ユーリ、ミカルが保管していた管理台帳の持つ意味を知る
「ユーリの言う通り、これは管理台帳です。それも二十年ほど前のものですよ。管理台帳は、五つの町と村。そして中央教会で保管しているはずのそれらの写しです」
「重要な書類というのはどういう意味なの?」
「管理台帳がここにあること自体が、由々しき事態です。これは本来、管轄している町や村の教会と中央に、それぞれ保管してあるべきものですから」
「誰かが持ち出したってこと?」
「そうです」
「そんな……」
ラナは言葉を詰まらせた。持ち出した誰か、というとそれはミカルに他ならない。
「笑えてくるわ。育ての親が盗人なら、育てられた子も盗人になるのは、運命なのかしら」
ラナはいびつな笑みを浮かべた。意識的に笑みを浮かべようとして失敗している笑みだった。
「ラナ……」
ユーリは震えているラナの手を握った。ラナの指先はとても冷たくなっていた。
「ミカルさんをかばうわけではありませんが、持ち出したことには理由があるはずですよ」
ラナはわいてくる苛立ちをそのままに、叫ぶように言った。
「どんな理由よ。盗んだことには違いはないわ」
ラナの声がミカルの部屋に反響するように響く。
「……本当はここまで話してはいけないんだと思いますけど、わたしの判断で話しちゃいます」
ルリカはそう前置きすると言葉を続けた。
「まだすべてに目を通したわけではありませんが、それぞれの管理台帳と、中央の保管してあるはずの写しでは、数字の祖語があるんです。分かりやすいのは納税金額の数字ですよ」
ルリカが左右の指で、指し示す二枚の用紙の数字は確かに違っていた。中央の写しのほうが数字が小さい。
レイクが目を大きく見開いた。
「これってもしかして、不正?」
「その可能性があります」
「なんてこった……」
レイクが口の中で呻く。
ラナが眉根を寄せた。
「もっとわかりやすく説明してくれないかしら?」
レイクが説明するために口を開いた。
「この町の聖職者か、中央の聖職者か、それともどちらもか分からないけど、差っ引いた分を自分の懐に入れた可能性があるってことさ」
ラナはますます眉根を寄せた。
「自分の懐に?」
ユーリが驚きの声をあげた。
「もしそうなら、すぐにでも中央に報告しなくちゃいけないよね」
「ユーリ、落ち着いてください。誰に報告するかで、大きく結果は変わります。
物事が正しい方向に動くか、ただミカルさんを糾弾するだけになるのか、それとも書類そのものがなかったものになるか。それに二十年も前の台帳だときちんと見てくれないかもしれません」
「ここに真実があるのに、なかったことになるわけないよ。 二十年も前のことだといっても、関係ないよ」
レイクがむずかしい表情を浮かべて、うむうむと頷いた。
「大人には大人の事情があるんだよ」
ユーリは思わず大きな声をあげた。
「信じられない!」
ラナが落ち着いて言う。
「どうしてミカル先生がそんな書類を持っていたのかはあたしには分からない。けれど、不があったことが真実で、その証拠をミカル先生がもっていたのなら、明るみに出さなければならないと思う」
「そのことで、ミカルさんが盗人だと糾弾されたとしてもいいのですか?」
「過去に誰かが悪い事をしたという証拠を知ったなら、それを隠すことなんて、あたしにはできないわ」
「ミカルさんが一役買っていたとしても?」
「ミカル先生はそんなことはしない」
ラナは断言した。
ルリカは思慮深い表情を浮かべる。
「書類をどうすることについては、ここにいるわたしたちだけで判断できる類のものじゃありません」
レイクが重苦しくなった空気を変えるように、明るい声で言った。
「そうだな。まずはエルダさんに報告して、指示を仰ごう。なに、悪いようにはならないさ」
ひとまず書類は再び箱に入れ、ルリカが持っていくことになった。
ルリカは懐中時計を確認した。
「もう一時間経っていました。正確には七分すぎています。急いで中央の井戸のあるところに戻りましょう」