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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、家に帰る

 久しぶりの我が家はひどく懐かしい感じがした。

 思えばこの家に帰るのは、終業式の日に運動着で家を出た以来だ。あれからもうすぐ一カ月、感覚的にはそれよりももっと長い間留守にしていたように思える。


 姉が言ったとおり、父はまだ帰ってきていない。

 壁にかけられた時計は、今が八時過ぎであることを示していた。


 台所に向かい、冷蔵庫を明けると冷たい冷気が中から流れてきた。氷の魔法が施された魔石が冷気を出しているのだ。

 魔石に込められた魔法は永久ではないから、魔法の威力が少なくなってきたら、魔石を交換しなければならない。

 我が家の冷蔵庫の魔石はまだまだ大丈夫のようだ。

 冷蔵庫にはサラダとパン、かまどにかけられたままの鍋にはおいしそうなスープが入っていた。

 ぐぐぐぅとお腹の虫が鳴った。

 スープを温め直す時間も惜しく、皿に盛ると、テーブルに食事を並べて、一人で食べた。

 一人ご飯は慣れている。


「おいしい。やっぱり、姉さんの作ったごはんが一番いいな」


 ユーリは言った。その言葉がやけに部屋に響いたような気がして、思わずあたりを見回す。


「しずかだな」


 一人ご飯は慣れているはずなのに、久しぶりで一人で食べるごはんにユーリは寂しさを感じた。


「ラナはどうしているかな」


 グランデは会議室で話すと言っていたが、その会議室とやらで、夜ご飯を食べるのだろうか。ラナだってお腹が空いているはずだ。


「ここにラナがいたら、一緒に食べれるのに。そうだ、今度、ラナに姉さんの料理を食べてもらいたいな」


 そんなことを呟くと、ますます寂しくなってその後は、もくもくと食事をし、皿を洗って、元の位置に戻した。

 時計を見ると、八時半。三十分ほどしか経っていない。

 自分の部屋に行くと、机の上に自分の杖があった。その隣には分厚くなった学校用のかばんが置いてある。


「しまった。宿題をぜんぜんやっていない!」


 ユーリは悲鳴じみた声をあげた。

 壁にかけている暦を確認すると、始業式は三日後に迫っていた。慌てて宿題の一つであるノートを開く。

 勉強から遠ざかっていたため、いきなりに頭は働かない。

 必死にノートと向き合っていると、九時に過ぎに呼び鈴が鳴った。

 部屋を出て玄関に行き、扉に向かって声をかける。


「誰ですか?」


 質問に父親の声が、質問で返してきた。


「ユーリか?」

「うん」


 扉の鍵を開けると、父親が立っていた。いつものようにくたびれた様子で。髭も少し伸びている。


「ただいま」

「お帰り、父さん。その、久しぶり」

「久しぶりだね。一か月ぶりくらいか」


 父親は扉を閉めて鍵をかけた。二人で居間に向かう。


「夜ごはんは姉さんが用意してくれているよ」


 言ってユーリは冷蔵庫からサラダとパンを取り出した。


「スープは温める?」

「そうだね。お願いするよ」

「うん、わかった」


 こまめに動く息子を、ユリウスは不思議な表情で見つめた。


「久しぶりだからか。珍しいな、ユーリが率先して料理の準備をしてくれるなんて」

「そう、かな」


 ユーリは戸惑うように微笑んだ。


 鍋に火をつける。この火は、火を生み出す魔石を使用している。スイッチ式になっていて火加減も調整できるのだ。これも永久ではないので、魔法の力が弱まったら魔力を補充しなければならない。


「話は聞いているよ。大変な旅だったようだね」

「うん。大変だったけれど、良い経験になったよ」

「そうか」


 ユーリは湯気をあげはじめたスープをおたまでかき混ぜながら、つぶやくように言った。


「僕はいろいろと怠けすぎていたよ」


 父親が食事をしている間、ユーリは宿題を居間にもってきて、テーブルの上に広げてやった。

 しかし宿題ははかどらなかった。しかし父親との会話は盛り上がった。

 それでユーリは満足だった。

 宿題を居間に持ってきたのは、父親が食事をしているのに自分は何もしていないことに対する理由で、ユーリも父親と久しぶりに会話をしたかったのだ。


 食事をし終えると、ユリウスは食器をもって、台所に向かった。

 ユーリはペンを置いて、父親について行った。父親が洗った皿をタオルで拭いて所定の場所に戻していく。


 ユリウスはしみじみとした口調で言った。


「初めての親子の共同作業だな」

「そうなるかな」

「初めての共同作業が皿洗いだなんて……」


 ユリウスはここで言葉を切った。ユーリは父親の顔を見上げた。父親はにこりと笑った。


「父さんは嬉しいよ」

「こんなの、いつでもやるよ。毎日やる」

「本当か?」

「もちろんだよ」

「今だけでも、けっこううれしいけどな」

「それだと姉さんの負担が減らないもの。姉さんはすごいよね。家のことも、仕事も全部一人でこなしてきたんだから。僕も見習わなくちゃな」

「頼もしいな」


 食事が落ち着いたところに、エルダが帰ってきた。


「二人とも食事はすんだようね」

「姉さん、食事は?」

「こんな時間だもの、スープだけいただくわ」


 言いながら、自らエルダは台所に向かった。台所に向かう途中、居間のテーブルの上に、弟の宿題らしきものが出しっぱなしになっているのを目にとめる。


「さっき温めなおしたけれど、また冷めているかもしれない」

「これくらいあったまっていれば大丈夫よ。――あら、お皿をちゃんと洗ったのね、二人ともえらいえらい」


 エルダは歌うように言い、スープが入った皿を居間に持ってきた。


 ユリウスはエルダと入れ違いに台所に向かい、酒を作りはじめた。ユリウスは毎日のようには酒は飲まない。気分が良いときや、気分を変えたいときに、氷と水で割ってゆっくりと飲むことはある。

 今日は気分がよくて飲みたい気持ちになったのだ。酒のつまみに、取り置きしておいたナッツの詰め合わせを小皿に入れて、右手に酒の入ったグラス、左手に小皿を入れて居間に戻った。


「あれからラナと話はできた?」

「ラナには会っていないわ。でも、ラナが泊まる宿を手配したっていう人から話を聞くことができたわ。ラナはアンナやミスティが泊まっている宿と同じ宿に今夜は泊まるそうよ」

「そうなんだ。宿の場所も聞いたの?」

「もちろんよ。大通りにある『水の安らぎ亭』という名前の宿よ」

「『水の安らぎ亭』だね。今日はもう遅いから、明日ラナに会いに行こうかな」

「いいんじゃないかしら。それはそうと、ユーリが今やっているのは、春休みの宿題?」

「そうだよ。始業式まで後三日しかないんだ。急いでやらないと」

「大変ねぇ。自分が学生のときのことを昨日のことのように思い出すわ」


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