるのはありがたかった。回復薬の使用率をさげることにもなるしな。それはつまり回復薬を買う金額が浮くということだ。
中央から南東に向かってアクアディア湖から流れてくるアクタバ川に沿って、穀倉地帯が広がっている。そのあたりはアクアディア聖国の食の生産地なのだ。
川沿いには広大な畑が広がっている。そして畑を狙って通常の動物や魔物も現れる。畑の周りは柵を施してはいるが、目の前に食べ物があるのを目にしておとなしく帰っていく魔物は少数だ。
そしてこの季節、このあたりにセリリアンバームという蔦状の植物系の魔物が繁茂する。葉の先に、この魔物は人が一人入るくらいの捕食器をつける。袋状の形をしていて、口にはふたまでついているのだ。
口の縁はつるつるとしていて滑りやすく、興味本位で袋の底を覗こうとすると、するりと袋の中に滑り込まれてしまうのだ。
俺はこの捕食器を花だと思っていたが、去年一緒に組んだ年配のアルバイトのおっさんに、葉が変形したものだと教えてもらった。
じゃあ花はどこにあるのかと思ったが、花は小さすぎて見つけるのが難しいのだそうだ。
やつらには知性があり、近づいてきた得物を蔦で絡み取り、捕食器の中に取り込むのだ。そして花びらを閉じて、得物を閉じ込め、強い酸で溶かして栄養を吸い取る。
捕食器の袋状のものは伸縮性に長けた膜のようになっていて、中から刃物で斬るのは難しい。しかし火は有効だ。
蔦は刃物で簡単に斬れる。相手の特徴をつかめば、退治はそれほど難しいものではない。
セリリアンバームの燃えかすは農作物の肥料にもなる。
セリリアンバームは繁殖力が高く、刈っても刈っても生えてくる。とはいえ、もし殲滅する方法があったとしても、それはあえてしない。
なぜなら、セリリアンバームは農作物を狙ってやってくる他の魔物をやっつけてくれるからだ。
繁茂しすぎると人にも危害を加えるが、通常は農作物から魔物を守ってくれる役割がある。
ほどほどに生かして、利用する。そしてその亡骸も肥料として利用する。
それがこの地方でのセリリアンバームの使い方だ。
俺はセリリアンバームと戦うのは二回目だから、ラナに魔物退治に慣れたところを見せられると思って、内心わくわくしていた。
しかしふたを開けてみると、ラナは慣れた様子で魔物を退治するし、意外にもユーリも、魔法による支援を機敏にやってくれた。
ユーリが得意とするのは治癒魔法だが、そのほかに、加速と減速の魔法にも助けられた。
夕方になり一日目のバイトが終わり、泊まる宿に戻った。宿といっても普通の農家宅だ。この時期は、他の家も、バイトでやってきた人たちを受け入れ、泊まらせてくれる。
彼らにとって俺たちは、魔物退治をしてくれる大事なお客なのだ。
「五日間、お世話になります。これはささやかなものですが」
言って差し出したのは中央で有名な菓子店アンジェリーナのクッキー詰め合わせだ。お持たせで選ぶなら、この店は間違いはない。
「あらあら、お気遣いいただていてありがとう。あらまあ、これはアンジェリーナのものね。ここのお菓子、好きなのよぅ。ありがとう」
きれいに包装された菓子箱を受け取ったおばあちゃん、というよりはもう少し若いか。おばさんはは喜んでくれた。。
俺たちを受け入れてくれた農家は、この老夫婦が住んでいるだけの家だった。息子と娘が一人ずついて、今は中央でそれぞれ家族を作って住んでいるらしい。
息子のほうはいずれは戻って稼業を継ぐ予定だという。
「お疲れさまでした。食事が終わったら、お風呂も沸いているからゆっくり入ってね」
この家のおばさんが料理が入った皿を載せた盆をテーブルに持ってきながら言った。
「うわあ、おいしそう」
俺は歓声をあげた。
「いい匂いね」
「うん」
ラナとユーリもにこにこ顔だ。
料理は地元の食材を使ったもので、素朴ながら作り手の愛情を感じさせるもので、とてもおいしかった。
「たくさん作ったからたくさん食べてね」
「ありがとうございます」
お言葉にあまえて、俺はもりもり食べた。
「いい食べっぷりね」
