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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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寄り道話、緑の宝石が視てきた家族

こんなところで突然、小話をいれちゃってごめんなさい!

ユーリのお母さんの形見の宝石が出てきたので、このあたりで逸話を入れたくなってしまいました……。


 その日、結婚指輪を買うため、二人で宝石店を訪れた。二十四歳の自分には値段のはるものは買ってあげられない。

 そのことを彼女に伝えると、


「値段は気にしないわ。気持ちのこもった贈り物であればそれでいいもの」


 と言って、彼女はやわらかな笑みを浮かべてくれた。

 エルナは笑うと緑色の瞳がほとんど見えなくなる。


 宝石店は顧客のニーズに合わせて高いものから安いものまでそろっていた。結婚指輪にはダイヤモンドという魔法石が必ずといっていいほどついている。ダイヤモンドは邪気を払う効果がある。つまり結婚した者に悪い虫がつかないようにと願をかけているのだ。

 指輪はエルナにすべて任せた。


「高いのをみるときりがないわね」


 店員にいろんなものを見せてもらい、最終的には小さなダイヤモンドがついた指輪を選んだ。ダイヤモンドの台座がリボンの形をしていて、リング自体もリボンをあしらっていて、ゆるくウエーブがかかってこじゃれていた。

 デザインはかわいらしいが、値段は二十代のカップルが購入する価格よりも少し低めだった。自分の懐具合を彼女が心配してくれたのだろうかと、ユリウスはつい疑ってしまった。

 けれど、うれしそうな表情を浮かべているエルナを見ると、その懸念はあっさりと消し去り、気に入ったものが見つかってよかったという幸福感に満たされた。

 せっかく来たのだからと店内を見て回った。展示品が並んでいる一画でエルナは足を止めた。そこには緑色の石のネックレスとイヤリングのセットが展示されていた。

 緑色の石はサファイアだった。サファイアには治癒魔法を使う者の魔力をあげる効果がある。

 ネックレスのほうの石はほぼ丸い形をしており、その石の周りをリボンをかたどった金の彫刻が囲んでいる。イヤリングの石は、ネックレスの石とはだいぶ大きさが違うが、一つの原石から作られたのだろう。ネックレスの石もイヤリングの石も同じ緑色の輝きを放っていた。イヤリングのデザインもやはりリボンをあしらったものだった。

 これをデザインしたのは、たった今購入した結婚指輪をデザインした人と同じなのだろうと思われた。デザインが似ているのだ。

 しかし、エルナが足を止めて、それをじっと見つめるのはそれだけが理由ではないとユリウスは思った。

 宝石の輝きがエルナの瞳のそれとよく似ている。

 エルナはそのことに親近感を抱いたのではないかと思った。それにエルナは治癒魔法が使えるから、治癒魔法を使う者の魔力をあげる効果のあるサファイアのこのアクセサリーは、まさにエルナのために造られたものではないかと思うとほどだった。

 そしてユリウスは想像する。エルナの瞳の色と同じ色のあの宝石を身につけたなら、エルナはもっと美しいだろう。そんなエルナの姿を見てみたい。

 しかし現実的には、その宝石の値段は到底ユリウスの給料では買えるものではなかった。

 それでもいつかエルナにプレゼントしたいとユリウスは強く思った。そのために仕事をがんばらなければ、とユリウスは仕事にかける思いを強め、さらにエルナを愛する気持ちを強めた。

 ユリウスはエルナの横に並んで、ショーケースの中の宝石を見つめた。


「それ、気に入った?」

「ええ。きれいだなと思って。あ、でも見ているだけだから。欲しいとか思っていないからね」


 ユリウスの言葉を素直に肯定してから、思い出したように欲しいと思っていないと言葉を続けるエルナ。

 そんなエルナをユリウスは愛しいと思った。

 結婚して一年もしないうちに、地方への転勤辞令を受けた。聖職者は基本、四年周期で中央と地方を回りながら仕事をする職業だ。しかしそれは基本そうだというわけで、絶対ではなく、人によって十年以上、同じ場所に勤めている者もいる。

