ユーリ、レイクから相談を受ける
おもむろに、ベッドに仰向きになっていたレイクが上半身を起こして、ユーリを見つめた。
神妙な表情を浮かべている。
「なあ、ユーリ。相談があるんだ……」
ただならぬレイクの様子にユーリは身構えた。歳下でまだ学生の自分に、大人で騎士のレイクがどんな相談なのだろう。
「なに相談って?」
「アクアディアに着く間に、ルリカと相思相愛になりたいんだ!」
ユーリは思わずがっくりとこけそうになった。
「神妙な顔をして相談っていうから何かと思ったら、そんな話?」
「そんな話とはなんだよ。俺は真剣なんだ。お前はラナとうまくいっているみたいだからひと事なんだろうけど」
「う、うまくいってるって、どうしてわかるの?」
「見てればわかる」
「……そうかな」
「中央に着いたら、ルリカと会う機会は一気に減る。その前にルリカと一線を越えていい仲になっておきたい。協力してくれるよな?」
「う、うん。協力するよ」
レイクの熱意に押されて頷くユーリ。
そして疑問に思う。「一線を超える」ってどんな一線なのだろう、と。しかし鼻息を荒くするレイクにその質問はしてはいなけないような気がしてやめた。代わりに別の質問をする。
「レイクは姉さんが好きなんだと思っていたよ」
「エルダさんは憧れの人だよ。尊敬している。けれどルリカは違うんだ。まず見た目がまず俺のジャストミートなんだ」
「なにの肉だって?」
「肉ってまあ、胸も肉だけど、ってそんな話じゃない!」
男たちがそんな会話をしているとき、女子二人はまた別の話をしていた。
「ラナはユーリのことをどう思っているんですかぁ?」
「……嫌いじゃないわ」
「嫌いじゃないってことは好きってことですかぁ?」
「わたしは誰かを好きになったことがない。だから好きという感情がよくわからないの。告白はされたけれど、それを受け入れることはできなかったわ」
「あの子に告白されたんですか? 奥手のように見えてやるんですねぇ。うっしっし」
変な笑い声をあげるルリカ。ラナはユーリとキスを思い出し、思わず唇に自分の指をあてた。ルリカはその様子を見逃さず、
「まさかキスもしちゃったんですかぁ?」
目ざとく聞くルリカに、こくりと頷くラナ。隠す理由はない。けれどなんだか恥ずかしかった。
「やっぱりぃ! キスはどうでした?」
ラナはユーリとのキスを思い出して顔を赤らめた。ルリカはわくわくした表情を浮かべる。
「嫌だったんですか?」
「嫌じゃなかったわ。むしろ……」
言葉の最後をむやむやとごまかすラナ。
「むしろなんですかぁ?」
耳をラナの口元に近づけて、むりやり聞きだそうとするルリカ。
「むしろ、気持ちいいっていうか、ずっとそうしていたいっていうか……」
ルリカはにんまりと笑った。
「かわいいですねぇ、ラナは」
「わかいくなんてないわ」
ぷいとそっぽを向くラナ。ルリカはそんなラナを我が子を見つめる母親のような目で見つめた。
ラナがぽそりと言う。
「中央についたらきちんと返事をすることになっているの」
「それまで自分の気持ちをきちんと向き合わないとけませんよ」
「うん、そのつもり。――ところでルリカはどうなの?」
「どうなのって何がですかぁ?」
「レイクのことよ」
「レイクがどうしたんですかぁ?」
本気で不思議そうな表情をするルリカ。
「レイクがルリカのことを好いているのは気づいているんでしょ?」
ルリカは目をしばたき、にへらと笑った。
「まあ、ラナでもそれは分かるんですね」
「見てれば分かるわ」
「レイクはいい子だと思いますよ」
「じゃあ?」
「でもでも、レイクっていつもわたしの胸を見てくるんですぅ」
「むね……?」
自然とラナの視線もルリカの胸に注がれる。自分の倍は絶対にあるだろうと思う大きな形のいい胸だ。女性としてうらやましいかぎりの胸である。
「レイクがわたしに好意を寄せているのは、この見た目なのかなって思ったりするんですぅ」
「そんなこと、ないと思うけど」
「もうちょっと見極めてみます。わたしはまだ告白されてないですしね」
「告白されたらどうするの?」
「そうですねぇ。……そのとき考えます」
ルリカは肩をすくめて、いたずらっこのように舌をぺろりと出した。
真夜中、みんなが寝静まったころ、
「ウワワワワワアアァ!」
突然の叫び声にユーリは目を覚ました。
ベッドの近くにあるランプに光を灯すと、レイクがうなされていた。複数の木の蔦で形作られた左腕の蔦が、うねうねとうねっていて、腕の形を崩している。
リリーが今にも泣きそうな声でレイクの名を呼んでいた。
「レイク、レイク、大丈夫です。落ち着いてください」
「腕がぁ!」
ユーリは慌ててレイクの駆け寄ると、レイクの肩に手をかけゆすった。
「レイク、目を覚まして!」
「うう……」
レイクは目を開け、上半身を起こした。呼吸が荒い。
「レイク……」
リリーがレイクの胸のあたりに寄り添う。
「リリー」
レイクはリリーの背中を右手でなでた。左腕の蔦はくたりとなり、それでもどうにか腕の形を作っていた。
「レイク、大丈夫?」
「ユーリか……」
リリーをなでていた手を今度は自分のおでこに当てて顔を隠すようにする。
「はは。恥ずかしいところを見られてしまったな。腕を失ったときのこと、時々夢にみるんだ」
「そんなの、恥ずかしくなんかないよ」
「これからも、うなされて目が覚めることがあると思う。ユーリに迷惑をかけるかもしれないな」
「迷惑だなん思わないから気にしないよ。……きっと時が解決してくれるよ」
「うん……」
ユーリは自分のベッドに戻りレイクに背を向けて横になった。レイクも再びベッドに横になるのが気配で分かった。後ろから声がした。
「少しの間、ランプはつけたままにしておいてくれないか?」
「うん」
言われずともそのつもりだった。腕を失ったことはレイクにとって強烈な思いでとなったらしい。
そういえば、とユーリは思う。初めて魔物と戦った時、姉が放った炎球で火だるまになったポイズンケロンを目の前にしたとき、あまりにも壮絶な光景のため、夢にも見そうだと思ったものだ。
けれど、今までそのような恐ろしい夢は見ていない。そもそもあの時の出来事も今となっては遠い過去の中だ。
夢を見るよりも、体が疲れて睡眠を求めていたのだとユーリは結論づける。
そして、今回もユーリはすとんと眠りの中に落ちていった。