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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、セドリックの屋敷で夜食をいただく

「みなさん、ちょっとよろしいでしょうか?」


 突然、マールが声をあげた。


「提案なのですが、食事はみなさん、集まってからですよね。待っている間に、先に着いた方々は、一足先に湯を浴びてきたらいかがでしょう?」


 オルビアが言葉を続けた。


「そうですよ。お風呂の準備はできています。洗い場は三つしかありませんが、湯船が大きいので、交代で洗い場を使用すれば、十人入っても大丈夫ですよ」


 エルダが頷いた。


「そうね。みんなで一気に入ると、狭くなるだろうし、そのほうがいいわ。お言葉に甘えようかしら」


 そのようなわけで、ユーリたちは風呂に入ることになった。風呂場の使用は、女子組と男子組に時間を分けることになった。

 セドリックは髭をそり、毛玉がいたるところにできていた髪もきれいに洗うとだいぶ見違えてみえた。

 着替えはユーリたちの分は「来賓用ですが」と一言添えて、マールたちがきれいに洗って折りたたまれた部屋着を用意してくれた。

 全員が入り終わったのは三十分後。そのときには、馬の様子を見にいったメンバーも、ジェーンの宿屋に荷物を取りにいったメンバーも戻ってきていた。


「ごめんね、先に湯を浴びせさていただいたわ」


 生乾きの髪に手をかけ、エルダが申し訳なさそうに言った。ソレイユが大仰に頷いた。


「それでかまわない。聖職者が大人数で混浴なんかしたら、大衆に叩かれること、火を見るより明らかだからな」


 言ってにやりと笑ってみせる。


 後から来た仲間たちは風呂は後回しにし、ようやくみんなで食事となった。

 ユーリとラナはルリカは夕食のディナーで一度、ここで食事をしているが、あのときは任務があったため、食事を味わう余裕はなかった。

 それでも今まで食べたことのない異国の食材が使われた料理に夢中になってしまったのだった。

 今回は、悪者は退治して気持ちは開放的であり、信用のおける仲間たちも一緒だ。

 心おきなく料理を堪能することができた。


 エルダが瞳を輝かせて言った。


「おいしいわね。うちの職員食堂よりおいしいわ」


 ソレイユは口をもぐもぐさせながら、エルダに答えた。


「比べる対象がかわいそうだろう」


 食事の合間に、馬の様子を見に行ったメンバーと、ジェーンの宿屋に荷物を取りに行ったメンバーから簡単な報告があった。

 厩の様子は予想に反して落ち着いていたとのこと。心配性な者たちは、あの騒ぎの時に真っ先に町を出て行ったからだ。引き続き、馬を預かってもらうことになった。

 ジェーンの宿屋では、ジェーンはまだ帰ってきていなかった。ジェーンが先ほどの戦いに巻き込まれた可能性もあるが、今は状況を知る術はない。そのため、荷物だけ一か所にまとめて、明日の朝、荷物を取りに来るので一晩荷物を預かってもらうように書置きをしてきたとのことだった。


「ジェーンのことだからうまく逃げて今頃、市場で酒を飲んでいると思うがな。なんたって、商売がうまい。そんなやつは世渡りもうまいもんだ」


 と言ったのは、ユーリたちの中で一番世渡りが長いシグルスだった。


 報告も終わり、食事もひと段落したところで、セドリックが口を開いた。


「マール、そろそろデザートをだしてもらえるかな」

「かしこまりました」


 マールはにこやかに答えた。

 ほどなくして、白と黄色と桃色が混じった、つやつやした甘いにおいのする何かが、白い皿にのせられたものが、各人のテーブルの前に置かれた。それは三つあり、一つ一つの大きさはされほど大きくなく、三日月型をしていて程よい厚みがある。一口で口に入れられるほどの大きさだ。


「はるか東の国から仕入れたもののようです。数えてみたら百個もありました。日の持つものではありませんので、ぜひ皆さんで召し上がってください」


 エルダが目を輝かせた。


「これが十歳若返るという桃源郷の桃ね」


 エルダは恭しくそれを口に運んだ。


「――うーん、おいしい。これが十歳は若返る桃源郷の桃の味なのね!」


 桃という果物をユーリは初めて食べた。一口運ぶと、みずみずしく甘い味が口の中に広る。問答無用においしい。

 皿の上の桃のかけらはあっという間になくなり、追加で皮が向かれていない桃が大きなボールにてんこもりでやってきた。


 マールが桃を一つ手にして言った。


「これが皮をむく前の桃です。食べるためには、まず皮をむかないといけません。むき方にはコツがありますので、みなさん、どうぞ、よろしければご一緒に」


 マールはユーリたちに桃の食べ方を伝授した。桃の食べ方を継承したユーリは、これを逃したらもう一生食べれないかもしれないという思いに駆られ、慣れない手つきで桃を食べやすいように皮をむいて食べ始めた。

 ラナのほうを伺うと、ラナはゆっくりと自分のペースで食べている。


「ラナ、桃は口に合わない?」

「けっこうおなかいっぱいなの。……こんなことを言ったら、クランシェの村のみんなに恨まれるわね」


 ラナの隣に座っていたアンナが、再び涙を流した。


「こんなにおいしい果物がこの世にあるなんて。お父さんたちに食べさせてあげたい……」


 ラナは賛同した。


「ほんとうにそうね」


 そして思い出したように付け加える。


「桃はおいしいわ」


 ユーリは頷いた。


「僕も桃初めてたべたよ。桃ってこんな味なんだ。さくらイチゴに似ているかな。あまずっぱい感じが」


 ラナが顔をあげた。


「さくらイチゴ?」

「うん、南の地方でよくとれる果物なんだ。桃よりもっと赤くて、皮をむかなくても食べられるんだよ。これからの季節がシーズンなんだよ」

「それは便利ね。食べてみたいわ」

「そのうち食べられるよ」


 ラナは顔色を曇らせた。


「……そうね」


 ユーリは自分で安易に言った「そのうち」というのが何時になるのか、今のラナには検討がつかないことに気づいて、自分の失言に心の中で反省した。

 なぜなら、ラナは魔族を倒した立役者の一人だが、水の宝珠を盗んだ盗人でもあるからだ。

 これからのラナの立場を考えると、不安と心配で心が押しつぶされそうになった。そっとラナの様子を伺う。

 ラナはとてもおいしそうに桃を咀嚼している。明日の自分の立場をこのときばかりは忘れようとするかのように。


「これでわたしも十歳は、いえ、それ以上は若くなるはずよ」


 エルダは少しでも若返りにあやかろうとするように、たくさん食べた。


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