 ユリウスの新しい勤務地は、南部にあるルイカワサという村で、避暑地として観光客に人気の土地だった。

 この地で、待望の子供が生まれた。エルナと同じ緑色の瞳をした女の子だった。

「エルナ、ありがとう」

「ユリウス、わたしこそありがとう」


 ユリウスはエルナとの間にできた子供を慈しみ、エルナに心から感謝の言葉を告げた。エルナもうるんだ瞳でユリウスに感謝の言葉を紡いだ。

 ユリウスは一人ではできない、二人だからこそできる所業なのだと改めてかみしめた。

 それから数年後、再び中央勤務となった。この間に、二か所の土地に勤務していた。

 ほどなくして、エルナは赤ん坊を身ごもり、その年に男の子を生んだ。

 家族が増えたことを気に、郊外に小さいながらも家族で暮らせる広さのある家を購入した。家を購入したのは、今後転勤になることがあっても、戻る家があると安心できると思ったからだし、家族には地方を転々とする生活よりも、落ち着いた生活を送ってもらいたかったからだ。


 結婚十年目の日、ユリウスはエルナに言った。


「エルナにプレゼントがあるんだ」

「あら、何かしら」


 ユリウスがエルナに渡したのは、あの宝石店の包み紙に包まった箱だった。

 箱を開けて、その中に入っているものを見て、困惑と、それ以上の喜びの表情をエルナは浮かべた。


「あなた、これ……」

「そう、結婚指輪を買いに行ったときに見かけたあのネックレスとイヤリングだよ」

「どうして、それがここに?」

「あのときは僕はお金がなくて買えなかったけれど、いつか君にプレゼントしたいと思っていたんだ。そして今日がそのいつかさ」

「お金、どうしたの?」

「実はこっそり仕事を掛け持ちしていてね。神官という仕事は、前もって申告していれば残業がない日がつくれる。そういう日に学生の家庭教師をしていたんだ」

「まあ。知らなかったわ」

「言っていなかったからね。おかげで、予定よりも早く君にこれをプレゼントすることができたよ」

「ありがとう、ユリウス」


 緑色の瞳を細めて困惑とうれしさの混じった笑みをエルナは浮かべた。そして、目じりに光るものを浮かべた。


「これからも仕事を頑張るよ。真面目だけが取り柄な僕だけど、これからも僕のことを支えて欲しい」

「もちろんよ。あなたにはこれからも元気で頑張ってもらわないと。エルダと、ユーリのためにも」

「そうだね」


 守るものがあることをかみしめ、ユリウスは大きく頷いた。


 月日は流れた。

 今年、十四歳になる娘のエルダが母親に言った。


「ねえ、お母さん、これ、わたしにちょうだい。ずっと前から素敵だと思っていたの」

「これはだめよ。お父さんがお母さんにプレゼントしてくれたものなのだから」

「けちぃ」

「それじゃあ、エルダがお嫁さんにいくときには、このネックレスをお祝いにあげるわよ」


 それを聞きつけた六歳のユーリが口を出す。


「おねえちゃんだけずるい。ぼくも欲しい」

「あらぁ、困ったわねぇ。ネックレスは一つしかないから……。それじゃあ、先に結婚したほうにネックレスはあげようかしら」

「じゃあ、わたしすぐにする。いますぐ結婚する」

「あら、エルダは好きな人はいるの?」

「好きな人なんてすぐにできるもの」

「ぼくは好きな人いるよ」

「あらユーリ、もう好きな人がいるの?」

「うん、ぼくが好きな人は決まっているよ。おかあさんだよ」

「まあ、うれしいことを言ってくれるわね」

「それは例外よ。私だってお母さんのこと好きなんだから」


 二人の子供に抱きつかれ、エルナは困り顔になった。幸せな困り顔だ。


「お母さんも、エルダとユーリ、どちらも大好きよ」


 緑の瞳を細めて告げる母親を、姉弟はうれしさで頬を赤らめながら見つめた。

 母親の胸にはサファイアのネックレスが、耳元にはサファイアのイヤリングか輝いている。

 母親の緑の瞳によく似合っていると姉弟は思った。

 母親のこの笑顔をいつまでも見ていたい。


 このときの二人の思いは同じだった。


ここまで読んでいただいてありがとうございます。

明日は本編に戻ります。

どうぞよろしくお願いいたします。

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