ユーリ、ラナを助けるためにキュアレスに対価を払う
キュアレスは右手をユーリに差し出してきた。
不思議に思いながら、ユーリはその手に自分の手を差し出す。
キュアレスの手は熱くもなければ、冷たくもなく、しっかりと実体は感じられるのに、まるで空気と握手をしているような感じがした。
「……」
キュアレスは、ぽかんとした表情を浮かべた。
「なんのまねだ、これは?」
「握手ですけど……?」
キュアレスの問いに答えながら、自分の行動は間違っていたのかと次第に不安になり、最後のほうは、キュアレスに疑問を返す口調になる。
「おもしろい行動をする」
キュアレスがそう言ったことで、やはり自分の行動はキュアレスが期待するものではなかったのだと判断し、あわててユーリはキュアレスから手を離した。
「エメラルドの石をいただこう」
「あ、そうでした」
ユーリはあわてた。あわてながら、チャームを手首から外そうとするから、なおさら外しにくくなり、手間取った。
ようやくチャームを手首から外すと、ユーリはキュアレスの前で片膝をつき、その手の平の上にエメラルドの石のトップがついたチャームをのせた。
キュアレスは石を目の前にかざすと、目を細めた。
「きれいな色をしている」
キュアレスの手の中で、きらきらと輝く母の形見の宝石を見ていると、ユーリは身が斬られるような悲しさと切なさを感じた。
キュアレスは緑の石ごしに、そんな少年の様子を見つめる。
「なかなか良い……」
キュアレスは口の中でつぶやく。
「トリウス家の少年よ。五年後を楽しみにしているぞ」
キュアレスは言うと、その体を内側から発光し始めた。
「うわぁ、まぶしい」
ユーリは目をつぶった。
目をつぶっても、まぶたを通して光が入ってくる。
その光は、エメラルド色となって、ユーリの身体を包み込んだ。
ラナは何もない空間に漂っていた。
これが死というものだろうか。
暖かくもなく寒くもなく、あたりが明るいのか暗いのかもわからない。
ただとても心地よくて、このままずっとたゆたっていたい気持ちになる。
どうせ生きていたって目的がない。
村を救うという目的はなくなった。
これからはただ、罪を償う日々が待っているだけだ。
このまま目覚めないなら、それもいいかもれしない。
「ラナ!」
誰かが自分の名前を呼んでいる。
「ラナ、目を覚ますんだ!」
知っている人の声だ。
いやよ。あたしはこのまま寝ていたいの。
「ラナ、目を覚ませ」
あまりのうるささに苛立ちを感じた。
その苛立ちの思いが、ほかの感情をも呼び覚ます。
「ラナ、君は僕に告白の返事をしなくちゃいけないだろ? 約束したじゃないか」
あたしに告白してくれた人、ユーリ。
ユーリとの口付け。
胸がドクンと高鳴る。
目の前に光が差す。
行かなきゃ。
ユーリの声が聞こえた。
「ラナ! 生きるんだ」
ラナは目を覚ました。
少女が人形を胸に抱えたまま、ほほを高揚させた。
「奇跡ってほんとうにあるんだね」
ユーリは崖崩れが起きたことをミラーフォンでエルダに連絡した。乗合馬車が二台、個人用馬車が一台破壊された。
現場にいた人数は合計二十二人。うち重傷者三人。怪我人は十一人。
小雨に濡れそぼったその光景は、戦場の後のようだった。
現場に言わせた人数が多いのは、がけ崩れが広範囲に渡ったことと、乗合馬車が二台あったことが理由だ。ユーリたちが乗合馬車はじぶんたちを含めて八名に御者が一名。中央からやってきた乗合馬車には、九名が乗っていた。
個人用馬車には、婦人とその子供の少女。そして使いの御者。
そして、徒歩で中央に向かっていた二人組。
徒歩で中央に向かっていた二人組のうち、一人はまだ岩の下敷きになっていて、怪我が軽度の人たちと協力して、岩をどける作業をしている。
エルダへの報告を終えると、ユーリも治療に加わった。
治癒魔法を使用できるのはユーリとルリカ、そして婦人も使えた。
しかし人手が足りないので、怪我の状況が軽い者は、血止めをし、骨を折った者には添え木をして応急処置をする。
そうこうしているちに、三頭の馬がレイトの町のほうからやってきた。
先頭の馬上の人が声をはりあげた。
「中央から救急要請があって参りました。話は聞いていましたが、想像以上の光景ですね」
神官の制服を着ているその人物は、歳のころは三十代後半ほどか。
馬から降りると、口を開きながら手を動かす。
「怪我人の状況は? 重傷者が三人いると聞いているが」
ルリカが答えた。
「はい。重軽傷者のほうは傷だけはふさぎました。まだ完治はしていません。
軽傷の方は十人以上います」
「分かりました。治療に必要なものをもってきました。清潔な水、清潔な布、魔力回復薬」
彼の後ろに控えていた二頭の馬に乗っていた人たちもぞくぞくと降りてきて、彼に並んだ。彼らはそれぞれ神官の服装と、司祭の服装をしている。そして、どちらかの後ろに乗っていたのだろう、小柄な少年がいた。
「自己紹介をしましょう。わたしはレイトの町の教会に赴任している神官のファウストと言うものです。そして彼らは同じくレイトの町の教会の神官マシウスと、司祭補佐のデンダー、そしてこの子はリックといいます。
わたしたちは治癒魔法が使えます。そのためにいち早く参りました。
この後、荷馬車が来ますので、怪我で動けない方々は荷馬車で移動できますので、安心してください」
ルリカは心強い助っ人がやってきたことにほっとした。それはこの場にいる全員も同じ気持ちだった。
「ありがとうございます」
ユーリは少年に声をかけた。
「君はあの時の……」
リックという名で紹介された少年は、こまめに動いていた少年だった。
「僕は回復魔法が使えます。お手伝いさせてください」
思いがけない再会と、リックのやる気にユーリは思わず微笑んだ。