ユーリ、クランシェの村人たちに移住を勧め、ミカルが残した書類を発見する
ユーリたちは、ガッシュに近づいていった。
一番年上のルリカが代表して、ガッシュに話しかける。
「ガッシュさん、ちょっとお話があるんですぅ。この後、時間をいただいてもいいですか?」
真剣な表情を浮かべるユーリたちに、ガッシュも顔を引き締めた。
「構わないが、どうしたんだ? 改まって」
「この村にとって重要なことなので、まずは代表者のガッシュさんにお話をしたんですぅ」
「わかった。彼の浄化が終わったら、俺の家で聞こう」
「お願いします」
ユーリたちはレイクのもとに戻った。レイクは最後の一人に水を浄化したところだった。
「ありがとうございます」
「……」
レイクは笑顔でお礼を言う女性にひらひらと手を振って見送ると、その場にあおむけに横たわった。
「もう立てない」
心持ち顔色も青い。さすがのルリカも心配げな表情を浮かべる。
「レイク、大丈夫ですかぁ? 気絶ぎりぎりまで頑張るのはえらいですけど、本当に気絶しそうなら、月見草で魔力を回復したほうがいいですよ」
「いや、大丈夫だ。魔力は少し休めばじょじょに回復するから。こんなところで月見草を使うのはもったいないさ」
レイクは「えい」と気合を入れて立ち上がった。
「それより、エルダさんから連絡はあったの?」
「あったよ」
ユーリはよろよろ状態のレイクに肩を貸し、みんなでガッシュの家に向かった。ガッシュの家に向かいながら、レイクにエルダから聞いた指示の内容を伝えた。
ガッシュの家を訪れると、ガッシュはユーリたを家の中に通した。
ガッシュはユーリたちの話を黙って聞いていた。聞いていくうちに、眉間が険しくなり、聞き終わるころには、怒ったような形相になっていた。しかし、それは怒っているのではなく、この土地に住む人々の行く末を案じているのだと、ガッシュを覆う雰囲気で分かった。
しばらくガッシュは何も言わなかった。
ユーリが声をかける。
「ガッシュさん……」
「もしこの村を捨てたとして我らに向かう土地はあるのか」
「それは今、中央が検討しています。同じ国内のことなので、移住は容易だろうという意見もあります」
「少し時間をくれないか? これからみんなを集めて、移住の説得をする。そうだな、一時間でいい。その間、あなたがたは教会の中で待っていてほしい」
ユリカは承諾した。
「分かりました」
「ガッシュさん、わたしもユーリたちと一緒にいていい? 教会でミカル先生のことを調べたいの。もしこのまま移住ということになったら、この時間しかないから」
「かまわない」
ガッシュは快諾した。
ユーリたちは、ミカルが使っていた部屋を改めて調べた。と言っても、この地に二十年も住んでいたわけには、ミカルの私用物は少なく、ミカルの嗜好を現しているのは、壁側の本棚にびっしりと詰まっている書物だけ、と言っても過言ではなかった。
書物は古いものから新しいものまである。
医学の専門書があるかと思えば、手作りの教科書もあった。
「ミカル先生は、これであたしたちに読み書きを教えてくれたの」
ラナが懐かしそうに教科書を手の平で撫でた。
本棚の一番下の段に、数冊の本の後ろに隠すようにしておかれた箱を発見した。
その箱の中は、どこかで見たことのある衣装が入っていた。
「これってもかして……」
レイクが戸惑いの声をあげた。ユーリは父親の姿を頭のなかに思い浮かべた。
「神官の制服っぽいけど、デザインが少し違うね」
「ちょっと見せてください」
ルリカがその衣装を手にとって、細かく調べ始めた。
「ありました」
ルリカが上着の内側をみんなに見せた。そこには、「ミカル・シューゲル」という名が刺繍されていた。
ラナが言った。
「ミカル先生の名前だわ。シューゲルはミカル先生のファミリーネームなの」
ルリカはにんまりと笑った。
「エルダ様の推測が当たりましたね。ミカルさんは元聖職者だったようですねぇ」
ラナはほっとしたように顔をほころばせた。
「ミカル先生は嘘はついていなかったのね」
そんなラナたちの話を聞いていたユーリは、自分のことのように安堵した。ユーリはミカルに会ったことはない。しかし、ラナやガッシュたちの様子から、良い人だったのだろうと思うのだ。それに、ラナのことを育て教育してきた人だ。自分の好きな子の育ての親を悪く思いたくはない。
レイクが言った。
「箱が入っていた棚と同じところに、別の箱もあるよ」
がさごそと並べられた本を取り出して、その後ろにあった紙の束を取り出す。
「なんだ、これ」
レイクは言いながら、それをテーブルの上に置いた。
もともとは白い紙だったのだろうが、年季を感じさせる黄ばんだ色になっている。ルリカがいつになく、真剣な表情を浮かべた。
「ちょっと見せてください」
「どうしたんだよ、ルリカ」
「……」
レイクが聞くが、ルリカは、答える時間も惜しいというように、返答しないまま、目線だけが書かれた文字を追っていく。
ユーリもその書類に目線を映した。数字の羅列が並んでいる。そして「納税金額」や「収量」と言った文字も目に入ってきた。
ルリカは束になった書類を二つに分けて、それぞれ見比べるようにして目で追っていく。
ペラペラと紙をめくる音だけが響く。
二つに分けた紙の束を、三分一くらいまで読み込んだあと、ルリカはようやく顔をあげた。
「最後まで見たいですけど、時間がないですね」
「ルリカ、これはなんなのさ」
「どこまで話せばいいのか……。ともかく教会にとって重要な書類です。どうしてこんなものをミカルという人がもっていたのでしょう。ラナ、ミカルさんからこの書類について何か聞いていませんか?」
ラナは首を左右に振った。
「聞くもなにも初めて見たわ」
「そうですかぁ……」
「それはなんなの? ミカル先生のものなの?」
「それは……」
ルリカは言葉を濁す。
ユーリがルリカに聞いた。
「それって管理台帳なんじゃない?」
ルリカは目にみえてあわてた。
「ど、どうしてそう思うのですかぁ?」
あわてすぎて、言葉がどもる。そんなルリカとはうらはらにユーリは冷静な口調で言った。
「アルデイルの町で、似たようなものをセドリック神官が見せてくれたから」
「そういえばそうでしたね」
ルリカはあきらめたようにため息をついた。