ユーリ、避難場所の様子を見に行く
避難場所のある学校は、先ほどはひどく人でごったがえしていたので、今もそのような状況だろうとある程度覚悟をしながら向かったが、人の数は見違えるように減り、校庭にいる人たちはまばらで、学校の校舎だけが窓からあかあかと光を漏らしていた。
人々は体育館に集まっていた。ほとんどの人は治療が済み、体育館にいる人数はまばらだった。
ソレイユはあばらを骨折したという男性の怪我の具合を見ているところだった。
「これくらいなら、一か月で治る。わざわざ治癒を施すほどでもないぞ」
「そんなぁ」
「これよりももっとひどい怪我をしたおやじもいる。けれどそのおやじは全治一か月の怪我だと知ると、アルコール消毒だとかいって、飲みにいったぞ」
「なんだって! 俺もうかうかしていられない。飲みにいかなきゃ。兄さん、診断してくれてありがとうよ」
あばらをかばいながら体育館を出ていく男性。
「診断って俺は医者じゃないんだがなぁ」
困惑するソレイユに、エルダは声をかけた。
「ソレイユ、おつかれさま。セドリック神官のところはある程度目途がついたから、様子を見にきたわ」
「こっちは見てのとおりだ。大きな怪我をした者はいたにはいたが、それほど多くはなかった。彼らは各病院に移動させた。この町の住民にとっては今回の出来事は突然の災いだっただろうが、この町には、医者も回復薬も、治癒魔法が使える者が案外そろっていたな。最初こそ混乱していたが、今はだいぶ落ち着いた。
落ち着いたついでに、危機は去ったとばかりに元気なやつはさっきのおやじみたいに、また飲みに出かける始末だ」
「だからここがこんなに閑散としているのね」
「ああ。やたらと弁の立つ警備員の男は広場の治安に向かったぞ」
ラナは頭に衣類を折りたたんだものをあてがわれて、横たわっていた。ユーリには、板張りの上に直接横たわっているその姿はとても痛々しく思えた。ルリカはラナの近くに壁に背を預けて座り込み、ミスティはルリカに座り、ルリカの肩に頭を預けるようにして目をつぶっていた。
エイジは彼女たちから少し離れたところに壁に背を持たれて座っていたが、エルダがやってくると、顔を上げてエルダたちを見つめた。エルダの隣にいたレイクは、エイジが自分たちに目線を向けたとき、リリーが怖がって身震いしたのが分かった。
「ラナはまだ目覚めないんだね」
ユーリはラナの隣に座ってルリカに聞いた。
「呼吸はしっかりしているから、安心してください」
「うん」
二人の話声でミスティが目を覚ました。
「……何時の間にか寝ていたわ。ルリカ、頭を預けてごめんなさい」
力なく謝るミスティ。ルリカは微笑んでみせた。
「いいんですよ」
エルダはエイジに話かけた。
「エイジ、体調はどう?」
「おかげさまでだいぶ楽になりました」
「そう。大きな魔力を使ったときは、思った以上に精神が疲れているものよ。無理はしないようにね」
「はい」
「あのう」
レイクはおそるおそるエイジに質問した。
「エイジさん、さっきの灰色っぽい精霊はまだ近くにいるんですか?」
「いますよ。彼は人と接するのが苦手なのです。姿を変えて人目につかないところに隠れています」
「そうですか……」
レイクはエイジの回答に、何か言おうとして躊躇する様子を見せた。それを感じったエイジが言葉を促すように問いかける。
「それがどうかしたのですか?」
「リリーが、あ、リリーというのは、俺と魔法契約している木の精霊なんですけど、そのリリーがエイジさんと一緒にいた精霊を怖がっているんです」
エイジは寂し気な表情を浮かべた。
「鋼は木を倒す道具にもなりますからね。木の精霊が鋼の精霊を怖がるのは本能というものなのでしょう」
「そっかぁ。言われてみればそうですよね」
エイジの言葉に頷くとレイクは、腕の陰に隠れているリリーに話しかけた。
「リリー、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
「はい……」
おそるおそるリリーはエイジの前に姿を現した。リリーはエイジと目が合うと、ぴとりとレイクにしがみついた。
エイジは苦笑した。
「だいぶ嫌われたみたいですね」
「すみません。エイジさんは悪くないのに」
謝るレイクの様子を見て、リリーは自分を弁解したくなった。だから、さきほどエイジが銀色の精霊と一緒にいたときに気づいた、あることを口にする。
「この人からは大量の血のにおいがします」
エイジは顔を硬直させた。レイクはあわてた。
「血のにおいってなんだよ、リリー?」
「たくさんの生き物を殺してきたんだと思います」
「たくさんの生き物って……」
ちらりとエイジを見て、すぐに目線をリリーに戻すレイク。レイクはエイジが人を殺したことがあるということをまざまざと実感し、動揺した。
エルダが落ちつた口調でこの場にいるみんなに諭すように言った。
「人にはいろんな過去があるものよ。エイジのように各国を旅している人ならなおさらね。エイジはわたしたちの仲間で、わたしたちとともに行動してわたしたちと一緒に戦ってくれた。それより過去のことを勝手に想像するのはエイジに失礼よ」
「そ、そうですね。ごめんなさい、エイジさん」
レイクは神妙な表情を浮かべて謝った。ユーリもレイクと同じ心境になっていたので、レイクにならって頭を下げる。
「ごめんなさい」
「いいんですよ」
エイジは小さく微笑んだ。