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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、再びラナを追いかける

 ユーリはラナのことを考えた。姉に呼び止められたラナは何を言われたのだろう。

 ラナは隣の部屋にいるはずだ。ラナの次の隣の部屋は、エルダとルリカが泊まる部屋となっている。


 ラナは今頃、同郷のアンナと思い出話に花を咲かせているのだろうか。


「今日は、いろんなことがあったなぁ」


 天井を見上げながらつぶやいてみる。

 眠りはまだやってこない。気持ちが高ぶっているのかもしれない。

 気持ちを落ち着かせるために、今日の出来事を回想することにした。

 朝起きて、不本意ながらら女装して美少女コンテストに参加し、特技を披露するコーナーで歌を歌って大きな歓声を受け、水着審査では、一緒にコンテストを受けていたレイクが男だとばれて、女の子たちにフルボッコされる瀬戸際で、自分がレイクをコンテストから連れ出すことで回避し、そのままコンテストは棄権した。

 そのあと、ジェーンの宿屋に戻ってさっさと普通の服に着替えて、男服の楽さを実感し、レイクとリリーが作ってくれたお茶を飲みながらくつろいだ。

 くつろぎながら思うのはラナのことだった。昨日の夕方、メルレの町でアウネイロスに連れ去らわれたラナが、どうして美少女コンテストに参加しているのか知りたかったし、自分の意思がないようなラナの様子が気になった。

 なんとかしてラナと話したいと思った。

 夕方近くになって美少女コンテストから帰ってきたエルダたちに一緒に参加したルリカが二位に入賞し、夕方のディナーに友達を一人連れて行くことを条件として出したという話を聞いた。その友達役に自ら進んで名乗り出て、ルリカと一緒にセドリックの屋敷に向かったのだった。ラナのことが心配だったから。

 セドリックの屋敷で出された料理は警戒していたけれど珍しい料理を食したいという誘惑に勝てず、食を進め、気づけば地下牢に押し込まれていた。

 そこで出会ったのが年配の男と、四人の女の子たちだった。

 牢から出てラナを見つけ出すために、牢を出たがらない女の子たちを説得し、男の協力を得て、牢から出た。

 そうしてラナがいるであろうセドリックの寝室に向かうと、そこでは、セドリックに弄ばれている女の子たちがいた。その中には、ラナもルリカもいたのだった。

 セドリックはインキュバスという魔族がセドリックに化けていたのだった。インキュバスは人間の性欲を糧とする。カルロスと名乗ったこのインキュバスは人間の性欲の中でも、美少女の性欲が大好物だった。だから、神官という身分をかさにして各地から美少女を集めていたのだった。

 カルロスは水の宝珠と声で心を操る自身の力で、この世を美少女天国にしようという野望を描いていた。

 その野望はエルダやソレイユ、ラナたちの、みんなの協力をもって根絶することができた。

 その後、混乱した町人への説明やら、怪我人の看護やらで一時は混乱を極めたが、今が祭りの時期ということもあるのか、危険が去ったと知った町人たちは、すぐさま宴を再開した。

 想像するより現実の物事のほうがあっけないほど、適用力があるものだとユーリは思った。

 ラナとクランシェの村に住むアンナとの再会では、アンナの家族がアンナにした酷な打ち明け話を聞き、それを機として、姉が家族を守りたいと常に考えていることを知った。姉がそう思うようになったのは、弟の自分がふがいないためだろうとユーリは思う。

 頼りなくて、弱くて、向上心もなくて、時の流れに身をまかせてただ日々を送っているだけの弟の姿を、姉はどんな気持ちで見つめていたのだろうか。

 父親は一時は嘆いていたが、その嘆きを忘れようとするかのように、仕事に打ち込み始めた。

 父は朝早くから夜遅くまで仕事をして、家にいる時間はほとんどない生活になった。父と子の会話は激減し、そのことにユーリは気づかないまま、日々をただ惰性的に過ごしていった。

