ユーリ、ラナの様子がおかしいことを心配する
ユーリたちは、厩舎に預けていた馬の確認をするメンバーと、グレイスの宿に荷物を取りに向かうメンバー、そしてこのままセドリックの屋敷に戻るメンバーに分かれた。
ユーリはセドリックの屋敷に戻るメンバーとして、まだ眠ったままのラナを背負ってセドリックの屋敷に戻ることになった。エルダとルリカ、そしてミスティも一緒だ。
ユーリはラナを背負ってみて、予想以上に軽いことに驚いた。そして、よくこんな小さな体で、魔族や魔物と戦ったりできるものだとつくづく思う。腕だって、自分は同級生の男子と比べると細いほうだが、そんな自分よりも細いくらいだ。
ラナがいくら軽いとはいえ、ラナを背負ってセドリックの屋敷にたどり着いたときには、膝がぷるぷるしていたし、ラナの身体を支えている腕もあわすれば、ラナを支えきれなくなって落としそうになっていた。
「よく戻られました。食事の準備はできています」
ユーリたちを出迎えたセドリックは開口一番こういったが、すぐに怪訝な表情になった。
「人数が少ないのはまだ、現場に残っている方々がいらっしゃるのですか?」
「厩舎に預けている馬の様子を見に行ったり、昨日泊まった宿に荷物を取りにいっているだけよ。すぐにもどってくるわ」
「そうですか。安心しました。さあ、中へ」
屋敷の中に入るなり、食堂から良いにおいが漂ってきて、ユーリのおなかがそれに呼応するようにぐぐぅと鳴った。
歩みを進めながら、セドリックはエルダに質問した。
「町の様子はいかがでしたか?」
「最初に魔族が現れたときよりもだいぶ収まっていました。この町の警備員たちは優秀ですね」
「騎士が頼りなかったからでしょうね」
セドリックは自虐的に笑った。
「私が統治を離れている間に、カルロスは好き勝手なことをし放題だったようです。今までのツケを整理しなければなりませんね」
「その通りよ」
食事のにおいにつられたのか、ユーリが背負っていたラナが身じろぎした。ユーリは少しだけ首を後ろに回して問いかけた。
「ラナ、起きたの?」
ラナは自分の状態がすぐには分からなかった。すぐ近くにユーリがいることだけが理解できた。
「あたし……」
つぶやき、ようやくラナは自分がユーリに背負われているのだと気づく。
ラナは自分でもよく分からないが、顔が赤くなるのを感じた。体に感じるこの暖かさはユーリの背中の暖かさなのだと分かると、さらに顔が赤くなった。
「ユーリ、あたしどうして。ユーリ、降ろして」
ラナはユーリの背中で身をよじった。
「うわ、分かったから暴れないで。落としてしまうよ」
ユーリは腰をかがめてラナの足が床に着くようにした。ラナは自分の足が床に着いた途端、自分の体を自分の足で支えようとして、ふらついた。
「あぶない」
そんなラナの体をユーリがとっさに手を伸ばして支える。
意図したわけではないが、ラナはユーリに抱きつくような格好になった。
再び、あわててユーリから離れるラナ。ますます顔が火照っているのを感じる。それに、とても心臓がどきどきしている。
何か変な魔法でもかけられたのではないかと、本気でラナは警戒する。
「なんだかあたし、変。カルロスの魔法がまだ残っているのかも」
「え? まさか……。ほんとに?」
ユーリも心配になった。
そんな二人のやり取りを見ていたルリカがにんまりと笑った。
「ラナのその状態はカルロスの魔法なんかじゃありませんよぅ」
ラナは必至な表情でルリカに問いかけた。
「じゃあ、なんなの?」
「安心してください。誰でにも、なり得る現象ですからぁ」
「どうしてこんな現象になるの? それは何が原因なの?」
「それはですねぇ」
ルリカが続きを言おうとしたとき、先に廊下を歩いていたエルダがこちらを振り向いた。
「みんな、そんなところで突っ立ってどうしたの?」
ユーリが答えた。
「ラナが目を覚ましたんだけど、様子がおかしいんだよ」
「様子がおかしいですって?」
エルダはユーリたちの元に戻った。
「ラナ、どこかおかしいという自覚はあるの?」
質問しながら、エルダはラナの様子を伺った。ユーリに背負わせていたときのラナは、顔が蒼白で、血の気がなかったが、今のラナは、耳と頬が赤くなっていて、目もうるんでいる。
