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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、空飛ぶじゅうたんの操縦が一番上手な人は誰か?

 ユーリは靴をぬいで、じゅうたんの上にあがると、魔法陣の上に座った。

 両手を魔法陣の上にあてる。施された刺繍がほんやりと光を放った。

 じゅうたんが浮かぶところをイメージする。


「浮け!」


 小さく口の中で叫んだ。

 ふわりと浮遊感を感じた。次の瞬間、じゅうたんは浮いていた。


「すごい!」


 自分で引き起こしたことなのだが、ユーリは驚いた。心が乱れて、じゅうたんが左右に揺れる。

 慌てて平常心を意識する。


 ルリカが言った。


「移動させてみてください」


 ユーリはルリカの言葉に頷いた。


「前へ」


 ゆっくりと前に動き出した。次に右に曲がってみたり、左に曲がってみたり、後退してみたりする。

 思ったよりもゆっくりと動く。


「ずいぶんと動きがゆっくりですね。これで人を乗せたら、もっとゆっくりになるかもしれません」

「速くできるか、試してみるよ」


 ユーリはじゅんたんに念を込める。少しだけ速くなった気がした。気がしただけかもしれない。


「なかなか難しいなぁ」


 口の中でつぶやいて、じゅんたんを地面に下ろす。


「魔法道具は相性があるといいますからね。他の人も試してみましょう」


 レイクやルリカ、テットも希望して操作してみた。村人の中でも希望者があれば操作を試した。

 結果、ルリカが一番操作がうまいことが判明した。移動のスピードがだんぜん速いのだ。といっても、歩くよりは早い程度である。

 乗せる人を増やしてやってみると、重量制限があることが判明した。じゅうたんに載せられるのは、十四人までだった。それ以上だと、魔力の消費が一気に激しくなり、スピードも遅くなった。

 移住するのは、若い者から年老いたものまでぞろぞろとクランシェの村人二十八人。

そのうち歩く力が弱い老人や子供たちが優先されて空飛ぶじゅうたんに乗ることになった。ガッシュの妻もじゅうたんで移動することになった。妻の負担が軽減されて、ガッシュは内心安堵した。


 村に残る者もいた。テットの祖母ミミもその一人である。


「おばあちゃん、一緒に行かないの?」


 テットが心配げに耳に聞く。


「おばあちゃんはここでテットたちのことを見守っているよ。お父さんとお母さんを助けてあげるんだよ」

「うん」


 こくりと頷くテット。

 ミミはそんな孫を慈しむように見つめた。


 移住は決まった。移住のための移動手段も手に入れた。あとは、各々がこの村に別れを告げるだけだ。

 一時間後に、クランシェの村の出入り口に集合ということで解散となった。


 ガッシュがユーリたちに声をかけた。


「このじゅうたんを出入り口まで移動させたい。手伝ってくれないか」

「分かりました」


 レイクが口を開いた。


「今日が晴れていてよかったなぁ」


 空には春の青空が広がっていた。ユーリは頷いた。


「そうだね。雨が降ったら、じゅうたんもびしょびしょになっただろうし」

「濡れてもこれ、浮くんでしょうかねぇ」

「試してみたいね。わざわざ濡らす必要はないけど」


 じゅうたんを運び終えると、ガッシュは妻とご先祖様の墓参りに行くと言って、村の中へ戻っていった。


 ユーリたちは散らかしたままのミカルの部屋を片付けに教会に戻った。ミカルの部屋の片づけはユーリとレイクにしてもらい、ラナは自分の部屋の片づけをした。

 ラナは自分の部屋の引き出しにしまっておいた水色のリボンを取り出した。これはアンナから誕生日のお祝いにもらったものだった。


「ラナの赤い髪にはこういう色が似あうと思うわ」


 とはその時のアンナの言葉だ。

 ルリカは礼拝堂の掃除だ。掃除といっても、時間がないためできることは限られている。椅子を拭き、教壇を拭く。掃除をしながら、ここでもミカルという人物の人柄がみえた。こまめに掃除がされていることが分かったからだ。

 掃除をし、片づけを終えたユーリたちは、ミカルの墓に向かった。


 ガッシュが造ってくれた出来立ての墓は、太陽の光を浴びて、暖かそうに、そこにたたずんでいた。村の人たちの墓参りはだいたい終わったようで、色とりどりの布でつくられたリボンがおのおのの墓の前に供えられている。