にっこりと笑ってからおばさんは、少し心配そうな表情を浮かべた。
「あなたたちみたいな若い人たちがあの植物と戦って、親御さんたちは心配しないの?」
「セリリアンバームくらいなら、大丈夫だよ。もっとレベルの高い魔物を相手にするなら、心配するだろうけどな」
「頼もしい言葉だねぇ。わたしらは植物の魔物だけでも外から手を借りなくちゃいけないというのに。中央の子はみんな、そんなに強いのかい?」
「みんなと言うわけじゃないよ。ラナはもともと強いし、俺は将来探検家になりたいから、ここにバイトに来ているのは腕を磨くためでもあるんだ」
「へええ。魔物退治で腕磨きという考え自体が、ずこいわねぇ。あなたも戦うの?」
おばさんがユーリに目線を移して尋ねた。おばさんが不思議に思うのも無理はない。ユーリは俺のように筋肉もりもりしているわけでもなく、体の線が細くてひょろりしとしている。剣をふるって戦えるようには見えないのだ。
ユーリは静かな口調で答えた。
「僕は支援魔法を得意としているんです。怪我をした人を治癒魔法で回復させたり、加速魔法をかけて魔物と戦いやすくしたり、逆に魔物に減速魔法をかけて動きを遅くして、戦いやすくしたりするんです」
「まあ、そうなの。剣や魔法のことはよくわからないけれど、なんだかすごそうねぇ」
すごいすごいと連呼しながら、頬に手をあてて、おばさんは感心するように俺たちを見つめた。
ユーリは肉と茄子の炒め物を口に運んだ。数回咀嚼し、飲み込む。そしてにっこりと笑顔になった。
「この茄子、おばあちゃん家の畑でとれたものでしょう。とてもおいしいです」
「そう言ってもらえるとうれしいわ」
「僕が作ったらこんなにおいしい茄子にはならないと思います。実がなる前に枯らしてしまうかも。おばあちゃんたちには農業の知識があるからこんなにおいしくつくれるんでしょうね」
「長年培った経験があるからできるのよ」
「そうですよね。さすがですね」
「うふふふ」
おばさんはまんざらでもなさそうに笑った。会話を聞いているだけだった同じテーブルについているおじさんは、ただ黙って口の端をわすかに上げた。そのしぐさで、おじさんも内心では得意になっているのが伺えた。
ユーリ、なかなか言うなぁ。
ただでさえ中央からやってきた俺たちに気兼ねしているのに、剣とか魔法とかいう話を聞かされて、気後れしていた老夫婦に自信を起こさせ、さらに親近感を抱かせたのだ。
彼らの仕事に感心し、彼らの作った作物で作られた料理を褒めることによって。ユーリはこういうことを作為的にできる性格じゃあない。天性なんだろうなぁ。そういう意味で、お前もすごいぜ、ユーリ。
割り当てられた部屋に行くと、布団が三組用意されていた。
これから五日間、ここで寝起きを共にするのだ。
部屋の奥から、俺、ユーリ、ラナという並びになった。
今さらラナを女として見はしないが、布団が隣合わせになるのをさりげなく遠慮した。何か間違いがあってはことだ。ユーリに間に入ってもらおう。
自分の布団の上でくつろいだ様子で、足をのばしながらラナが言った。
「久しぶりに魔物と戦ったわ。
それで実感した。学院生活に慣れてしまって、平和ボケしていたこと。
魔物と戦う場所こそが、本来あたしのいる場所なのよ」
不穏な言葉に俺は聞き返した。
「どうしてそう思んだ? 魔物と戦う場所が自分の場所だなんて、穏やかじゃないな」
「前にも少し話したと思うけれど、あたしは北にある小さな村に住んでいたのよ。あそこでは毎日のように魔物を退治していたの。だから剣を振る動作が体に馴染んでいるのよ」
「そういや、ラナは戦いの経験値が俺よりもだんぜん高いんだよな」
そんな相手に自分の腕を見せようと思ったなんて、考えが浅はかすぎて我ながら笑える。
「ラナの昔の暮らしぶりと比べたら、今はだいぶ安心して暮らせる環境になったんだなぁ」
ラナは肩をすくめてみせた。
「どうかしら。学院は規則ばかりで不自由だわ。寮も同じ。まるで籠の中に閉じ込められているみたい」
