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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、初めて魔物と出くわし硬直する

 早朝、ユーリは隣のベッドで姉のエルダが起きたのを気配で感じた。うっすらと目を開けてエルダの様子を確認する。

 エルダはユーリの眠りを妨げないように音をできるだけたてずに着替えている。そして、剣を片手に部屋を出て行った。


 今日も朝稽古か。ユーリは思う。エルダは日々の稽古をかかしたことはない。

 家でも誰よりも早く起き、庭で剣術と魔法の稽古をする。その習慣は、今回のように遠征中でも変わらないらしい。


 姉が部屋を出て行く音を聞きながら、ユーリは再び心地よい眠りの中におちていった。次に目を覚ましたのは、教会の鐘の音でだった。


 アクアディア聖国にある町の教会はどこの教会でも、朝、昼、夕、晩の四回祈りの時間を知らせる鐘を鳴らすことになっている。朝の鐘の音は六時を意味する。

 七時にはこの宿をでる予定となっている。

 ユーリは眠い目をこすりながらベッドから起き上がった。

 ドアを開けると、レイクとアルベルトにばったり出くわした。

 お互いに挨拶をかわしながら食堂に向かう。食堂では稽古を終え食事を済ませたエルダが食後のお茶を飲んでいて、シグルスはちょうど食事をしていた。


「はおようございます」

「おはよう」


 それぞれ挨拶をかわしてから、レイクがエルダに質問した。


「エルダさん、もう朝食を食べ終えたんですか?」

「そうよ。まだ時間はあるからゆっくり食べなさい」

「はい」


 予定通りに七時には馬車で池へ向かうことができた。

 その池は清らかな水をたたえていた。周りには草花が茂り、木々の緑がつややかだ。

 やや楕円形の形をしていて、大きさはそれほど大きくはない。家三軒がすっぽり入るくらいの大きさだ。


「本当にここが二日前まで、草木が枯れた毒地だったの?」


 信じられないというようにユーリは声を上げた。


「あたりを調べましょう。おかしなところを発見したら大声で知らせるようにね」


 エルダの指示で、それぞれの方向に散らばるユーリ達。

 ユーリは池の岸辺に沿って歩いて行った。


「きれいな池だなぁ」


 ユーリに危機感はない。朝食のあとの軽い散歩のような気持ちだ。

 池は清らかな水をたたえ、草木は葉の先に水滴をまとい、朝日をあびて輝いている。


 それに気づいたのは、ほどなくしてのことだった。

 木々の枝が垂れている岩と岩のくぼみに黒い何かがいるように見える。その周りの草が枯れ、その空間だけ飢饉がやってきたかのように枯れていた。


「なんだろう?」


 不思議に思って近づく。それが何者か分かった途端、ユーリは思わずこみ上げてきた悲鳴を飲み込んだ。


 魔物だった。

 ユーリは実物の魔物を今までみたことがない。しかし、一目みてそれが魔物だと分かった。普通の動物とはまったく違う外見だからだ。

 見た目はカエルのような姿をしているが、その大きさが尋常ではない。馬くらいの大きさがある。

 身体は黒い色をしていて、背中には大きないぼがたくさんある。その姿だけでも嫌悪感を呼び起こす。

 魔物のいる周りの草木は枯れ、水が濁っているのは、魔物が毒をだしているからだろうとユーリは理解する。身体の表面からか、それとも毒を発生する魔法のようなものか。

 ともかく姉さんに知らせなきゃ。ユーリは足音を立てないように後ずさろうとして、足をもたつかせ尻もちをついた。


 物音に気付いて、こちらを目線をむける魔物。横長の二つの瞳孔がユーリをとらえる。 距離は十メートルほど。

 ユーリは青ざめた。「逃げなきゃ」という思いと、「防御するために呪文を唱えなきゃ」という思いが重なり、結局その場から動けない。