「花がないから、リボンなんですね」

「そうよ」


 からからに乾いた大地。井戸も毒され飲むことができない。

 この村は本当に滅びるのだとユーリは実感する。


 ラナは水色のリボンを墓の前に供えた。


「ミカル先生、いままでありがとう」


 その場に膝をつき、祈りを捧げる。かつて祈りだけじゃ救われないと叫んだ少女は、今、敬愛する育ての親の墓の前で、懸命に祈りを捧げていた。

 ユーリははっとさせられる。

 祈りの対象は神だけでなはい。大事な人のために祈ることもあるのだ、と。

 自分自身はどうだろうか。今まで、亡き母のために祈ったことはがあっただろうか。

 自分の願いが叶えられず、母が死んでしまったことだけに執着して、亡くなった母のために祈ったことはいままでなかったかもしれないと気づく。

 左手首のチャームについた緑色の石がぐんと重くなった気がした。それは母のたに祈ることを忘れていた罪の重みだと思った。

 いつの間にか、ユーリはその場に跪き、両手の平に母の形見のエメラルドの石をはさんで、熱心に祈っていた。

 祈りの相手は母だ。

 うっすらと思い出す母のぬくもり。母のエメラルドの色によくにた瞳のまなざし。それはすぐにエルダのまなざしに重なる。

 母親との思い出をほとんど忘れてしまっていることに気づき悔しさと悲しさを感じる。同時に、母親の愛情を受け、何とも言えない幸福感に満たされてた感情が堰を切ったように湧いてきた。いままで忘れていた感覚。


「母さん……」


 口から言葉がもれる。ふわりと誰かがユーリを抱きしめた。

 抱きしめられながら、かつて母親に抱擁されていた幼いころのことを思い出し、ユーリは必死にその誰かにしがみついた。

 涙が後から後から流れてくる。


「思いっきり泣いていいのよ」


 愛しい人が、慈愛に満ちた声でささやいた。


 レイクとルリカはお互いに目配せするとそっとその場を離れた。


 ユーリがラナとともにみんなのところに戻ると、レイクたちはすぐにユーリの目が泣きすぎて赤くなっていることに気づいた。しかし、そのことには触れなかった。

 レイクが言った。


「みんな集まっているよ」

「うん」


 ユーリは頷いた。移住する村人たちも全員、村の出入り口に集まっていた。

 ルリカが時刻を確認した。


「十一時半になるところですね。今から移動すれば、アルデイルの町に夕方五時にはたどり着きますよ」

「ここに向かうときにアルデイルの町を出た時刻よりも遅いけれど、大丈夫?」

「それは大丈夫です。わたしは空飛ぶじゅうたんを操縦する係りですし、歩いてアルデイルの町に行く人たちは、四時間くらいの時間で行けるそうですから」

「そう」


 ラナは安堵するように相槌を打った。


「俺は護衛のために、じゅうたん組に加わるよ。ユーリとラナは歩き組でいい?」

「もちろんだよ」

「あたしは最初から歩くつもりでいたわ」

「よかった。それでさぁ、ユーリ……」


 レイクは少し言いにくそうな表情を浮かべた。


「その腕と足に巻いている重み、取ったほうがいいと思うんだ。長時間歩くことになるからさ」

「取るつもりはないよ。普通に過ごしているだけで筋肉がつくのに加えて長時間歩いたらもっと筋肉がつくかもしれないし」

「その前に、体を痛めると思うんだ。足にはめたその重みは足首を痛めると思うし、腕に巻いたそれは、肩にくるよ」

「そうかなぁ」


 ラナが言った。


「あたしもそれはおいていくほうがいいと思うわ」

「どうして?」

「そんなもの付けるより、毎日、腕立てふせをしたり、腹筋したりしたほうが筋力はつくわよ」


 レイクはラナの言葉に目を輝かせて同意した。


「そう、それだよ。それ」

「どういうこと?」

「あたしも最初、それをもらったときは、身につけていたんだけど、動きが制御されるし、強くなった気がしないしで、すぐに外したわ」

「ええ?」

「そうだそうだ。そんなつけただけですぐに筋力がつくなんて考えは、あさはかすぎるぞ。エルダさんもそうだし、俺だってそうだ。日々の稽古があってこその今なのさ」

「あさはかだなんて……」

「いきなりそんな重りを付けるのはむりやり体に負担をかけることになるわ。これから長い時間歩くのだから、そんな負担はかけないほうがいいわよ」


 二人に説得され、ユーリはしぶしぶ重みを外した。

 外した途端、一気に体が軽くなった気がした。やはり少しは筋力をつける効果があったのではないかと思ってしまう。


 ユーリたちの会話を聞いていたルリカが言った。


「これはここに残しておいて、必要になったら、また取りにくればいいですよぅ。アルデイルの町から歩いてこれる距離なんですからね」

「そうだね」


 空飛ぶじゅうたんには操作するルリカや護衛のレイクを含めて十四名が乗った。


「先に行っているわね」

「うん、気をつけて」


 ユーリはルリカに手を振った。地面から三メートルほど浮かんだところをひらひらと飛んでいくルリカたち。しばらく視界の中に見えていたが、そのうち見えなくなった。

 歩く組の人たちは、いままでろくに食べていなくて衰弱はしているものの、保存していた食べ物を口にし、きれいな水を飲んで体力を回復させていた。

 それに、新しい土地に向かっているという高揚感があって、歩調も速かった。歩きなれていないユーリのほうが遅れるくらいだ。

 そして夕方、無事アルデイルの町に着いた。


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