ユーリ、ラナと一緒に火の番をする
「起きて。交代の時間だよ」
レイクに揺り起こされる。
「もう時間?」
眠い目をこすりながら上半身を起こすユーリ。
「俺もう眠い。見張り頼んだよ」
レイクは言って、いまのいままでユーリが寝ていた場所に横になった。ほんとうに眠かったらしく、すぐに寝息を立てはじめた。
「少し離れたところではルリカに起こされ、ラナも体を起こしていた。
ラナと二人で火を囲む。
こうして二人きりになるのは、昨夜キスをしたとき以来だ。二人きりだということを認識すると、途端にラナを意識しはじめた。
正確には、二人きり、ではなく二人の間にラナをユーリから守るかのようにキャットが挟まっている、
胸がどきどきして息が詰まる。その状況にたえられなくなって「ラナ」と名前を呼んだ。
「なに?」
ラナがこちらを向く。
「ね、眠くない?」
「そりゃあ、眠いわよ」
「寝ないようにがんばろう」
「そうね」
会話が途切れた。何言ってるんだよ僕。自分で自分をせめるユーリ。気持ちを紛れさせようと空をあおぐ。
「うわあ」
感嘆の声がもれた。空には満点の星空が広がっていた。
「きれいだな」
「ほんとうね。こんなにきれいな夜空をみるのはひさしぶりだわ」
ラナも目を輝かせながら、空を見上げた。
絶好の口説きの機会だが、「満点の星空よりも君の瞳のほうがきれいだよ」などといえるはずもなく、ユーリはただラナの横顔にみとれた。
そんなユーリの視線に気づいたのか、ラナがユーリのほうを向く。目線が合う前にユーリは薪を一枝とってぽきんと折り、焚き火の中に放り投げた。
しばらく火の揺らめきをながめ、再びラナを見つめた。炎の光がラナの頬の輪郭をゆらゆら照らしている。きれいだな、とユーリは思う。
途端にユーリの中でラナが大好きだという気持ちがむくむくと膨れ上がってきた。
この思いを伝えたい。
この思いは、必ずいつか伝える言葉で、それは今でもいいはずだ。
「ラナ」
ユーリはラナをまっすぐに見つめた。
「なに?」
ラナがユーリに目線を合わせた。
「僕はラナのことが好きだ」
意を決したユーリの言葉に、ラナはやんわりと微笑む。
「ありがとう」
そのまま沈黙がよぎる。
パチッと焚火のはぜる音が響いた。
告白した恥ずかしさと沈黙から逃れたくて、ユーリはラナに質問した。
「ラナはどう僕のことをどう思っているの?」
ユーリの問いにラナは目線をふせた。
「あたしはユーリのこと、好きなのかどうかよくわからないわ。ごめん。昨日は自分からキスまでせまってしまったのに」
「もしかして……嫌いなの?」
問いかける声に不安そうな響きが混ざる。
ラナは強く左右に首を振った。
「ううん、嫌いじゃない。嫌いじゃないわ」
「だったら!」
「昨日のあれは戦いに勝利して気持ちが高揚していたから、なり行きでキスしたのかもしれないと今となっては思うの」
「そんなぁ」
ラナはユーリを真正面から見つめた。
「ユーリもそうなんじゃない?」
「どういうこと?」
「ユーリは本当にあたしのことが好きなの? いままで自分のまわりにいないタイプの女の子だから新鮮でものめずらしいと感じているだけなんじゃない?」
「えっ……?」
即座にユーリは言い返せない。ユーリは言われて初めて気付いたが、ラナの言っていることはもしかしたら正しいかもしれない、そう思ってしまったからだ。
いままで自分の周りにいる女の子は姉は別として、級友が主だった。フィリアたちの顔が脳裏に浮かぶ。彼女たちはおしゃれに気をつかっていて、おしゃべりが好きで、学校の帰りにカフェで寄り道してパフェなんか食べたりする。
女の子とはそういうものだと思っていた。
それが突然、自ら剣を振るい、ばったばったと魔物を倒していく少女と出会った。強くて、きれいな女の子だ。
「言い返せないでしょ?」
そらみたことか、というように顔を斜め上にこころもち持ち上げて言うラナ。
「違うよ。一目見て、くぎ付けになったのはラナが初めてだよ。夕日を浴びながら魔物と戦うラナはとてもきれいだった。赤い髪に強い金色のまなざしをていて。戦いの女神がいたら、こんな感じなんだろうなぁと思ったよ。人とは思えなかった」
考えるより先に言葉がでてきた。
しかもラナを手を握っていた。
「あ、ごめん」
あわててラナの手を離すユーリ。
そのまま二人あらぬ方向をみる。
照れ隠しのため、ラナは少し怒ったような口調で言った。
「ユーリはあたしのこと、知らなすぎよ。最初の印象が強すぎたから、あたしのことを都合の良いように解釈しているだけかもしれない」
