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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、あてがわれた部屋でシグルスと会話をする

 その後、中央に報告するための会議を開くからと、エルダやソレイユたちパーティのリーダーとアルデイルの町の神官セドリックだけが食堂に残り、他の者たちは給仕をしていた少女たちも含めて、食堂から出て、各々当てられた部屋で休んだり、風呂に入ったりする時間となった。

 明日の朝は、七時半に食堂に集まることが告げられる。


「ラナ、少しいかしら」


 食堂を出るとき、ラナはエルダに呼び止められた。

 訝し気に振り向くと、静かな瞳をたたえたエルダと目線があった。その間にも、他の者たちは退室していく。

 ユーリはラナがエルダに呼び止められたことが気になり、歩みを止めた。


「話したいことがあるから、少し残ってくれる?」

「かまわないわ」


 ラナは請け合った。


「ラナ……」


 ユーリは気になってラナの近くまでやってきた。それに気づいたエルダが普段よりもきつい口調で言う。


「あなたは戻っていいわ。ゆっくり休みなさい」


 姉としてではなく、パーティのリーダーとして、お願いというよりも指示だった。


「でも……」


 ラナをちらりと見て、不安そうな表情を浮かべるユーリに、ソレイユが笑ってみせた。


「ラナが心配なのは分かるが、なにもとって食ったりするわけじゃない。安心しなさい」

 ユーリはラナを見た。ラナはユーリに頷き返した。


「分かりました」


 ユーリはエルダたちに答えると、後ろ髪をひかれる思いで退出した。ユーリはあてがわれた部屋に向かった。ユーリの泊まる部屋は二人部屋で、シグルスと一緒だ。


 ドアをノックすると、中から「あいよ」というシグルスの返事がした。続いて「入っていいぜ」と言葉が続く。


「失礼します」


 ユーリは一言断って、中に入った。部屋は宿屋の二人部屋よりも広く、ベッドも大きかった。

 シグルスは、窓際に置かれたテーブルで、琥珀色の液体の入ったグラスを傾けていた。テーブルには、琥珀色の液体が三分の一ほど減ったものが入った瓶が置かれている。


「よう、おつかれさん」


 シグルスはグラスをかかげた。


「シグルスさんもお疲れさまでした。ベッド、どっち使います?」

「どっちでもいい。学生が好きなほうを使え」

「はあ」


 ユーリは部屋に入って手前側のベッドに腰を下ろした。


「何、飲んでいるんですか?」

「おまえさんも飲むか?」

「僕が飲んでもいいものですか?」

「学生でも飲むやつは飲む。要はばれなきゃいいだぜ」


 とても大人の言葉とは思えないが、ユーリはただ小さく笑った。シグルスはときどこうして子供をからかうのだ。


「次の機会にしておきます」

「つれねえなぁ」


 シグルスは窓の外を見上げた。


「今日は良い月が出ているぜ。鉄格子が邪魔だがな」

「そうですか」


 ユーリはベッドに腰を下ろした。


「寝る前の一杯ですか?」

「いや、この後、風呂に入るつもりだ」

「飲んだあとにお風呂に入るのは酔いが回りすぎて危険だと聞いたことがありますよ」

「よく知ってるじゃねぇか。やっぱり、学生も、こっそり飲んでいる口だろう?」

「違いますよ」


 慌てて否定する。


「酒にはその時によって飲み方っていうのがあるもんだ。今は、風呂待ちのに入るまでの時間つぶしと、それから一時の休息だな。今日も長い夜になりそうだしよ」

「長い夜ってどういうことですか? シグルスさんはそんなに長風呂なの?」

「ああ、まあ、そんなところだ」


 シグルスは顔をしかめて、言葉を濁した。シグルスらしくない素振りに小さな疑問を感じたが、些細なことなので流すことにした。


「今の時間は女の子たちが風呂に入っているんですよね」

「そうだ。三十分というしばりだが、まず必ずオーバーするだろうな。このまま寝てもいいが、セドリックの屋敷の浴槽を見てみるのもいいと思ってな。待つことにした」


 シグルスの言葉で、ユーリはシグルスがこの国を訪れた理由を思い出した。


「そういえば、シグルスさんはこの国に観光にやってきたんですよね」


 最初に捜索隊のメンバーとして自己紹介をし合った時に、シグルスはそんなことを言っていた。

 最初合った時は目つきが悪くて、人相も悪くて、体格がよくて、怖そうな大人の人だと思ったものだが、今ではそんなことは思わない。面倒見が良くて頼れる人生の先輩だ。


「ああ、観光よりもおもしろいことに遭遇しているがな」

「すみません」

「学生が謝ることじゃねぇよ。それに俺はこの状況をけっこう楽しんでいるんだ。美少女王国を造ろうとしたインキュバスと戦うことなんて、そうそうねぇだろうし」

「……まあ、そうですよね」

「そういう意味では、学生、おまえさんも良い経験ができると思うぜ。普通の学生が経験できないことだ。今回の経験は、おまえさんにとって、一生の宝となるだろう」

「そう、思います」


 ユーリは強く頷いた。捜索隊として行動していた最初のころ、ユーリは初めて魔物という存在と出くわした。ポイズンケロンという大型のカエルの姿をした魔物だった。

 魔物は倒すことができたが、その日の夜、シグルスはエルダ、レイク、アルベルトにそれぞれアドバイスをしてくれた。

 当然ユーリは、自分にも何かアドバイスをしてもらえるのかと思って期待した。けれど、シグルスは自分にはアドバイスをくれなかった。

 だから勇気を出して自分から質問したのだ。「僕にも何かアドバイスをもらえますか?」と。

 そのときのシグルスの返事は「嫌だね」という拒絶の言葉だった。

 理由として「俺の言葉で納得したとしても、それはただ納得したつもりになるだけかもしれない。本質的に悩んでいることは実は違うことだったかもしれない。そのことに気づかずに、ずっと生きることになるかもしれない。そんな大役はごめんだ」と答えたのだった。そして最後に言った。


「いろいろ悩むのも若者の特権てやつさ」


 そんなぁ、とユーリは思ったし、口にも出したはずだ。


 あの時、本当はどんな言葉を欲していたのだろうとユーリは思う。あの時、確かに誰かの慰めの言葉を欲していた。

 濡れ衣で牢屋にぶちこまれ、水の宝珠を盗んだ者と縁ができたということで、盗人の捜索隊の一員に選ばれてしまった。

 初めて魔物と戦い、自分の中にあった卑怯さと、自分の実力のなさをまざまざと見せつけられた。こんな思いをしているのは、自分の意思ではない力で動かされているからで、今までどおり、中央で普通の学生として普通の暮らしをしていたら、実感できなかったことだ。それを実感させられている現状に、あのころのユーリは憤りとやりきれなさを感じてたのだ。

 そこではたと気づく。


 求めていたのは、慰めの言葉だったのだ、と。


 ただ誰かに慰めて欲しかったのだ。理不尽に嫌な思いをさせてごめんね。嫌なことは忘れて中央に帰りましょう。


 そんな言葉を欲していた。けれど、ユーリの周りにはそんな言葉をかけてくれる者はいなかった。

 どころか、それぞれが自分のため、仲間のために行動している志の高い人たちのように思えた。


 ユーリはベッドの上にあおむけに寝っ転がった。


「寝るときはちゃんと布団を上にかけて寝るんだぞ」

「はい。シグルスさんもお風呂に入る前に飲みすぎないでくださいね」


 シグルスは肩をすくめてみせた。


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