ユーリ、乗合馬車の中で昼ごはんを食べる
乗合馬車の中では、出したごみは持ち帰らなければならないが、飲食はできる。ユーリたちはアルデイルの市場で買ったサンドイッチをほおばった。
ハムに塩と胡椒が効いていておいしい。フルレ村から来た男が物欲しそうな表情を浮かべて、自分の食べているサンドイッチを見つめていたが、ユーリは目線を合わせないようにして気づかないふりをした。
ふと隣のラナを見ると、小さな口いっぱいにサンドイッチをほおばったため、口元にソースがたくさんついていた。
「ラナ、そんなに急いで食べなくてもいいんじゃないかな。口の周りがソースでべたべたになっているよ」
「こんなおしゃれなもの、食べたことがないから、食べにくいのよ」
ユーリはポケットからハンカチを取り出して、ラナの口の周りをぬぐってあげた。
「なんか子供扱いされているみたい」
ラナは頬を赤らめた。ユーリは微笑んだ。
「いつもは僕のほうが子供扱いされているからね」
「そのハンカチ、しばらく貸して」
「え?」
「汚れちゃったでしょう。洗って返すわ」
「気にしなくていいよ。洗えばすぐにとれるだろうし」
「そう。ありがとう」
ラナはなんだか心の中でふわふわしてきて、まともにユーリを見つめられなくなった。だからうつむく。
「なんかあたし、世間知らずで恥ずかしい気持ちだわ。サンドイッチの食べ方ひとつも知らないのだから」
耳まで赤くしてそう言うラナの様子がたまらなく可愛かった。
「世間知らずは僕のほう。世の中のことはラナがほうが知っているよ」
「そうかしら。あたしはきれいな言葉も知らないし、きれいな食事の仕方も知らないわ」
サンドイッチは食べるのにコツがいるんだよ。そのコツが分かったにラナだってきれいに食べらるようになるよ」
ラナはすねるようにそっぽを向いた。
「そうなれる気がしないわ」
「一つだけアドバイスをあげようか?」
「アドバイス?」
思わずラナはユーリを見つめた。
ユーリはゆっこりと笑う。
「一度にたくさん口に詰め込もうとしないことだよ」
「それはあたしが食い意地が張っているということをいいたいのね」
ラナはぽかぽかとユーリの胸を軽くこぶしで殴った。
「違うよ。ラナは口が小さいんだから、サンドイッチみたいな食べ物は、少しずつ食べないとこぼれてしまうんだよ」
ユーリは言って、ひょいとラナのにぎりこぶしを自分の手の平で受けた。
「っ!」
驚くラナには頓着せず、ユーリは感心するように言う。
「こんな小さなこぶしなのに、インキュバスを殴れるんだね。すごいな、ラナは」
「……ほめても何もでないわよ」
「何がでることを望んでいるわけじゃないから」
ユーリはおかしそうに笑った。
夕方、乗合馬車はフルレの村に着いた。
乗合馬車は村の出入り口に用意された停留所に止まった。この乗合馬車が明日の八時に出発することを確認して、ユーリたちはフルレの村で宿を探すことになった。
自然と足は、以前キャラバンたちと一緒に泊まった宿に向けられる。
宿の人たちはユーリたちのことを覚えていた。
「男二人に、女二人の二部屋でいいですね」
「あ、えい。はい」
顔を知っているレイクが宿屋の主人とやり取りをする。主人が質問してきた。
「聖騎士さんたちと一緒じゃないんですか?」
「聖騎士と一緒にやっていた任務は終えて、今は旅行を兼ねて戻るところなのさ」
「ほほう。そうなんですか。今の時間の乗合馬車だと、アルデイル町からやってきたんですよね」
「そうさ」
主人はここで声を潜めた。
「アルデイルの町の噂、本当ですか?」
「噂って?」
「なんでも、魔族が出たとか」
「うわっ……。具体的にはどんな噂になっているの?」
「魔族がアルデイル町を襲ったけれど、聖騎士たちが倒してくれたとか。その聖騎士っていうのが、この前この村に止った女騎士なんですよね。で、あんたがたも一緒に戦ったんでしょう?」
「そこまで知っているなら、俺たちが説明することはないな」
「そうですか。まあ、俺が聞かなくても、村のやつらが根掘り葉掘り聞きたがるだろうから、覚悟しておいたほうがいいですよ」
物騒な物言いで主人は言った。
その理由は食堂で夕食を食べているときに分かった。
「アルデイル町で出た魔族ってどんな魔族だったんですかい?」
「インキュバスだとかいう魔族なんだってねぇ。たいそう、美男子だか」
「どうやって倒したの?」
村人たちが立ち替わり、話を聞きにやってきたからだ。
その中には、自衛団のゲイルもいた。以前、ユーリたちがこの村に立ち寄ったときに、ゲイルは自衛団のリーダーとして、聖騎士のエルダに、村の外れにある廃墟に住み着いた魔物を退治して欲しいと願いでた。
そのときエルダは「大儀がある」といって、断った。それにラナが激高して、一人で魔物退治に向かったのだった。
ユーリが宿を出ていくラナの姿を見かけて、ラナを追った。そして、上位の魔物であるサンダーマンティコアと戦い、激闘の末、ラナが水の宝珠の力を使用して、サンダーマンティコアを退治した。
これがきっかけでラナは捕まり、水の宝珠の奪還に成功したのだった。
数日前のことなのに、その後、ユモレイクの森で魔物の大群に襲われたり、ラナと逃避行をしたり、魔族インキュバスと戦ったりと、いろんなことがありすぎたためか、サンダーマンティコアと戦ったことがはるか昔の出来事のように感じる。
ゲイルは申し訳なさそうな表情を無理やり作りながらも、興味津々な気持ちは隠しきれずに瞳が輝いていた。その瞳は騎士であるレイクに注がれる。
「申し訳ないね。こういう小さな村は外のどんな些細な噂でも、知りたがるもんなんだよ。この前の廃墟のサンダーマンティコアが退治されてから、日もそれほど開かないうちに、アルデイル町の魔族だ。
これで興奮しない人はいないよ。俺たちも魔族をどうやった倒したか、今後の参考に聞かせてもらえないかな」
そう言われれば、説明しないわけにはいかない。ましてやレイクの場合、自分が騎士であるため、今後の参考と言われれば、よっぽどのことがないかぎり、出し渋りはできない。ゲイルはそのことも見込んでレイクに話しかけたのだ。
レイクは説明した。
「魔族には物理的な攻撃よりも、精神攻撃ができる光の矢が有効なんです。一緒に戦った司祭の人で、その光の矢が得意な人がいて、そのおかげでかなり有利に戦うことができました」
「光の矢というのは、どういう魔法なんだね」
「光の矢というのは物理的な攻撃ではなくて、精神に作用する攻撃なんです。魔族のように負の感情を糧とする者に対しては、多大な攻撃力があります」
「ほほう。そうなのか」
村人たちからさまざまな質問が飛び交った。
説明を終え、どうにか村人たちが納得して各々がお互いの感想を言い合う頃合いになったき、一緒に乗合馬車に乗ってきた男が爆弾発言をした。
「その魔族って、水の宝珠を使って、なんとか王国を造るつもりだったって話を聞いたが、あれは本当なのかい?」
「へっ?」
レイクは硬直した。
それはレイクだけでなく、ユーリたち全員に言えることだった。