そういう意味では、ラナは学校でペンを持っているより、外で剣を振るっているほうが合っているように見える。
「学院が嫌ならやめるという手もあるぞ。ラナくらいの腕があるなら、学院に通わなくても、探検家なんかで金を稼いで生きていけるだろう。そうすれば、今みたいにグランデ校長に借りを作らなくてもいいし」
「学院はやめないわ。勉強するということはあたしが決めたことだもの。だから多少の不自由は我慢する」
ゆるぎない口調でラナは言った。
俺も人のことを言えないが、ラナが転入てきた当初は、ラナの学力はひどいものだった。少しでも難しい字は読めないし、数学のレベルも小等部中学年くらいの知識しかなかった。
中間テストではほとんどが最下位だった。それがこの前の期末テストでは、最下位の数が半分になっていた。
学校の帰りはバイトをしているから、ラナが自主的に勉強できる時間は夜の時間だけになる。
あとは土日の休みの日だが、その時間はバイトをいれているらしい。学校帰りの数時間しか働けない日よりも、土日のフルに働ける日はお金を稼ぐ絶好の機会なのだろう。
「ラナは将来、何になりたいんだ?」
ラナは水色の瞳を宙にさまよわせた。
「まだ分からないわ」
「ラナなら騎士になれるんじゃないか。推薦でもいけそうだ。まあ、勉強はもっとしないといけないだろうけどな」
「騎士にかぎらず、聖職者にはなりたくない」
「そうなのか? 聖職者は安定収入が保証されているから、なりたいやつは多いぞ」
「聖職者以外で、この国をよりよくするようなことをしたいとは思う。けれど、そうするためにはどうすればいいのか、まだ何も思い描けていないのよ」
俺は目をしばたかせた。
この国をよくする仕事なんて、そんなことを考えることを俺と同年代のやつが考えていることに驚いたのだ。
一個人の行動で国が大きく変わることなんてありえない。
だから普通は、今ある状況から、自分にとって一番良い方向を選択し、それに向かって歩んでいく。
俺が探検家を目指すのは、今ある選択肢の中でそれがベストだと思うからだ。
けれど、ラナは。
いったいこの子は何者なんだ?
それを問うとして口を開きかけたとき、唐突にユーリが話しかけてきた。
「ラクロスは探検家になりたいんだよね」
「うん? ああ、そうだ。そういえば、ユーリは探検家になるのは反対していたな」
半年前になるが春休みに入る前の終業式の放課後に、将来どんな職業につきたいかクラスの何人かで話していたことがあった。
そのときに、ユーリは探検家は危険だと言ってきたのだ。
そういや話は変わるがあの後、礼拝堂に行って水の宝珠強奪事件に出くわしてひどい目にあったなぁ。
現場に居合わせた仲間は何人もいるし、ユーリもその一人だ。
その後俺たちの間では、あの話はご法度となっている。
教会側から誰も言うなと口止めされたこともあるし、アクアディア聖国から水をもたらす宝珠がなくなったという事実を忘れたい思いもある。
以前と同じように礼拝堂に水の宝珠は鎮座し、水をもたらしている様子を見ていると、あのとき出くわした事件こそが、夢だったんじゃあないかと思えてくるのだ。
そんな俺の心の回想を知らないユーリは言葉を続けた。
「危険な職業だと思うのは今でも変わらないよ。探検家になったら、セリリアンバームよりも強い魔物と戦うこともあるはずだしね。けれど……」
ユーリは何かを思うように言葉を切った。
「けれど探検家になったら世界のいろんなところに行けるんだよね。それは魅力的だと思うよ」
「おう、そうだな」
ユーリの口からそんな言葉が出たことに俺は内心瞠目した。世界のいろんなところに行ける、という考えは俺の中にはなかった。なぜなら、
「俺の場合は、てっとりばやく金が欲しいからだけどな」
「お金も大切だね」
「そういうことだ。しかしユーリがそんなことを言うとは、前と考え方が変わったんだな」
「ずっと同じ考えのまま、意固地になっていたら、新しい考えは生まれないからね」
「そうだな」
俺は頷いた。
あっという間に、十日以上にわたったバイトが終わり、中央に戻る日がやってきた。
