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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、たき火を囲んで夜食を食べる

 食事に飲み物はつきものだ。その水はここから少し離れたところにある小川から調達できた。水の入れ物は旅道具セットの中にあった金属の入れ物である。

 ユーリとレイクの、二人がかりで水の入った鍋を野営地まで運びこむ。


「最初見たときはこんな重いもの、どうして持っていく必要があるんだろうと思ってたけれど、やっぱり必要だったんだ」

「さすかエルダさんだ」


 金属と水がセットになると、こんなに重いのだということをユーリは体感した。


「なんかキャンプみたいですぅ。学生の頃の課外実習を思い出しますね」

「課外実習は僕は今年やる予定だなんだよ」

「そうか。ユーリは現役の学生なんだもんな。二年生になるんでしょ? ちょうど今年の夏にやることになるよ」

「どんなことをするの?」

「今話すこともできるけれど、そうするとその時が来たときのわくわく感が半減するかもしれないからなぁ」

「そういわれれば知りたいような知りたくないような」


 ラナがぽつりとつぶやいた。


「学校って楽しそうね」

「ラナの村にも学校はあるでしょう?」

「クランシェの村にはちゃんとした学校ないのよ。以前はあったみたいだけどね。子供も少ないし。ミカル先生が読み書きや簡単な計算は教えてくれていたけど」


 ついでにというようにユーリはラナに聞いた。


「ラナっていくつなの?」


 ラナが「たぶん」と言ったのは、赤ん坊のころに拾われたため、、詳しいことが分からないからだ。


「僕はこの前誕生日を迎えて十六になったばかりなんだ。ラナは僕より年上に見えるよ。しっかりしているから」

「じゃあ、そうかもね」


 ラナは肩をすくめてみせた。ユーリはレイクにも聞いてみた。


「レイクは二十歳くらい?」

「そう、もうすぐもうすぐ二十一なんだ」


 言ってレイクはルリカを見た。


「ルリカは十八?」

「わ、わたしは……」


 ルリカは言葉をにごした。

 レイクが不思議そうな顔をする。


「どうしたの?」

「あまり大きな声で言いたくないんですけど、二十三です……」

「二十三?」

「ええ?」


 ユーリたちは驚きのあまり声をはもらせ、ルリカを凝視した。この童顔のわりには胸が大きい小柄な少女、いや女性が二十三とは、にわかには信じられない。

 二十四のエルダと一つ違いである。

 一つ違いなのに、どうしてルリカは十代の少女に見えるのか。

 ユーリはまじまじとルリカを見つめた。一つ年下のルリカが美少女コンテストに出たということを知ったら、エルダは自分もでればよかったと悔しがることだろう。

 ルリカの歳のことはエルダには黙っておこうとユーリは思った。

 レイクが驚きのあまり、かすれた声で言った。


「で、でも新米司祭だって……」


 そうだ。その言葉でみんなはルリカが十代だと思い込んでいたのだ。新米司祭ということは普通に考えれば、高等部を卒業したての新人、歳なら十八であるはずなのだから。


「さっき、ユーリには少し話したんですけど、わたしはもともと司祭になるつもりはなかったんです」

「へえ、そうなんだ」

「わたしは騎士になりたかったんです」

「ええ?」


 またもや驚く一同。


「わたしはアクアディア学院の生徒だった時、選択学科で騎士を選んだんです。就職活動も騎士で応募して、それで落っこちて留年しました。

 それでも騎士になりたくて留年して、次の年、また騎士を選びました。それでまた落ちて留年したんです。そんなことを何年か繰り返しました。

 そしてある時、やけがさして選択学科で、司祭を選んだんです。そうしたら司祭の適正評価が高くて、あれよあれよと学校を卒業できて気づいたら司祭になっちゃっいました。そのときに悟ったんです。どんなにがんばってもできないことはあるんだって」

