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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、大人たちが自分たちの会話を聞いていることに気づかなかった

「青春だねぇ」


 言ったのはシグルスである。ここはあてがわれたエルダとルリカの部屋。のはずだが、ルリカはいず、なぜかソレイユとシグルスがいた。

 会議はとうの昔に終わり、中央への報告も明日からの指示も受けている。

 テーブルの上には、エルダがはめているはずの蔦の模様が施された金属の腕輪が置かれている。テーブルに備え付けられた椅子に座るのは、エルダとソレイユ。

 シグルスは近くのベッドの上で胡坐をかいていた。

 ユーリとラナの会話は、腕輪を仲介してここにいる三人に筒抜けだった。


 ラナがはめている腕輪についていた石が、ミラーホンに使用されている通話効果を持った魔法道具なのだ。

 二つの腕輪が四十メートル以上離れた時、自動的に使用者の腕輪が振動し、腕輪に装着している石を押すと、通話が開始されるようになっている。

 使用者は腕輪を装着していなくてもよい。


 腕輪が振動したとき、エルダは腕輪を凝視した。エルダはラナのことを信じたいと思っていたことに気づいた。戒めの腕輪はただの保険のつもりだった。

 だからこそ、腕輪が振動したとき、ラナが逃げようとしているのかと思って、裏切られた気もちになった。


 ソレイユに目で催促され、腕輪の石を押すと、突如として会話が聞こえてきた。


「ラナはこれからどうするの?」

「あたしは罪人よ。アクアディア聖国の宝珠を盗んだ大悪党。罪を償わなくゃいけないでしょうね」


 ソレイユが小さな声で言った。


「こいつらどこにいるんだ?」


 エルダたちは自分たちの声が魔法石を通してユーリたちに届かないように小さな声で会話を始めた。


「ここから四十メートル離れたあたりなのよね。外かしら」

「外だな」


 シグルスが確認をこめて言いうないなや、部屋を出て行った。自分がユーリと泊まるはずの部屋を確認しにいったのだ。

 その間にもユーリたちの会話は続いた。


「でもその前にやらなくちゃいけないことがあるの。青の宝珠を盗んだ目的を全うすることよ」

「ラナ、それって……」

「あたしはまだ青の宝珠の力でクランシェの村を救うこと、あきらめていない」

「水の宝珠は姉さんたちが持っているし、もし奪ったとしても、すぐに捕らえられるのが落ちだよ」

「それでもあたしはやるわ」


 そこにシグルスが戻ってきた。


「部屋に学生はいなくかった。窓が開いていたから、窓から外の庭に出たらしい」


 エルダは窓の外の庭に目線を映した。部屋の明かりが反射して外の様子はよく見えない。


「連れ戻してくるか?」

「大丈夫でしょう。会話の様子から逃げる様子はないから。気分転換に庭に出たのかもしれないわ」


 ソレイユが訝し気な表情を浮かべた。


「二人でか?」

「たまたま庭で出くわしたのかもしれないでしょ」


 シグルスは再びベッドに腰かけた。ユーリたちの会話が聞こえやすいように、さっきよりも腕輪の近いところに座る。

 ユーリたちの会話を聞いていた三人は、ユーリが「ミラー本の石に似ている」と言ったとき、そろっとどきりとした。

 ソレイユは感心したように言った。


「鈍感そうに見えて、意外に良い感しているじゃないか。お前の弟は」

「わたしの弟だからね」


 引きつった笑みをうかべてエルダは答えた。そしてこう付け加えた。


「けれど鈍感そうというのは認めません」


 二人がキスをしようとして鼻と鼻をぶつけたときには、大人としてあたたかな笑みを浮かべたが、


「よかった。ユーリにとってあたしが初めてのキスの相手で」


 とラナが言った後、静かになって、会話がなくなった。

 しばらく会話がないため、想像するしかない。

 我慢ができなくなって衝動的にエルダは腕輪の石を押して通話を切った。


「おい、いいのかよ」


 シグルスが言った。エルダは憮然として表情を浮かべた。


「若者の会話を本人が知らないのをいいことに、盗み聞きなんて、気分のいいものじゃないわね」


 そんなエルダに、にやにやと笑みを浮かべながらソレイユが言う。


「そういうエルダだって、興味津々で聞いていたじゃないか」

「任務だから、しょうがないでしょ」

「弟の色恋沙汰が心配なだけだろう」

「心配するのは当然よ。弟なんだから」

「ブラコンすぎると弟に嫌われるぞ」

「ブラコンって何よブラコンって」

「はいはい。弟思いの姉貴をもってユーリは幸せものだなぁ」


