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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、家族の協力のもと、宿題をやり遂げる

 二人が去ったあと、気持ちがざわついてすぐには宿題が手につかなくなってしまった。気分転換に日記でも書くことにする。文書作成では、日記か読書感想文のどちらを選ぶことになっている。父親のユリウスが読書感想文を請け合ってくれたから、日記を書く必要はなかったが、問題を解く以外のことをしたかったのだ。

 初めて魔物と戦ったこと。

 水の宝珠のこと。ラナのこと。

 学校に行けない子供たち。

 水が汚染されて、食糧難になった人たち。

 水の女神アクアミスティアと出会ったこと。

 治癒の神キュアレスとラナの命を救うために対価を払ったこと。

 とりとめもなく思いつくままに書き綴っていく。気づいたら、ノート十枚近く文字で埋まっていた。

 同時に時間も過ぎていた。


「しまった!」


 ユーリは慌てて日記をつづったノートを閉じて、問題集に取り掛かった。

 この日も父と姉はいつもより早く帰ってきた。


「早く帰ろうと思えば帰れるんじゃない?」


 ユーリは言った。


「今日が宿題ができる最終日だろう。だから期日が先の仕事は後の日に回して帰って来たんだ」

「わたしもここなんにか日勤が続ているから、手伝えるけれど、夜勤の日はできないのよ」


 二人は口々に言った。


「姉さん、ラナの行方は分かった?」

「皆目駄目ね。みんな、水の宝珠が盗まれたことなんてなかったことのようにふるまっているのよ」

「そういうことになっているからな」

「そう……」


 ユーリは落胆した。

 時間は夜の九時過ぎ。


 ユーリは歓声をあげた。


「やったあ。終わったあ」


 ぐいっと椅子の背もたれに背を預けて背伸びをする。



「どうにか間に合ったわね」

「手伝った甲斐があった」


 疲労感はあるが、みんな、笑顔である。

 この日、フローティア家は無事、家族共同作業を遂行したのだった。



「父さん、姉さん、手伝ってくれてありがとう。二人が手伝ってくれたおかげで宿題を終えることができたんだよ」

「久しぶりに学生の勉強をして、いかに自分が内容を忘れているか思い知らされたわ」


 ユリウスは眼鏡を外すと、目頭をもみもみしながら言った。


「父さんも良い運動になったよ」

「これで明日は、なんの心配もなく学校に行けるよ」

「そのことだけどユーリ、水の宝珠が盗まれたとき、あなたのクラスの子たちも何人かいたわよね?」

「うん、けっこういたよ。男子たちはスフィアをする予定だったから」

「明日登校したら、あのあとのこと、聞かれると思うけれど、話は合わせてね」

「もちろんだよ。水の宝珠は盗まれたけれど、すぐに盗人は捕まって、元の位置に安置されたっていえばいいんでしょ」

「その通りよ。それであなたがしばらく家を開けていたことについては、父さんとも相談したんだけど」


 ユリエスが言葉を引き継いだ。


「母さんの実家に遊びに行っていたということでどうかな」

「母さんの?」

「そうだよ。母さんの実家には、母さんのお母さんがご健在だ。孫が祖母の家を訪れるのは不自然じゃないだろう」

「うん、そうだね。母さんの実家って、ルイカワサの近くにある村なんだよね」

「そうだよ。サルファという村でね、あそこにはきれいな滝があるんだ。水もおいしいしね」

「そうなんだ。ともかく母さんの実家にいたということにするよ」


 また嘘をつくことになるんだな、とユーリは少し気持ちが沈んだ。嘘をついたことで、盗人を探す探索隊に加わることになった。もちろん、盗人と縁ができたということも理由の一つだが。


 嘘で始まり、嘘で終わる、か。

 因果めいたものを感じて、ユーリは重いため息をついた。


 ユリウスとエルダはお互いに目線を合わせて小さく頷き合った。


「ずっと家にこもっていたんだから、気分転換に散歩でもしてきたら?」


 姉の言葉に、父も賛同して頷く。


「おお、それがいい。サクラノ公園あたりがいいんじゃないかな」

「うん、そうだね。外の空気を吸ってくるよ」


 ユーリは素直に頷き、外に出かけた。


 ユーリが出かけた後、エルダは一つため息をついた。


「ユーリはあの子に会えるかしら」

「会えるだろう。そうなるように誘導したからね」

「それにしても今日、教会でグランデ様からあの子がユーリに会いたいと言っているから、手はずを整えて欲しいと頼まれたときは驚いたわ。

 あの子がグランデ様のところにいたなんてね」

「グランデ様には何かお考えがあるのだろう。彼女を手元に置くことで、何かメリットになる、とか、ね」

「――父さん、教会の裏面、どこまで知っているの?」

「ご想像にお任せするよ」

「その回答自体が、肯定のように聞こえるのだけれど」

「世の中、知らなてもいいことはたくさんあるものだ。同時に、知っていても知らないふりをすることもね」

「それは家族の間でも有効なのかしら」

「家族の間でも有効な場合はもちろんある。けれどエルダは家族であると同時に聖騎士だからね」

「ということは父さんは今、神官という立場でわたしと話をしているの?」

「どちらの立場からでも、思うことは同じだ。仕事の内容を家に持ち込みたくはないからね」

「なにそれ、言葉巧みに本質から逃げられた気がするわ」

「伊達にエルダより長く生きていないからね」


 不穏要素漂う会話をする父と娘、神官と聖騎士の姿がそこにはあった。


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