 そんなユーリに向かって長い舌が伸びてきた。


「うわあぁぁぁ!」


 ユーリは悲鳴をあげた。とっさに右手に持っている杖を顔の前にかざす。杖を持っている手ごと、魔物の舌が巻き付きついた。そのまま身体ごとぴっばられる。

 ものすごい力だ。

 呪文を唱えてる暇もない。みるみる魔物の姿が迫ってくる。


 急な展開すぎて、恐怖すら感じない。

 理解できるのは、このままでは魔物の口の中にぱくりとはいってしまうことだけだ。


「はっ――!」


 エルダの覇気のある声がすぐ近くから聞こえた。引きずられていた力がなくなり、ユーリはその場にぶざまに転ぶ。


 泥だらけになった顔で状況を確認すると、魔物から自分を守るようにエルダが魔物に剣を構えていた。


 すぐ近くには、切断された魔物の舌が、獰猛な蛇のようにのたくっている。切断部から飛び散った体液が地面に草木にあたると、その部分が次第に枯れていく。

 ようやくユーリは理解する。エルダが魔物の舌を剣で真っ二つにしたのだ。


「姉さん……!」

「やつが毒池の根源ね。水をきれいにしても、毒を吐く魔物を倒さないと、また穢れてしまうわ」


 騒ぎを聞きつけてユーリの近くにシグルス、魔物を挟んで向こう側からレイクとアルベルトがやってきた。


 レイクが口の中でつぶやく。


「うわあ、気持ち悪いなぁ」


 二人は状況を理解し、すぐさま戦闘態勢に入る。

 レイクがすらりと剣を鞘から抜く。アルベルトが、槍を魔物に向けた。


「おもしろくなってきたじゃねえか」


 シグルスは大剣を構えた。魔物がシグルスの動きをとらえて、シグルスのほうを見る。

 先に動いたのはレイクだった。レイクは魔物の死角になっている背後から切りかかった。左上段から右下段への袈裟切り。

 魔物の身体はぶよぶよしていて、切りにくく、思うより深くダメージを与えることができなかった。


 レイクはすぐさまバックステップで後方にさがる。構えた剣の刃を見て、思わず声をあげた。


「うわぁ、俺の剣がぁ……」


 剣の刃がふつふつと小さな泡を立てている。


「酸か」


 アルベルトがレイクの剣の状態を見て短くつぶやく。

 魔物は金属を酸化させる液体を表皮から分泌しているらしい。


 アルベルトは槍の先を魔物に油断なく向けた。しかし自分から攻撃するのをためらう。自ら進んで槍を酸で溶かされたくはないためだ。


 魔物は自分を切りつけたレイクのほうを向いた。

 剣が酸に侵食されて驚いていたレイクだが、すぐに状況を判断し、再び魔物に剣を構える。しかしその刀身は剣の酸で溶かされ、「斬る」という役目を果たせそうになかった。

 エルダが顔をしかめた。


「やっかいね……」


 自分、シグルス、レイク、アルベルトは、剣や槍を武器として戦うスタイルが主流だ。武器が魔物の酸でやられるのはできるだけ忌避したい。


 シグルスが大剣を構えながら、仲間に聞こえるように叫ぶ。


「こいつはポイズンケロンという魔物だ。見た目以上に体力がある。長期戦になるぞ。奴のジャンプには気をつけろ。十メートルは余裕で飛ぶ。油断すると背後を取られるぞ」

「シグルスはやつと戦ったことがあるの?」

「ああ、昔、魔物討伐の仕事でな」

「やつの弱点を知ってる?」

「火系の魔法が効果的だ。剣での直接攻撃は無駄に剣を駄目にするだけだぜ」

「なるほど」


 エルダは魔物が自分が得意とする火系の魔法が苦手だと聞いて、笑みを浮かべた。


 ポイズンケロンはレイクのほうを向いている。ポイズンケロンの背中についた傷が見える。レイクの様子で想像はしていたが、想像以上に傷は浅くみえた。


 その背に手のひらを向け、エルダは魔法の詠唱を始めた。


「火の神イフリータに願う

 我が声を聞き

 言葉を具現化せよ」