「なるほど」


 ユーリは納得した。そんな経験があるなら、ラナの強さを嫌いだと思ったりうらやましいと思うのも頷ける。


「今は司祭になったことに後悔はしていませんよ。司祭の道を進んだおかけでいんな知識を得ることができましたし。良い仲間も出会えましたからぁ」


 言って、明るい笑顔を浮かべる。ユーリが質問した。


「それって騎士になるより、司祭になるほうが簡単だということ?」

「わたしにとってはそうでした。けれど、人それぞれだと思いますよ」


 レイクが口を開いた。


「俺は司祭になるほうが大変なイメージだね。なんたって覚える幅がハンパない」

「まあ、勉強は必要ですよ。けれど、実技は騎士よりは簡単だと思います。筆記テストも神官よりは簡単ですよ」


 うらめしそうな表情を浮かべるレイク。


「簡単、簡単って、ルリカ。それは記憶力がいいルリカだから言えるんだよ」

「あは。そうですかぁ」

「なんだかどんな職に就いたとしても、大変そうだなぁ」


 ユーリは重いため息をついた。


「なんだユーリ、将来の職業で悩んでいるの? 騎士になろうよ」

「いやあ、騎士はないかな」

「ええ? なんで?」


 自分が拒否されたかのようにショックの表情を浮かべるレイク。ルリカが不思議そうな顔をした。


「騎士にあこがれる男の子は多いのに、めずらしいですね」

「騎士はかっこいいと思うよ。姉さんはもちろんだけど、レイクやアルベルトもね。けれど僕は身体を動かすのもそんなに得意じゃないから。ルリカの話じゃないけど、向き不向きってあると思う」

「それはそうかもしれない」


 レイクが神妙そうに頷く。

 ラナが言った。


「ほら、肉が焼けたわよ。食べましょう」

「うん、そうしよう。歩き疲れておなかがぺこぺこだ」


 食事はおいしかった。肉が新鮮だということと、塩と香草の香りが効いている。

 食事を終えるころには、空はもう真っ暗になっていた。

 こんな暗闇の中を歩くのは確かに危険そうだとユーリは思う。

 食事を終えると、女子組と男子組で別れて、近くの小川で軽く体を洗うことになった。ユーリはラナとの間に五十メートル縛りがあるため、小川の近くの岩陰で待機することになった。ユーリ一人だけだと心配だからとレイクもついてきた。


「ぜったいに覗かないでくださいね」


 ルリカがユーリとレイクに念を押した。


「うん、そんなことしないよ」

「もちろんだよ。騎士に二言はないんだぞ」


 普通に答えるユーリと違い、レイクは真顔で答えた。その真顔が嘘くさいと言わんばかりに、ルリカはレイクをにらむと、月明りの元、ラナと一緒に小川のほうに向かっていった。


