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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、精霊同士の言い合いに立ち入る

 突如としてエイジが身に着けている、七つ道具袋のポケットに差し込んであった数本のクナイのうち、色味が他のクナイよりも白い色をしたクナイが光りだした。

 そのクナイがみるみる形を変えて、銀色の精霊になる。


「こいつが何も弁解しないからって、勝手にエイジのことをあれこれ想像するな。

 とくにそこのミドリのやつ」


 グレイはレイクの腕の陰に隠れているリリーを指さした。


「ひゃあ」


 びくりとリリーは震えて、すぐさまレイクの陰に隠れた。


「勝手に想像して勝手に怖がって。エイジのことをよく知りもしないくせに。

 ほんとにオレさまが斬ってすりつぶして、畑の肥料にしてやるぞ」

「……うう」


 リリーはグレイの権幕に脅えて何も言えない。

 レイクは銀色の精霊から守るように両腕に包んでやると、銀色の精霊をにらみつけた。


「リリーは木の精霊だから金属の精霊である君を怖がるのは当然なんだぞ。恐いと思うのは本能なんだから」

「本能だからって、こっちは何もしてないのに感じ悪いぞ」

「リリーはまだ人の世界に慣れていないし、金属の精霊が近くにいたことなんてなかったんだからしょうがないだろ」

「なんだと。知らなければなんでも許されるって思っているのか?」

「グレイ、それくらいにしてあげなさい」


 エイジが銀色の精霊、グレイに言った。


「エイジが黙っているから、オレが言ってやったんだ」

「グレイの気持ちは分かりました。感謝します。

 けれど、こちらの精霊はこの世に生まれて月日はあまり経っていないようです。グレイはこの世に存在してから長いでしょう。グレイのほうがお兄さんなのですから、気持ちを抑えることもできるはずです」

「お、お兄さん……」


 グレイは目をぱちくりさせた。今だレイクの腕の中でぶるぶる震えている木の精霊に目線を移す。

 自分と同じ精霊という存在なのに、命の輝きが小さい。ぶるぶるとひたすら震えて、契約者の人間の背後に隠れている態度を見ていると、なんだか嗜虐的な気持ちが高まっていく。この気持ちは自分が鋼の精霊であるがための本能なのか。もしそうだとしたら、自分はそれを制御できるはずだ。

 なぜなら、オレはこいつよりもお兄ちゃんなんだからな!


「ちぇ、しょうがねぇな。ここは年上のオレが大人になって海のようなおおらかな気持ちで構えてやろう」


 一人でうんうんと頷くグレイ。そんなグレイにレイクは話しかけた。


「君はグレイというんだね。俺の名前はレイク。さっきは怒鳴ったりしてごめん。リリーは俺の契約している精霊だからさ、俺にとっては家族同様の存在なんだよね。だから余計にむきになっちゃったよ」


 レイクは素直にグレイに謝った。グレイはきまり悪そうに鼻の下をかいた。


「まあ、なんだ。契約している相手が良くない目で見られたら、腹が立つのは当然だと思うぜ。オレのほうこそ、いろいろ言って悪かったな」


 頭を下げるグレイを、リリーはレイクの後ろに隠れて頭半分だけだして見ていた。グレイの様子を見て、一方的に怖がってしまって相手に悪かったなぁとリリーも思い始める。

 グレイが頭を上げると、リリーと目が合った。とっさにリリーはレイクの腕の陰に隠れた。

 グレイはおおらかな気持ちで構えようと言ったばかりだが、目の前で怖がれるとやはりむっとした。


「ほらリリー、そんなに怖がらなくもいいんだって」


 レイクがリリーに明るい声で話しかけた。


「はい……」


 弱弱しく返事をするリリー。


「リリーも、一方的に怖がってエイジさんやグレイに悪いなと思っているんでしょ?」

「はい」



 さっきよりも強い声で返事をする。


「だったらその思いを相手に伝えないと、誤解されたままになってしまうよ」

「……はい」


 リリーはそろそろとエイジとグレイの前に姿を現した。気持ちでは謝りたいと思っても、心の底からどうしても恐怖心が沸き上がってきてしまう。


「うう……」

「ほら、リリー」

「エイジさん、さっきは失礼なことを言ってごめんなさいでした」

「リリーの言葉は事実です。私の手は多くの人の血を流してきました」

「だからといって、みんなのいる前で、そのことを言う必要はありませんでした」

「木の精霊は血のにおいや金属のにおいに敏感なんですよね。これから成長していけば、本能を理性で抑えることもできるようになりますよ」


 エイジはにこりとリリーに微笑んだ。黒い瞳がきらきらとしていて、きれいな瞳だなとリリーは思う。この人をずっと怖がっていたことが嘘のように思えてくる。


「ありがとうございます」


 頬をうっすらと染めて、リリーは頭を下げた。


「うおっほん」


 自分の存在を主張するようにグレイがわざとらしく咳払いをする。そのしぐさが人間くさくて、ユーリは思わず微笑んだ。

 咳払いがしたら、というわけではないが、リリーはグレイに目線を移した。


「アナタは鋼の精霊なんですね」

「そうだ。オレは金属の神ステルスタイトの眷属で鋼の精霊ステール、固有名はグレイだ」

「アタシは草木を統べる神サウザンドツリーの眷属で気の精霊リーフ、固有名はリリーです。

 アナタのこと、勝手に怖がってごめんなさいでした」

「震えながら謝られても、なんだけど。まあ、オレもおとなげなかったぜ。

 斬ってすりつぶして、畑の肥料にしてやるいう言葉は撤回してやる」


 グレイがにやりと笑うと、リリーは「ひゃあ」と小さな声をあげて再びレイクの後ろに隠れた。


「グレイ」


 たしなめるようにエイジはグレイをにらんだ。


「だってよぉ、いちいちうつむきかげんで話しかけてくるところとか、まるい大きな目でこっちをみてくるところとか、なんかこう、いじめたくなっちゃうんだよな」


 レイクが「あ、それって」と言って、ポンと手を打った。


「それって好きな子にわざと意地悪をしたくなる男の子の心境と似ているよね」

「ま、まさかぁ、そんなことはない。オレがこんなちっこくて弱いヤツを好きになるわけないじゃないか。てやんでぇ」


 捨て台詞のようなものを吐くと、グレイは姿をクナイに変化させ、エイジの腰に付けた七つ道具セットの中に納まった。


 ユーリがぽつりとつぶやいた。


「逃げた……」


 レイクは首をひねった。


「『てやんでぇ』って、どういう意味だろ?」


 レイクの質問に答えられるものは誰もいなかった。


「アタシはもっといろんなことを知って気持ちを強くしないといけませんね。レイクを支えるためにも」


 リリーは一人、息まいた。


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