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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、アクティの池に向かう

 池は昼の日差しを水面にきらめかせながら、静かにそこにあった。


 ルリカが感動して口を開いた。


「きれいなところですねぇ」


 昼時だからか、シートをしいてピクニックをしている子供連れの主婦たちが集団がいた。かと思えば、池に釣り糸を垂らす老人がいたりする。


「町から近すぎず遠すぎずで、ちょっとした秘密の場所みたいなところですねぇ」

「ポイズンケロンはもういないみたいだな。よかったよかった」


「あの池がこんなにきれいに……。驚いたわ」

「ラナがやったんじゃないか」


 池のほとりで、男が頭にタオルをはちまき代わりに巻いて、草を取っていた。

 どこかで見たことがあると思って見つめてユーリは思い出した。思い出したと同時に男も顔をあげて、ユーリたちを見た。


 男のほうが先に声をあげたる


「ああ! あんたたちはいつぞや炎の料理人対決をした聖騎士様一行じゃないか」

「どうもお久しぶりです」

「お元気そうですね」


 レイクとユーリは頭をさげた。

 男はアクティの町で名物となっているコロイノシシの丸焼きを売りにする宿屋の主人だった。

 火の魔法を使えるエルダと炎の料理対決をしたことは記憶にまだ新しい。


「あの女聖騎士様は一緒じゃないのかい?」

「あの時携わっていた任務は完了しました。今日はその任務とは別に、私用で池の様子を見にきたんです」

「かわいこちゃん二人をつれて私用でねぇ」


 男はにやにやした。


「下卑た笑みはやめてくださいよ」

「下卑た笑いを浮かべる気持ちはわかりますが、僕たちはそういうのじゃありません」

「おじさんが下卑た笑いを浮かべると、ますます下卑た顔になりますぅ」

「顔がいやらしい」

「おいおいおい、下卑ただの、いやらしいだの、ひどい言い草だな」


 言葉で言うほど、男は怒っていなかった。ユーリたちも本気で男のことを下卑た男だと思ってはいない。


 ラナが質問した。


「おじちゃん、何をしているの? 見たところ、野草を取っているようだけど」

「おうおう、この池、すげーきれいだろう。ここに生えている水菜をな、料理に使おうと思って刈っているところなんだ」


 レイクが言った。


「店は順調のようですね」

「おかげさまでな。その分、人手が足りなくなて困っているんだ」

「おじさんのところのコロイノシシの丸焼き、おいしいからね」

「コロイノシシの丸焼きって?」

「小さいイノシシの丸焼きだよ。中まで火が通っていて、外はパリパリ、中はジューシーで、とってもおいしいんだ」


 ラナがつばを飲み込んだ。


「ぜひ、食べてみたいわ」


 男が思い出したように言った。


「そうそう、中央にチェーン店を出す話がでているだ。あんたたちは中央から来たんだろ。中欧にコロイノシシ屋ができたら、冷やかしにきてくれよ」


 ユーリは頷いた。


「楽しみにしています」

「俺は次の勤務地がどこになるか分からないから、なんともいえない……」


 レイクが小さな声で残念そうにつぶやいた。


 その後、ユーリたちは池のまわりを一周した。

 ここでポイズンケロンと戦ったことが嘘のような静けさだ。

 子供の笑い声がときどき飛び交う。

 平和な空間だ。


 ひらひらと一匹の蝶が近づいてきた。

 近づいてきてからユーリは気づく。それは蝶ではなく精霊だった。

 姿はリリーと似ている。リリーは全体的に緑色だが、水の精霊は水色だった。アクアミスティアと同じく青い髪をしていて、瞳の色は薄い水色だ。

 その精霊はラナの周りをひらひらと飛び回る。ラナが手を差し出すと、その手のひらに精霊は止まった。


「あなたは、池を救ってくれた人間ね」

「あたしじゃないわ。この池を浄化したのは青の宝珠の力よ」

「その力を使用してくれたのは、あなたの願いがあったからでしょう」

「そうよ」

「ならば、あなたが救ったことと同意です」

「……」

「ワタシはこの池に住んでいた水の精霊ウェンディです。池を荒らされてしばらく遠ざかっていたのだけれど、きれいになったから戻ってきたのよ」

「そうなの」

「ワタシはこの池に遊びに来て沼の景色を楽しんだりきれいだって言ってくれる人間を見るのが大好きなの。おかげでこの池に遊びにきてくれる人たちが以前のように増えて感謝しているわ。ありがとう。これは感謝の印」


 ウェンディは空中でひらりと宙返りのようなことをした。するとその空間に小さな青い宝石が出現する。

 宙に浮いたままのそれをウェンディは手にとると、それをラナに差し出した。


「これはサファイアよ。水の加護があるの。受け取って」

「ありがとう」


 ラナはウェンディの小さな手から爪の先ほどの青い宝石を受け取った。


「ありがとう、人の子」


 精霊ウェンディは再びお礼を言うと、透明な羽をひらひらさせて去って行った。


「ラナ、よかったですね。精霊から宝石をもらえるなんて、ラッキーですよ。いいなあ。見せてください」

「ええ」

「きれいですね。きらきらしていて。いいなぁ」

「そんなに欲しいなら、あげるわ」

「え? そりゃあ、欲しいですけど。ラナ、これはそうそう簡単にあげる類のものじゃないですよ。せっかく精霊がくれたものなのだから、大事にしてください」

「わかったわ。水の加護があると言っていたけれど、どういう加護なのかしら」


 これにはユーリが説明した。


「水属性の魔法を使用するとき、少しだけ魔力を高めてくれるんだよ。僕のこれはエメラルドという宝石で、治癒魔法の魔力を高めてくれているんだ」


 ユーリは左手首を上げて、チャームに通してあるエメラルドの宝石をラナに見えるようにした。


「そういう使い方なのね。あたしは魔法を使わないから、あたしが持っていても意味がないわ。水の魔法を使える人が持っていてくれたほうが役に立つのよね」


 レイクが感心するように言った。


「ラナはけっこう理論的な考え方をするんだなぁ」


 ラナは不思議そうに小首をかしげた。


「そうかしら」


 ルリカがラナに質問した。


「きれいだなぁ、欲しいなぁとは思わないんですか?」

「きれいだとは思うけれど、それだけよ。欲しいとは思わない。それを手にいれたとしても、置き所に困るもの」

「そう思うんですね」


 ルリカはラナの考えのほうこそ、理解できないというように困惑の表情を浮かべた。

 ラナはユーリ二目線を移した。


「ユーリのそれはエルダとおそろいだから、家族の証みたいなものだと思っていたわ」

「姉さんが持っているのをみたことがあるの?」

「ネックレスにしていつも胸につけているわよ。それに気づいたのはフルレの村でお風呂に入ったときだけど」

「家族の証といえばそうなるね」

「どういうこと?」

「これは母さんの形見なんだよ」

「そうなの」

「もともとは一対のイヤリングだったんだ」

「お母さんの形見を兄弟で分かち合うなんて、素敵じゃない」

「うん。姉さんは治癒魔法は使えない。だからエメラルドの宝石を持ち歩いているのは違う意味があるんだよ」

「なるほどね」


 ラナは納得の表情を浮かべた。ラナはサファイアの宝石を握り締めた。


「これは大切にするわ」

「いけない。もうこんな時間ですぅ」


 ルリカが懐中時計を見て血相を変えた。


「何時なんだ?」

「十三時四十五分です」

「やばい。急いで町に戻ろう」


 ぎりぎりセーフで乗合馬車に乗り込んだ。


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