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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、アルデイル町にクランシェ村の住人を連れてきたことをエルダに報告する

「姉さんに今日のことを報告しないとね」


 懐からミラーフォンを取り出す。ついでに水の宝珠を包んだハンカチも取り出した。ハンカチを開けると、今やただのガラス玉になっている水の宝珠が姿を現す。


「いろんなことがありすぎてどう報告したらいいか……」

「ミカルさんのことや、ミカルさんの部屋から出てきた書類についてはわたしは説明するので、その時になったら替わってください」

「うん、わかったよ」


 ラナがユーリに話しかけた。


「少し外に出てもいいかしら」

「どうしたの?」

「体を動かしたくて」

「そういうことなら構わないよ。けれど五十メートル以上は離れちゃ駄目だからね」

「分かっているわ」


 ラナは窓のほうに向かって行き、窓を開いた。

 夜の風が食堂の中に入ってきた。


「だから外に出る方法もこうするのよ」


 言って、ひらりと窓の外に飛び出した。


「身軽だな。ラナは」

「若いですよねぇ」


 そんな会話をレイクとルリカがしている間に、ユーリはミラーフォンの通話ボタンを押した。


 ミラーフォンが振動し、ほどなくして振動が止まり、鏡にエルダの姿が映し出された。

「クランシェの村人たちのうち希望者は全員、アルデイルの町に移動したよ」

「希望しなかった人は村に残ったのね。何人いたの?」

「三人いた」

「そう……。移住した人たちは誰も怪我することなく、移動できたの?」

「できたよ。ミミさんっていうおばあちゃんが空飛ぶじゅうたんを持っていてね。足腰が弱い人や病気の人はそのじゅうたんに乗って移動したんだよ」


 エルダは目を見開いた。


「空飛ぶじゅうたんって、本当にあるの? 伝説かと思っていたわ」

「僕も驚いたよ。操縦はみんなで試してみて、一番うまかったルリカがしたんだよ」

「そう。それはごくろうさまだったわね」


 ルリカが嬉しそうな声をあげた。


「へええ。褒めていただていてうれしいです」

「その声はルリカね。この距離でもわたしの声が聴こえるのね」

「はい。充分聴こえています」

「ルリカ、おつかれさまだったわね。魔力の消耗具合はどれくらいかしら?」

「ひどく消耗したわけじゃないので大丈夫です。今は夜ご飯も食べたので、ほとんど回復しました」

「それはよかったわ。みんなを連れてきてくれてありがとう」

「お役に立てて嬉しいです」

「クランシェ村の人たちは近くにいるの?」

「さっきまではここにいたんだけど、もういないよ。クランシェ村の人たちはみんな、あてがわれた宿で休んでいるよ。

 僕が今話しているのはセドリック神官の屋敷の中にある食堂なんだ」

「アルデイルの町はクランシェの村人たちを受け入れてくれそう?」

「それは問題ないと思う。ほらこの前の春祭りの時に思ったんだけど、アルデイル町の人たちって商人の町でいろんな人が集まってくるからか、おおらかな人が多いでしょう。

 仕事もたくさんあるから大丈夫だとセドリック神官が言ってた。ただ、住む場所を確保するための資金繰りが厳しいんだって」

「そうよね。変態魔族がろくに執務もしないで、使い込んでいたと思うし……」

「そうみたいなんだ。補充資金も前借していたんだって」

「まあ……」


 エルダは絶句した。


「そのことは、クランシェの人たちは知っているの? つまり住む場所の確保のことだけど」

「まだ知らないよ。セドリック神官の話だと、今日、明日の分は大丈夫そうだけど、長期となると厳しそうだよ」

「そう……」


 エルダは眉根をひそめた。


「クランシェの村人たちは教会に怒っていた。自分たちがこうなったのは教会のせいだって。セドリック神官たちは謝ったまま、頭を下げっぱなしだったよ」

「そう……」

「大変なんだなって思った。セドリック神官たちが悪いわけじゃないのに、罵倒を黙って罵倒を受けて」

「そう……」

「かっこいいと思ったんだ」


 エルダは鏡の中で、意外な言葉を聞いた、という表情を浮かべる。


「かっこいい?」

「責任を受けて、それを認めて、ただただに謝ることなんて、普通、できないと思うから」

「そう」


 エルダは微笑んだ。


「それからミカルという人についてなんだけど、それについてはルリカから報告するね」

 ユーリはミラーフォンをルリカに手渡した。


「ルリカです。ミカルさんは昔、神官だった人のようです。ミカルさんの部屋から今とはデザインが違う神官の制服が見つかりました。持ち帰るので、もっと詳しい人に聞けば詳しい年代が分かると思います」」