「そんなことない。ラナは自分の信念を持っているでしょ。そんな強さに僕は惹かれているんだ」
「あたしが青の宝珠を盗んだのは自分の願いをかなえようとしたただのわがまま。そのために、多くの人たちの手を煩わすことになった。アクアミスティアの女神の言葉がなかったら青の宝珠をもってクランシェの村に戻ることも叶わなかったわ」
「そういうこともすべてひっくるめてラナのことが好きだ。普通の人なら、水の宝珠を盗もうという考えすら、わかないよ」
一気にまくし立ててから、おそるおそるユーリは質問する。
「ラナは僕のことをどう思っているの?」
「自己主張のないつまらない人」
「そ、そうかぁ……そうだよね」
ユーリはがくりとうなだれた。
「サンダーマンティコアを倒した後、フルレの村の宿で休んでいるときに、あなたは神を見限っているから、自分の祈りは空虚だと言ったわね。
あたしは祈りだけじゃ、願いは叶わないことを知っていた。だから自分から行動したの。だから、人生をあきらめて、ただ生きているだけの人に、すごく腹が立った」
「人生の冒涜だって叫んだよね」
「そうよ。あのときはどうしてこんな人がこの世に生きているんだろうって思ったわ。すっごくいらいらした。目の前から消えて欲しいって思ったわ」
「はは。傷つきすぎて笑えてきた……」
「それでも一緒に行動するうちに、ユーリが自分で言うほど怠惰な性格じゃないことが分かってきたのよ。
あたしね、思うんだけど」
「なに?」
「ユーリは優しすぎるのよ。優しさと弱さは紙一重よ。ユーリは自分でもよく言っているけれど強くない。
優しいから、すぐに傷つくし、すぐに嘆く。そんな自分の心の弱さを封印するために、怠け者になったんだと思う」
「そう、かな」
「弱いなら、これから強くなればいいんじゃない。優しさの中に強さがあれば最強でしょ?」
「努力するよ。今回の旅で自分の弱さも、いままでいかに楽をして過ごしてきたかをまざまざと見せつけられた。戻ったらちょっと頑張ってみようかなと思っているよ」
「そうね。けれど無理はしないようにね。ユーリは優しいから、目の前で苦しんでいる人がいると自分を犠牲にしてまでその人を助けようとするんだもの。
あたしがカルロスに操られているきに、素手でカルロスに向かっていったときは正直、ユーリはもう死ぬかもしれないと思ったわ」
「そんなこともあったなぁ」
「優しさと無鉄砲は別ものよ。あたしがカルロスの術からとけて、気持ちが混乱して呆然としているときに、ユーリはあたしを抱きしめてくれたわね。治癒の魔法をかけながら、抱きしめてくれた。あたしが経験したことを自分のように心を痛めながら、あたしが流すべき涙をあなたはかわりに流してくれた」
あの時、ユーリは本当にラナのことを愛しいと思ったのだ。その気持ちがぶり返してきて、何とも言えない気もちになる。ラナに触れたいと思う。そんな思いを我慢したのは、ラナが言葉を続けたからだ。
「不思議な暖かさを感じたわ。遠い昔、誰かにこのように抱きしめられたことがあった気がした。それは赤ん坊のころ、あたしのお父さんかお母さんに抱きしめられていたときの記憶だったのかもしれない。
懐かしくてあたたかくて、そして……」
「そして?」
「言葉に表すのは難しいわね。気持ちよかった、というのかしら」
「気持ちいい……?」
復唱してから、ユーリは顔を赤くした。そんなユーリの様子を見て、ラナも自分の言った言葉の意味を実感して、顔を赤らめる。
そのうち、ためらいがちにラナはユーリに聞いた。
「返事は今しなくちゃだめ?」
「今じゃなくてもいいよ。もちろん」
「中央に戻るころには気持ちの整理ができると思う。そのときに返事をしたい」
「うん、待つよ。ゆっくり考えて」
「ありがとう、ユーリ」
二人は肩を並べて座り直し、焚き火の炎を見つめた。
ラナがつぶやいた。
「隣に誰かいるっていいものね」
それはユーリに同意を求める言葉というよりは、思わず口から出てきた独り言のような言葉だった。
「ラナ……」
小さく名を呼ぶユーリ。そのまま最初は恐る恐るラナの髪にふれ、その指にラナのつややかな髪の感触を感じると、今度は何度も何度もラナの髪をすくい、ラナの頭をやさしくなでていた。
ラナはユーリの肩に自分の頭を預けた。ふわりとラナの髪のにおいがユーリの鼻をくすぐる。
目をつぶり、気持ちよさそうに頭をなでられている。しばらくの間、二人の間には、そんな静かな時間が流れていた。