「おじさん、おばさん、お世話になりました」
「こんなにお土産をいただいて、ありがとうございます」
「さっそく教えてもらった料理、作ってみるわ」
乗合馬車に揺られ、途中に休みを取り入れながら、中央に着くのは、夕方過ぎの予定だ。
馬車に揺れているうちに、俺は眠くなってきて目をつぶった。
隣でユーリとラナが会話を始めた。
「久しぶりにユーリと一緒に魔物と戦ったわね。ユモレイクの森ことを思い出したわ」
「そうだね。まだ五か月くらいしか経っていないのに、ずっと昔のように思えるよ。あのとき、僕は一生分の魔物と戦った気がする」
「あは。それは言い過ぎでしょう」
「そうかな。もうあんなに強い魔物と戦うのは嫌だよ。今回の魔物くらいならたまにはいいけれど」
「そんなことを言うなんて。前のユーリに聞かせてあげたいものだわ」
「どういうこと?」
「スライムと遭遇しただけで腰を抜かしていたじゃない」
「あのときは、暗かったから、驚いて転んだんだよ」
「ふふ。そういうことにしておいてあげるわ」
「そういうことにしておいて。――明日から現実に戻るんだね」
「おかしい。中央の生活も魔物と戦う日々も、どちらも現実よ」
「こんなにも違うと、どっちかが夢じゃないかと思えてくるよ」
二人の会話の内容は俺にとっては初耳のことばかりだった。二人ともユモレイクの森で魔物と戦ったことがあるようだし、セリリアンバームよりも強い魔物と戦ったこともあるようだ。
「ユーリが思うようなこと、あたしも思うことがあるわ」
「……?」
「今でも信じられないと思うことがあるの。あたしがここにいること。中央で暮らして、普通の学生みたいに勉強をしていること」
「現実だよ」
「同じクラスに、ユーリがいてくれてよかった。とても不安だったから」
「ラナでも不安に思うことはあるの?」
「当たり前でしょう。あたしを何だと思っているの」
「ラナは強いから。僕なんかいなくても平気だと思っていた」
「そんなことない。ときどき考えるの。もしあのとき、エルダたちに捕まらずに、青の宝珠をクランシェの村に持って帰っていたら、今頃クランシェの村は水が豊かな村になっていたかもしれない」
「そういうことになっていた可能性はあるね」
「けれど、それは長い目でみれば気休めの平和でしかないわ。ユーリと出会うことができたら、あたしは自分の無知を知ることができて、もっと知らなければならないことがあることに気づくことができた。
今、あたしがここにいるのは、ユーリと出会えたからよ」
「ラナ……」
「どうしてそんな顔をするの?」
ラナが不安そうな声で言った。聞き耳を立てていた俺は思わず目を開きそうになったが、どうにか堪えた。
「もしもラナの記憶の中に僕の存在がなくなったとしてもこの国をよりよくしたいと思ってくれる?」
「なに意味が分からないことを言っているの?」
「……そ、そうだね。ごめん。ちょっと疲れて変な事を言った」
「おかしなユーリ」
それきり二人は口を閉ざした。
それぞれの思いに浸っているのだろう。
最初こそ、付き合ったばかりのカップルの会話らしいものだったが、最後のほうは不安感の残る会話だったぞ。
こっそり目を開けると、二人は手を繋いで、肩を寄せ合うようにして目をつぶっていた。
くう……。
うらやましくない、といったら嘘になる。
ちきしょう。俺も早く彼女が欲しい。教室で俺がよくちょっかいをだしているのは、フリィアちゃんだが、彼女は本命ではない。彼女に惚れるふりをしてからかっているだけだ。
今のところ、本気でいいなと思える女子がいないんだよなぁ。
ラナは最初こそ興味をもったが、今は女の子には見えない。剣術がうまくて、気持ちがさばさばしていて一緒にいて、楽しい友達という位置づけだ。
まあ、いつか、この人こそ、という相手と出会えるだろう。
家族のことを考える。バイト代も入ったことだし、おいしい野菜のお土産もある。家族は喜んでくれるだろう。そうだ、明日あたり、それこそアンジェリーナのお菓子を家族にプレゼントしようか。