 エルダの手のひらから少し離れたと空間に赤い発光体が出現する。


「すべてを焼き尽くし

 白き灰とする

 紅蓮の炎


 炎塊」


 その発光体はみるみるうちに大きくなり、一抱えもある炎の玉へと変化した。


「はっ!」


 手のひらに出現した火の玉を、レイクを襲おうとしているポイズンケロンに向けて投げつける。それはポイズンケロンに命中した。


「グエェェェ!」


 火だるまになるポイズンケロン。


「エルダさん、助かりました」

「気をつくのはまだ早いぞ。どうやら仲間がいるらしい」


 歓声をあげるレイクに、シグルスが油断なくあたりに目を配りながら言った。


 シグルスの言う通り、今までどこに隠れていたたのか、数体のポイズンケロンたちが、ユーリ達を囲むように、近づいてきていた。


 ユーリは口の中で叫んだ。


「うわぁ……」


 はやくここから逃げたい。ユーリから一番手前にいるポイズンケロンはまだ二十メートルほど離れている。シグルスの話では、十メートルは軽くジャンプするという。これだけの数のポイズンケロンがいたら、逃げたところですぐに囲まれそうだ。


 どうすれば、どうすればいい? ユーリはただおろおろすることしかできない。

 その二十メートルの距離を、そのポイズンケロンは一度のジャンプで、一番近くにいたシグルスに飛び込んできた。


 その攻撃は雑といってよく、自分の重みで相手がやられれば、しめたものというものだ。

 予想外の距離から予想外のスピードで攻撃をするこの方法は、通常の生き物であれば、たいがいは成功するものだった。


「よっと」


 シグルスはそれを小さな動きでかわし、交わしざま、腰に仕込んでいた斧をポイズンケロンに向かって投げた。斧はポイズンケロンの頭部やや右側に突き刺さった。しかく深くは突き刺さらない。


 ポイズンケロンが頭を左右に激しく振ると、斧ははずれ、地面に落ちた。その刃先はふつふつと泡を立てている。

 その間にシグルスは、再びポイズンケロンと間合いを取っていた。


「わたしとシグルスが戦うわ。レイクとアルベルトは私たちの後ろに下がっていて。ユーリはレイクとアルベルトに加速の魔法を。その後はいつでも治癒魔法が使えるように準備しておいて。レイクは余裕があったら氷の魔法で援護してくれたら助かるわ」

「わかったよ」

「はい」

「……はい」


 若い騎士達に武器を使わせない指示を出すエルダ。

 アルベルトの返事には悔しさの気持ちがこもる。氷の魔法が使えるレイクとは違い、アルベルトは魔法を使用しないため、武器が使えない戦い方には限度があるのだ。

 本来の自分のもつ力が発揮できないこの戦いに悔しさを感じる。


 ユーリは自分にも指示を与えられて、心臓がどきどきした。直接、自分が戦うわけではないが、万が一、自分に魔物の手が伸びたらと思うと、足がすくむ。


 シグルスがため息交じりにエルダに言った。


「おいおい待ってくれよ。俺は愛剣を錆にしたくはないぜ」

「貸して」

「ん?」


 シグルスは言われるままにエルダに剣を渡すと、エルダはシグルスの剣に魔法をこめた。


「炎の神イフリートの加護を


 我が手にある武器に

 汝の力を宿せ


 炎をまとえ」


 剣の周りに炎が宿った。

 ヒュウ、とシグルスが口笛を吹く。


「炎の付加が加わって攻撃力が高まっているわ。なにより酸化を防ぐことができる。三分は持つわ。あなたなら充分でしょう」

「ああ、充分だ。行くぞ」


せっかくのバトルシーンなのに武器が使えないとは……。


爽快に剣でバッサバッサと敵を倒すシーンを書きたかったのですが……。


魔物が酸を使用するなんて、なんでこんな設定にしたのだろうと、

書き始めてから後悔しました。

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