「きゃあ、冷たいですぅ」

「ほんとうね。けれど、手だけは洗いたいわ。うさぎをさばいたままの手で眠りたくないもの」

「その気持ちわかりますよ。冷たいけれど、気持ちいいですぅ」


 そんな女子たちの会話が、ぱしゃぱしゃと水が跳ねる音とともに聞こえてくる。


「くうううぅぅ。覗きたい!」


 レイクが大きな声で叫びたいけれど叫べない苦しさとともに呻いた。


「もし覗いてばれたら、一生口をきいてもらえないよ」

「それは嫌だ。けど覗きたい」


 リリーが小さな手をレイクの肩にぽんぽんと当ててなぐさめた。


「レイク、がまんです。騎士に二言はないのです」

「そうだ、二言はない。けれど、覗きたいのは本当なんだ!」


 レイクはこぶしを震わしながら答えた。ユーリはあきれた表情を浮かべた。


「リリー、こんなレイクもかっこいいと思う?」

「本音を素直なのはよいことです」


 リリーは答えた。


「キュルルルルルン」


 と、キャットのうれしそうな声が聞こえ、


「くそうぅぅ。キャットのやつ、ルリカたちと一緒に水浴びしているかぁ。うらやましいぃぃ!」


 再び、レイクは大きな声で叫びたいけれど叫べない苦しさとともに呻いた。


「お待たせ」

「早く浴びてきてくださいね」


 水滴を髪の先から垂らしながらラナとルリカがやってきたのは、五分も経たないうちだった。


「早かったね」


 ユーリが言うと、ルリカは体を両手で包み込むしぐさをした。


「水が冷たくてゆっくりできなかったんですぅ」

「ユーリたちも早く浴びてきて」

「うん」


 五十メートル縛りのため、今度はラナがここでユーリが水浴びをするのを待つことになるのだ。

 小川の淵にしゃがみ、指の先を水面につけると、なるほど冷たかった。


「ここにダイブするのは無理だね」

「ぜったい無理」


 顔と手足だけ洗ってすぐに戻る。

 女子組たちよりも早い、烏の行水となった。

 焚き火の明かりをみるとほっとした。みんな、駆け込む勢いで、焚き火に手のひらを向け、暖をとる。


 この中では一番旅慣れているレイクが提案した。


「火の監視と魔物の警戒をしないといけないから、睡眠は交代でとろう」

「それがいいわ」


 ルリカがリュックからセドリックからもらい受けた懐中時計を取り出した。


「今が九時だから、二人で三時間ずつやってそのあと、一人で一時間やれば、明日の日の出には充分間に合います」


 ユーリが質問する。


「最初は二人でやるの?」

「わたし野宿も初めてだし、火の番も初めてなんです。だから、最初は誰かと一緒にやってもらいたいんですぅ」

「だったら俺が一緒にやってあげるよ。魔物が襲ってきたら守ってあげられるし、もしそれで俺が怪我をしたら、ルリカが治してくれるだろう?」

「そうですね。そうしたら、ユーリとラナがペアになるということになりますが、それでも良いですか?」

「かまわないわ」

「僕もそれでいいよ。魔物が襲ってきたらラナが退治してくれるだろうし」


 ユーリが言うと、ラナがいらだちを含んだ声で言った。


「人を頼らないで、自分も戦うくらいのことは言って」

「うう、そうだね。ごめん」


 その通りなので、ユーリは素直に謝った。

 レイクとルリカはそんな二人の会話をあたたかなまなざしで見つめていた。

 火の番の順番が決まったところで、ユーリはミラーフォンを懐から取り出した。これも旅道具セットとともにエルダから渡されたものだ。毎日夜に、エルダに状況を連絡することになっている。

 九つ並んでいる石のうち、一番左上の石を軽く押すと、しばらくしてミラーにエルダの顔が映し出された。


「連絡が遅いわよ。クランシェの村にはもうとっくに着いているんでしょ?」

「連絡が遅くなってごめん、姉さん。実はクランシェの村にもまだ着いていなくて」


 ユーリは現状をエルダに報告した。


「そういうことならしょうがないわね。できるだけ危険なことは避けて移動しなさい。ラナは近くにいるの」

「いるわ」


 ユーリの横からラナが答えた。ユーリはミラーフォンをラナに手渡した。


「旅慣れない人もいるから、無理はさせないようにね。今日野宿を選択したのは正解だと思うわ。それから、そのあたりで夜に活発に活動する魔物はいるの?」

「ワイルドウルフとダークウルフ、運が悪くてエレキタイガーね。このメンバーなら、どうにかなると思うわ」

「そう。くれぐれも油断しないようにね」

「ええ」


 ラナは返事をして、ユーリにミラーフォンを返した。


「姉さんのほうは様子はどうなの? やっぱり水の宝珠を狙って襲ってくる魔物はいる?」

「いるわね。魔物にかぎらず、ね。まあ、こちらは戦力の数はあるし、楽しみながら戦っているから」

「うん」


 エルダは少し声のボリュームをあげた。ユーリの近くにいるレイクとルリカに聴こえるようにだ。


「ルリカ、あなたがこのメンバーの中では一番しっかりしていると思うから、パーティの進行は任せるわ。レイク、みんなを守ってあげて」


 レイクとルリカも大きな声で答えた。


「は~い」

「もちろんです」

「それじゃあ、みんな、おねがいね。ユーリ、明日も報告忘れないでね」

「うん。姉さんもゆっくり休んで」

「休めたらね」


 エルダはにやりと笑うと、通話を切った。


「エルダ様ってタフですよねぇ。昨日からほとんど寝てないんじゃないですかぁ」

「どうだろう」


 ユーリは首をかしげた。


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