ユーリ、見えざる鎖の魔法に興味を示す
「姉さんは仕事のことあまり話してくれないから、ソレイユさんみたいな人が近くにいるなんて知らなかったな」
「ユーリはお姉さんに大事にされているのね」
「そうだね」
今までならそんなことを言われたら照れ隠しのためと自覚がないのとで、全力で否定していた。しかし今は違う。ラナの言葉に素直に頷いた。
「今夜、みんなが寝静まったら、エルダのもとに忍び込んで水の宝珠を盗んでやるわ。腕輪の枷は自分の腕を斬ってでも逃げてみせる」
「自分の腕を斬るって。この前は、僕の腕を斬るって言っていたのに」
「エルダの腕を斬るなんてこと、さすがのあたしもできないと思うもの」
「そういうことか。でもそんなこと、話しちゃっていいの? 僕は捜索隊のメンバーだよ」
「エルダたちだって、あたしが今夜、水の宝珠を狙うのは当然把握しているでしょ。だから隠す必要はないわ」
「開き直りすぎているね」
ユーリは思わず笑みを浮かべ、ラナのはめている腕輪に目線を移した。
「見えない鎖で繋がっているんだね。すごいね、そんな魔法があるなんて。ちょっとよく見せてもらっていい?」
「ええ。いいわよ」
ラナが腕輪をしたほうの腕をユーリに差し出した。
「へえ、これが戒めの腕輪かぁ……」
ユーリはしげしげと腕輪を見つめ、「ちょっと触っていい?」とラナに了承を得てから、腕輪に触れてみた。
茨の模様は、セドリックの屋敷の窓に施された鉄格子を連想させる。
「この模様は、対になった腕輪にもあるの?」
ラナは頷いてから、
「まったく同じ模様じゃないわ。もう片方の腕輪には丸い葉っぱの蔦みたいな模様よ」
「模様で監視する者と監視される側が、装着する腕輪が判断できるようになっているんだね」
ユーリは腕輪を横から見たり縦から見たりして観察する。
ラナは、ユーリが腕輪を触るたびに、時々自分の腕や手にもあたることがあり、ユーリの手の暖かさが心地よく、こそばゆさを感じ、同時にもっと触れていて欲しいと思った。そう思った自分がなんだか恥ずかしくなり、ラナは気持ちをそらすためにユーリに話しかけた。
「えっと、ずいぶんと熱心に観察するのね」
「魔法道具にどんな魔法が使われるかというのは、魔法に興味がある人なら誰でも思うことだよ」
「そうなの」
「剣術もそうじゃない? ラナは魔物と戦ったときに、シグルスさんの『風斬』を模倣したことがあったよね。あれだって、シグルスさんがどのように技を発したか、自分なりに解釈したからできたことでしょう」
「言われてみればそうね」
ラナは頷いた。自分では気づいていなかったが、言われた通りだ。自分以外の他の剣士の技には興味がある。聖騎士のエルダや、騎士のレイクとアルベルトなど、剣を使用する人たちと行動を共にするのは、良い経験だとラナは思う。
「でも以外。ユーリがこんなに魔法に興味があるとは思わなかったわ」
「まあ、本当のことをいうと、魔法自体にはそれほどには興味がないよ。けれど、見えない鎖は、かなり興味がある」
「そうなの。どうして?」
「僕が大好きなマンガの中に似たようなものがでてくるんだ。それは全身が透明になる服なんだ。その服を着ると本当に誰の目からも見えなくなるんだよ」
「そうなの。透明になって何をするの?」
「透明になって悪いやつをやっつけるんだ」
「透明になれたら、誰にもばれずに青の宝珠も盗めたのに」
「科学技術は悪用してはならない」
「え、なに?」
「マンガの中の主人公が言う言葉だよ。透明になって窃盗するなんてもってのほかだよ」
「どんな理由があっても?」
「もちろんだよ。そういう意味では自分の力だけで水の宝珠を盗んだラナはえらい!」
「キュキュウ」
「そうそう、キャットもいたんだよね」
「そんなことで褒められても複雑な気分ね」
ラナは唇をへの字にまげた。
「『科学技術は悪用してはならない』は、それは魔法技術は悪用してはならない、という言葉に言い換えることもできるわね」
「ほんとうだぁ」
ユーリは新しい事を発見したように目を輝かせた。
「あれ、ここになんか石がつているな」
ユーリは腕輪の一か所に小指の先よりも小さな石がはめられていることに気づいた。
「なんだろう。これ」
「ただの飾りじゃないの?」
「戒めの道具に飾りなんかつけないと思うよ。ミラーホンに使用される石と形といい大きさといい、似ている気がするけれど」
「そうなの?」
ラナは真剣な表情で自分の腕を、正確には自分のはめている腕輪を見つめているユーリを見て、なぜだか胸がどきどきしてきた。
さっき、セドリックの屋敷に戻ったときに目を覚まして、自分がユーリに背負わされていると知ったときに、どきどきしたのと同じ状況だ。
また変な感じになっている。あたし、一体どうしたんだろう。ラナは今までの人生経験の中で感じたことのない初めての感情に戸惑い、恐怖した。
得体の知れない感情は恐ろしい。セドリックに操れていたときのことは、「操られていた」というれっきとした理由がある。
けれど、今の自分の感情がどこからくるものかその理由が分からない。
「ラナ、どうしたの? 急に黙り込んでしまったけれど」
声をかけられて我に返ると、思ったよりもすぐ近くに心配げに自分を見つめるユーリの顔があって、ラナは上半身をのけぞるようにしてユーリから身を引いた。
「う、ううん、なんでもないわ」
ユーリがいまだ戒めの腕輪がはめられたほうの腕を、手に取っていることに気づいて、ぱっとユーリの手から腕を離す。
ユーリは傷ついたような表情を浮かべた。
「あ、ごめん。そんなつもりじゃないの」
そんなつもり、というのがどんなつもりなのか自分でも分からないまま、ラナは慌てて謝った。
「本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫よ」
「キュルル?」
二人の間に挟まっていたキャットも、心配げにラナを見上げた。
ラナは笑みを浮かべて安心させるようにキャットの頭をなでてあげた。
春の気配を含んだ風が、庭の草木の間を流れ、ユーリとラナの髪を揺らしていった。
ぽちゃん、と再び池の魚が飛び跳ねた。
あとには静かな春の夜の空間が訪れた。
ユーリは再び月を見上げた。自分たちを見守るかのように月はただそこにある。
好きな子が隣にいて、ただ一緒の時を過ごしている。
それだけなのに、良い時間だなと思う。
このまま時間が止まってしまえばいいのに。
ユーリは明日からラナに課せられる罪人としての罰と償いのことを思うと、気持ちが沈んだ。
明日になれば今みたいにラナと一緒にいることはできないだろう。
ラナと離れなければならなくなる。
もっと一緒にいたいのに。
明日なんてこなければいい。