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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、中央に到着する

 ラナは朝になっても目覚めなかった。雨は昨日からずっと降り続いていた。

 午後近くになって雨は止んだ。

 午後を過ぎてもラナは目覚めなかった。このまま一生目覚めないのではないかとユーリが心配になったとき、ぱちりとラナは目を覚ました。

 目を覚ました後のラナは食欲が旺盛で、ユーリとレイクとルリカが食べる量を一人で食べるほどだった。


「体が栄養を求めているんだね」

「何もももおいしく感じるわ」

「すごいたべっぷりだね。俺、見てて胃がむかむかしてきた」

「じゃあ、見なくていいわよ」

「ラナ、ゆっくり落ち着いて食べてください。消化不良を起こしちゃいますよ」

「大丈夫。あたしの胃は健康だから」


 教会に挨拶をしに行ってから出発することにした。

 教会では優しい目をした司祭が、落石事故が起きたのは自分たちの管理が行き届いておらず、崖の補正が充分ではなかったからだと言って謝った。そしてユーリたちが落石事故現場で、落石に巻き込まれた人たちを救う手伝いをしてくれたことに感謝の意を示した。

 レイクがユーリたちの言葉を代弁した。


「できることをしたまでです」


 教会を去るとき、リックが大きく手を振った。ユーリたちも手を振り返した。

 十五時過ぎの乗合馬車でレイトの町を出た。馬車の中でラナはずっと寝ていた。


「ラナ、起きて」


 ユーリにそっと揺り起こされて目覚めた。


「お腹が空いたわ」


 ルリカが驚いて目を見開いた。


「あんなに食べたのに、もうお腹が空いたんですか?」

「悪いけど、食事は後にしてもらっていい? さっき中央に着いたから、今から教会に行くって姉さんに連絡しちゃったんだ」

「分かったわ」


 ラナは頷いた。

 教会の正面門が見えたところで、ラナの肩に止まっていたキャットがふわりと飛び上がって、飛んでいった。

 自分の存在が一緒にいることで、余計なもめごとになる可能性を回避したのだろう。賢い子だなとユーリは思った。


 正面門には見張りの騎士が左右に一人ずつ立っていた。彼らにレイクが告げる。


「クランシェ村の報告に参りました」

「話は聞いております」


 ユーリたちは二人の騎士につれられて礼拝堂に向かった。

 礼拝堂の扉は閉ざされ、その前にも見張りの騎士がいた。見張りの騎士はユーリたちを見ると、頷き、扉の横に移動した。


「関係者はすでにすでにそろっています」


 重たい扉を開けて、ユーリたちは礼拝堂の中に入っていった。

 燭台のろうそくの火が礼拝堂の端々に灯されているが、記憶しているよりも薄暗く感じる。

 割られたステンドグラスは新しいものに替えられている。

 泉水の真ん中に塔のようなものが立っていた。高さは下からではよく分からないが、教会の天井の近いところまであるようだ。その塔の頂上に、三体の女性の像があるようだ。どうしてそう思ったかというと、頂上から、青い光が放たれているからだ。


 おそらく塔の頂上に三体の女神像があり、彼女たちの掲げた手のひらの中に、偽物の水の宝珠があり、その偽物の宝珠が光を発しているのだろうと想像できた。

 青く光を発しているだけで、封印された本物の水の宝珠よりも、より本物のように感じられる。


 教壇には最高神官のグランデがおり、その左右に、二人の神官と二人の司祭、聖騎士が一人に四人の騎士がいた。

 神官の服装をしている男が、エルダとミラーフォンとやり取りをしていた中央の男イザークであることにユーリは気づいた。イザークは難しい表情を浮かべてこちらを見つめている。


 そこから少し離れたところに、エルダとソレイユ、そしてラナの身代わりになっていたアンナもいた。

 アンナはラナと目が合うと、自分は元気だと安心させるように小さく微笑んだ。


 皆の視線がラナに向けられる。

 ラナはその視線から、さまざまな感情を読み取った。これは戦人としての本能だ。国の宝を盗んだ者に対する軽蔑、嫌悪、忌避。

 そして、共感、いたわり、感謝。

 感謝? ラナはそんな視線を向ける人物を思わず目線で探った。しかしすぐに数々の目線にまぎれて分からなくなった。


 ラナは不思議に思った。自分に感謝する聖職者なんているのだろうか?


