ユーリ、アルデイルの町の聖騎士マクシムと出会う
大きな体をした男だった。
「挨拶が遅れた。俺はマクシムという。聖騎士をしている。そして彼らは俺の部下で、アルト、ベクト、シベルス、ディルト、エイトという」
名前を呼ばれた順に、マクシムの少し後ろに控えていた騎士たちが軽く頭をさげた。
アルトという男は髪を短く刈っていてその髪には白いものが混じっている。年齢は五十を過ぎたあたりのように見えるが、騎士らしく日ごろから体を鍛えているらしく、精悍な体つきをしている。
アルトが一番の先輩で、名前を呼ばれた順に歳が若くなっているようだった。最後に名前を呼ばれたエイトはレイクとは年齢はさほど変わらないように見えた。
「レイクから聞いた。俺たちが遠征に出て魔物討伐をしている間に、この町に巣くっていた魔族を倒したのだと。本来はそれは俺たちの役目だったのに、申し訳ない。そして心から礼を言う」
ルリカとレイクはマクシムたちに鋭い目線を向けた。
「わたしは司祭のルリカです。そしてアクアディア学院の生徒のユーリと、剣士のラナです。わたしたちがここにいる理由はご存知ですね?」
「無論です」
マクシムは神妙に頷いた。
「学生もいるとは知りませんでいた。ユーリ君といったか、君も魔族退治に加わったんだな。まだ若いのに。ありがとう」
ユーリは聖騎士に礼を言われて、しどろもどろになった。
「いえ、そんな礼を言われるようなことは僕は何も……。活躍したのは、姉さんやラナだし……」
ラナはラナらしく、単調に言った。
「あたしはしたいことをしただけよ。礼を言われる筋合いはないわ」
「そうか……」
デイジーが口を挟んできた。
「今回は彼らが魔族を倒せたからいいですけど、倒せなかったらもっと大変な事態になっていましたよ。騎士は自分が管轄する村や町を守るものでしょう。それを魔物討伐かなにか知りませんけど、守るべき場所を離れて遠征だなんて、職務放棄です」
ユーリは納得する。レイクとルリカはそのことを無言の目つきで相手方に伝えていたのだと。
「そ、そんなことを言われても。魔物討伐はセドリック神官の命令だったんだ」
きらりとデイジーの目が光った。
「命令をする者が物事を間違えることもあります。命令されたから命令通りに動くなんてことは、誰でもできること。
もう一つ頭をひねりなさい。よく考えたら疑問に思うはずです。春祭りが開かれるというときに、騎士を外に追い出すような行為を、おかしいと思わなかったのですか?」
「は、はい……」
初対面の神官デイジーに叱られ、聖騎士マクシムと、四人の部下は身を小さく縮こめた。
レイクはユーリに耳打ちした。
「すごいね、あのおばさん。俺、ああいう人の下で働きたくないな。やっぱ一緒に働くなら、エルダさんみたいな人がいいよ」
ユーリは答えた。
「でも、デイジーさんの言っていることは正しいよね」
そこに明るい声がかかる。
「食事の準備ができまたよ」
「皆さん、手を洗って、席についてください」
声とともに台所から現れたのは、オリビアとマールだった。
レイクが目を輝かせた。
「さっきから良い匂いがすると思っていたんだ」
十人掛けのテーブルには全員が座れなかったので、隣の部屋からテーブルを持ってきて椅子に腰をかけることになった。
ユーリの右隣りにラナ、左隣りに裁判官のラティシアが座った。に食事をしている最中に、ユーリはラティシアと名乗った裁判官に聞いてみた。
「ラティシアさんといいましたよね。中央に双子の姉妹はいませんか? ラティシアさんと似た人に、中央で会ったことがあるんです」
「あら、ミティシアに会ったの? そうよ、わたしとミティシアは双子なの。二人そろって裁判官になったのよ。これって珍しいことなんですって。精霊と契約したのは時期は別々でまったく違う場所なんだけどね」
「ミティシアさんの精霊ティテスは……」
そこでユーリは思い出すしぐさをした。さほど時間をかけずにその精霊の名前が頭に浮かんだ。天秤に姿を変え、自分をジャッチした精霊の名だ。
「確か、ティアという名前ですよね」
ラティシアはにこりと微笑んだ。
「そうよ。そしてこの子はシルフィよ」
「よしろくね。シルフィ」
今までおとなしくしていたシルフィは、ユーリに挨拶されて、灰色の瞳をユーリに定めた。
「あら、アタシに挨拶してくる人間なんてめずらしい」
「えっ?」
「たいがい、アタシのことをただの人形かそこにあってないもののようにふるまう人間ばかりだから」
「そうなの?」
「あなた、気に入ったわ。名前はなんていうの?」
「ユーリだよ。ユーリ・フローティア」
「ユーリね。よろしく」
向こう側の席に座っていたレイクがラティシアに話しかけた。
「ラティシアさん、俺は中央で騎士をしているレイクといいます。俺も契約している精霊がいるんです」
「初めまして、レイク。あなたが精霊と一緒にいることは気配で感じていたわ」
「俺の精霊があなたの精霊を気になっているみたなんです」
「あら。どんな精霊なの?」
「ほら、リリー、挨拶して」
レイクの黒い手袋のかげから顔だけのぞかせて、様子を観ていたリリーはおずおずと進み出ると挨拶した。
「こ、こんにちは。リリーです」
「まあ、かわいらしい精霊さんね。こんちには。私はラティシア・シルバーよ」
「俺もラティシアさんの精霊に話しかけてよいですか?」
「もちろんよ。わたしとシルフィは来るもの拒まずなのよ」
「よかった」
レイクはうれしそうに笑うと、シルフィに目線を移した。
「シルフィ、こんにちは。俺はレイク。レイク・ウィンストンだよ。よろしく」
「レイクね。よろしく。レイクと一緒にいる精霊はどうしてこそこそ隠れているの?」
さきほど前に出たリリーはまたレイクの黒い手袋のかげから顔だけのぞかせて、様子を伺っていた。
「リリーは恥ずかしがり屋なんだ」
「もっと姿を現して。お話しましょうよ」
リリーがおそるおそる姿を現した。
「こ、こんにちは……」
「かわいい。アタシもかわいいけれど、あなたもあたたらしいかわいさがあるわ」
「アタシは精霊リーフ、名前はリリーです」
「アタシはジャッチの神ジャスティスの眷属精霊ティテス。シルフィと呼んで」
シルフィはラティシアの肩から離れると、そのままテーブルの上を横切り、リリーに近いた。
「こわがらなくていいわ。アタシはあなたをいじめない。契約者の人間と一緒にいるのは居心地がいいけれど、たまには同じ精霊同士でおしゃべりをしたくなるの。リリー、あなたにはそういうことはない?」
「アタシはレイクと一緒にいると落ち着きます。けれど、他の精霊ともお話したいと思うのはシルフィと一緒です」
「じゃあ、お話しましょう」
リリーはレイクの腕から離れ、小さな羽をひらめかせて、シルフィの近くに舞い降りた。