「そうね」

「それから公にはできない書類が見つかりました。五つの村と町の管理台帳と中央で保管してあるはずの写しです」

「なんですって……!」

「もっと驚くことがあります。原本と写しでは数字が違っている箇所があるんです」

「どういうことかしら?」

「原本よりも写しのほうが数字が少なくなっているんです」


 エルダの息を飲む声が、ルリカの隣にいて会話を聞いているユーリにも聞こえた。


「そのことはそこにいる全員が知っているの?」

「はい。わたしが説明しました」

「どうしてそんなことをしたの!」

「ラナが育ての親まで盗人だったのだと思い込んで、かわいそうだったから。盗むには理由があったということを伝えたかったんです」

「……」


 エルダはしばらく黙ったままだった。

 ようやくエルダは口を開いた。


「そのことをほかの誰かにも報告している?」

「していません」

「ルリカ、わたしに最初に報告してくれたことを嬉しく思うわ」


 言って、エルダは声を大きくした。その場にいるユーリたちにも聞こえるようにだ。


「ことのことについては公表する場と時を見極める必要があるわ。今は、むやみに動く時ではないことを心の中にとどめておいてちょうだい」

「分かっています」

「ルリカ、その書類、絶対に中央に持ち返ってね」

「はい」

「そして当然だけど、他の誰にも口外しないように。そこにいるみんなもよ」

「はい」

「もちろんです」

「うん」

「話を戻すわよ。クランシェ村の人たちが住む家を確保する資金のことだけど、ちょっと思いついたの。空飛ぶじゅうたんは伝説級の魔法道具よ。その存在を知ったら、欲しいというひとはこの国でも多くいると思うわ。そういう人に売り込んで資金にするというのも一つの手だと思うの」


 ルリカは名案を聞いたというように目を見開いた。


「そういう方法もありますね」


 ユーリも声をあげた。


「さすがはフローティア家の財布を管理する姉さんだ」

「どれくらいになるものでしょうか?」

「さあ、わたしも詳しいことは分からないけれど、伝説の魔法道具だもの、三千万エル以上はすると思うわよ」

「三千万エル。桃源郷の桃と同じ金額ですね」

「桃源郷の桃? どういうことかしら」

「実は桃源郷の桃の請求書が出てきたそうなんです。そこには桃源郷の桃百個で三千万エルという金額が記載されていたそうですよ」

「あの桃が三千万……」


 エルダはさきほどは違う意味で絶句した。


「それこそ無駄な出費というものね。ともかく空飛ぶじゅうたんを売ることについては、クランシェ村の人たちとも相談してみて」

「はい。そうします」


「みんな、今日はゆっくり休むのよ」

「ありがとうございます」


 ユーリはそぶりでミラーフォンを代わってくれるようにルリカに告げた。ルリカはそれをすぐに悟って、ユーリにミラーフォンを戻す。


「姉さんたちは大丈夫なの?」


 エルダは不適に笑った。


「ふふふ。楽しい時間を過ごしているわ」

「アンナは元気?」

「アンナは元気よ。最近はずっと馬車の中にいるのがつまらないなんて言い出している始末よ。アンナを護衛しているこちらの気持ちにもなってもらいものだわ」


 エルダはぼやいた。ぼやくくらいなのだから、まだまだ余裕があるのだろうとユーリは解釈する。


「みんな、気をつけて帰るのよ。敵は魔物だけじゃないわ。旅にはどんな危険が伴うか分からないんだから」

「うん」

「ラナの姿が見当たらないようだけど、近くにいるの?」

「ラナは体を動かしたいからって、中庭に行ったよ」

「ええっ! 五十メートルしばりの腕輪はどうしたの?」

「きちんとつけているよ。五十メートル以上離れなければいいんでしょう?」

「そ、そうだけど。そこは食堂よね。ラナが庭の池のところまで行くようだったら用心してよ。そのあたりがちょうど四十メートル離れたあたりだから」

「う、うん。分かったよ」

「それじゃあ、早くラナのところに行きなさい」

「うん」


 通話は切れた。


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