ユーリ、セドリック神官に屋敷の中に招き入れられる
セドリックは率先して、ユーリたちを促した。
「さあ、こちらです」
セドリックに案内されて食堂に入ると、少女たちが一か所に固まって、それぞれ不安そうな表情を浮かべていた。
彼女らを守るように、牢屋にいた護衛士が前に出た。
「あなたは……」
ユーリが声をかけるより先に、嬉し気な声をあげる少女がいた。少女は駆けてみると、ユーリと一緒に来た男の懐に飛び込んだ。
「パパ! 来てくれたんだのね」
赤茶色の髪をツインテールに結った少女だ。ユーリは彼女が美少女コンテストで二位入賞をした少女マリーナであることに気づいた。
マリーナの父親は娘のタックルに近い抱擁をしっかりと受け止めた。これぐらいのタフさがないと、商社のトップはやっていけないのだ。
「おお、マリーナ。無事だったんだね。よかったよかった。それにしても娼婦みたいな服装をしているね」
「気づいたらこんな格好だったの。けれど、こんな服装もかわいいと思わない?」
「ああ、かわいいよ。マリーナはどんな服装をしてもかわいいね」
「もう、パパ、大好き!」
そんな会話を展開する傍らで、二人のカップルがひっしりとお互いを抱きしめていた。
「ああ、キャシー、会いたかった。無事でよかった」
「バカなギル。どうしてこんなところまできたの。あぶない思いもしたでしょ?」
「もちろんあぶない目にはあったさ。門番には頭を殴られたよ」
「まあ、門番に殴られたの? それって過激すぎない? 裁判で訴えたら、ギルが勝つよ。行くすぐにも裁判しなきゃ」
「裁判なんて野暮なことを言ってくれるなよ。今はキャシーに会えたことがうれしいんだ」
「まあ」
「それもこれも君を愛しているがために起こした行いだよ。笑ってくれていい」
「笑うだなんて、そんなことできるわけないじゃん」
「君がいなくなってあらためて思ったんだ。俺には君しかいないって」
「もう、嬉しいことを言ってくれるわね。バカなギル」
「俺はバカさ。君にぞっこんな愚かな男だよ」
「そんなバカなギルが大好き」
二人はがしっと抱きあった。
再会を喜び合う、父と娘、若い男女をほほえましい目で見つめていたセドリックは、食堂の隅で不安げな気持ちをあらわにして状況を見守っている少女たちに目線を移すと、ふと顔色を曇らせた。
セドリックは少女たちに、現在の心境と状況をどこまで把握しているのか聞いた。少女たちの回答は、皆同じようなもので、セドリックの屋敷に招き入れられたところまでは覚えていても、それからの記憶がおぼろげだった。
だからこそ、記憶が欠落している間に何があったのかと、少女たちは不安がった。
そんな少女たちの気持ちを落ち着かせようと、レイクがリリーと共同作業で、心を落ち着かせるハーブを調合したお茶を作り、少女たちに配った。
程よい暖かさのその飲み物ははちみつたっぷりで、飲めば体がぽかぽかするものだった。
キャシーとマリーナは自分の帰る場所に迎えにきた相手に連れられて帰っていった。彼らには、今回のような事態になった詳しい状況は後日、セドリック神官の使いの者から伝えることになった。
飲み物を飲んで、それぞれ気持ちにゆとりがでてきたところで、セドリックがエルダに話しかけた。
「聖騎士のあなたをはじめ、教会と管轄すべき町人のたちに膨大な被害を与えてしまい、謝っても謝りきれません」
「どうしてこういう状況になったのです? つまりインキュバスのカルロスとその身をすり替えられてしまったのはなぜなのですか?」
「すべては私の心の弱さがもたらしたことです。説明しましょう。ついてきてください」
セドリックは言うと、エルダを促した。少女たちはおのおの食堂のテーブルに設置された椅子に座ったり、壁側に備え付けられていた長椅子に座ったり、お互いにひそひそとおしゃべりをし始めていた。自分のことを思いやるだけで精いっぱいだった彼女たちが、他人とおしゃべりができるところまで気持ちが落ち着いてきたということだった。
エルダの後を追うようにレイクとユーリが動いた。レイクに少女たちから声がかかった。
「ねえ、お兄さん、もう一杯、お茶をいただける?」
「わたしも飲みたいわ」
レイクはエルダの後ろ姿に目線を向けた。そんなレイクに別の少女が質問してきた。
「その子、精霊なのよね。地属性よね。すっごくかわいい」
レイクの腕まである手袋の端からリリーが顔を出し、はずかしそうにうつむいた。
「は、はずかしいですぅ……」
「きゃあ、かわいい」
レイクは精霊契約をしているリリーが褒められて、俄然うれしくなった。
「リリーというんだ。森の神サウザンドツリーの眷属でリーフっていう精霊なんだ。リーフは植物を操ることができるだよ」
得意顔になって説明する。
「植物を操るんだ。ということはこのハーブ入りのお茶、あなたが作ったの?」
「レイクと一緒に作ったんです」
「また飲みたいから、作ってくれる?」
「レイク?」
リリーがレイクをみあげた。レイクは返答に困った。気持ちとしてはエルダとともにセドリックが魔族とすり替わった理由を聞きたかった。けれど、お茶を所望する少女たちもないがしろにはでなない。
そんなレイクの心境を見計らうように、レイクと少女たち会話を聞いたエルダがレイクを振り返った。
「レイクは彼女たちにお茶を作ってあげて。そしてここで彼女たちを守ってあげてね。護衛士の方もお願いします」
「はい、わかりました」
レイクは頷いた。
エルダの依頼の言葉を受けた護衛士は、目礼することでその意思を伝えた。