ユーリ、男が四人集まれば、こういう話になるのだと実感する
エルダの姿が見えなくなったところで、
「湯浴びかぁ。覗きたいなぁ」
とレイクが、わくわくする気持ちを隠そうともせず言った。
アルベルトが口を開く。
「覗きにいって逆に返り討ちにあうかもしれないぞ」
「違いねえ」
にやりと笑うシグルス。
ユーリが意識せずに何気なく言った。
「覗くほどすごいものでもないと思うよ」
レイクはユーリの言葉に驚きの声をあげる。
「ユーリ、見たことあるの?」
「裸はさすがにないけど、タンクトップ一枚姿なら家でしょっちゅうみているよ」
「どういうこと?」
身を乗り出すレイク。
「あれ?」
ユーリは三人の男が、何か問うようなまなざしで自分を見つめていることに気づいてユーリは目をぱちくりさせる。
「言っていなかったっけ。エルダは僕の姉だよ」
「ええ?! 姉って、実の姉ってこと?」
ユーリはレイクの権幕にたじたじになった。
「……う、うん。そうだよ」
「ほんとうにぃ?」
「うん」
「ユーリの姉貴が騎士だっていう話は聞いたけどさ、まさかその姉貴がエルダさんだなんて。しかも騎士じゃなくて聖騎士じゃないか」
「騎士も聖騎士も具体的な区別はよくわからなかったから……」
正直なことを言うユーリ。ユーリの中ではいままで、騎士も聖騎士も一緒くたに騎士のカテゴリに入れていたのだ。
中央を出て騎士であるレイクやアルベルトの話を聞いたり、聖騎士のエルダを見る町や村の人たちの目線が普通とは違うことで、どうやら騎士と聖騎士は同じ騎士でも違うようだとようやく理解してきたところなのである。
「騎士と聖騎士は全然違うよ。まったく……。それはそれとして、今までどうして言ってくれなかったんだよ? エルダさんがお姉様だって」
「みんなはすでに知っているのかなぁと思っていたんだ」
「ぜんぜん知らない。初耳だよ。なぁ、アルベルト」
「ああ、初耳だ。ユーリが姉さん姉さんと言っていたのは、すぐそばにいるエルダ様のことだったんだな。
――確かに今思い返してみると、エルダ様とユーリの関係は慣れ親しんだそれだな。
てっきりユーリがエルダ様を慕っているんだと思っていた」
「まさか、兄弟同士でそんなことないよ」
ユーリは全否定した。
そんなユーリとは裏腹に、夢見るようにレイクは言う。
「エルダさんがお姉さんかぁ。いいなぁ。うらやましい! エルダさんみたいな優しくてきれいなお姉さんが欲しかったんだ」
とたんに納得がいかない表情を浮かべるユーリ。
「優しくて、きれい……?」
ユーリは自分の姉のことを、まあきれいな部類には入るだろうが、やさしいとは思えない。やさしいどころか、厳しすぎるきらいがあると思っているのだ。
「エルダさんと一つ屋根の下に住んでいるのかぁ。いいなぁ。一緒に住んでいたら、むらむらきちゃったりしない?」
「はあ?」
ユーリは信じられないという声を上げた。
「考えたこともないよ」
「へえ。家族だとそんなものなのかな」
最初はそんな話をしていたのに、どういう話でこうなったのか、
「なに、ユーリ、まだ女の子と経験がなの?」
レイクが大きな声をあげ、あわててユーリはレイクの口をふさいだ。
「そういうレイクは違うの?」
「俺は村を出るときに付き合っていた彼女と、ね」
「アルベルトは?」
「まあ、不自由はしていないな」
むっつりと言うアルベルト。これはなかなかもしかしたら経験豊富なのかもしれないとユーリは思う。
そんな若者達の会話をにやにやしながら聞いていたシグルスが口を開いた。
「女が欲しいなら、そういう場所へ案内するぜ」
「案内するっていったって、この町は初めてきたんですよね?」
「ああ、この町は初めてだ。だが花街というのはどんな村にでもあるもんさ。夜に人が騒いでいる方向に歩いていけば、いつのまにか歩いている場所がそういうスポットになってる。
で、自然と向こうから声をかけてくる」
「うわぁ、経験者の言葉だぁ」
