ユーリ、父親のことを思い、エルダの守りたいものが何かを悟る
ユーリもアンナに何か声をかけてあげたかった。けれど言葉が見つからない。実の父親に売られるなんて、どんな心境だろう。想像できないし、したくもない。
ユーリは自分の父親のことを思い出した。神官である父親は、朝早くて帰りは遅く、休みの日にも、講義や町のイベントなどに駆り出されて家にいないことが多い。たまにいても、書斎で本を読んでいるくらいで、親子らしい会話は、思い返してみれば、最近したことない。
直近では、学校の終業式の後、ラクロスたちと一緒にいたときに、講堂に続く中央ホールたまたま出くわしたときだ。
ソフィアをする校庭と、祈りを捧げる礼拝堂が同じ方向のときに出くわしたため、父親は、自分たちが学校帰りに礼拝堂に祈りを捧げるものだと勘違いしたのだった。
そのとき確かに父親はうれしそうに自分を見つめていた。
あの時は級友と一緒のときに、働いている父親に出くわしたことや、その父親が勘違いをしたことに、恥ずかしさと苦々しさを感じたものだが、今では、そう思った自分こそ、恥ずかしく思う。
いつの間にか隣に来ていたエルダが、ユーリにしか聞こえないくらいの声の大きさで言った。
「どんな理由があったとしても、家族に裏切られるのはつらいでしょうね」
「姉さん?」
「母さんがいないことを悲しんだことは何度もあるわ。あなたもでしょう、ユーリ」
「うん」
「わたしはそのたびに、悲しんでいる時間はない。母さんがいない分だけ、わたしが家族を守るためにしっかりしなくちゃって思って生きてきたの。その家族に裏切られるのは、つらいわね」
「――うん」
母親が亡くなったとき、自分はただ嘆くだけだった。自分の思いだけでは変えられない運命を、まざまざと目の前に突き付けられて、嘆きつかれ、そして考えることをやめた。
姉は、それとは真逆のことを考え、そして行動したのだ。
いつだったかレイクが姉に質問したことがあった。どうして聖騎士になろうと思ったのか、と。姉は答えた。
「守りたいものを守るためには強くなければいけないと思ったのよ。精神的にも肉体的にもね」
と。
姉が「守りたいもの」、それは家族だ。父親と自分なのだ。そのことをユーリは初めて実感した。
実感すると同時に、心の奥から震えがきた。
感動の震えだ。姉への感謝の思いの震えだ。
今まで感じたことのない気持ちだ。
絶望を味わった。
恐怖を味わった。
死を間近に感じた。
そして、今、心の底から感謝するという心境を感じている。
ユーリは口を開いた。
「姉さん……」
それは思ったよりも小さな声になった。いつの間にのどがからからに乾いていたのだ。
ユーリは咳払いをすると、再びエルダに言った。
「姉さん、今までありがとう。心から感謝するよ」
エルダは突然の弟の感謝の言葉に、目をぱちくりし、次の瞬間、破顔した。
「突然何を言うかと思えば。気づくのが遅いわよ」
言って、エルダはぐりぐりとユーリの頭を撫でまわす。
「姉さん、痛いって。撫ですぎだよ!」
悲鳴の声をあげながらも、姉は照れ隠しのためにこうしているんだなと心の奥で思って、それに気づくと、またもや暖かい気持ちが心の中に沸き起こった。