確かに様子がおかしいように見えた。
「ちょっとごめんね」
前置きしてから、自分の手のひらをラナの額に当てる。
「少し熱があるかしら」
「そうかもしれない。なんだか、身体がの奥が熱く感じるもの」
「食事したあとに風邪薬を飲んだほうがいいかもしれないわね。その他に何か違和感を感じることはある?」
「違和感……」
考えをめぐらせようとして、目線を彷徨わせると、心配そうにこちらを見ているユーリの姿が視界に飛び込んできた。
胸がどきんと高鳴り、ラナはさっとユーリから目線をそらす。
胸に手を当てる。
「なんか胸が苦しい」
いつものラナらしくない様子に、ユーリはますますラナが心配になってラナに近寄った。
「ラナ、大丈夫?」
「だ、大丈夫!」
ラナは大きな声をあげて、ユーリから離れた。
「ラ、ラナ……?」
ユーリはそんなラナの行動に、ますます心配をつのらせる。
エルダもユーリと同じような心配げな表情を浮かべてラナに話しかけた。
「本当に大丈夫なの?」
「うん……」
ラナは頷いた。
そこに景気よく、きゅるうとラナの腹の虫が鳴った。
「とてもおなかがすいているの。だから本調子がでないのかもしれない」
エルダは微笑んだ。
「それはあるかもね。わたしもおなかぺこぺこよ。さあ、行きましょう」
エルダはラナを促した。
「ええ」
頷き、ラナは自分の足でエルダに続いた。
ラナの後ろ姿を心配そうに見つめるユーリに、ユリカが話しかけた。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよぅ」
「そ、そうかな……」
「ラナのさっきの様子はカルロスとはぜんぜん違う要因があるとわたしは見ました」
「どんな要因なの? さっき、何か言いかけていたよね?」
ラナが本調子ではないならば、できるかぎり助けてあげたいという思いを全力に出して問うユーリに、ユリカはふたたびにんまりと笑ってみせた。
「教えてあげません」
「な、なんで?」
「それは野暮といういうものですからね。ユーリも原因の一部に入っていますし」
「え? 僕が? ますます知りたいよ。教えてよ」
「おっしえませ~ん」
「どうして?」
「そのほうがおもしろいからに決まっているじゃないですかぁ」
「ルリカ……」
ユーリはルリカを恨みがましそうに睨んだ。
「ラナのことはユーリが思うような心配はないので、その点については安心してください」
「笑顔でごまかそうしているよね?」
「笑顔でごまかせるのは美人の特権ですぅ」
「美人ってそれ、自分で言うかな?」
「事実ですからぁ」
にこにこ笑みを浮かべて言うルリカを見て、ユーリは言い返す気力を失った。ラナの様子がおかしいのは、カルロスの魔法がまだ影響しているのかと心配したが、そうではないようだし、ここでルリカに問い詰めても、彼女ははぐらかして教えてくれないだろう。
「あなたたち、いつまでそこにいるの?」
エルダが食堂の扉の前で立ち止まって、こちらを見ていた。
「ああ、今、行くよ」
ユーリはあわててエルダのほうに向かった。
「うしし。ユーリとラナ、青春って感じですねぇ。見てて楽しいですぅ」
心底楽しそうににんまりと笑みを浮かべるルリカに、ミスティはあきれたような表情を浮かべた。
「ルリカ、あなた、なかなかの性悪ね」
「何も言わずに傍観しているミスティだって、同罪ですよ」
「ああいうのって、本人同士が気づいて、自分の気持ちを相手に伝えるのがベストだと思うからね」
「そうですよねぇ」
「だからといって、別の意味で意味深な言葉を告げるのはどうかと思うわ」
「傍観者としての醍醐味ですよ、うしし」
「変な笑い声をあげてないで、あたしたちも行きましょう」
「そうですね」
答えて、ルリカは言葉を続けた。
「それにしてもエルダ様は、騎士としては優秀でも、色恋沙汰には疎いみたいですね。わたしはエルダ様を尊敬していますけど、恋愛経験値はわたしのほうが上のようですぅ。うしし」
「何言ってんだか」
にんまりと笑うルリカを横目で見ながら、ミスティはあきれたようにつぶやいた。