ユーリ、クランシェの村に行く提案をする
次の日の朝、ユーリが目を覚ますと、隣のベッドではシグルスが高いびきをかいて寝ていた。
いつ戻ったのかまったく気づかなかった。それどころか、ベッドに入って、目を閉じて目をあけたらいきなり朝だった。
昨夜は、ラナとキスまでしてしまったのだ。ベッドに入っても、そうすぐには寝付けないだろうと思っていたため、自分自身に驚く。ラナとキスをする前にいろんなことがあったから、身体が睡眠を求めていたのだろうと自分自身を無理やり納得させた。
身支度を整え、ベッドにあおむけで寝ているシグルスの身体をゆすった。
「シグルスさん、そろそろ起きないとご飯ですよ」
「飯より、今は睡眠だ……」
シグルスはごにょごにょと言って、ふたたび睡眠の中に落ちた。シグルスは戦い慣れているとはいえ、魔族の戦いは体に堪えたのだろう。ゆっくり休ませることにする。
部屋を出ると、ちょうど、隣りの部屋からラナとアンナがでてくるところだった。
ラナの姿を見て、昨夜のキスのことを思い出し、ユーリはどきりとなった。
「お、おはよう」
「おはよう、ユーリ」
「おはよう」
それぞれ挨拶をかわしながら、食堂に向かう。
ユーリはアンナに聞いた。
「昨日はゆっくり眠れた?」
「ええ。わたしは疲れてすぐにねむちゃったわ」
「そうなんだ。てっきりラナと故郷の話で盛り上がったのかと思っていたよ」
アンナはうつむいて声のトーンを落とした。
「今は故郷の話はしたくない」
ラナも相槌を打った。
「そうね」
アンナは親に身を売られたのだ。そのことを思い出してユーリは安易な自分の発言を反省し、アンナに謝った。
「ごめん……」
アンナは頭を振ると、ラナのほうを見た。
「ラナ、わたしにできることがあるなら、ぜひお手伝いさせてね。同じ村の者同士だもの、ラナにだけ罪をかぶらせたくない」
「あたしは好きでやったことなのだから、アンナは負担に思うことはないわ」
「でも……」
アンナはまだ何か言いたそうだったが、食堂の前にたどり着いていたため、いったん話は中断する。
食堂では、少女たちがきびきびと動いて、食事の用意もできていた。
姉のエルダが朝から妙にやつれた表情をしている。昨日の夜、十歳は若返るという桃源郷の桃を十個は食べているはずなのに、十歳はふけてみえる。そのことをユーリは不思議に思ったが、地雷を踏みそうなので、あえて問いただすことはしなかった。
食事が終わり、後かたずけがすむと、セドリックはエルダとソレイユのパーティ以外の人間を部屋から退けさせた。しかし、ラナだけはここに残るように言った。
ユーリは中央からの指示がこれからあるのだなと察した。
「中央からの指示を伝えるぞ」
思った通りだ。説明するのは、ソレイユだった。
今日の昼近くに二つの捜索隊のパーティがこの町にやってくることになっている。そのパーティと合流してから、水の宝珠とラナを中央に移動させる。ユモレイクの森を縦断するのではなく、ユモレイクの森を挟んで東側をそって、中央に戻ることになった。
アルデイルの町の教会に勤める聖職者については、セドリックが暫定的に神官となり、本日昼に到着予定のヨルドの聖職者たちと協力して治めることになった。
レイクが質問した。
「他の捜索隊のパーティを待って移動するんですか? すぐに移動したほうがいいんじゃないですか?」
エルダが答えた。
「水の宝珠をわたしたちが持っていることを知っている者は多くはないけれど、確かにいます。ユモレイクの森で魔物の軍団に待ち伏せされたことは記憶に新しいでしょう。帰還の旅は確実に、今まで以上に危険なものになるわ。そのために応援が必要なのよ」
ソレイユが補足するように言葉を続けた。
「俺たちも常に戦っているわけにはいなかい。休息も睡眠も必要だからな。俺も正直、きつい。昨夜からぶっ通しで戦っていたからな」
「どういうことですか?」
「昨夜から今朝にかけて三度、襲われたわ」
いたるところから驚きの声があがった。
「うっそー」
「なんですって?」
「えっ?」
ユーリの隣でラナが小さくささやいた。
「あたしも狙っていたんだけどね。狙うすきがなかったのよ。ちょっと時間があくと、敵がやってくるんだもの」
「だから姉さんたちはあんなに疲れているんだ」
シグルスを起こしたときも、「食よりも今は睡眠欲だ」と言っていたが、その本当の意味が分かった。そして心の隅でシグルスをおじさん扱いしたことを詫びた。
ラナが皆に聴こえるように、わざとらしく大きな声をあげた。
「あたしはどうようにして移動させられるのかしら?」
エルダはラナを見つめた。
「敵と一緒に戦ってくれるとありがたいわね」
ラナは皮肉気な笑みを浮かべた。
「自分を罰する場所に自ら赴くのね。自分が奪った青の宝珠を今度は守りながら」
「ラナ……」
ラナの心境を思うと、ユーリはいたたまれなくなった。
ラナの見方は自分だけなのだと感じた。
どうにしてラナの望みをかなえてあげたい。
ユーリは手をあげた。
「一つ提案があります」
エルダが問うた。
「何かしら?」
「おとり作戦でいくのは、どうでしょうか?」
「おとり作戦って、具体的には?」
「まずはパーティを二つに別けます。人数が多くて強い人たちがたくさんいるパーティです。もういっぽうで、普通の服装をした少人数のごくごく普通の旅人風のパーティを用意します。厳重なパーティは、それこそ水の宝珠を守っているということを丸わかりにして、中央に向かいます。けれど、彼らが持っているのはダミーの水の宝珠なんです。本物の水の宝珠は、旅人風のパーティが持っていて、中央とはまったく逆のほうに向かうんです。
ちょうど中央から逆の方向にクランシェという村があります。本物の水の宝珠を持ったパーティはそこでしばらくなりをひそめるというのはいかがでしょう?」
ユーリを見つめるラナ。
「ユーリ……」
エルダはユーリの意図は悟ったが、この場のみんなにも理解してもらうために質問した。
「どうしてクランシェなの?」
「クランシェの村は飢饉に陥っているとラナやアンナから聞きました。そこに赴き、その原因を探り解決できれば、水の宝珠も守れて一石二鳥だと思います」
「――そこで水の宝珠の力を使おうというの?」
「必要に応じては」
「却下ね。前にも言ったけれど、クランシェのような村はほかにも多くあるはずよ。クランシェだけ水の宝珠の力を使うのは、他の町や村から非難の声があがるわ」
ユーリはソレイユのほうに目線を向けた。ソレイユは首を横に振ることで意思を伝えた。
ユーリはうつむいてく、ちびるをかんだ。
万事尽きた。
ラナの望みは叶わず、水の宝珠を守りながら中央に向かい、罰を受けることになる。
クランシェの村は飢饉のまま、救われない。
誰も幸せにならない結末だ。