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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、サクラの花びらが舞う夜の公園でラナに会う

 夜の空気は家の中よりもいくだんか冷えている。

 家々からはあたたかそうな光が窓からもれ、それぞれの明かりの中に人々の生活があるんだなぁと実感させられる。


 父親にそこはかとなく提案されたこともあり、ユーリはサクラノ公園に向かった。サクラノ公園に隣接して図書館があるので、ユーリはよくこの公園を通る。


 この公園は散歩コースがあってきれいに整備されている。休日はピクニックを楽しむ家族や、二人の時間を共有したい恋人同士などでにぎわう場所だ。

 平らな場所では、剣術の稽古をしている若者もいたりする。


 今は夜なので、人々の姿はまばらである。

 中央に大きめの池があり、それを囲むように、等間隔に公園の名称となったサクラの樹が飢えられ、長い椅子が置かれいる。

 一カ月前はまだつぼみもなかったのに、今は満開だ。こ

 の淡いピンク色の花びらをつけるサクラの樹は、桃源郷の桃の生産地である東の国より、さらに東にある極東の島から渡来してきたという。


「ということは、シグルスさんの故郷から来た樹なのかなぁ」


 故郷で国のために戦い、その間に妻と子供も魔物に殺され、そのことを知らされずに戦いつづけた男。そして今は風来坊の傭兵をしているシグルスのことを、ユーリは思った。

 シグルスはすでにこの国を立ったという。もう少し長くいれば、こんなにきれいなサクラの花がみれたのに。ちょっともったいないなとユーリは思う。


 ここにあるサクラの樹は、何本にも別けて接ぎ木され、長い年月をかけて増やしていったものだという。


「きれいだなぁ」


 空には満月が浮かび、サクラの花びらがはらはらとこぼれ落ちていく。

 と、背後に人がやってくる気配がした。


「ユーリ?」


 声だけで分かる。ラナだ。ユーリは振り返った。

 瞳に青い色をたたえたラナがいた。その肩にいつものようにキャットが乗っている。

 ユーリはラナに駆けつけるように近づき、ラナがそこにいるのを確認するようにラナの手を取る。


「本当にラナなんだね」


 ラナはくすりと笑った。


「なに寝ぼけたことを言っているの」

「校長先生とどこかに行ったきり、ずっと会えなかったから心配していたんだよ」


「グランデに、自分がやりたいことを見極めるためには、いろんなことを勉強しないといけないと助言されたの。確かにその通りだと思って。いろいろ勉強していたのよ。

 でも、たった三日間じゃまだまだ勉強したりない。もっと勉強しなくちゃ。知らないことがたくさんありすぎて、自分が恥ずかしいわ」

「それはラナと会う前の僕のことだよ。僕は何も知らなかった」

「あたしより断然知識はあるのにね」


 おかしそうにくすりと笑うラナ。

 月明かりに赤い髪が揺れる。


 夕日を浴びて金色に輝いていたラナの瞳は、今は月明かりの下、湖の水面のように優し気な光をたたえている。


「こんな状態だから、ユーリ、ごめん」

「え? なにを謝るの?」

「あたしはユーリの告白の返事をまだ出せない。もっと自分のことをしっかりさせて、自分の気持ちの整理ができてから返事をしたいの。それまで待ってくれるかしら?」

「もちろんだよ」


 生活ががらりと変化したラナの気持ちをユーリは察した。


「よかった。ありがとう。……あたし、そろそろ行かなきゃ」


 ラナはユーリに握られた手をとろうとした。思わずユーリはラナを抱き寄せた。


「ユ、ユーリ?」

「会いたかった、ラナ」


 最初こそ体を強張らせたラナは、緊張をとき、自らユーリにもたれかかった。


「あたしもよ」


 ラナに触れたところからラナの体温を感じる。胸の中にすっぽりと収まる少女をとても愛しく感じた。このままだきしてずっと離したくないと思う。


「ラナのにおいがする」


 ラナはくすりと笑った。


「ユーリのにおいもするわ」

「え? 僕、臭くない? そういえば、宿題に手いっぱいで三日間、お風呂に入ってない」


 あわてるユーリに、ラナは再び笑う。


「臭くない。ユーリのにおいは落ち着くわ」


 しばらくお互いの体温を感じていたが、ラナのほうからそっとユーリから体を離した。


「ほんとうにそろそろ行かなくちゃ」

「……また会えるよね?」

「もちろんよ、近いうちにね」


 にこりと笑うと、ラナは駆けるように去って行った。


 ユーリはラナを追いかけようとしてやめた。

 また会えるとラナが言ったのだから、きっと会えるのだろう。今はその言葉を信じるしかない。


 ユーリは抱きしめたラナの感触を思い出し、ため息をついた。

 愛しい人を思う者の、若草をひっそりとそよがせるようなため息だった。


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