 姉は、責任感の強いエルダは、そんな家族を守るために強くありたいと願い、そして聖騎士になったのだ。

 そして、自分はどうなりたいのか。

 どうしたいか。

 答えが見えない。答えを知りたい。


「今回の経験は、おまえさんにとって、一生の宝となるだろう」


 つい先ほど、シグルスから聞いた言葉が耳の奥から聞こえ、何かたきつけられるように上半身を起こした。シグルスのほうをみると、そこにシグルスはいなかった。

空になったグラスがテーブルの上に置かれている。

 ひらりと思い出したように、自分の体に掛けられた毛布が落ちた。


 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。この毛布はシグルスがかけてくれたのだろう。

 二日酔いで、朝の目覚めがすこぶる悪いアルベルトの面倒をかいがいしくしていたシグルスの様子を思い出す。

 シグルスはその人相と言動で勘違いをさせられるが、ここぞというときには面倒見がいい大人だ。

 シグルスがいないということは、風呂に行っているのだろう。


 隣の部屋はしんとしている。ラナはすでに寝たのかもしれない。自分ももう寝よう。

 眠くないつもりだったが、横になって考え事をしていたら、いつの間にか寝てたから、体が睡眠を欲しているのだろう。

 シグルスにかけてもらった毛布をシグルスが寝るベッドの上に戻すために、ベッドから起き上がって、シグルスのベッドのほうに向かった。

 毛布を丁寧に折りたたんで、シグルスのベッドの上に置く。

 戻りがてら、窓の外に目線を向けた。シグルスが今日は良い月だと言っていた。どんな月だろうと窓に近づいて外を眺める。

 確かに窓の外側にはめられている鉄格子が武骨すぎる。窓自体はアーチ状でおしゃれなのに、もったいない。そのことを考慮して、鉄格子も蔦が絡まるような細工が施されているが、鉄格子であることに違いはない。

 この部屋は、屋敷の中の庭園に面している。月の光に照らされて、庭の様子が闇夜の中にうっすらと見える。玄関から屋敷までの間にある庭と同様に、ほどほどに手入れされた庭だ。

 月はどこにあるのだろうと窓に張り付くようにして月を探す。と、姿の見えない月の光に反射されて赤く光るものが視界に飛び込んでた。


「ラナ!」


 あれはラナの髪の色だ。

 どうしてラナが屋敷の外にいるのだ。

 今後において逃げようというのか。

 まさか、ラナが今更そんなことをするはずがない。

 ラナを信じたい。

 けれど、今目のあたりにした光景は……。

 

 ユーリが思いを巡らせているうちに、ラナらしき姿は庭の木々に紛れて消えた。


「ラナ」


 ラナを追いかけなければと思った。

 早くしないと、ラナがどこかに行ってしまう。

 屋敷の玄関出て、屋敷をぐるっと回って庭園に行くのでは時間がかかりすぎる。

 ユーリは窓を開けてみた。窓は内側に開けるタイプだった。鉄格子に手をかけると、金属の柵は外側からは開かないが、内側からは簡単に開く仕様になっていた。

 考えるより先に、ユーリは窓から飛び降りていた。

 草木のにおいがした。

 月明りの夜、いつかもラナを追ったことを思い出す。

 あのときは、盗人を捜索している途中で立ち寄ったフルレの村で、かつての教会の廃墟に巣くっているという魔物を退治するために、ラナが単独で夜中に宿屋を出て、それに気づいたユーリが後を追ったのだった。

 あの時どうして追ったのかというと、ラナが水の宝珠を盗んだ人物かもしれないとうすうす疑っていたところだったため、ラナが逃げ出したのかもしれないと考えたからだ。

 しかし、それは名目で、本当はラナと話がしたかっただけだった。

 そして今、ラナを追いかけているのも、ラナが逃げるのが心配だからというのは名目で、ラナがもし本当に何も言わずに自分の元から去って行こうとしているのなら、それは嫌だと思ったからなのだと気づく。

 ラナと、もっと話をしたいし、ラナのことをもっと知りたい。

 僕はいつもラナの後を追っているな。ユーリは思い、思わず口に笑みが漏れた。

 しかし、笑っている場合ではない。

 ユーリはラナの姿が見えたところに向かって駈け出した。その人影はすぐに視界に入った。それほど広い庭ではないのだ。

 ラナは空を見上げていた。

 

「ラナ!」


 ユーリはラナの後ろ姿に向かって、その名を呼んだ。


 ラナが振り返る。ラナの肩には白い鳥、のような生き物キャットがいた。


「ユーリ、こんな夜中にどうしたの?」


 心配してラナの後を追ってきた自分が間抜けに思えるほど、ラナは朗らかな表情を浮かべていた。


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