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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、クランシェの村に到着する

 その後、順番に火の番を交代し、魔物の襲撃もなく、無事に朝を迎えることができた。 身支度を整え簡単な食事をして、移動を開始する。


「うわあ、筋肉痛がひどいですぅ」


 ルリカが言うと、


「歳のせいじゃない?」


 とレイクがちゃかした。


「なんてことを言うんですか! 確かにこの中ではわたしが一番年上ですけど、年上の女性に年齢の話は禁句ですぅ!」


 すねたふりをするルリカ。レイクとルリカは昨日一緒に見張りをして親密度をあげたようだ。それはユーリとラナも同じだった。

 ユーリは自分の思いをラナに告げた。ラナからは正式な回答はもらっていないが、中央に戻った時に返事をくれると言ってくれた。一緒に過ごしたあの時間はとても素敵ものに思える。ユーリは朝からご機嫌だった。


 歩みを進めていくうちに、周りの木々の精気がなくなり、土が乾燥していき、ユーリは気持ちが沈んでいった。この先に人が住んでいる村がほんとうにあるのかと疑いたくなる。そう思っているのはユーリだけばなかったようで、ルリカがラナに聞いた。


「本当にこの先にクランシェの村があるんですか?」

「そうよ」


 ラナは短く答えた。唇を一文字に引き締め、じっと前を見据えながら歩いている。村の様子をおもんばかっているのだろう。

 クランシェの村にたどり着いた頃には昼近くになっていた。そこはすべてがからからに乾いた砂色の大地にぽつんとある村だった。

 村の周りを囲っている塀はほとんど崩れていてその意味をなしていない。村と外をつなぐ門はあるが、門の扉の片方は壊れ、片方もかろうじて塀にくっついているありさまだ。

村の中に入ってさらに驚く。視界に入るだけで十軒ほどの家があるが、そのどれもが窓が割れていたり、屋根の一部が崩れていたりして、到底人が住んでいるようにはみえない。

 植物は枯れ、道の片隅には点々と何かの小動物の骨と皮がまるまる転がっていた。


「ひどいな……」


 ユーリはつぶやいた。


「ミカル先生!」


 ラナが村の奥に駆けて行く。ユーリたちもラナの後を追った。そこには教会があった。村の大きさに見合った小さな教会だ。ラナはその中に入っていった。

 入るとすぐに礼拝堂があり、その奥にドアが一つあった。ラナはそのドアを開けた。ドアの向こうは住居となっており、簡素なテーブルと台所があった。

 その奥に左右にドアが二つある。


「ミカル先生、いるんでしょ? 答えてよ」


 しんと静まり返っていて、誰かがいる気配はない。ラナの中に嫌な予感が沸き起こる。ラナは左右に並んでいるドアのうち、左側のドアをノックした。


「ミカル先生」


 ドアの向こうから返事はない。ラナはドアを開けた。


「ラナ、ここがミカルという人の部屋なの?」


 ユーリたちがドアの外から部屋の中をのぞきこむ。質素な部屋だった。ベッドと水を保存するための大きな瓶。壁の一箇所に本棚があって、そこには多くの本が納められていることが、この家の持ち主が勤勉家だということを無言で語っている。

 ラナはベッドの下まで確認して、主がいないことを確かめた。


「どこに行ったの?」


 ユーリたちの背後にのっそりと男が立った。


「うわぁ」


 ユーリは驚いて声を上げた。

 レイクはユーリの声に驚いて後ろを振り向きその男の姿を目に捕らえた。

 騎士のレイクが気配に気付くのが遅れるほど、その存在感は希薄だった。背はユーリたちの誰よりも高いが、栄養不足でやせこけ、唇はからからに乾いている。右手に鍬のようなものを持っていて、それには乾燥した土がこびりついている。今の今までその道具を使って作業をしていた様子だ。


「あなたはこの村の人ですか?」


 レイクが聞くと、男は頷き部屋の中を覗き込む。ユーリたちは彼のために場所をあけた。


「ラナか、戻ってきたのか」


 振り向きラナは男を認めてつぶやく。


「アンナのお父さん、ミカル先生はどこにいったの?」

「残念だが先生は……」


 男は最後まで言葉を言わなかったが、言わんとすることは分かった。


「そんな……」


 ラナは部屋を出ると、外に出て教会の裏手に回った。ユーリたちも続く。そこは墓場となっていた。新しい墓がラナが旅発つときよりも、三つ増えている。一番手前の新しい墓に、「ミカル・シューレル」という名前が刻まれていた。

