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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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寄り道話、あの森での出来事は決して忘れない

このお話は、数年後、レイクが後輩たちと一緒に仕事帰りに立ち寄った居酒屋で、酒を飲みながら語った物語です。

 残虐な描写があるので、苦手な方は飛ばしていただいてかまいません。飛ばしても、本編に影響はありません。

 ユモレイクの森での魔物との交戦は俺にとって、宝物といっていいほどの忘れられない一生の思い出さ。

 かといって、同じ経験をしたいかと言われたら断然願い下げだけどね。

 自分の腕が魔物たちに食われるのを目の当たりにしたんだぜ。しばらくは夢に出てきてうなされたものさ。

 あの時、俺たちの前にはミノタウロスが一体に、アウネイロスが二体。その他さまざまな種族の魔物が百匹以上いた。


 もう、だめだと思った。


 けれどエルダさんは違った。


 エルダさんは魔物の真上に大きな炎玉を出現させて、魔物の群れの中央部分を混乱させた。

 どしどしと棍棒を振り上げながらこちらに向かってくるミノタウロスに身構えながら、俺たちに指示を出した。

 その指示は的確だった。

 ミノタウロスを最初の段階で倒したエルダさんは、雑魚の魔物達のほとんどを一人で引き受けた。アウネイロス二体はシグルスさんが対抗した。

 エルダさんが水の宝珠を持っていると思い込んだ魔物たちは、一気にエルダさんを襲った。

 倒しても倒しても、後から後から魔物がやってきた。


 俺も少しでもエルダさんの役に立とうと剣と魔法を駆使した。


 この時の俺はいまだかつてないほど剣の切れがよくて、魔法の詠唱も滑らかだった。


 このまま行ける。俺は行ける。

 俺は笑っていたかもしれない。

 それがおごりとも知らずに。


 目の前の魔物を袈裟切りし、同時に魔法を発動させる。魔法で出現させた氷の槍は、左から襲ってきた魔物を突き刺した。右から襲ってきた魔物を実剣で横薙ぎした。


 背後に影がさした。背中がぞくりとし振り返ると、人間と同じサイズのカマキリの魔物が俺にその鎌を振り下ろしていた。

 この距離では避けきれない。

 条件反射で顔の前に腕をかざした。

 次の瞬間、赤い色が目の前に広がった。


「え?」


 理性が状況を把握することを拒否していた。

 顔をかばった左腕の肘から先がなくなり、そこから盛大に血が噴き出していたんだ。

 生臭い血の臭いが鼻をついた。人の身体の中にはこんなに沢山の血が流れているんだ……。現実から目をそらし、そんなことを考えた。

 再びカマキリが鎌をふるってきた。それは視界に入っていて、通常なら避けることができるものだった。

 けれど茫然としていた俺は避けることができたなかった。

 ただ、自分に振り下ろされる鎌を見つめていた。


 終わった。

 俺の人生、終わったわ。


 心のどこか冷めた部分でそう思った。

 鎌は俺を斬ることなかった。エルダさんが横やりからカマキリを攻撃し、その頭と胴を分断させたからだ。

 カマキリが倒れ、視界が開ける。そこには三匹のゴブリンが俺の腕を巡って争っていた。俺の腕は引きちぎられ、そのほとんどはゴブリンたちの口の中にあった。地面に目線を下ろすと、人の指だと分かるものが落ちていた。


