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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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寄り道話、フィリアの思い

 わたしはフィリア。水の女神アクアミスティア様が守護するアクアディア聖国の中央都市に住む十七歳ののうら若き女子高生です。

 自分でいうのもおこがましいのですが、家柄、美貌、才能、性格ともども、恵まれていることを自覚しています。


 このことについては、この世界エルフェメラの創造神、そしてわたしをこの世に産ませてくださった大地の神ガイア、その他わたしという存在がこの世界にあることに関わる全ての神々には感謝するしかありません。ええ、もちろん。


 私の父は国内の運送全般を行っている会社を経営しており、その資産は教会グループ以外では一位を誇っています。

 金髪の髪は絹のよう、白い肌は雪のよう、青い瞳は聖国の水の要アクアディア湖のよう、と称賛される外見をわたしはしています。

 町を歩けば、男女ともに十人中九人はわたしを目で追い、羨望と嫉妬のまなざしをむけてきます。


 両親は生まれたときから愛らしい容貌だった赤子のわたしに、その容姿にぴったりな魔法を使えるようにしたいと望みました。

 そして契約させようとしたのは癒しの神キュアレス。すんなりと契約をすることができ、物心つく前から、癒しの魔法を使えることが確定されました。調子に乗った両親はその後、浄化の神ホーリーとも契約をさせました。

 そして、黙っていても人が寄ってくるわたしは、うぬぼれではなく、普通に性格がいいのでしょう。


 そんなわたしはアクアディア学院の高等部にあがるまで、中央よりも南にあるルイカワサという村で育ちました。

 なぜなら、幼い頃のわたしは身体が弱くよく体調を壊していたからです。肺の病気の気質もありました。

 父は仕事が忙しく各地方の町や村を往来する日々。ですのでわたしは慈愛に満ちた母と、複数のメイド達に見守られながら、育ちました。

 年に数回訪れる父に会うことは毎回楽しみでした。というのは、父はいつもめずらしいお土産をもってきてくれたからです。


 ルイカワサの村は、避暑地として有名な高原の村で、夏になると避暑を兼ねて中央からいろんな人達が遊びにきました。


 アクアディア聖国はエルフェメラと呼ばれるこの世界の赤道からやや北半球に位置しています。通常なら、南に行くほど暑くなる気候なのですが、ここルイカワサの地方いったいだけは、気温が二度、三度低くなるのです。

 それは高原であるという立地と、地下から湧き出る冷たい水のおかげだと言われています。この水も、もともとはアクアディア湖の水ですが、ルイカワサの水は、川の流れがいったん地下に潜り、再びルイカワサの地表に湧き出るという流れをたどります。このときに、水は冷たく冷やされるようです。

 ルイカワサの地下には巨大な氷が眠っているとのもっぱらの噂です。

 噂ですから、本当かどうかは分かりません。


 幼いころのわたしは中央から遊びにやってくる人たちがとてもうらやましいと思っていました。

 中央の人たちはおしゃれで情報通で、みんながみんな、ハイセンスに見えたのです。

 わたしの中で、歳をとるごとに、中央への憧れが強くなっていきました。

 そのうちルイカワサの村で一生をくすぶるのはイヤと思うようになりました。


 中等部三年のときでした。このままルイカワサの中等部に入学すれば本当に一生をルイカワサで過ごすことになりそうだと危惧しました。

 ルイカワサの村で老いていく自分を想像することができませんでした。

 とはいえ、大人になったら何をしたいか、という具体的な夢もありません。普通に考えれば、父の仕事の手伝いをするか、まったく別の仕事に就くか、学生稼業を続けて何かの研究を行うか、ということになるでしょう。わたしは勉強がそれほど好きではありませんので、研究という選択肢はありませんでした。

 ささやかな希望は中央に住んでみたい、ということでした。

 成長したこともあり、体の弱かったわたしは健康な体とになりました。肺の病気もなくなりました。それはわたし自身が毎日のように自分に癒しの魔法を施してきたことも貢献していました。