 男は体中の力を振り絞って、たった今この墓を作ったのだった。


「ミカル先生……」


 ラナは墓の前で膝をついた。男がゆっとくりラナの背後に近づくと口を開いた。


「この村には飲める水がない。あとはもう、死を待つしかない」


 絶望すらもう、感じないような乾いた声だ。

 ユーリが聞いた。


「飲める水がないというのはどういうことですか?」

「井戸に毒が混じっているんだ」

「俺、浄化の魔法が使えます。水のみ場に連れて行ってください」


 レイクの言葉に、男の目に希望の光が宿った。


「それは助かる。こっちだ」


 男がレイクを促すしぐさをした。レイクは男の後をついていく。

 ラナが立ち上がった。男の後を追うそぶりをみせる。すかさずユーリはラナに近づいた。


「ラナ、大丈夫?」

「大丈夫じゃない。けれど、井戸の様子も知りたいもの」


 育ての親の死と直面して、悲しさで胸がいっぱいのはずなのに、それでも村のことを気づかすラナの心の強さにユーリは感心する。

 男の後について行きながらユーリは男に話しかけた。


「僕はアルデイルでクランシェから来たというアンナに会いました。あなたはアンナのお父さんなんですか?」

「そうだ。俺はアンナの父親でガッシュという。アンナは元気に過ごしているのか?」

「はい。ちょっと事件に巻き込まれましたが、それも解決して元気にしています」

「アンナはきちんと飯を食べれているのか?」

「おいしいご飯がたくさん食べれて嬉しいと言っていました」


 ガッシュは顔をほころばせた。


「それはよかった。こんな村にいたら死を待つだけだったからな」


 その顔は娘を思う父親の顔だった。アンナは家族に人に売られたと言っていたが、本当にそうなのかとユーリは訝しく思う。

 村の中心にある井戸にたどり着いた。

 井戸から水の入った桶を引き上げると、水は紫色に濁っていた。


「浄化せよ」


 レイクが魔法を唱える。紫色の水がみるみる透明にになっていく。

 レイクがその水をひとすくい、すくって飲んでみた。ごくりとガッシュがたまらず自分ののどを上下させた。


「冷たくておいしいですよ」

「おお! ありがとう。みんな、水が飲めるようになったぞ」


 ガッシュが声を張り上げた。今までどこにいたのか、ぞろぞろと人々がでてくる。みんなやせこけ、服装もすさんでいる。

 ガッシュと村人たちのやり取りから、ガッシュが代表者のような立場にあることをユーリは悟った。


「ありがたい」

「ミカル様が亡くなってわしたちはもう死ぬだけだとあきらめていた。それでも、のどの渇きは辛いものじゃ。ありがとう」


 井戸の周りに人々があふれる。


「おばあちゃんに水を持っていくの。きれいなお水をちょうだい」


 言うのは、六、七歳ほどの少年だった。彼自身もやせていて風がふけば飛ばされてしまいそうだ。


「水はなくなりません。急がずに順番に並んでください」


 しかし、十人目になったとき、レイクは魔力の枯渇が心配になってきた。ようやく並んでいた人全員に浄化した水を提供したレイクは、へなへなとその場にしゃがみ込んだ。



「これでしばらくは大丈夫かな。俺、もう疲れた。これ以上魔法は使えない」


 そんなレイクに村の人々が感謝の声をかける。


「すごいよ。お兄ちゃん」

「あんたらはこの村の救世主だ」

「きれいな水があれば、植物が育つ。植物が育てば家畜を育てられる。この村は立て直せるぞ」


 みんなに感謝され、疲れはしたが、レイクの気分は明るかった。

 ラナが井戸の周りにまだ残っている村人たちを見回して大きな声をあげた。


「この人たちは教会の人たちなの。この村の状況などについて聞きたいことがあるそうよ」

「だったら、話は長くなるだろう。俺の家で話を聞こう。何もないところだが、腰を落ち着かせることはできる」


 ガッシュが言った。ガッシュの家はほかの家と同じく壁が崩れても修理されず、家自体も傾きかけた小さな家だった。家には寝たきりの女性がいて、ひどく弱っているようだった。その女性はアンナの母親だった。


「あら、お客さん?」

「そうだ。この村の救世主だぜ」


 ガッシュは言った。無理やり身を起こそうとする妻を、ガッシュはそっと止めた。


「突然の訪問で、申し訳ありません。わたしは中央の司祭ルリカ・メルロットと言います」

「騎士のレイク・ウィンストンです」

「ユーリ・フローティアです」


 ユーリは職業は言わず名だけ名乗る。


「今回は中央からの指示で、クランシェの様子を調査しにきたんです。わたしたちが私服なのはこの調査がお忍びだからです。村の現状はラナから聞きました。水の濁りと、飢饉。これらはいつごろから起きているんですか?」

「三年前からだ。水に毒が混じるようになったのは去年の秋頃からだな。ここはもともと豊かな土地じゃないし、この三年の間に村を出て行った者も多くいる」

「この村には今、何人くらい人が残っていますか?」


 質問したのはルリカだ。


「三十人くらいだ。残っているのはだいたいは老人と子供だけだ。働けるものは近くの町に出稼ぎにいっている。村の男たち全員が出稼ぎに行ったら、村を守る者がいなくなるからな。交代で村に残っているんだ。今は俺のほかに二人いる」

「もともとは何人くらいいたんですか?」

「百人ほどだ」

「半分以上は村を出て行ったんですね」

「そうだ」

「こうなる前に、みんなで違う土地にいくことは考えなかったんですかぁ?」

「我慢していればまた元に戻ると思っていた」


 いったん間をおいて、ガッシュは悔恨の意をこめて言葉を続ける。


「考えが甘かったと思っているよ。……唯一、アンナだけでも村から出すことができたことが幸いだった」


 最後の言葉は、村の代表者という身分を通り越して親の顔がのぞいていた。

 ラナが責めるように言った。


「アンナは口減らしのために人買いに買われて村を出たっていっていたわ」


 アンナの母親が口を開いた。


「そうでも言わなきゃあの子は村をでていかなかったわ。いつもわたしのことを心配してね。やさしい子だから」


 彼女は布団から上半身を起こしていた。最初ガッシュが止められたが、みずから身を起こしたのだ。


「そういうことだったの」


 ラナはほっとした。それはユーリも同じだった。今度アンナに会ったら、このことを伝えてあげようと思う。


「水がやられてからは、ミカル先生に浄化してもらって水を使用していたんだ。そのミカル先生も亡くなってしまって……」

「ミカル先生とはどんな人だったんですか?」

「教会の司祭様、だろう?」

「村の認識はそうなんですね」


 ガッシュの質問にルリカはきちんとした答えを返さなかった。そのことに何かを感じ取ったのか、ガッシュは言った。


「ミカル先生について詳しいことは、俺よりもミミばあちゃんが知っているだろうから、聞いてみるといい」


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