ユーリ、クランシェの村に行く準備をする
エルダは言った。
「ユーリは治癒魔法が使えるから一緒だと便利ね。他には聖職者が一人はいたほうがいいでしょう。かといってわたしやソレイユが行くわけにはいかないわね」
「わたし、行きたいですぅ」
名乗り出たのはルリカだった。
「わたしは新米司祭ですけど、いちおう司祭として何をすべきかは学んできました。わたしの記憶力は役に立つと思います」
すかさずレイクが手を上げる。
「俺も行きます。俺は騎士だから、学生や女の子を守るのは当然です」
アルベルトやミスティも名乗り出る。
「俺も行かせてください」
「あたしも行きたいです」
「そんなにたくさんいたら、逆に怪しまれるわよ。移動するなら三、四人というところね」
言ってエルダはソレイユの指示を仰いだ。
「そうだな、早いもの順で、ラナ、ユーリ、ルリカ、レイクで行ってもらおう」
残念そうな表情を浮かべるアルベルトとミスティ。
「ええ?!」
「そんなぁ」
エルダは二人に向き直った。
「クランシェの村に行かない側にも、偽物の水の宝珠を中央まで送り届けるという任務があります。本命もおとりもどちらも重要な使命だということを忘れないように」
「はい」
「わかりました」
二人は頷いた。
「ラナ、今まで通りの戒めの腕輪はつけてもらうわよ、ユーリ、片方の腕輪はお願いね」
「うん」
エルダはユーリ、ラナ、レイク、ルリカを順番に見つめた。
「水の宝珠を狙うやつらはわたしたちが全部ひきつけるわ。だからクランシェの村の様子を確認したら、必ず水の宝珠を中央教会に戻してちょうだい」
「命にかえても、水の宝珠はお守りいたします」
レイクの騎士らしい返事に続き、ルリカとラナが返事をした。
「わたしも精いっぱい、頑張ります」
「必ず、中央教会に戻るわ」
ユーリも口を開く。
「姉さん、ありがとう」
「礼を言われるゆわれはないわ。礼をいうならアクアミスティア様に言いなさい」
「うん」
エルダはユーリを真っ向から見つめた。
「ユーリ、以前あなたは、神様を見限ったと言っていたけれど、その神様に道を開いていただいたことを肝に銘じなさい」
「……うん」
ユーリはただ頷くしかなかった。
エルダはラナに目線を映した。
「必ず、中央に戻るのよ。戻った時に腕輪の戒めを解くわ」
ラナは強く頷いた。
「わかったわ」
ソレイユが思案気につぶやいた。
「本物の水の宝珠はエルダが持つとして、偽物の水の宝珠と一緒に中央に向かう偽物のラナという人物も必要だな」
「水の宝珠を持っているということで、多くの魔物や魔族に襲われることになるだろう。命の危険がある。自分から協力を申し出てくれる人がいるとありがたいが」
ユーリはすぐに適任な存在を思いついた。
「アンナはいかがでしょう? アンナとラナは背丈も同じくらいだし、髪の色もよく似ています。
それに、彼女は村のために自分も何かしたいと言っていました。ラナばかりに罪を追わせたくないと。その思いを尊ぶなら、適任だと思います。説得は僕がします」
ラナがすかさずユーリに言った。
「アンナに危険なことはさせたくないわ」
「自分も村のために何かをしたいというアンナの気持ちを無碍にするのは、アンナがつらい思いをするだけだよ」
「……」
ラナはユーリの言葉に何も言い返せなかった。ソレイユが言った。
「説得は任せたぞ」
「はい」
その後は、エルダたちは中央協会に戻る準備、ユーリたちはクランシェの村に向かう準備のために、一同解散となった。
ユーリたちが食堂から出て行こうとすると、ちょうどシグルスがぼさぼさの髪をかきながら食堂にやってきた。
まだ完全に目は覚めていないが空腹にたえきれず、何かつまむものがないとかやってきたのだ。
シグルスはエルダから中央の指示や女神アクアミスティアが現れたことを聞いて、女神に会えなかったことを悔しがった。
「くそぅ。会いたかったぜ」
レイクが女神を見れたという優越感たっぷりの笑顔で言った。
「女神様、とてもきれいでしたよ」
シグルスはぽかりとレイクの頭をたたいた。
「むかつくぞ、若造」
「いたい。むかついたからって叩くことはないでしょ?」
「叩きたいところに、ちょうど金髪の頭があったから叩いたんだ。恨むなら、己の背丈と頭を恨め」
同じような会話を以前もどこかで聞いたことがあるなぁとユーリは思い、おかしくなった。
エルダも同じで、笑顔を浮かべる。
「シグルスくらいになると、神様の一人や二人は会ったことがあるんじゃない?」
「ああ、あるぜ」
「あるの?」
あっさり回答したため、逆にエルダのほうが驚いた。レイクも、近くにいたユーリもまじまじとシグルスを見つめた。
レイクが聞いた。
「どんな神様に会ったんですか?」
「美と愛の女神アフロデーナと、音楽の女神シンフォニアだな」
「なんか名前からして美人そうなんですけど」
