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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、レイトの町に向かう乗合馬車で非常食を食べる

「しまった。お昼ご飯を買うのを忘れていた」

「忘れていなくても買う時間はありませんでしたよ」

「休憩で馬車が止ったら、そこで何か買おう」

「そうだね」


 が、お腹が空いたと感じたら、ずっとそのことしか考えられなくなる。

 ユーリはつぶやいた。


「腹が空いたなぁ」


 レイクが頷いた。


「同感。非常食はあるから、それを食べようか」


「この際、食べられるならなんでもいいわ」

「うう……」


 若干一名だけ、妥協しきれない人物がいたが、腹の空き具合には勝てなかった。

 ユーリたちが携帯している非常食は、干し肉と、栄養だけはたっぷりある堅いパンだ。

 それを咀嚼し、水筒の水を飲みながら、ユーリたちは無言で食べた。

 干し肉もパンも、咀嚼するのが大変で、無言にならざるを得なかった。


 都会に向かう馬車の中で非常食を食べる自分たちは、端からみたら実にシュールだろうなとユーリは思った。


 腹が満たされると、眠気がおそってきた。ユーリは馬車に揺られながらうとうとし始めた。

 次に目が覚めると、だいぶ日が沈んでいた。

 窓から差し込む夕日の光がラナの赤い髪を照らしていた。髪の輪郭が夕日を反射して金色に見える。

 きれいだなとユーリは思った。しばらく見つめていたら再び眠気がやってきた。


「着いたよ」


 レイクの声で目が覚めた。

 乗合馬車の乗客は自分たち以外、すでにみんな降りていた。


 ユーリは立ち上がって背伸びをした。


「すごい寝た気がする。その分今夜は寝れないかもしれない」

「さあ、どうだろう。馬車の中でうとうとするのと、ベッドに横になって寝るのとじゃあ、眠りの質が違うからなぁ」

「そうかな」

「そうだよ。腹が減ったよね。おいしいものを食べよう」


 レイトの町は中央と似たにおいがするとユーリは思った。

 時間帯が時間帯のため食事処はどこも賑わっていた。


 レイクがあきれを通り越して、感嘆するように言った。


「人が多いなぁ」


 ユーリはみんなに提案した。


「人が並んでいないところにさっさと入ろうよ」

「いやいやいや、ここは人が並んでいるところに入るべきじゃないか」

「どうして?」

「人が並んでいるイコールおいしいというこさ」

「並ぶの嫌なんじゃなかったっけ」

「状況による」

「そうなんだ」

「お腹が満たされるなら、どこでもいいわ」

「ごてごてぎらぎらは嫌ですぅ」


 夕飯にかける思いはそれぞれだった。

 レイクの意見を取り入れて、人が多く並んでいるところに並んで三十分。ようやく自分たちの番がやってきた。きれいにと拭かれていない四人掛けのテーブルに座る。

 この店で提供している料理は麺だった。

 豚と鳥の骨から抽出したスープと香草が売りで、一度口に入れると病みつきになるとか。


「この麺、つるつるしていて食べやすいね」

「スープもよく出汁がでているわ。こんなに出汁が出ているのに、スープの色自体は透明ってどうやって作っているのかしら」

「この香草がたまりません」


 レイクだけが顔を青ざめていた。


「俺、これ、駄目なやつだ」

「レイク、どうしたんですか?」

「このパクチーっやつ? 俺、苦手なんだよ」

「まあ、それはかわいそう。こんなたくさん入っているに」

「ルリカ、パクチーだけあげるよ」

「あげるというなら、いただきます」


 ルリカはレイクのどんぶりからパクチーだけを器用に自分のどんぶりの上に移した。


「うわあ、パクチーの森みたいですぅ」


 ルリカはうれしそうな声をあげた。


 腹が満たされ、食事処を出た。


「おいしかったですねぇ」

「まあ、おいしかったわ」