「中央の学校に通いたい」と言うと、両親はひどく反対しました。

 母曰く、都会は人が多く緑も少ないため空気が悪い。そもそもルイカワサに引っ越したのはこちらのほうが空気が澄んでいるからだと。

 父曰く、都会はいろんな人種がいる。甘い言葉でお前をだまし、悪いことをするようなやつもいることだろう。お前がそんなやつらの魔の手にかかることを想像するだけで卒倒しそうだ。都会はダメだ。


 わたしはそんな両親に誠意をもって説得しました。

 母には、わたしは成長し、幼いころよりも体は丈夫になりました。それに今は治癒魔法も使えるので健康の心配はありません、と。

 父には、わたしは悪い人たちと付き合うつもりはまったくないので安心して欲しい。わたしを信用してください、と。


 かくしてわたしは両親を説得させ、中央に移り住むことができたのです。父には、家族が中央にいたほうが帰りやすいという思いがあり、もともと中央に住んでいた母も、本心としては中央に戻りたいとおもっいた節があります。

 中央には母の実家がそのまま残っていて、当時は人に貸していました。二年契約で延長に延長を繰り返していたその家族は、大黒柱の人が転勤することになり、ちょうどこちらが移り住みたい時期と重なったため、すんなりと引っ越しをすることができました。

  ルイカワサの家はそのまま別荘として使うことになりました。


 中央に引っ越してきた当時は、すべてがきらびやかに輝いて見えました。

 それも最初のころだけで、ルイカワサにいたころから事前に調べていた情報誌で、中央の情報を仕入れていたわたしは、すぐに中央に適応することができました。


 雑誌でしか見たことがなくて、ずっとあこがれていたおしゃれなカフェに、常連のように入り、その店で一番人気だというイチゴミルクを、いつも頼んでいるかにようにそつのない態度で注文し、通りのテラスの空いている席に上品に座って、イチゴミルクを飲みながら、通りを往来する人達を自然な様子で眺めていると、ドリンクを三分の一も飲まないうちに、声をかけられました。


「この席、空いてる?」


 声のするほうを見上げると、わたしより少し年上の赤茶色の髪をした男の人が、わたしの前の席を目で示したあと、口の両端をあげて、こちらを見つめていました。

 空いている席は他にもあるのに、わざわざわたしの前の席に座りたい意志をしめす男性。わたしにとってはよくある状況。いわゆるナンパです。


 少し長めの前髪の間からのぞく瞳の色は薄いエメラルド色。左側の前髪を少しだけ横にとり、二つの金のヘアピンでとめています。男の人で、髪をピンでとめているようなおしゃれな人は、ルイカワサにはいませんでした。


 シチュエーションはわたしにとって慣れたものなのに、ふがいなくもどきりとしました。


 ああ、これこそが都会で暮らす乙女の醍醐味。おしゃれなわたしがおしゃれな男性にナンパされる。


 夢見ていた光景が今まさに展開されているのです。


 これでどきどきしなかったら、それはただの人形。血も涙もときめきもない存在です。わたしは血も涙もときめきもある、あらゆることに恵まれた乙女なので、当然のごとくどきどきしたのでした。


「ええ、空いていますよ」


 言ってにこりと笑顔を浮かべるのは、女子のセオリー、たのしみです。


 その後、わたしはその男性との会話を楽しみ、次に会う約束をして別れました。


 このようにルイカワサから中央に引っ越しをしてきて新学期が始まる約一か月の間、わたしは中央に馴染むべく、おしゃれなカフェ、センスのいいブティック。恋人同士が集まる雰囲気のいい公園などを探索、散策しました。


 そして、その中にめったに足を向けない図書館もあったのです。


 先に述べた通りわたしは勉強が好きではありません。読書も苦手です。活字だけの本はページを開いただけでめまいがしてくるほどです。

 それでも図書館に足を運んだのは、勉強するためでも読書をするためでもなく、「学校の帰りに、図書館で試験勉強をするカップル」をシュミレーションするためでした。

 試験勉強というのは言い訳で、本音は図書館デートです。まだこれといった相手もいないわたしですが、その気になれば、彼氏なんて一人や二人くらい簡単にできることを自負していました。