 俺の指だ。

 そう悟ったとたん、胃の中のものがせり出してきた。


「ああっ……」


 吐くことはできず、ただ喉の奥で、自分のものではないような呻きが漏れただけだった。


 ゴブリンは口の中で俺の肉を咀嚼したまま、こちらを見た。

 口の周りを俺の血に染めて。


 ゴブリンたちが俺に向かってきた。

 腕だけでは飽き足らず、俺を食べる気なんだ。

 と、三匹のうちに一体が倒れた。エルダさんがやってきたのだ。


「何、ぼうっとしているの?」

「エルダ…、さん?」

「レイク、あなたは生きているのよ。生きているなら戦いなさい。茫然とするのは後からでもできるわ」

「……」

「まずはその血を止めなさい」

「どうやって?」


 気軽そうにエルダさんは言った。


「氷の魔法で固めちゃえば?」


 そんな手があったか。

 その間にもエルダさんと俺に向かって魔物たちは襲っていた。エルダさんは俺に説教し、俺を守りながら、魔物と戦っていた。


 このままじゃ、俺はエルダさんの役に立つどころか足手まといだった。

 そう思った時には、いまだ血が流れ続けている箇所に魔法をかけていた。


「氷よ」


 傷口が氷漬けになり、血も止まる。痛みも冷たさもまだ感じない。そう、まだ。


「戦います」


 俺は片手だけで剣を構えた。

 めまいを感じる。視界が暗い。流れた血が多すぎたのだろう。

 ふらつきそうになるのを足をふんばって堪えた。


「レイク、これを使いなさい」


 言って、エルダさんが差し出したのはスタミナドリンクだった。


「今ので体力を消耗したでしょう? まだひと踏ん張りしてもらうわよ」


「任せてください」


 俺は大きな声で言った。

 エルダさんと背中合わせに剣を構えた。

 賞味期限切れとはいえ、値切って購入したとはいえ、スタミナドリンクの効果はてきめんだった。

 エルダさんは自分の背中を預けるのに信用に足る人だ。逆に、俺がエルダさんの背中を守らなければらないから、責任重大だ。

 俺の守りが甘くて、エルダさんに怪我なんかさせたら、死んでも死にきれない。

 守りたい人がいるから、戦える。

 氷の魔法と剣術を駆使し、エルダさんを背後から狙う魔物を倒し続ける。

 あたりはエルダさんが発動する炎の魔法と、俺が発動する氷の魔法で、白い霧が発生していた。

 シグルスさんの「風斬」を何度も使って不特定多数の魔物を一気に倒していた。そこからもれた魔物もアルベルトが槍で仕留めた。

 最初は到底無理だと思っていた魔物の群れを、俺たちは全滅させていた。


 俺はその場にあ仰向けになった。性も根も尽きたとは、このことを言うんだろう。

 嫌味なほど青い空が視界の中に入ってきた。


「森が燃えているぞ」

「わたしの魔法が強すぎたのね。あたりの草木は今までの熱を浴びて、水分が足りなくなっている。このあたりの木々が燃え尽きるまでこの火は消えないでしょう」

「しょうがないか」

「しょうがないわね」


 そんな会話が耳に飛び込んでくる。

 そして、別の声も聞こえた。


 俺が満身創痍で、自分というものをかろうじて保てていたから、聞き取れた声だと思う。普通の状態なら聞き逃していた。自分自身の生命力がその声を掻き消していたただろうから。


 それは森の悲鳴だった。


 燃える仲間と、自分も時間の問題でもうすぐ燃えるであろうことを不安がり、泣いていた。

 この悲鳴は、森を燃やし続けている火が消えないかぎり消えることはない。そして、火が消えるときは、このあたりの木々が燃えて灰になったときなのだ。


 けれど、俺には別のやり方で火を消すことができる。


 俺がここにいるのは、そのためなんじゃないかとさえ、思えた。

 俺は動くことを拒否する体を無理やり起こして立ち上がった。


 青い空とは裏腹に、目の前には赤い海が広がっていた。


 俺は魔力を回復させるために、魔力回復薬を口に含んだ。魔力が少しだけ回復するのを感じた。けれど体力は回復していないのだ。


 魔力と体力は、どちらとも切っては切り離せない関係なのだと実感する。俺の身体がこういう状態だからこそ、実感できる。


 俺は呪文を唱えた。


「氷の神アイスレイナに願う


 それは炎を掻き消す数多の氷

 赤を白に塗り替え命を繋ぐ

 我は創造する

 氷の礫」


 数多の、それこそ文字通り、数えきれないほどの氷の塊が天に出現し、炎の海に降り注いだ。


 目の前が暗くなり、意識が遠くなった。


 死ぬのだと思った。今度こそ、死ぬのだと思った。


 魔物に腕を食われ、そのまま体も食われながら死ぬよりも、守りたい人を守り、そして、悲鳴を上げていた森を守って死ぬんだから、断然こっちの死のほうが良いと思った。


 良い死に方だと思った。

 故郷の両親が瞼の裏に浮かんだ。


 いやあ、ほんと、あのときは本当に死んだと思ったんだ。

 けど、この通り、生きていたんだよね。


 俺が魔力の使い過ぎで意識を失ってから、エルダさんたちが体力回復薬や魔力回復薬を飲ませてくれたり、シグルスさんが持っていたスタミナドリンクを飲ませてくれたりしたらしいんだけど、俺、復活しなかったんだ。