「そうだね。三十分並ぶ価値があったかどうかは微妙だけど」

「三十分並ぶ価値はないよ。さんざん期待させておいて、パクチーなんだからな」

「パクチーに失礼ですよ」

「俺、口直しにもう一軒行ってくる」

「その前に宿を取りましょう」

「そうだったな」


 いつもなら宿を取ってから食事に行くのだが、今回はお腹が空きすぎて先に食事を取ったのだった。

 一件目の宿は部屋は満室で、二件目の宿は二人部屋しか空きがなかった。三件目でようやく空きが見つかった。ツインが二部屋。


 ユーリは感心して言った。


「普通の日なのに、宿屋が満室だなんてすごいね」

「人が多いからなあ。部屋代も地方と比べたらこっちのほうが高いし」

「そうなんだ」


 話し合ったわけではないが、この日は自然にユーリとレイク、ラナとルリカとで部屋が別れた。

 レイクは部屋に荷物を置くとすぐに廊下に出た。


「それじゃあ、出かけてくるよ」

「僕も行こうかな」


 自分たちの部屋のドアを閉めようといていたラナが再びドアわ開けて顔を出した。


「あたしも行くわ」


 ラナの後ろからルリカも言った。


「それじゃあ、わたしも行きますぅ」


 結局、四人そろって再び外に出た。


 町の中央に教会の建物がうっそうと建っているのが見えた。その上におぼろ月がかかっている。

 ユーリはこの町の教会で、自分の父親よりも年上の司祭に迎えられ、朝食を食べてない自分たちに、簡単な食事をいただいたことを思い出した。あれは今思えば、司祭の好意であり、義務ではなかったはずだ。

 アクアディア学院の制服をきた自分を、憧れのまなざしで見つめな、自分もアクアディア学院に入学して、勉強したいと言っていた少年のことも思い出す。

 一方的にそんなまなざしで見つめられ、居心地の悪さを感じた。今だって、同じように見つめられたら、同じように居心地の悪さを感じるだろう。

 けれど、「がんばって」というあたりさわりのない言葉とは違う言葉をかけられるとユーリは思うのだ。


「ついでに明日の時刻を見て行こう」


 レイクの言葉に従って、停留所に向かう。中央に向かう乗合馬車は定期的に出ていた。一時間に五本出ている時間もある。


「明日は時間に追われることないようだね」

「今日は大変でしたからねぇ」


 ルリカは一時間歩いたことを思い出してため息をついた。


 時刻は食事時から会話を楽しむ時間へと移行している。

 通りかかった食事処の中から、酒に酔った人たちの大きな笑い声が聞こえた。


 レイクは断言した。


「今から店に入ったら俺、ぜったいビールが飲みたくなる」

「食べたいものを買って、宿で食べましょう」

「それがいいよ」

「そうしましょう」


 というわけで、レイクはピザを買った。同じ店で、ちゃっかりラナは豚の生姜焼きをお持ち帰りで頼んだ。


 宿に戻って、ユーリたちが泊まる部屋で戦利品を広げた。小さな部屋の中で広げたピザは思いのほか、大きく感じた。


「うわあ、うまそう」


 レイクが嬉しそうな声をあげる。


「この焼肉もおいしそうだわ」

「ラナは肉が好きなんだね」

「大好きよ」

「そ、そうなんだ」

「あれ、ユーリ、顔が赤くなってません?」

「赤くなってないよ。そうだ。姉さんに今日の報告をしなくちゃ」


 ユーリは逃げるようにその場を離れた。


「レイトの町についたよ。明日昼過ぎには中央に帰れると思う」

「分かったわ。最後だからといって気をぬかないでね。中央に着いたら、直接アクアディア教会に向かって。門番の騎士に『アルデイル町の事後報告書を持ってきた』といえば中に入れるようにしておくから」

「うん。わかった」


 通話を切る。

 ラナの楽しげな笑い声が上がった。

 ルリカも笑っている。

 レイクが面白い話でもしたのだろう。

 ユーリも会話の輪に参加するべく、彼らのいる場所に向かった。


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