 春休みを利用して中央に引っ越してから、ここ数週間の間に、彼氏候補は三人できました。付き合おうという彼らの申し出を、のらりくらりと先延ばしにしている理由は、アクアディア学院高等部にあがったときに、学校内で素敵な人に巡り合うというシチュエーションを期待していたからです。

 街角でナンパしてきた男の子よりも、頭脳明晰でスポーツマンで、ハンサムな男の子が学校にいることを期待していました。



 中央図書館はとても広くて驚きました。避暑地として人がいたるところから集まる生まれ育ったルイカワサの村の、図書館よりも学校のよりも大規模なのです。

 ルイカワサの村は郊外から観光地という名目のもと、人を集めて材を集める村のため、このような公共施設にはそれほどお金を駆らせないのが実情なのです。

 それが打ってかわってこの中央では、貯蔵している書物は雑誌から辞典までなんでもありそうな気配です。


 中央は学歴社会だと聞いたことがあります。そのせいでしょうか。学習ルームの机は大方埋まっていて、絵本を読んでいる子供から、新聞を読んでいるご高齢の方まで、老若男女、農夫から騎士まで、さまざまな人が使用していて、空いている席を探すほうが難しいほどでした。


 これは思うような図書館デートはできないかもしれなと思いました。二人並んで座れる席を探すのに時間がかかって、その間に気持ちが冷めてしまう自分が簡単に想像できたからです。


 興味はありませんでしたがせっかく来たので、ひやかしがてら図書館の中を見てまわることにしました。

 文学コーナーや専門書コーナーは流し見しましたが、思わず足をとめたは、趣味コーナーにあった美容関係の一角でした。

 ヘアー画像集やネイルアートのデザイン画集など、乙女心に刺さる書物がずらりと並んでいます。


 わたしは最新のヘアーアレンジのやり方を目を皿にして眺め、センスあるネイルアートの模様を頭の中に刻みました。

 もちろん家に帰って、自分で試すためためです。


 ネイルアートの本を本棚に戻すと、その上の段に宝石図鑑なる本が目に飛び込んできました。本来なら、図鑑コーナーにありそうな本ですが、小さな宝石のかけらはネイルアートのワンポイントに使われることがよくあるので、その関係でここにあるのでしょう。


 宝石が嫌いな乙女はいないでしょうす。わたしはおもわずその宝石図鑑に手を伸ばしました。

 が、手が届きませんでした。つま先立ちしてもあと一センチほど足りません。


 手に入らないと思うと、ますます手に入れたくなるもの。


 わたしはどうにかその本を手に入れようと、うんしょうんしょと何度も爪先立ちして手をあげていました。

 すると、ひょいとわたしの手の横から違う手が伸び、その図鑑が本棚から取られました。

 わたしは驚きのあまり目を見開いて、気配すら感じさせずかわたしの横に立ち、図鑑を手にとった人物を見ました。


 そこにはわたしと同じくらいか少し年下くらいの、これといって何の特徴もない男の子が立っていました。


「はい」


 その人は今本棚から抜き取った宝石図鑑をわたしに差し出しました。


「えっと……」


 わたしは首をかしげて、図鑑と男の子を交互に見つめました。


「これを取ろうとしてたんだよね?」

「あ、そうよ。取ってくれたのね。ありがとう」


 図鑑を受け取りながらお礼をいいました。にこりと笑みを浮かべるのはもちろん女子のセオリーです。


「たまたま通りかかっただけだから」


 押しつけがましくないささやかな笑みを浮かべると、その男子はわたしの目の前から去っていきました。

 その後ろ姿を所在なく見送るわたし。男の子が向こうの本棚の角を曲がって姿が見えなくなってから、はっとしました。


 なぜ、わたしは茫然としてしまったのでしょう?

