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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、野宿をする

 が、そんなルリカの元気も一時間も歩くと、無口になった。


「ルリカ、大丈夫? 馬で移動すればよかったかなぁ」


 レイクが言うとルリカも、


「馬! そいう手がありましたね。ほんとそうです。いつも馬か馬車で移動していたから、こうなってみると馬のありがたみが分かりますぅ」


 言ってユーリをうらめしそうな目で見る。


「ユーリ、意外と平気そうですね」

「ユモレイクの森を徒歩で突っ切ったときと比べたら、この道はきちんと舗道されているから、歩きやすいよ」


 レイクが感心する。


「ユーリ、最初は世間知らずのおぼっちゃんみたいだったのに、短い間に強くなったなぁ」

「そうかな」


 自覚のないユーリはただ笑って答えた。


「みんな、歩くの遅いわ。この調子じゃ、今日中にクランシェにたどり着かないわよ」


 先頭を歩くラナは、みんなを振り返って言った。

 時々休みながら歩いていく。そして日が傾き始めたころ、


「このあたりで野宿をしましょう」


 ラナが言った。


「野宿?」

「うそでしょう?」

「マジ?」


 非難と絶望の声をあげる三人。


「今頃の時間に村にたどり着くはずだったんだけど。同行者が旅慣れていないことを念頭におくべきだったわ」

「まだ明るいし、歩けるだけ歩いたら?」


 レイクが提案した。


「続けて歩いてもあと三時間はかかるわ。ほら、日の傾きを見て。あと一時間ほどで日が暮れるわ。日がくれてから動くのは危険よ」


 このあたりに詳しいラナが言うのだから従わないわけにはいかない。同行者たちはうなだれた。


「歩くの慣れてなくて、ごめんなさ~い」

「めんぼくない」

「ごめん、ラナ」


 ルリカ、レイク、ユーリの順で謝る。

 ラナが野宿をしようといった場所は、野宿スポットであるらしく、火をたたきやすそうな場所には、前人が使用した燃えカスがあり、横になるにはちょうどいい平らな場所などが、探さずとも見つかった。少し先には小川も流れている。まずは、手分けして薪を集めることになった。


「これくらい集めたら大丈夫かな」


 ユーリが両手にたくさんの枝を抱えて戻ると、ルリカがすでに戻っていて、こんもりと枝を積み上げていた。


「ユーリ、火をつけられますかぁ?」

「いちおう、火起こしは持っているよ」

「よかったです」


 背中に背負ったリュックを下ろし、中をかきまわして、ようやく火起こしを見つける。それは火の魔法がこめられた魔法道具で、似ている形状としては子供のおもちゃのパカパカに似ている。一本の棒をはさんで二枚の板が合わさっていて、棒を振ると、パカパカと二枚の板が合ったときに音がなるのだ。その板の部分に火の魔法がこめられているのだ。普段は二枚の板が強く合わさらないように紐で縛っている。

 ユーリはその紐を解いて、積み上げた薪の下の部分に持って行き、パカパカと音を鳴らした。火花は散るがなかなか火がつかない。


「姉さんがいれば魔法ですぐに火をおこせるんだけどね」

「エルダ様は火の魔法が使えるのに、ユーリは使えないんですね」

「うん。それに姉さんは剣術が得意だけど、僕は剣術が得意じゃない」

「姉弟なのに似ていないですねぇ」

「そうだね」


 相槌を打ってからユーリは思った。ほんとうに姉と自分は似ていない、と。性格も考え方も、持っている技術も。姉はとことん自分に厳しい人だ。毎日朝早く起きて剣術の自主稽古をしている。夜勤がないときは、朝食を毎日作ってくれるし、家の掃除や洗濯もしてくれる。

 うってかわって、自分は慣性的な日々を送ってきた。学校と家の往復で、学校では、与えられた教科書で知識を詰め込み、家に帰れば、ひたすらぼうっとした時間を過ごす。

 一時期、姉が地方に赴任した頃、父と自分だけの生活があった。このころ、ユーリは中等部の学生だった。

 エルダがいなくなった家は、またたく間に荒れた。

 まずは朝食だった。エルダが地方に赴任するときに、フローティア家の食事事情を心配したエルダに父は、


「父さんだって、一人暮らしをしていたときは毎日のように料理をしていたんだから。ユーリ、おいしい料理を毎日のように食べさせてあげるよ」


 と自信たっぷりに答えた。エルダが念を押した。


「おいしいだけじゃだめよ。きちんと栄養のバランスの取れた料理を作ってね」

「もちろんだよ」


 その言葉はエルダが赴任した次の日の朝食で、見事に覆された。黄みのつぶれた目玉焼きと、黒焦げになったパンがテーブルに並んだのだ。


「久しぶりに作ったら失敗しちゃったよ。ははは」


 父ユリウスは、から笑いをあげた。

 次に、目に見えて苦労したのは掃除と洗濯だった。掃除は行き届かなくなり、洗濯物はたまり気味になった。このままではフローティア家はごみの山になると、さすがのユーリも心配になった。