好奇心丸出しのきらきした目でシグルスの話に身を乗り出すレイク。アルベルトは無表情を決め込んでいるが、シグルスの言葉に耳がダンボなのは確かだ。
ユーリはそんなアルベルトにわざと聞いてみた。
「アルベルトは興味ないの?」
「興味がない男がいると思うか?」
真顔で聞き返された。
「そうだよね。あはは」
シグルスがそんなアルベルトに問いかける。
「アルベルト、お前は女に困ったことはないタチだな?」
「ええ、まあ」
「ええ? そうなの?」
驚いたまなざしで同期を見つめるレイク。
「女の子のほうから誘われることが多いな」
「むぅー……」
レイクは不服そうな表情を浮かべた。シグルスはそんなレイクの肩をぽんとたたく。
「はははは。そんな顔するなって。なんならこれから夜の町に繰り出すか?」
ぱっと顔を輝かせるレイク。
「いいですね」
「気をつけることは、女に情を移さないことと、明日の朝、寝坊しないことだ」
ユーリは思い出したように叫んだ。
「ああ、そうだ!」
ユーリの声に目線をユーリに向ける男三人。
ユーリは彼らを順番に見ながら言った。
「寝坊はしないようにしないといけいなよ。姉さんは寝坊をするとすごく怒るんだ」
「ええ?! そうなの?」
レイクは慌てた。ユーリはそんなレイクに頷くと、
「僕はもう寝るよ。明日に備えて」
「学生、興味はないのか? 童貞を卒業できるチャンスだぞ」
「もちろんありますが、突然の話で、まだ心の準備ができていないし……」
本心からの言葉だ。女の子に興味がないわけじゃない。それどころか、一番意識するお年頃だ。ここにいる四人の中で、自分だけあの経験がないのは男としてどうかとも思う。
思うが、実際に行動するかどうかは別だ。好きでもない女の子と、ことを成したとして楽しいものなのだろうか。
……楽しいだろう。だからそういう商売がなりたっている。
ユーリがもんもんと考えていると、アルベルトがもっともなことを言った。
「女を体験することは今日じゃなくてもいい。が、寝坊はまずい」
乗り気だったレイクもはっとなる。
「そうだよね。俺も今日はやめとくよ。初日からエルダさんの俺に対する印象を悪くしたくないもんね。っていうか、任務中に花街に行ったなんてエルダさんに知れたら、大変だ」
レイクはそのことを想像して顔色を青くした。
そんなわけで、男たちはおとなしく部屋に戻ることにした。
ユーリが部屋に入ると、エルダはすでに寝床に入っていた。湯を浴びた石鹸の香りが残っている。
エルダのことだから、ユーリが部屋に入ってきた時点で目が覚めるなり気づいているなりしているだろう。とはいえ、なるべく音を立てないように寝間着に着替え、空いているベッドに入る。
さっきレイク達と色物の話をしたせいか、隣のベッドで寝ているエルダの様子が気になった。
今まで姉のことをそういう目で見たことがないのは事実だ。しかし幼い頃はともかく、こんな歳になって、エルダと同じ部屋で寝るのは初めてだ。
そのことに気づいたら、なんだかどきどきしてきた。石鹸の香りが鼻孔をくすぐる。
ついさっきまで、エルダはこの部屋で湯を浴びていたのだ。
美人かどうかは別として、身内びいきだとしても、姉はスタイルがいいと思う。普段から体を鍛えているから、余計な脂肪はついていない。しかし、胸はそこそこあるし、腰もくびれている。腕や足にも余計な脂肪はついてなく、すらりとしている。
僕の姉さんってすごいんだなぁ、いろんな意味で。
だからって実の姉に欲情とか、そんなのありえないから!
ユーリは自分の気持ちをまぎらせるために、一度大きく深呼吸をすると、布団に身を深く沈めた。
すると、今まで忘れていた眠気がいっきに襲ってきた。昨夜は牢屋に入れられ、ゆっくり休めず、牢屋を出たら出たで、慣れない馬車に長時間、揺れていたのだ。
性欲よりも睡眠欲が勝り、ユーリは自分で思うよりも早くすとんと眠りの中に入っていった。