 グランデが口を開いた。


「盗人を捕らえよ!」


 グランデの近くにいた聖騎士をはじめ騎士たちが動いた。


「ラナ」


 アンナが小さく叫び、ラナのほうに駆け付けようとしたが、エルダがアンナの肩に手を当てて止めた。


 ラナは動かなかった。変わってユーリとレイクがラナを守るように騎士たちに立ちはだかった。


「やめてください」

「ラナは逃げません」


 騎士たちはユーリとレイクを交互ににらんだ。


「どきなさい」

「盗人の味方をするのか」


「乱暴なことはしないでください。ラナは自らの意思でここにきたんですよ」


 ユーリの訴えに、騎士たちは困惑気な表情を浮かべる。


 ラナが彼らの前に出た。


「あたしはどんな罰でも受ける覚悟があるわ」


 聖騎士は顔を歪めた。


「し、しかし……」


 最高神官たるグランデの指示と、自分の意思の間で葛藤したのだった。

 騎士の心境を慮り、グランデがゆっくりと口を開いた。


「あなたたちの思いは分かりました。しかし縛らせていただきますよ」

「好きにして」


 ラナは後ろ手に縛らせた。その様子はラナが罪人であることを視覚的にも見せつけられ、ユーリは胸が痛んだ。


「報告をさせてください」


 レイクが毅然とした口調で言った。普段はお調子者の印象のあるレイクだが、こうして真面目な表情をすると、騎士らしく見えて不思議だとユーリは思う。


 グランデは自分の早急すぎた指示に気づいて、咳払いをした。


「そうでしたね」


 ユーリたちは歩みを進めた。グランデのいる教壇の前まで来ると、立ち止まり、先頭を歩いていたレイクが騎士の礼をする。ユーリたちもそれに習って、頭をさげた。


「水の宝珠のおとり作戦と、クランシェ村の調査を終え、ただいま、戻りました」


 グランデが口を開いた。


「ごくろうでした。水の宝珠は?」

「ここにあります」


 ユーリが頭を上げて懐からハンカチに包まれた水の宝珠を取り出した。

 封印されたままの水の宝珠はただのガラス玉のようだ。


「それが水の宝珠ですか。確か力を封印させているのでしたね」

「はい。所定の場所に置けばその封印を解くとアクアミスティア様はおっしゃいました」

「さっそく置きましょう」


 グランデは自ら教壇から下り、ユーリから水の宝珠を受け取った。

 水の宝珠を確認するように手の中で転がすと、泉水に向かった。そして、泉水の前で止まる。


「浮遊せよ」


 詠唱なしの省略魔法で、グランデは浮遊の魔法を使うと、宙に浮かび、天井近くまで浮遊した。

 そこでグランデは偽物と本物を入れ替えているのだろうが、下で見守っているユーリたちにはその様子が見えない。

 一瞬、青い光が消えた。


「な、どうしたんだ?」

「グランデ様、何があったのですか?」


 様子がよく見えない者たちが不安と疑惑に満ちた声を上げ始めた。


 と、再び青い光がともり、その光は次第に大きくなっていった。光の加減はさっきと変わらない。しかし、光の質が変化していた。

 さっきの光はただ光っているだけだった。その光はただ光っているという、言い方を変えれば、暗いところに明かりをともすという効果しかないものだった。

 しかし、今、感じる光にはあたたかなぬくもりがある。水の女神アクアミスティアに守られていると感じられる慈悲の光だ。

 ほどなくして、グランデは降りてきた。


「グランデ様」


 たまらないという様子で、最高司祭の一人がグランデに駆け寄った。


「正しい位置に安置しました。この光は水の宝珠の光りです」


 ほうっといたるところから安堵のため息が漏れる。



「これでこの国も安泰です」


 グランデは、手を後ろ手に回されて縛られ、左右をがっしりと騎士たちにかためられたラナに目線を映した。


「後は盗人を断罪するだけです」


 水の宝珠からあふれ出た水の雫が、塔のような柱を伝って、泉水に溜まり始めていた。


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