ユーリ、桃源郷の桃の価格を知る
「リリーの羽は虹のよう。羽の中にお花畑があるみたい」
「シルフィの髪の中に朝と夜があります。本来なら決して交わることがないのに、そこにあるのは、とても幻想的で素敵です」
いきなりお互いを詩的な表現を使って褒め始めたリリーとシルフィに、ラナがいつにもなく驚きの表情を浮かべた。
「なに、いまのきれいな言葉。これが精霊風のおしゃべりなの?」
ユーリが説明する。
「精霊は人以上に言葉を重んじると聞いたことがあるよ。お互いを褒めるのは日常の挨拶なんだよ」
「あたしにはできないわ。そんなきれいな言葉が思い浮かばないもの」
「無理に言わなくてもいいんじゃない。ラナはラナらしい言葉で言えばいいんだよ」
「あたしらしい言葉って……」
ラナが思案する先で、ラティシアが精霊をたしなめた。
「食事の邪魔になるから、おしゃべりするなら、違うところでお願いね」
「はーい。リリー、あちらに行きましょう。クッションがふわふわで座り心地がよさそうよ」
「はい」
シルフィの目線の先に隅に置かれた二つのクッションがあった。
二人は手を取り合って、宙を優雅にスキップするようにして移動していった。
そんな会話を横目で見つつ、ルリカは気づかわし気にセドリックに質問した。
「セドリック神官、クランシェ村の住人たちの受入れは順調にできそうですかぁ?」
「受入れ自体は問題はありません。仕事はこの町にはたくさんありますからな。
ただ、彼らが住む場所を当分の間、確保するのが正直、難しいのです。なんといっても、資金がないのですよ」
そこに口をはさんだのは神官のデイジーだ。
「資金がない、とはどういうことですか? もうすぐ新年度の運用資金が中央かに補充されますよね?」
セドリックは眉を八の字にさげた。
「その資金さえもカルロスは前借していたことが判明したのです」
「前借……。なんて大胆な」
セドリックは重いため息をついた。
「神官としての業務もずっと滞っていました。
やらなければならないことが山積みで、年間地下の牢屋でぼうっとしていた時間を、今分けて欲しいくらいなのです」
「そうでしたか。美少女コンテストでは、優勝者の景品に桃源郷の桃を進呈というコメントに惹かれて、美少女コンテストに参加した人も多かったと思いますぅ。けれど、主催者側の立場から考えれば、桃源郷の桃って、ここからもっと東の国の名産物ですよね。ただでさえ、桃源郷の桃はアンチエイジングで、裕福なマダムには需要がある品物ですから、それなりに経費はかかったんじゃないかなぁと思いますぅ」
「そうなのですよ。あの桃源郷の桃の請求書を昨日発見して、我が目を疑いましたよ。百個注文していたのですが、その百個が三千万エルしたのです」
この言葉にルリカは目を剥いた。
「三千万エル!」
会話を聞いていたレイクが信じられない、というように叫んだ。
「うっそ。三千万エルって家が買える金額だよね」
ユーリは頭の中でセドリックの言葉を咀嚼するようにゆっくりと言った。
。
「百個で三千万エルということは、一個、三万エルかぁ。高いね。そうと分かっていればもっと味わって食べておくんだったな」
ラナがたんたんとと言った。
「あの桃はおいしかったわ。一個三万エルするかどうかは別として」
ラティシアが心底うらやましそうな表情を浮かべる。
「三万エルの桃、わたしも食べてみたかったわねぇ」
デイジーがつんと澄まして言う。
「三万エルあったら、あたしだったらもっと違うものを買うわね。アクセサリーとか服とか。ともかく減らないものを買うわ」
マクシムは微妙な表情を浮かべた。
「三万エル……。微妙な金額だ。武器も防具も微妙なものしか買えない」
三万エルの桃に対する感想は皆それぞれだった。
「キキュウ!」
キャットの楽し気な鳴き声が聞こえて、ユーリはそちらのほうを見た。キャットは二体の精霊に囲まれて、もみもみされていた。鳥の表情はよくわからないが、今はその表情もうれしそうに見えた。
レイクもそれを目にした。いつもならうらやましがるところだが、桃の衝撃が大きすぎて、そこまで気持ちが回らなかった。
微妙な雰囲気のまま、食事を終えた。
「お風呂の準備もできていますよ。順番に入ってください」
食器を片付けながら、オリビアが言った。
「私は中断していた事務処理を続けます。ラティシアさん、デイジーさん、すみませんが……」
「手伝うわよ。あれは一人で片付けられるレベルじゃないもの」
「これもお仕事の一つです。お礼は桃源郷の桃で、というのは嘘です」
「ですよね……」
うなだれるセドリックにマクシムが声をかける。
「俺たちは、破壊されたままの神官の部屋を片付けようか?」
「それは明日でもいいよ。今日ももう遅いからね。わざわざろうそくに火をともしてまで、やる仕事じゃない」
「分かりました。それでは俺たちはこのあたりでお暇します。また明日、伺います。よろしくお願いいたします」
律儀に頭をさげると、マクシムたちはセドリックの屋敷を去って行った。
「私も帰っていいかな」
黙って帰ることもできずに、ゲオルグ司祭がセドリックに聞いた。
「ああ、そうですね。ゲオルグ司祭は……」
セドリックは視線をさまよわせる。正直、高齢で体重は重いが体力はないゲオルグには、手伝ってもらえる仕事はなかった。
だからこのまま帰ってもらってかまわないとセドリックは考えた。しかし、セドリックがそのことを口にする前に、デイジーが言った。
「書類の整理をお願いします」
「はぁ?」
「たくさんの書類がたまっています。それを種類別、分類別に仕分ける作業くらいはあなたにもできるでしょう」
「はぁ」
乗り気の返事ではないゲオルグ司祭。そんなゲオルグにデイジーはにっこりとほほ笑んで言った。
「お・し・ご・と、ですから」
笑顔で言うデイジーに、しかしゲオルグはただならぬ威圧感を感じた。到底、嫌とは言えない雰囲気だった。
自分たちはまだ話があるから先にお風呂に入っていいよと、オルビアとマールに告げると、二人は嬉しそうに「お先に失礼します」と言って食堂を出ていった。彼女たちの今日の仕事は終了したのだ。