 姉が家のためにやってきた事柄を実感し、姉の存在のありがたみが分かったのはこの時だ。

 親子で分担して家事のことをするようになり、自然と交わす会話も増えていった。朝食や夕食などで、時間を共有するときは、父は学校のことや、友達のことを聞きたがった。

 ユーリはそのことにわずらわしさを感じ、夕食を終えると自分の部屋にこもることが多くなった。

 数年後、姉が地方の赴任から戻ってきたときは、ほっとした。

 今回のことを終えて家に戻ったら、もっと家のことをやろうと思った。その分、姉には自分の時間ができる。その日その日をただ感性的に過ごしてきた自分とは違い、姉には、剣術稽古や家事のほかにもやりたいことがいっぱいあるはずだ。

 父とももっと会話をしようと思う。神官という仕事は本当に大変そうだ。週の半分は残業で家に帰るのが遅い時間なのだ。

 いままで巡ってきた町や村の神官も忙しそうだった。


「あったかいですねえ。夜になって冷えてきたから火のあたたかさが気持ちいいです」


 ルリカが炎を見つめながら言った。


「そうだね」


 ユーリはルリカは新米司祭だったということを思い出した。


「ルリカはどうして司祭になったの?」

「どうしたんですか? やぶからぼうに」

「僕は将来なりたい職業とかまだ決めていないから、参考まで聞いてみようかなと思ったんだよ」

「もともとはわたし、司祭になるつもりはなかったんですよ」

「ええ? そうなの」


 ユーリは驚いた。そこにレイクが戻ってきた。


「おお、けっこう集まったね」


 両手に薪を抱え、こちらに向かう間にも、パラパラと枝をこぼしていく。

 薪を地面に下ろしながら、「いやあ、両腕があるっていいよね」とにっこりと笑った。


「火があると安心するね。ラナはまだ戻ってないの?」

「うん。どこまで薪を拾いにいったんだろう」


 ここにいる誰もが、ラナが逃げ出すとは思っていないからできる会話だ。


「わたし、ラナのこと好きじゃないです」


 突然ルリカが言った。


「自分が行動すればその願いが叶うって思っているところが、気に入らないです。それは強いから言える言葉ですよ。弱い人はそんな強気なことを言えないですぅ」

「ええ?!」


 ユーリは驚いた。ユーリはルリカとは逆に、ラナの強さにひかれているからだ。


「あたしもルリカのその、わざとらしいしたったらずな言い方が、ときどきいらっとくるわ」


 背後から声をかけられてルリカはぎくりとなった。振り返ると、そこにははたらしてラナがいた。片手に一羽のうさぎの両耳をつかんでぶらさげている。


 ラナとルリカが目線を合わせた。ルリカはラナの強いまなざしを避けるのではなく、目を細めることでかえした。ほわんとした笑みを浮かべたのだ。


「ラナ、わたしはラナのことが好きじゃありません。けれど、うらやましくもあるんですよ。エルダ様が認めるほどの強さをもっているんですからぁ。だから、わたしがラナを嫌いだというのは、羨望の先にある嫉妬なんです」

「へえ。正直に話してくれてありがと。だからあたしも正直にいうわ。あたしはルリカの女の子らしいところがちょっとうらやましいのよ。あたしはほら、がさつだから」

「がさつでも、ラナは美少女コンテストで優勝するくらいきれいじゃないですかぁ」

「それは変態魔族の好みが合っていたからよ」


 ラナはうさぎを近くの木の枝につるすと、ブーツの横からショートソードを取り出した。


「そんなところにも武器を隠し持っていたの?」


 ユーリは驚いた。サンダーマンティコアとの死闘の末、ラナを捕らえた時、武器は取り上げていた。その時、このブーツに隠していたショートソードには気づかなかったのだ。つまり、ラナがその気になれば、このショートソードで自分たちを傷つけることができたということだ。

 ラナはすらすらとうさぎをさばき始めた。


「すごいな、ラナ、さばけるの?」

「こんなの村の人間なら誰でもできるわよ」


 ユーリは芸術的にもみえるラナのナイフさばきに見入った。ほとんど血がこぼれない。

 肉を小さなかたまりにわけて、枝に刺していく。


「ユーリ、塩を持っていたわね。この香草と一緒にふりかけて、焚き木の周りにさしていってちょうだい」

「うん、分ったよ」


 ユーリは旅道具セットが入った袋の中から塩の入った瓶を取り出した。


「姉さんは僕たちが野宿することを予測していたのかな」


 ユーリがつぶやくと、レイクが頷いた。


「用意がいいよね。さすがエルダさんだ」


 ユーリが塩の瓶を探している間に、ルリカが香草の葉っぱをちぎってくれた。

 塩と香草を肉に振りかけ、焚き木の周りにさしていくと、ほどなく良い匂いが立ち上がってきた。


「今夜はおいしい食事はあきらめていたけれど、これはなかなか期待ができそうだぞ」


 レイクがうれしそうに言った。


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