話の内容を聞きつけたアルベルトもいつの間にか近くにやってきた。
「ああ、美人だったぜ。絵にも描けない美しさというのはああいうのをいうんだろうな」
「いいなぁ、いいなぁ。俺も会ってみたい。なあ、アルベルト」
「男として当然だな」
アルベルトは真顔で頷いた。レイクは続けてシグルスに質問した。
「どういうシチュエーションで会ったんですか?」
「アフロデーナはとある町で、ごろつきに絡まれている女を助けたら、その夜、お礼に現われた。なんでも助けた女がアフロディーナの従者だったんだと。
シンフォニアはたまたまた入った酒場で、女の吟遊詩人から次の町への護衛を頼まれてな。護衛している道中に、女の持っている楽器を狙う魔族がいて退治したんだ。そうしたら、その礼を言うのに姿を現した」
「ごろつきに絡まれた人を助けたり、護衛を頼まれたりなんて、よくあるシチュエーションじゃないですか? そんなんで会えるんですか?」
レイクの興味津々な質問はまだまだ続きそうだった。エルダが口をはさんだ。
「詳しい話を聞きたいところね。でもその話を聞くのはまた後にしましょう。出発の準備を急がないと」
シグルスが腹を手で抑えた。
「出発の前に、俺は飯が食いてぇ」
「オリビアさんたちが、台所にシグルスの分を残してくれているわ」
途端にシグルスはにこりとなった。
「さすが、できるメイドは違う」
シグルスは食堂の中に入って行った。
ユーリはラナと一緒にアンナがいる部屋を訪ねた。アンナはラナの身代わりに中央に行って欲しいという話を聞かされると、喜んで任務を引き受けてくれた。
「わたしもラナの勇気を見習って、自分で動いてみるわ」
「危険な役になるけれど、姉さんたちがきっと守ってくれるから」
「うん。エルダさんやソレイユさん、みんな、かっこいいわね。わたしもいつかあんなふうになりたいわ」
アンナは笑った。
クランシェに向かう準備といっても、それほど時間はかからなかった。ユーリは学生服を旅人の服に変え、レイクは騎士の鎧ではなく身軽なレザーアーマーに着替えた。
ルリカはぞろりとした司祭の服装ではなく、旅人の格好だ。ラナはいままで変わらず動きやすい少年風の服装だ。腰に愛用の剣を下げている。
準備を整えたユーリたちは、再び食堂に集まった。
ちょうど、シグルスが食事を終えたところだった。
「こうしてみると、普通の旅人に見えるな」
シグルスは言ってラナに目線を向けた。腰にさしている剣に目線を走らせる。
「前々から聞きたかったんだが、じょうちゃんは剣術を誰に教わったんだ?」
「あ、俺も知りたい」
レイクも興味津々にラナを見つめた。
ルリカがほわんとした口調で言う。
「剣を扱う者同士、どんな先生に指示したのかは気になるところですよねぇ」
「あたしの周りには剣術を教えてくれる人はいなかったの。だから誰かに教えてもらったものではないのよ。しいて言えば、自前ね」
ラナの回答に、シグルスは思わず、というように口の中でつぶやいた。
「まさか……」
「ええ、うっそ!」
レイクも目を大きく見開いてラナを見つめる。
ユーリが質問する。
「二人ともどうしたの? そんなに驚くこと?」
シグルスが答えた。
「武術をある程度、身体にしみこませるためには、基礎が大事だ。その基礎を身に着けるには、剣を手にした最初の段階で、誰かに剣の構えや振り方を教えてもらうものだ。ずぶの素人がいきなり剣を振れるわけじゃねぇ」
レイクも言った。
「シグルスさんの言う通りだ。ラナ、稽古はどうしているの? 稽古する相手はいるんでしょ?」
「稽古する相手は……、そうね、しいていえば魔物ね」
「それはもう、稽古とは言わないよ、実践だよ。村の人に教えてもらうということはないの?」
「村の自衛団に所属しているから、手合わせをすることはあるけれど、物足りなくて。もっぱら一人稽古ね」
「手合わせが物足りなくて、一人稽古って……」
レイクは信じられないことを聞いたというように、ラナをまじまじと見つめた。
シグルスが頭をぽりぽりとかきながら言った。
「つまりなんだあ、じょうちゃんのそれは、天性というやつかぁ?」
ラナは知らない、というように肩をひょいとすくめた。
「そういえば、おじちゃんの剣術は、構えがエルダたちと違うけれど、それは流派が違うからなの?」
「ああ、そうだ。エルダたちの剣術もまねようとすればできるが、最初に身に着けた構えのほうがやりやすい」
「そうなの」
「じょうちゃんの剣術に似ているものは見たことがある。ここから北にある大国でな」
「北にある大国?」
「ああ。しかし似てるというだけで完全に同じじゃねぇ。クランシェの村はこの国の中では北側にあるし、案外、ラナの先祖はは北の大国付近に住んでいたのかもしれねぇな」
「過去には興味がないわ」
ラナは即答した。