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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、世界の理を知る

「アクアミスティアなの?」


 ラナが少女と、隣にいるユーリを交互に見ながら問うた。ユーリは動揺しながら答える。


「似ているけど、歳が違うよ」


 目を白黒させる少年少女を、水色の少女はほほえましい笑みを浮かべながら見つめた。


「そうよ、わたしはアクアミスティア。昨日のあれは女神の神々しさを現すための演出。今のわたしもアクアミスティアよ。神様って気分で姿を変えられるから便利なのよね」


 えへっという感じで、肩をすくめて笑うアクアミスティア。そのしぐさはとても人間じみて見える。

 信じられない現象が目の前に具現化されているが、本人がアクアミスティアだと言っているのだから事実なのだろう。ユーリは素直に少女の言葉を認識し、同時に少女、アクアミスティアが言った事柄について質問した。


「……世界が僕たちの感情を食べてるってどういうことですか?」

「そのままの意味よ。世界が存在するためには空間と時間が必要。それを維持継続するためにこの世界に生きるあらゆる存在の感情が必要なの」

「感情、ですか?」

「そうよ、感情よ。人間だけじゃないわ。わたしたち神や悪神、精霊に魔族の感情でさえ、この世界の糧の一つなの。人間は幸せだけ感じていては成長しない。かといって、苦痛ばかり味わっていると前に進もうとしない」


 ここで言葉を切り、アクアミスティアは厳かな口調で続けた。


「適度に幸福で適度で不幸。そんな状況になるように世界が望んでいるのよ」


 ラナは険しい表情で、アクアミスティアを見つめた。アクアミスティアの言葉を充分に理解したうえで、ラナには思うことがあった。

 ユーリは自分の中で、アクアミスティアの言葉を咀嚼し、自分なりに理解した。世界が存在するために、人は喜んだり、苦しんだりする定めにあるのだと理解する。


 同時に別の疑問が生じた。目の前の神はいとも簡単に暴露したが、そのようなことを多くの人間が知ってしまっていいのだろか。


「アクアミスティア様がおっしゃることはなんとなく分かりました。

 けれど、自分で質問しておいてなんですが、そういうの、おおやけに言っちゃっていいんですか? その、信仰心とかいろいろと支障をきたすんじゃ……?」


 ユーリの質問にアクアミスティアは大仰に頷く。


「気付いている人はうすうす気付いていることよ。そこに一人や二人くらい世界の本質を知っている人が増えても問題ないわ」


 ぱちりとウインクまでしてきた。

 そんなアクアミスティアの態度にラナはますます目を険しくする。


「誰かが嬉しい思いをしているとき、誰かが辛い思いをしているということね。世界は残酷だわ」


 アクアミスティアはそんなラナを愛しげに見つめる。


「ラナ、そのまっすぐで純粋な心は、あなたの宝よ」

「意味が分からないわ」


 ラナはアクアミスティアから目線を外して、起こったような口調で言った。照れているのだ。


 アクアミスティアはまわりをぐるりと見回した。


「北の大地で悪の力が強まっているのね。ここの井戸の水が濁り出したのはその影響ということになるかしら。このあたりに出現していた黒い霧は人の子よ、おおむねあなたの推測通りよ」

「そうですか」

「当分、この土地は人間が住める土地にはなりません。わたしの力ではどうしようもないわ」

「アクアミスティア様はこの国の守り神なんですよね? どうしようもないというのはどういうことですか?」

「言葉通りの意味です」


 アクアミスティアはやんわりとほほ笑んだ。


「神は全能ではないのよ」


 ユーリはなおも食い下がった。


「水の宝珠の力を使えば?」

「水の宝珠の力は、わたしに対するあなたたちの祈りの力が凝縮したもの。わたしの力を代行しているものにすぎません。もしわたしが直接、この土地の水を浄化したとしても、それは一時のこと。すぐに水は濁るわ」

「北の大地の影響ですか?」

「その通りです」

「その影響は中央までくることはありますか?」

「それはないわね」

「ほんとうに?」

「もちろん。わたしがこの国を加護しているのは、世界の理の一つ。それを曲げることは世界を覆すことと同意です。それほどの力は北の大地からは感じられないわ」


 アクアミスティアは言い切った。


「この土地に住み続けるのは自らの命を絶つだけです。生きることを望むなら、もっと中央の近くの土地に移住しなさい」


 アクアミスティアは反論を許さない強い口調で言った。ユーリは頷くしかなかった。


「分かりました。クランシェの人たちにはそのように伝えます」


 アクアミスティアは再び口元に笑みを浮かべた。


「ここまで、宝珠をもってきてくれたことに礼を言います。

 あとは中央に戻るだけね。約束通り、中央に戻るまで、この宝珠の効果を封印します。

 中央に戻ったらまた会いましょう」


 アクアミスティアは姿を消し、あとには水の宝珠だけが残った。水の宝珠からはなんの力も感じず、ただのガラスの玉のようになっている。

 アクアミスティアは本当に効果を封印したのだと理解できた。


 地平線から朝日が顔をのぞかせた。途端に、夜の時間は終わり、朝が始まる。

 枯れ木ばかりで、おどろおどろしい雰囲気のあった空間が、じょじょに明るくなっていく。黒くそびえていた枯れ木の表皮が、本来の色は白く、そしてかさかさに乾いていることを知る。


「このあたりも、わたしが幼いころは普通の森だったのよ」


 ラナは悲しそうにつぶやいた。


「村に戻りましょう。ちょうど森と墓地の堺にテットが言っていた井戸があるから、ついでに見てみましょうか」

「うん、そうだね」


 森の奥深くまで入り込んでいたと思っていたが、それはただ思い込んでいただけでものの三分もしないうちに、墓場と森の境目が見えてきた。

 森を抜けると、レイクとルリカがこちらにかけてくるのが見えた。


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