ユーリ、戒めの腕輪の機能を知る
「なんか姉さん、最後のほう、あせってなかった?」
「そんな感じはしましたね。どうしたんでしょう」
ルリカも首をひねった。
そこに、突然、再びミラーフォンが振動した、と思ったが、それはミラーフォンではなかった。ミラーフォンを開けてみても、二つ並んだ石は点滅していなかったからだ。それに、いつもとは震え方が違う。
ユーリはミラーフォンをテーブルの上に置いた。ミラーフォンは振動していなかった。 それでもユーリの手に感じる振動は止まらなかった。
「え? なにこれ。腕輪が振動してる?」
ようやくユーリは自分が腕にはめている戒めの腕輪が振動していることに気づいた。
「なにそれ、どうなっているの?」
レイクがユーリの腕を取って近くで見てみた。あちこち触っていると、振動が止まった。
そして、腕輪から何か音がた。サッ、シュッ。短く息を吸い込み、吐くような音だ。
「なんだこれ、なんか……」
気持ち悪い、という言葉を飲み込んで、ユーリは腕輪を外した。ちょうど、腕輪に装着されたようにつている小さな石が上を向いた。
腕輪はその間にも音を発している。
さやさやと草木の揺れる音。
そして「ぽちゃん」と魚が水に跳ねるような音がした。
それでユーリは、この屋敷の庭で、魚が水に跳ねる音を聞きながら、ラナと語らった時のことを思い出した。
どうしてこの腕輪から「ぽちゃん」という音が聞こえるのだ。
そう疑問に思う間にも、草木が風に風にそよぐような音が聴こえてくる。
腕輪から、いや具体的には腕輪に装着されている石から聴こえてきているようだ。石はミラーフォンにでも装着するような形状と大きさだ。
それ以上は考えたくない。結論にたどり着きたくない。
そんなユーリの心の叫びを遮って、ルリカがほわんとした口調で言った。
「これって、今、ラナが発している音ですよねぇ」
「ルリカもそう思う? 俺もそう思うんだよね。エルダさんが四十メートルがなんとかって言っていたでしょ。そういう機能なんじゃないかなぁ。相手が四十メートル離れたら、振動で知らせて、相手の様子を知らせるっていうさ。
俺、ユーリの腕輪を触っているうちに、その石を押しちゃったんだよ。それで、通話状態になったんじゃない?」
「僕たちが聞いていること、ラナは知らないと思うんだ。これはラナに失礼だよ」
ユーリは腕輪につている石を押した。ミラーフォンと同じ機能なら、これでラナとの通話は切れると思ったのだ。思った通り、腕輪は静かになった。
「こんな機能までついているなんて、すごいなぁ」
レイクは感心している。
ユーリは感心する余裕はない。
今ここで、自分が目の当たりにした現象は、エルダも体験したかもしれないのだ。
池のほとりにある休憩所で、自分がラナに告白したときに。そして、ラナにキスしたときに。
その場にいるようにエルダは自分たちの「音」を聞いていたかもしれないのだ。
それは推測だが、かぎりなく事実に近い推測だと思った。なぜなら、さきほどのエルダの慌てぶりが怪しすぎたからだ。
恥ずかしすぎる。
誰もいないところに言って、大声でわめきたい気分だ。
自分の告白シーンを、姉に聴かれていたとは。
姉も姉だ。こんな機能があるなんて、教えてくれなかったではないか。
ひどい姉だ。姉とは思えない。
ユーリは恥ずかしさを姉への怒りに変換させようとしてみた。
「……」
できなかった。
姉に知らずに聴かれたのは恥ずかしいが、だからといって、それに怒りを感じるほどではないことに気づく。
理由を考えてみる。姉は悪意をもって、自分の告白を聴いたのではないと信じられるからだと結論づける。
悪意どころかあたたな目でもって、自分たちを見つめていたのではなかったか。時には自分とラナの関係を応援しているようなそぶりも見せていた。
だから、嫌な気分にならないし、怒りを感じないのだ。
四十メートルで通話ができることを説明してくれなかったのは、自分とラナが四十メートルも離れると思っていないから、説明しなかったのかもしれないし、たまたま忘れていたということもありえる。
「これ以上離れたら本当に五十メートルになっちゃいそうだから、ラナのところに入ってくるよ」
ユーリは腕輪を装着しながら言った。
「いってらっしゃい」
ユーリはラナが出て行ったところと同じところから外に出た。つまり玄関の扉からではなく、窓から飛び降りたのだ。
「最初に会ったときは、ああいうこと絶対にしない子だと思っていたんだけどな。ユーリはだいぶ変わったなぁ」
ユーリが出て行った窓を見つめながら、感心するようにレイクは言った。
「男の子は好きな人ができると変わるものなのですよぅ」
「そういうものかなぁ」
「気づかないのは本人だけってことですよぉ」
近づいてきたユーリに、ラナはすぐに気づいた。
「どうしたの?」
「五十メートル以上離れそうだったから、僕のほうから近づいてみたんだ」
「そんなに離れたかしら」
「たぶんね。まだ続けるよね。僕のことは気にしないで、続けていいよ」
「そう」
ラナは再び体を動かし始めた。
朝に自主練習に入って、気づいたら夕方になっていたということもあると話したラナは、確かに剣を振るいながら動いているとき、違う世界に入り込んでいるように見えた。
ラナの赤い髪が月明りのもと、縁だけが月色に輝いている。黄金のような輝きを持つ瞳は、ラナが動くたびに、光の軌跡を残す。
ラナの鋭い剣の切っ先は、風に舞って飛んできた花びらさえも、切られたことに気づかないまま、舞い続け、そのうち二匹の蝶が別れるように離れていく。あとは、切られたその姿がもともとの姿だったかのように、違う方向に舞い落ちる。
ラナが作り出す空間すべてが、幻想的で、現実味がなかった。
そんなラナにユーリは魅せられる。飲み込まれる。捕らわれる。
ただそこにいるだけで愛しいと思える。
いつまでもいつまでも、こうしてラナを見つめていたいと思った。
そして実感するのだ。自分はラナのことが心の底から大好きなのだと。