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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、家族共同作戦を開始する

 エルダは弟の宿題を覗き込んだ。


「数学の宿題ね。懐かしいわねぇ。宿題はそれだけなの?」

「まさか。他には社会学、生物学、魔法学、言語学があるんだよ」

「そんなにあるのね」

「そうなんだよ。すごい量なんだから」

「へえ」

「僕の部屋の机の上につまれた宿題ノートを見てみるといいよ」


 エルダは興味本位に弟の部屋に向かった。

そして唖然とする。


「うわぁ……」


 上の一冊を手にとり、ぺらぺらと中をまくってみる。


「うわぁ……」


 エルダは再び唖然とした。


「どうしたエルダ、そんなにすごい量なのか?」

 ユリウスも興味をそそられてユーリの部屋にやってきた。


 エルダが立ち止まっている机の上を見て呻いた。


「な……」


 そして積み重なった宿題ノートのうち、一番上のノートを手にとって、中をぺらぺらとめくってみる。


「な……」


 再びユリウスは呻いた。


 自分の部屋に行ったまま、なかなか戻ってこない父と姉を訝しく思い、ユーリは自分の部屋に向かった。

 そこで蒼白になって立ち尽くしている二人の姿を見たのだった。


「どうしたの二人とも」


 ユリウスとエルダは、声をかけられて我に返った。

 ぎぎぎと首だけ動かしてユーリを振り返る。


「これ本当に一人でやるつもりなの? たった三日で?」

「寝る時間を惜しんでも、難しい量だよ」

「本当なら一か月の間にやる量だからね」


 ユーリはため息をついた。


「明日か明後日に、友達のを写させてもらうつもりだけど、まったくやっていないというのも、友達に悪いから、できるかぎり埋めようと思ってるんだ」


 ユーリの言葉に、エルダの正義漢に火がついた。


「駄目よ。宿題を写すなんて」

「でも、時間がないよ」

「わたしが手伝ってあげるわ」

「姉さんが?」


 ユーリは驚いて姉を見つめた。現役の学生から遠ざかって数年経っている。姉がどれだけ宿題の手伝いができるか疑問だ。

 そんな弟の疑問など知る由もなく、エルダは決意のこもったまなざしで言い放った。


「わたしにはユーリを連れまわした責任があるもの」


 エルダは父親に視線を向けた。


「お父さんも手伝ってちょうだい。自分の子供が悪行を働くのを阻止するのよ」


 ユリウスはふってわいた息子の宿題の手伝いという役割に、目をしばたかせながら、それでも頷いた。


「そ、そうだね」


 ほろ酔い加減も、息子の宿題の量を見たことですでに覚めている。


 この瞬間、フローティア家、家族共同作業、敢行作戦が始まったのだった。


 とりあえずユリウスは魔法学、エルダは生物学の宿題に取り掛かった。

 居間のテーブルで親子三人が頭をつき合わせる。

 ユリウスは学生のころから魔法学が得意だったから、高等部レベルの宿題ならこなせると思った。

 エルダは自らが魔物と戦うこともあるため、魔物の種類や特徴については自信があった。

 しかし、自分たちの考えが甘かったことを三十分後には思い知らされた。


 ユリウスは頭を抱えていた。


『サウザンドツリー神は草木を統べる神であるが、その属性である精霊を五体、述べよ』

 リーフ、ノード、ブランチ、それからウッド、その次は……。あと一つが出てこない。

 喉のすぐもとまででてくるのに、どう考えても出てこない。現役の学生に聞いてみた。


「ユーリ、サウザンドツリー神の属性精霊をどれだけ知っているかな?」


「リーフ、ノード、エッヂ、ブラ――」

「そうだ、エッヂだ。ありがとうユーリ」


 エルダは最初こそ、簡単な問題ばかりで助かると思いながらペンを動かしていた。


『雷を操る魔物は毛が長い魔物が多いが、その理由を述べよ』


 なによ、簡単じゃない、とエルダは思う。


『自分の毛に雷を溜め込むことができるから』


 次の問題はこうだった。


『雷を操る魔物で毛がない魔物を述べよ』


 毛がなくて雷を操る魔物なんて、そんなのいたかしら? エルダは考えた。まったく思い浮かばない。前の問題で、毛のある魔物ばかり思い浮かべたため、逆に毛のない魔物が思い浮かばないのだ。頭の中をつい最近、戦ったばかりのサンダーマンティコアの姿がぐるぐる回る。

 ダメ元で現役の学生に聞いてみる。


「ユーリ、雷を操る魔物ってどんな魔物を思い浮かべる?」

「電気ナマズとか」

「それだわ。ありがとう、ユーリ」


 そんなこんなで、その日は日付が変わる時間まで家族で宿題をこなした。


 次の日はエルダは自分の朝稽古よりも、弟の宿題の手伝いを優先して、ページ数を稼いだ。


 日中はユリウスもエルダも仕事に出かけてしまうため、ユーリ一人でやるしかない。

 昼食は簡単なものを食べ、ひたすら宿題に取り掛かった。


 こんなに勉強に集中したのは久しぶりだった。

 気づけば夕方になっていた。


「もうこんな時間か」


 あわててユーリはラナが泊まっているという宿に向かった。我ながら宿題は思ったより進んだと思う。

 その分気持ちも軽くなり、ラナに会えることが待ち遠しいこともあってユーリの足取りははずんだ。


 宿屋にたどり着くと、ミスティとアンナは外出していて、ラナにいたっては午前中に、宿を引き払ったという。


「その子はどこに行くか言っていましたか?」


 ユーリは答えてくれた宿屋の奥さんに聞いた。


「何か教会の馬車が迎えに来ていたわよ」

「教会の馬車が? どうして?」

「さあ、そこまではあたしは知らないねぇ」

「そうですか……」


 教会の馬車が迎えにきたということは、姉が何か知ってるかもしれない。仕事から帰ってきたら聞いてみようとユーリは思う。

 しょんほりしながら、再び家に戻る。

 この日、父親は普段よりも早めに家に帰ってきた。


「さあ、宿題をしよう」


 ユーリはラナの行き先を聞いてみたが、当然のことながら父は知らなかった。

 そのうちエルダも帰ってきた。エルダはすぐさま宿題攻略に加わった。

 ユーリは宿題をしながらエルダに、夕方にラナたちが泊まっている宿を訪ねたことを話した。


「姉さんは、ラナがどこに行ったか知ってる?」


 エルダは宿題から顔をあげると、ペンの後ろで頭をつつくようにしながら言った。


「何も聞いていないわ。教会の馬車に乗っていったなら、とくに危険はないと思うけど」

「ラナは大丈夫かな」

「大丈夫よ。教会を信じなさい」

「うん……」


 エルダはユーリを安心させるようににっこりとほほ笑んだ。しかし、これまて教会の不祥事を知ってしまったユーリは素直は頷けなかった。


 このまま一生ラナと会えないんじゃないかと不安になる。


「ユーリ、手が止まっているわよ」


 エルダにたしなめられて、あわてて問題文に目を走らせる始末だ。

 宿題に集中しないと、手伝ってくれている父親にも姉にも申し訳が立たない。

 ユーリは宿題に集中することにした。

 この日も遅くまでフローティア家の家の明かりはついたままだった。


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