 気持ちをとりなすように、男の子から受け取った宝石図鑑を見下ろします。ついでにぱらぱらとめくってみます。


 それはまさに宝石辞典。宝石にはさまざまな種類があり、その種類の数だけ加護の力があります。邪気を払うならクリスタル。聡明さを求めるならアメジスト、というようなことが事細かに書かれていいました。

 わたしが思った本とは違いましたので、すぐに本棚に返そうとしました。


 けれど、本棚からとれなかった本を、本棚に戻すことができるはずがありません。わたしが短時間のうちに伸長が一センチは伸びないかぎりは。


 困っていると、やさしげな声がかかりました。


「本を戻したいんだね。貸してごらん」


 振り向くと、そこにはファッション雑誌から飛び出してきたのではと思えるようなシティボーイが立っていました。

 こげ茶色の前髪を黒の細いカチューシャで後ろでとめて、おでこを全開にさせ、後ろの髪はあちこちに散らしています。絶妙なベクトルで散らされた髪型は自然にできたものではなく、計算してつくられた髪型であると分かる人ならひと目で分かるものです。そして、わたしはもちろん、分かる人。


 服装は薄手の白のシャツに黒のベスト。このベストもラフさを感じさせる薄手のもので、右胸のポケットにはアクセントして銀のチェーンがついていて、緩く結ばれた臙脂色の細身のネクタイの先とつながっています。ズボンはゆったりしたもので色は黒。光沢のある生地で薄手なので、ゆったりとしてても、動けばその足の形が想像できてセクシーです。

 歳はやはりわたしと同じくらいでしょうか。わたしよりも五センチは背が高く、その顔には、かるそうな笑みが浮かんでいます。


「ありがとう。わたしでは届かなくて」


 図鑑を差し出すと、その男子はひょいとわたしの手から図鑑を受け取ると、その笑みと同じように軽々と元の場所に戻しました。


「これでよし、だね」

「助かりました」

「俺はライツ。アクアディア学院の高等部に通う二年なんだ。君は」

「あら、わたしより一つ先輩なんですね。わたしはフィリア。今期から先輩と同じ学院に通うことになっているんです。転校してきたので、編入というかたちになるんですけれど」

「なるほど。どうりで見たことがない女の子だと思った。君みたいなかわいい後輩がいたら、気づかないはずがないからね」

「かわいい、だなんて、そんな……」


 はずかしげにうつむくのはもちろん、女子のセオリーです。


「引っ越してきたばかりで、中央のことをよく知らなくて」

「じゃあ、案内してあげるよ。このあと時間ある?」

「もちろんです。知り合いがいなくてさびしかったから、先輩にあえてよかったです」

「俺もフィリアちゃんにあえてよかった。今日は幸運な日だなぁ」


 いきなりちゃんづけ。ちゃらいな~。

 わたしが内心そんなことを思っていることを知らないライツ先輩は、にこにこと笑みを浮かべています。


 それでさっきの男の子に何かいつもとは違う違和感がなんだったのかが分かりました。

 あの男の子は、わたしのような美人が困っているのを助けることができたというのに、社交辞令の笑みだけ浮かべて要件をすませたらさっさと去っていったのです。


 なんということでしょう。

 にこりと女子のセオリーとしてかわいらしい笑みまで浮かべてお礼を言ったというのに。


 中肉中背で、背だってわたしよりほんの少し高いくらいで、おしゃれじゃなくて平凡で。

 そんな人なのに、わたしに対して普通の男の子とは違う態度とったから、違和感を感じたのでした。


 その違和感がはっきりとすると、腹立たしくなってきました。

 正直、とても不愉快です。


「この先においしいケーキを出すカフェがあるんだけど行ってみない?」


 ライツ先輩が自分では素敵な笑みだと思っているであろう笑みを浮かべて言ってきました。


「まあ、ちょうど少しおなかが空いたと思っていたところだったの。ぜひ、行ってみたいわ」


 わたしは胸の前に両手を組んで、下から見上げるような角度で微笑んで見せました。それだけでほのかに顔をあかくするライツ先輩。


 そうです、そうです。こういう態度が私に対する普通の男子の態度ですよ。

 うふ、この人、見た目によらず、けっこううぶですね。


 この後は、わたしは不愉快な思いをさせられた平凡な男の子のことはすっかり忘れ、おしゃれケイメン一歳年上の男子と中央の町の散策を楽しんだのでした。


長くなったので、ここでいったん区切ります。


久しぶりの更新なのに、本編と全く関係ない物語のようになってしまいました。

次回更新は明日の18時予定です。

少しだけ本編につながる語らいがあります。

お楽しみに!


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