 エルダさんから聞いたんだけど、ほんと、あの時、俺、死にかけていたらしいんだよ。


 エルダさんたちは、できる手を尽くしてそれでも俺が目覚めないから、俺の死を受け入れようとしたらしい。


 そんなとき、精霊リーフが現れたんだってさ。


 リーフはみんなもすでに知っていると思うけど、草木を統べる神サウザンドツリーの眷属でさ、このときリーフは命の水を持って現れたんだ。


 その水を飲ませてくれて、俺は命を取り留めたんだ。


 リーフが俺を助けたくれたのは、森が燃えるのを救ってくれたお礼なんだって。

 そのまま、リーフは俺と精霊契約をしてくれてさ、それで俺、地の魔法が使えるようになったんだよね。嬉しかったよ。リリーもかわいいし。


 というわけで、人って死と直面すると、強くなれるみたいだね。ははは。

 だからといって、そのまま死んでしまう可能性のほうが高いから俺みたいな経験はしないほうがいいよ。

 最初にいったようにユモレイクで俺が経験したような経験はしないほうがいいね。命がいくつあっても足りないよ。


 あの場を切り抜くことができたのは、一緒に戦ったのが凄腕のシグルスさんと、聖騎士のエルダさん、そして同期であり親友のアルベルトだったからだ。

 このうちの誰かが一人でもかけていたら、あの時、俺たちはやられていた。


 あれからいくつもの年月を経る間に、シグルスさんやエルダさんよりも強い人に会う機会に遭遇することは何回かあった。

 そういう人たちと一緒にパーティを組んで、あの時の状況に出くわしたら、あの時よりも苦戦せずに勝利できるかもしれない、と想像することはできる。


 それでも、あの時、あの状況では、あのパーティだったから事を成しえることができたのだと今でも確信している。


 片腕を魔物に食われて、恐怖して混乱して死ぬことを妥協した俺を鼓舞したのは、エルダさんだったし、俺に自分の背中を預けたのもエルダさんだった。

 預けたっていうより、今思えば、預けざるを得なかったという状況だったんだよね。


 それでもエルダさんが俺に背中を預けてくれたことで、ここでへこたれたらエルダさんに迷惑をかけると思って、戦意を復活させることができたんだ。


 シグルスさんが本気を出した剣技は、まさに神技だった。剣を一振りするだけで、襲いかかってくる魔物を十体以上は胴体を真っ二つにしていたんだよ。

 シグルスさんが取りこぼした魔物は、アルベルトが槍でとどめを刺す、という戦法を取っていた。

 シグルスさんとアルベルトの周りには数々の魔物の屍が横たわっていた。


 なかなか壮絶な光景だったよ。


 あの時、俺がもっと強かったら、片腕を失わずに済んだかもしれない。

 あの時、俺がもっと強かったら、もっとパーティの戦力になっていたかもしれない。


 未熟だったな。

 今もだけどさ。


 いつの間にか、夢でうなされることはなくなったよ。

 時が解決してくれたのかもしれないし、今ならあんな魔物の大群に出くわしても、あの時よりもうまく対処できるという自信がついたからかもしれない。


 というのはさすがに言い過ぎだな。

 過度な自信は思わぬ災厄を招く。

 あの時、俺が経験したみたいにね。


 実力が伴わないのに、気分が高揚して「自分にはできる」と思ったときが一番危険なんだ。


 これは経験者の言葉なんだから、肝に銘じておくことださ。

 「できる」と思った時こそ、一呼吸おいて、冷静に周りをみることだ。


 遠い目をしながらしみじみ語るレイク。自分の実力をおごらず、一緒に組んだパーティのメンバーの実力を認め感謝する謙虚さは、今よりも歳を経て、経験を積んだからこその心境だと思います。

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