 エルダとソレイユを交互に見つめながら、シグルスはやけに真面目な表情で質問した。


「二人は付き合っているのか?」


「はあ?」

「はあ?」


 二人の声がはもる。


「どうしてあたしがソレイユと付き合っていることになるのよ」

「エルダはライバルだが恋する相手じゃないぞ」

「ほう、そうかい。じゃあ、俺にもチャンスはあるわけだ」


 シグルスはエルダを見つめた。エルダは困惑気な表情を浮かべる。


「どういうこと?」

「俺の歳は三十八だ。エルダは二十四だったな。大人になれば十四歳なんて対した違いじゃないだろう?」

「まあ、歳は関係ないわね。わたしより歳上でも、剣術が下手な人もいるし、ぎゃくにわたしより年下でもうまい人がいるかもしれないわ。ラナはもしかしたらうまいかもしれないわね」

「俺は独り身だが、一生を一人で送るつもりはない。俺はなエルダ、お前みたいな強い女となら一緒に人生を送れると思うんだ」

「何を言ってるの?」

「俺はエルダに告白しているんだぜ」

「こ、告白?」


 エルダはいきなりな告白に目を丸くする。


「エルダは俺のことをどう思っている?」

「き、嫌いじゃないわよ。強いし、一人で傭兵をやっているのには敬意を感じるわ」

「俺と付き合ってみる気はないか?」

「そうね。シグルスみたいに真っ向から告白してきてくれた人は初めてよ。うれしいかも……」


 慌てたように言うのはソレイユだ。


「ちょっと待て。エルダ、よく考えろ。シグルスは確かに強いが、俺だって強い。剣術は負けるが魔法には自信がある」


 いつの間にかソレイユは椅子から立ち上がり、力説をしていた。


「なんだ、ソレイユ、やっぱりお前もエルダにほれているんじゃねえか」

「ちっ、ちがう。だれがこんな筋肉女に惚れているものか」

「そうよね。どうせわたしは筋肉女ですよーだ。色気もなにもあったものじゃないわよね。分かっているわ」


 わざとすねたように言うエルダに、ソレイユがあたふたと両手を上げ下げして弁解する。


「いやそんなに自分を卑下するな。こっそりエルダに思いを寄せているやつはたくさんいるぞ。ただ告白する勇気がないだけで」

「わたしに思いを寄せているかどうかは別として、告白する勇気がない人とは、付き合いたくないわね。勇気がある人がいいもの」

「うぐっ」


 ソレイユは口をつぐんだ。なぜか自分が言われたかのように落ち込む。

 シグルスがエルダを真剣な表情を浮かべて見つめた。


「答えは後でもいい。でも俺がエルダに好意をもっていることは知っていて欲しい」

「分かったわ。ありがとう」


 部屋の外から何者かの気配を感じ、三人とも身構えた。


「お出ましになったようだ」

「水の宝珠がここにあることは知れ渡っているからな」

「わたしたち三人相手に奪えると思っているのかしら」


 ラナの隣の部屋ににエルダとルリカが泊まるというのはラナに対するフェイクだった。ルリカにはミスティと同じ部屋に泊まってもらっている。連続の戦いに慣れていないルリカとミスティには、今夜はゆっくり休んでもらいたいというエルダの配慮だった。

 それに自分と同じ部屋だと、自分が水の宝珠を持っているという情報をどこからか入手した悪いことを考えるやからが今夜狙ってくるのは至極当然のことだった。

 そのため、ソレイユとシグルスには同じ部屋で待機し、敵の襲来を張っていたのだった。

 敵は夜の闇に隠れて、外から内からやってくる。カルロスがこの屋敷にかけた「シャットアウト」の魔法効果はまだ活きているが、警備員の言っていた通り、それを破る魔法もまた別にある。

 手を変え、品を変え、水の宝珠を狙ってくるはずだった。

 今、感じるのは、外にある悪意。

 窓から侵入しようとして、鉄格子とシャットアウトの魔法で難航している。そのままあきらめてくれればよかったが、強行突破するつもりのようで、何やら魔法発動の準備を始めた。


 これほどの悪意ならば、ラナも察知しているかもしれない。通話効果を途中で切ってしまったので、ラナがまだ庭にいるか部屋に戻っているかは分からない。どちらにしろ、戦いが始まったら、ラナならば気づくだろう。

 他の相手とやり合っているうちに、隙をついて水の宝珠を奪おうとするかもしれない。

 それもまた一興だ。

 エルダは好戦的な笑みを浮かべた。


「行くわよ」


 手早く窓を開き、鉄格子を外側に開くと、エルダは窓から飛び出した。

 そのまま人だか魔物だが魔族だが確認しないまま、盗人に向かって剣を振り下ろした。


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