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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、ラナとおしゃべりをする

 ユーリは、今の時間が愛しいからこそ、そう思っている今にも時が動いていることを否定したかった。

 それはこの世を見限り、自分の感情に蓋をし、ただ時の流れに身をまかせていたときとは、まったく逆の思考だった。

 それでもどちらとも、いびつな感情であることに違いはない。


 ユーリは自分でも気付かないまま、ある意味狂気ともいえる感情の海に足を踏み入れようとしていた。


 ようやくラナのどきどきは収まってきた。

 ラナは隣の男の子のことを考えた。頼りなくて、自主性がなくて、ただただ周りの流れに身を任せているだけの、自分が一番嫌いだと思う性格をした男の子だと思っていた。

 少しの間だが、同じ時間をともにし、ユーリがそれだけの人ではないことが分かってきた。


 傷つきやすい性格だから、感情の起伏を抑える。

 優しすぎるから、人と深く関わることを恐れる。

 それでも、土壇場になって、感情のままに行動し、自分を傷つける。


 あたしがカルロスの術にかかってしまったときに、あたしを助けるために、自分の犠牲を顧みず、カルロスに立ち向かったように。

 カルロスの術が解けて、ぼんやりしていたあたしを、自分のことのように憐れんで、本人のあたしが泣いていないのに、今にも泣きそうな顔をしていたように。

 

 ラナはユーリがたくさんの複雑な思いをその胸に秘めていることを要所要所で、垣間見た。

 ユーリのことをもっと知りたいと思う。思うと同時に、心の中にいままで感じたことのないふんわりとした温かい感情が沸き上がってきた。

 思わず胸を抑える。

 この感情は、ユーリに抱きしめられたときに感じた気持ちと似ている。

 とても心地よくてあたたかい。


「ねえ、ユーリ」

「なに、ラナ」


 ラナの呼びかけにユーリは見上げていた月からラナに目線を移した。

 こちらを見たユーリの表情は心がどこかに行っているかのように空虚に見えた。

 ラナは突然不安になる。メルレの町で馬車の事故現場を目の当たりにしたときのユーリの様子を思い出したのだ。

 馬車の下敷きになった女性と、その女性に追いすがる少女。そして、その様子をまばたきもせず、硬直したままその場で見つめるユーリ。

 治癒魔法をかけてあげて言ってもユーリは微動だにせず、しびれを切らしたラナは、ユーリの懐から宝珠を取り出して、宝珠の力を使った。そのために、ラナはアウネイロスに攫われることになり、挙句にはアルデイルの町の神官セドリックに化けたインキュバスのカルロスの手に落ちることになったのだ。

 あの時のユーリの様子は尋常ではなかった。ユーリのことを知りたいと望むならば、どうしてあのときに、ユーリがあのような状態になったかを知らなければならないと思った。

 ユーリは語りたがらないかもしれない。そのときは、ゆっくりと時間をかけて聞いてみようとラナは考える。


「聞きたいことがあるの」

「何? 答えられることなら何でも答えるよ」


 ユーリは微笑んでみせた。


「答えたくなかったら言わなくていいわ」


 ラナはそう前置きしてから、意識してゆっくりとした口調で質問した。


「メルレの町で馬車の横転事故に出くわした時のこと、覚えている?」

「え?」


 ユーリの瞳が揺らめいた。


「あのとき、あなたは棒立ちになって動かなくなったのよ。馬車の下敷きになって大けがをている女の人を助けてあげてと言っても、それが耳に入っていないようだった。

 ねえユーリ、あの時、あなたはどうなっていたの?」

「……」


 ユーリは何も言わず、ラナを見つめていた。その瞳は自分を見つめているようで何も見ていないように思えた。


 ユーリの心が遠くにいってしまいそうに思えた。それをつなぎとめようとするように、ラナはぎゅぅっとユーリの両手を自分の両手で包み込む。


「ユーリ!」


 ユーリの瞳に光が戻る。


「ああ、僕は……」


 喉の奥で呻くようにつぶやく。


「僕は今、あの時と同じように現実に目をそらそうとしていた。そうさせたのはラナだし、そこから救ってくれたのもラナだ」

「言っている意味が分からないわ」


 ラナは不思議そうに眉根を寄せた。


「いや、言葉が違うな。現実から逃げようとしたのは僕の心の弱さだね。そに気づかせてくれたのはラナだ」

「ユーリ?」


 ラナは意味不明なことを言うユーリを心配そうに見つめる。


「もう大丈夫だよ」


 ユーリはラナに握られたままの両手を少し動かした。それでラナは、自分がまだユーリの手を握ったままだと気づく。

 離したくなかったが、ラナは静かにユーリの手から自分のそれを離した。


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